1.31.2009

周囲の空気を俯瞰できるかどうかで、経営者の人品は知れる・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 経営者ならば誰しも、表通りに店舗を構えたくなるものだが、東京都民銀行の頭取を務めた故・工藤昭四郎氏は新しく支店を設けるとき、例えば裏通りの「一歩下がった所」を選んだという

 銀行の支店は午後3時を過ぎるとシャッターをおろし、残金照合などの仕事に入る。商店街がこれから活況を迎える時刻に、シャッターのおりたその部分だけ空気が冷える。周囲に迷惑をかけないように一歩下がるのだ、と

 経済人で作家の辻井喬(堤清二)さんが本紙に連載した回顧録で工藤氏の言葉に触れていた。目を宙の高みに据えられるかどうかで、自分の会社と周囲の空気を俯瞰(ふかん)できるかどうかで、経営者の人品は知れるのだろう

 破綻(はたん)寸前で納税者から公的資金の援助を受けた米国の金融機関経営者が巨額の賞与を受け取っていたことに、オバマ大統領が「恥ずべきだ」と怒りをあらわにしたという。昨年1年間の総額1兆6000億円、納税者の心は冷えたに違いない

 その字のあるなしで「聡」明を語り継がれもし、「恥」を知れと叱(しか)られもする。経営者が胸に刻むべきは俯瞰の目――「公」の一字だろう。

1月31日付 編集手帳 読売新聞
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1.30.2009

「見ぬこと清し」天洋食品冷凍ギョーザ・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 引っ越しをした兄貴分に祝いの品として水瓶(みずがめ)を贈ることにしたものの、弟分二人には金がない。トイレ用、それも使い古しの肥瓶(こえがめ)で間に合わせた。落語「肥瓶」である

 「いいのかい?」と心配する相棒に、もう一人が言う。「洗やァ分かりゃしねえ。〈見ぬこと清し〉ッてな」。よごれを見なければ、事のいきさつを知らなければ、誰も不快には感じないと

 中国製冷凍ギョーザの中毒事件が明るみに出て、きょうで1年になる。〈見ぬこと清し〉を地でいく最近の報道には驚いた。製造元「天洋食品」(河北省)の回収したギョーザが省の指示のもと、中国国内で横流しされ、食べて体の不調を訴える人が出たという

 はかどらない捜査はもとより、食の安全に対するこういう感度の鈍さが日本を含む諸外国の消費者を“中国産品ばなれ”に誘っている。そのことを中国当局は深刻に受け止めていい

 祝いの品を喜び、兄貴分は湯豆腐をごちそうした。弟分二人は舌鼓を打ったあと、鍋の水が肥瓶から汲(く)まれたと知り…。落語も、現実も、〈見ぬこと清し〉とうそぶいた者には自業自得のサゲが用意されている。

1月30日付 編集手帳 読売新聞
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1.29.2009

唯一生き残った雄のゾウガメ「ロンサム・ジョージ」・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 童謡では、優しい犬が迷子の子猫に〈あなたのおうちは どこですか…〉(いぬのおまわりさん)とたずねる。俳句では、〈憂きことを海月(くらげ)に語る海鼠(なまこ)哉(かな)〉(召波(しょうは))と、ナマコがクラゲに身の上を嘆く

 空想の世界では種類の違う動物たちが言葉を交わし、心を通わせることができる。実際にはどうなのだろう。できればいいと、何日か前の新聞から切り抜いた写真を眺めては考えている

 南米ガラパゴス諸島のピンタ島で唯一生き残った雄のゾウガメ「ロンサム・ジョージ」(ひとりぼっちのジョージ)の写真である。ガラパゴス国立公園局が絶滅を防ごうと試みた繁殖が失敗に終わったという

 ガラパゴス諸島には島ごとに種類の異なるゾウガメがいて、ジョージはピンタゾウガメの最後の生き残りである。近縁種の雌と交配して16個の卵が産まれたが、うち13個は無精卵と判明し、期待された最後の3個もこのほど腐敗したことが分かった

 推定年齢80歳、人間ならば50歳ほどという。ひとりぼっちがつづく彼に、せめて空を飛ぶ鳥でも、地をはう虫でも、「憂きこと」を告げることのできる友がいるといい。

1月29日付 編集手帳 読売新聞
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1.28.2009

「他人の金にせこい」天からの頂き物として1円たりとも無駄にしない・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 作家の故・向田邦子さんは、お金を〈拾わなかった〉。天から降ってくるお金を感謝して〈いただいた〉

 「同じお金を懐へ入れるにしても、この姿勢の違いはあとあと心の高さ低さに関(かか)わってくる」と、親交のあった作家、やはりいまは亡き久世光彦(くぜてるひこ)さんが追悼の随筆集「触れもせで」(講談社文庫)に書いている

 まもなく就任1年を迎える橋下徹大阪府知事が本紙などとの共同インタビューで「外部から人材が欲しい。他人の金にせこい人を」と語っているのを読み、久世さんの一文を思い浮かべた

 「他人の金=税金」を拾い物として濫費(らんぴ)することなく、天からの頂き物として1円たりとも無駄にしない人を。「他人の金にせこい」という橋下流の表現を訳せば、そういうことだろう

 きのう、第2次補正予算が国会で成立した。税金という頂き物を、景気浮揚効果の十分見込める施策に振り向けたか。拾い物として、選挙民に気前よくばらまく心理は働いていなかったか。久世さんの言葉を借りれば、世評の芳しくない定額給付金に固執した麻生首相の「心の高さ低さ」がいまだに見極められないでいる。

1月28日付 編集手帳 読売新聞
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1.27.2009

「ガッツポーズ」感情を胸に封じ込め、優勝の瞬間に感情全開・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 大相撲で「世紀の誤審」と騒がれた一番がある。判定にビデオが導入される前、1969年(昭和44年)大阪場所の大鵬―戸田戦である。物言いがつく際どい勝負は戸田の勝ちと決まり、横綱大鵬の連勝は45で途切れた

 テレビ中継のビデオでは大鵬の足が土俵に残っていた。「誤審だァ」と支度部屋に押しかけた報道陣に、大鵬の語った言葉がいい。「横綱が物言いのつく相撲を取ってはいけない。自分が悪い」と

 横綱も聖人君子ならぬ生身の人間で、誤審に心が乱れなかったはずがない。大相撲の魅力を「抑制の美学」と評したのは相撲ジャーナリストの杉山邦博さんだが、感情を胸に封じ込めた大鵬の言動がそれであったろう

 休場明けの横綱朝青龍が初場所で見事に復活した。気迫も、相撲も申し分ない。優勝の瞬間に土俵上で見せた感情全開のガッツポーズは、しかし、伝統の美学からは遠かった

 誰よりも強く、誰よりも客を呼べる現実の前では小さなことかも知れない。小さなことを許し、許されているうちに知らず知らず、大相撲が何か別種の格闘技に変わっていた…そうならないよう願っている。

1月27日付 編集手帳 読売新聞
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1.26.2009

「ザッツ・ホット」「クール」お気に入りをほめる言葉の“温度”が下がったように・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 カリフォルニアの高校生マーティが、親友の科学者ドクが発明した自動車型のタイムマシン「デロリアン」で冒険を繰り広げるSF映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」のシリーズ第3作に、印象的なシーンがある

 1985年から30年前にタイムトラベルしたマーティは、55年のドクにデロリアンの修理を頼む。小さな電子部品を見てドクは言う。「故障するわけさ。メード・イン・ジャパンだ」

 マーティはすぐに切り返す。「何を言ってんだドク? 日本製が最高なんだぜ」。55年には粗悪品の代名詞だった日本製の評価は、85年までの30年間で劇的に変わった。さらに30年後の2015年も「最高」と言ってもらえるだろうか

 初回作でマーティはあこがれのトヨタ車を85年の街で見かけ、「ザッツ・ホット(いかしてる)」とほめた。そのトヨタも前年度の営業利益2兆円超から一転して今年度は赤字という

 海外で「クール(かっこいい)」と評判の日本製品は多い。でも、油断はできない。お気に入りをほめる言葉の“温度”が下がったように、世界の景気も冷え込みがきつくなってきたのだから。

1月26日付 編集手帳 読売新聞
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1.25.2009

運転手と乗客の間に仕切り板、全車装着・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 タクシーの運転席は、国や都市の治安を測るバロメーターの一つだろう。運転手と乗客の間にどれだけ“壁”があるか、ということだ

 海外には、助手席も含めた前部と乗客のいる後部座席が、透明な板で全面的に仕切られている都市が数多くある。こぶしも入らないほど小さな窓を通して、タクシー代を払わなければならない。運転席の後ろと横が鉄格子で囲まれていることもある。運転手は檻(おり)の中でハンドルを握っている格好だ

 日本では、運転席の背後に仕切り板を付けているタクシーがあるものの、装着率は全国で5割程度に過ぎなかった。無防備ではあるが、それは治安の良さの証明とも言えた

 過去形で書かなくてはならないのが残念だ。各地でタクシー強盗が相次ぎ、いまだに犯人が捕まっていない事件もある。対策として仕切り板の全車装着が進むのはやむを得ないし、必要なことだろう

 今後、より物々しい仕切りが要るようにならないことを願う。運転手さんと景気のことなど世間話を交わせるのもタクシーのいいところだ。鉄格子をはさんで、警戒し、警戒されながら会話するとしたら寂しい。

1月25日付 編集手帳 読売新聞
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1.24.2009

きらめき揺れつつ 星座はめぐる・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 川端康成の「雪国」に月の描写がある。「月はまるで青い氷のなかの刃(やいば)のように澄み出ていた」。月齢でいまごろ、研ぎ澄ました鎌(かま)のような三日月がそうだろう。冬は月も星も美しい

 「まいど1号」など衛星8基を載せてH2Aロケットが宇宙に旅立ったきのうは夜の道で、あるいは家の窓から、〈オリオン舞い立ち/スバルはさざめく…〉と唱歌の一節を口ずさみつつ、空を仰いだ方もあったろう

 今年は「世界天文年」、ガリレオが自作の望遠鏡で初の天体観測をしてから満400年にあたる。宇宙飛行士の若田光一さんによる宇宙長期滞在も予定され、天空に心ひかれて過ぎる一年になるかも知れない

 胸をときめかせてH2Aの打ち上げを待っているとき、大分市の造船所で起きた事故の一報を聞いた。船と岸壁を結ぶ鋼製のタラップが落下し、2人が死亡、20人以上が負傷したという

 ひとくくりに「時空」と言うが、人間はガリレオ以降、はるか遠くの星群をも見ることができる目を携えたのに、ほんの1分先も、5秒先も見ることができない。親しみを増す「空」と、つれない「時」が胸に交差する。

1月24日付 編集手帳 読売新聞

冬 の 星 座(作詞者 堀内敬三)

 木枯とだえて さゆる空より 地上に降りしく奇しき光よ ものみないこえる しじまの中に きらめき揺れつつ 星座はめぐる

 ほのぼの明りて 流るる銀河 オリオン舞い立ち スバルはさざめく 無窮をゆびさす 北斗の針と きらめき揺れつつ 星座はめぐる


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1.23.2009

世間とは学ぶこと多き場所・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 画家の安野光雅(あんのみつまさ)さん(82)は例えば教会の風景を写生するとき、屋根の十字架を省略したり、窓の数をわざと違えて描いたりすることがあるらしい。先夜、食事をご一緒した折にうかがった

 なかには親切な通行人がいて、描きかけの絵と実物を見比べ、「十字架を忘れてるよ」「窓が足りないよ」と注意してくれる。そのたびに安野さんは「どうもありがとう」と礼を言い、そのように書き足すという

 紫綬褒章、国際アンデルセン賞、菊池寛賞…いくつもの栄誉に輝く画伯が、見ず知らずの素人に言われて作品に手を加える。なぜですかと尋ねると、「だって、相手の顔を立てないと…」、穏やかに微笑しておられた

 自分の顔ばかりをひけらかす人もいる。警察庁キャリアの警視(36)が暴行容疑で書類送検された。成田空港で制限量を超す液体(化粧水)を機内に持ち込もうとし、注意されてキレたという。「私は警察庁の警視だ。本部長に連絡してもいいんだぞ」などと威張りちらし、検査用のトレーを女性検査員に投げつけた

 教師がいて、反面教師がいて、いまさらながら世間とは学ぶこと多き場所である。

1月23日付 編集手帳 読売新聞

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1.22.2009

初の黒人大統領、米国全土が沸いている・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 ロック・ハドソンが演じる白人の農場主はレストランで、ほかの客が人種を理由に店から追い払われるのを目にする。「もっと優しくしてやったらどうだ」。農場主は店主をたしなめ、殴り合いになった…

 往年の名画「ジャイアンツ」である。米国の新大統領バラク・オバマ氏が就任演説で触れた「レストランの食事」に、胸の熱くなる格闘シーンを想起した方もあったろう

 〈60年足らず前ならば地元のレストランで食事をさせてもらえなかったかも知れない父親をもつ男が今、最も神聖な宣誓をするためにあなた方の前に立つことができる〉

 初の黒人大統領を戴(いただ)き、米国全土が沸いている。首都を埋めた市民の人波は「繭玉」のようにも映った。テロの懸念が絶えないその人を幾重にも包み、その人が刻むだろう歴史の一章を守る繭玉である

 農場主は殴り合いに敗れた。店主は「お前さんには根負けしたよ」とばかりに、人種差別を是とする店の方針が書かれた額縁を壁から外し、倒れた農場主の胸もとに投げてよこした。深夜の演説を聴いた寝不足の頭で、ひとの心の壁から額縁が消える日を夢想する。

1月22日付 編集手帳 読売新聞

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1.21.2009

息子よ、人生は舗装された道だけではない・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 〈息子よ、人生は舗装された道だけではない〉。日本実業出版社編「秀作ネーミング事典」によれば、トヨタ自動車がかつて四輪駆動車「トヨタランドクルーザー」の新聞広告に掲載したコピーという

 トヨタの新しい社長に現在は副社長の豊田章男氏(52)が内定したというニュースを聞きつつ、その広告コピーを思い浮かべた。章男氏は豊田章一郎名誉会長(83)の長男で、14年ぶりに創業家から社長が出ることになる

 つい1年ほど前には、年間2兆円を超える利益を稼いでいた会社である。創業家は当初、章男氏に四輪駆動車ではなく高級車「レクサス」で、悪路ではなく高速道路を快走させる光景を頭に描いていたのかも知れない

 昨年秋の金融危機で環境は一変し、次の決算では赤字に転落する見通しという。若き新社長をぬかるんだデコボコ道が待つ。人生と同じく企業経営にも確固不動の道路地図はないらしい

 〈息子よ、人生は…〉の一文は噛(か)むほどに味がある。この不況下、派遣切りに遭った子を、就職内定を取り消された子を、幾人もの親が同じ言葉を胸にそっとささやいて励ましたことだろう。


1月21日付 編集手帳 読売新聞

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1.20.2009

「航路に幸多かれ」大統領就任式に臨むバラク・オバマ氏・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 そのズボンは皺(しわ)だらけで折り目がない。体を動かし、額に汗して働く人の象徴という。米国ワシントンにある第16代大統領エイブラハム・リンカーンの座像である

 大統領就任式に臨むバラク・オバマ氏はリンカーンの故事にならって独立ゆかりの地フィラデルフィアから列車で首都に入り、像の前に立った。宣誓ではリンカーンが使ったのと同じ聖書を用いるという

 人種や党派の垣根を超えて連帯を訴えるオバマ氏の、「奴隷解放の父」に寄せた思慕の深さがしのばれる。リンカーンずくめには、金融錬金術とは無縁の「折り目のないズボン」(勤勉に働く人々)が報われる社会に回帰する志もこめられているだろう

 米国の詩人ホイットマンは〈おお「船長」、わたしの「船長」よ〉と、リンカーンの偉大な治績を称(たた)えた。〈われらが恐ろしき旅は終わった/船はあらゆる危難を乗り切り、念願の宝も手中に収めた〉と(岩波文庫「草の葉」から)

 重症の経済が波打ち、テロリストが暗躍する海に船出するオバマ船長にも、恐ろしき旅…否、恐れてはならぬ旅が待っている。僚船の航路に幸多かれ、と祈る。

1月20日付 編集手帳 読売新聞

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1.19.2009

「笑う門には福来たる」地域活性化策を模索・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 「笑う門には福来たる」とは、笑いが満ちている家に自然と幸福が巡ってくるという意味だ。河豚(ふぐ)の水揚げの拠点で知られる山口県下関市でも、河豚を「ふく」と呼ぶ。「不遇」よりも「福」に縁起を担いでいる

 昨年末は近海でしけが続いたが、年が明けて8キロ級の大物も揚がり始めた。「ええか、ええか」と、競り人と仲買人が袋の中で指を握って値段を決める「袋競り」は威勢がよい。全国の食通たちが待ち望んでいたシーズンの到来だろう

 本州最西端の下関は陸と海の交通の要衝である。地の利を生かして水産業で栄えた歴史は、地元ゆかりの金子みすゞの「大漁」や「お魚」の詩でうかがえる。武蔵と小次郎が決闘した巌流島などの観光地にも恵まれる

 そんな下関の悩みは、他の地方都市と同じように、人口減少に歯止めがかからないこと。国の「定住自立圏構想」の先行実施モデルに選ばれ、地域活性化策を模索している

 下関はアンコウの水揚げも全国有数だ。“海のフォアグラ”のあん肝は冬場に大きくなる。河豚で福を呼び寄せ、肝が太い振興策を見いだす。夢も魚にあやかろうとしている。

1月19日付 編集手帳 読売新聞

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1.18.2009

仕事に対する誇り、省章社章ひけらかすより格好いい・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 背広の左襟にあるボタン穴をフラワーホールと呼ぶそうだ。だが、実際に花を挿した経験がある人はそういないだろう。サラリーマンなら、そこは会社の社章を着けるための穴である

 もっとも、今はオフィス街を眺めても社章バッジをほとんど見ない。昔は、旧財閥系のマークや有名企業のロゴをひけらかすように歩く人が、嫌でも目に入ったものだ

 バッジが廃れた理由はいろいろあろう。いろんな業界で合併や再編が進んだし、企業が批判される場面も増えた。そして何より、バッジ一つで組織への忠誠心を示す時代ではなくなった

 そんなご時世に、厚生労働省は本省職員用の“省章バッジ”を作った。舛添厚労相の肝いりで昨年制定したシンボルマークをスーツに着け、逆風の中でも誇りをもって仕事をしよう、ということらしい

 バッジは有料で、着用も任意だが、省内の売店で1000個がすぐに売り切れたという。悪いことではないけれど、大臣や上役の顔をうかがって着けるのなら、時代錯誤になる。仕事に対する誇りは、自分だけに見える花一輪としてフラワーホールに挿しておくのが格好いい。

1月18日付 編集手帳 読売新聞

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1.17.2009

融通無碍、臨機応変こそがプロの証し・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 将棋の大山康晴十五世名人は語ったという。〈得意の手があるようじゃ、素人です。玄人に得意の手はありません〉。融通無碍(むげ)、臨機応変こそがプロの証しであると。永六輔さんの「役者 その世界」(岩波書店)に収められている

 両翼のエンジンが故障した旅客機に、管制官は最寄りの空港に着陸するよう指示したという。間に合わないと判断した機長は着陸という「得意の手」を捨てて着水を選び、人口密集地に墜落する惨事を間一髪で避けた

 米国ニューヨーク市のハドソン川にUSエアウェイズ機が不時着し、155人の乗客・乗員がひとりの犠牲者もなく救出される様子をテレビの映像で眺めつつ、これぞ玄人、プロの仕事に、胃の痛くなるような緊張が身を去らない

 全員が脱出したあと、チェスレイ・サレンバーガー機長(58)はいつ川底に沈むやも知れぬ機内に残り、2度にわたって通路をくまなく行き来して乗客が残っていないことを確認している

 本物の玄人を見たあとである。たとえ酔った勢いにせよ「おれは…のプロだぜ」と粋がったせりふは、ちょっと気恥ずかしくて口にできそうもない。

1月17日付 編集手帳 読売新聞

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1.16.2009

「好事魔多し」 大関昇進に、日馬富士改名・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 江戸の人々はふんどしに銭を包み、道端にわざと落として厄落としをしたという。井原西鶴の「日本永代蔵」によれば、四百三十両を奮発した大名もいる

 小さな厄災を自身で用意し、不運は出尽くしたと安堵(あんど)する。逆にいえば順風満帆のときは誰にとっても怖いもので、「好事魔多し」はいつの世にも通じる教えである

 大相撲の新大関、日馬富士に初場所5日目で初日が出た。けいこも気合も申し分なく、昇進に改名と「好事」ずくめで臨んだだけに、1勝4敗の出だしには本人もファンも悔しい思いだろう

 〈言はざると見ざると聞かざる世にはあり思はざるをばいまだ見ぬかな〉。古歌にあるように、言わない、見ない、聞かない、はできても、「思わない」のは難しい。大関の重圧を意識しないことは、幕内最軽量の不利を猛げいこで乗り越えてきた人にも容易でなかったらしい

 厄落としは節分の夜の習俗である。大名の数百両よりも新大関の白星四つのほうが失って痛いに違いないが、ここは早めの厄落としをしたと思って気持ちを前に向けるのもいいだろう。春が後ろから来たためしはないのだから。

1月16日付 編集手帳 読売新聞

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1.15.2009

供述調書漏洩と情報源 口外して・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 命のことを古語で「玉の緒(お)」という。忍ぶ恋を詠んだ式子(しょくし)内親王の歌が新古今和歌集にある。〈玉の緒よ絶えなば絶えね長らへば忍ぶることの弱りもぞする〉

 私の命よ、絶えるのならば絶えておくれ。固く秘めた心が弱り、この恋が外に表れないうちに。「恋」を「情報源」に置き換えれば、色恋に縁の薄いわが身にも通じる

 自分の名が明かされるかも知れないと疑えば、取材される側は口に錠をおろし、報道は成り立たない。墓場まで持っていくのでは足りず、生まれ変わっても口外してはならないのが情報源だと肝に銘じている

 奈良県の放火殺人事件で少年(18)の供述調書が漏洩(ろうえい)し、精神鑑定をした医師(51)が秘密漏示罪に問われている裁判で、調書を著書に引用したフリージャーナリスト(44)が証人として出廷し、検察側の尋問に対して情報源が被告の医師であることを明かした

 この事件では医師本人が著者に調書を見せたと認めているが、ほかの証拠がどうであれ、報道した側が間違っても口にしてはならないのが情報源だろう。理解に苦しむまま、玉の緒よ…と、自戒の一首を胸に繰り返している。

1月15日付 編集手帳 読売新聞

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1.14.2009

一票ほしさの“釣り餌”を鼻先に垂らされた不快さ・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 戦前に船会社を興して三大成り金のひとりと呼ばれ、戦後は第5次吉田茂内閣の農相を務めた内田信也氏に、語り伝えがある。乗っていた列車が転覆事故を起こした

 「神戸の内田だ。金はいくらでも出す、助けてくれ」。そう叫んだと、岩波書店刊「一月一話」などの書物は伝えている。ご本人の回想によれば「金はいくらでも…」とは言っていないそうで、世人がやっかみ半分に尾ひれをつけたのかも知れない

 「総理の麻生だ。定額給付金その他、景気対策に金はいくらでも出す。政権を、自民党を助けてくれ」。首相がそう叫んだわけではないが、世間の耳には聞こえたのだろう

 本紙の世論調査で78%の人が定額給付金に「反対」と答えた。支給をやめ、雇用や社会保障に振り向けるよう望む声が多数である。ご機嫌取りに小遣いを配るような、一票ほしさの“釣り餌(え)”を鼻先に垂らされた不快さを、多くの人が感じたらしい

 内閣の不支持率もついに7割を超えた。自腹の内田氏とは違い、「いくらでも出す」金は税金である。政権の転覆事故が起きる前にもう一度、進むべき線路を点検したほうがいい。

1月14日付 編集手帳 読売新聞

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1.13.2009

「平成百景」日本各地の魅力ある景観を選ぶ・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 江戸期の儒学者、伊藤仁斎は京都の人で、生まれて初めて海を見たのは64歳の時であったという。その海、摂津(大阪)の風景を前にして詠んだ歌がある。〈ながらへば なにはの浦の春もみつ おもへば人は命なりけり〉

息災で生きてきたお陰で浪速の海も見ることができた、と。昔の人は行動半径が狭かった。いくらか気の毒に感じたあと、いや、だからこそ一つの風景に感銘も深かったのだと思い直す

日本各地の魅力ある景観を選ぶ本紙主催「平成百景」の投票受け付けが始まった。候補地300か所には伝統の名所旧跡のほかに「旭山動物園」(北海道)や「新宿ゴールデン街」(東京)、「だんじり祭」(大阪)など多彩な風景が含まれている

数えてみると、訪ねたことのある土地は3割にも満たない。交通の便がいい時代に仁斎先生の行動半径をとやかく言えた数字ではないが、のちのち感銘を受ける種がたくさん貯金してあると思えば、いまだ知らない景観の並んだ候補地一覧(10日付朝刊)を眺めているのも愉(たの)しい

〈命なりけり〉と、いつかつぶやいてみたい風景に投じる一票もいいだろう。

1月13日付 編集手帳 読売新聞

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1.12.2009

人はパンのみにて生くる者に非ず・・・ 編集手帳 八葉蓮華

人はパンのみにて生くる者に非ず・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 「働かざる者、食うべからず」は新約聖書にある言葉だが、原典のニュアンスは少し異なる。正確な和訳は、「働きたくない者は、食べてはいけない」。聖書は働こうにも職がない人まで食べるな、とは言っていない

 この言葉はロシア経由で日本に広がったという。ロシア革命を主導したレーニンが聖書の言葉を「働かざる者」に変え、資産家の特権を排すスローガンにした。第2次大戦後、ソ連兵がシベリア抑留日本兵に過酷な労働を強いる際にこれを借用し、帰還兵が日本に持ち帰ったという説がある

 戦後の復興と高度成長のもと、日本では勤勉の合言葉になった。働き口がいくらでもあったころは、言葉の持つ冷徹さは気にせずにすんだのだろう

 時代は移り、多くの人が、寒風の下で「働かざる者…」の冷たい響きを肌で感じている。「勤労は善」だったはずなのに、君は「非正規」だから、と突然に職を奪われる。その疎外感は、衣食住への支援だけでは埋まるまい

 新約聖書には「人はパンのみにて生くる者に非(あら)ず」ともある。お金持ちが給付金をもらわぬ矜(きょう)持(じ)より、よほど心を砕くべき矜持がある。

1月12日付 編集手帳 読売新聞

創価学会 企業 会館 仏壇 八葉蓮華 hachiyorenge

1.11.2009

100年、200年後の日本語はどうなっているか・・・ 編集手帳 八葉蓮華

100年、200年後の日本語はどうなっているか・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 サッカーボールの模様によく似た炭素の結晶、フラーレンは、医薬品などに応用が期待されている新素材だ。英米の3人の学者が1985年に発見し、英誌「ネイチャー」に発表した。3人はノーベル化学賞を受賞している

 この物質の存在を予言する日本人研究者の論文は、すでに70年に日本の専門誌に発表されていた。英語で書かなかったために、ノーベル賞を逃したとも伝えられた

 作家、水村美苗さんの近著「日本語が亡びるとき」(筑摩書房)が話題をよんでいる。インターネットが普及し、英語が普遍的な言語として世界を席巻する中で、知的刺激に満ちた「書き言葉」はいずれ英語でしか書かれなくなるのではないかと警鐘を鳴らしている

 英語を自在に使える人材は育てるべきだが、全国民がバイリンガルになる必要はない。学校では明治以来の日本近代文学が育んできた豊かな日本語の継承こそが大切であると、水村さんは提唱する

 これから100年、200年後の日本語はどうなっているか。日本語がすぐに衰退するとは考えにくいが、国語の問題は長期の視点で考えていく必要があるだろう。

1月11日付 編集手帳 読売新聞

創価学会 企業 会館 仏壇 八葉蓮華 hachiyorenge

1.10.2009

「落ちない」「ウンのつく」「勝ちずくめ」追い込みに精を出す・・・ 編集手帳 八葉蓮華

「落ちない」「ウンのつく」「勝ちずくめ」追い込みに精を出す・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 漱石門下に、のちの旧制一高の校長、安倍(あべ)能成(よししげ)がいた。夏目家では同じく門下の哲学者阿部次郎と区別して「アンバイヨクナルのアベさん」と呼ばれていたという

 響きであったり、字面であったり、世間には元気の出そうな姓名があるもので、ワインの産地、北海道池田町の町長さんは「勝井勝丸(かついかつまる)」とおっしゃるらしい

 正答の象徴「丸」を従えて「勝」が二つ、町のある十勝地方を含めて勝ちずくめである。縁起がいいと噂(うわさ)になり、ご本人が「受験のお守りに名刺を差し上げます」と語っている記事をヨミウリ・オンラインで読んだ

 大学入試センター試験まで1週間、縁起物の話題が紙面を彩る季節である。今年は宇都宮動物園がゾウの糞(ふん)で作った「ウンのつく」お守りや、4年連続でJ2降格の危機をしのいだサッカーJ1・大宮アルディージャの「落ちない」お守りも話題になった

 それぞれにお守りを飾った勉強机の前で、追い込みに精を出す受験生の姿が目に浮かぶ。なかには風邪をひいてしまった人もいるだろう。ゆっくり休むといい。焦らなくても大丈夫、その日までにはきっとアンバイヨクナル。

1月10日付 編集手帳 読売新聞

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1.09.2009

一人ひとりに顔があり、家族がいて、たった一つの人生・・・ 編集手帳 八葉蓮華

一人ひとりに顔があり、家族がいて、たった一つの人生・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 日本SF小説の始祖といわれる作家、海野十三(うんのじゅうざ)は日記に書いた。〈「一月ではない、十三月のような気がする」とうまいことをいった人がある〉。戦争末期、1945年(昭和20年)元日付である

空襲に暮れて明け、旧年も新年もない、という嘆きの吐息が行間に聞こえる。いま、年をまたいで中東から届くニュースに接する人々の感懐でもあるだろう

イスラエル軍がパレスチナ自治区ガザに大規模な空爆を仕掛けた昨年末以降、イスラム原理主義組織ハマスの報復攻撃など憎悪の連鎖がつづき、1月ならぬ“13月”を迎えても死者は増えるばかりである

エジプトの仲介で停戦協議に入る、とも報じられている。交渉ができるのならば、なぜ、砲火を交える前に、子供を含む700人もの命が奪われる前にしないか。人間の知恵とは何だろう

何百人…と数字で計られる死ほど、むごいものはない。一人ひとりに顔があり、家族がいて、たった一つの人生があった。胸をよぎる歌がある。〈遺棄死体数百といひ数千といふいのちをふたつもちしものなし 土岐善麿(ときぜんまろ)〉。命を二つ持った者など、どこにもいない。

1月9日付 編集手帳 読売新聞

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1.08.2009

「口」から出る言葉も十人が十人、心をひとつにして「叶」・・・ 編集手帳 八葉蓮華

「口」から出る言葉も十人が十人、心をひとつにして「叶」・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 十全、十分と用いるように、「十」には「すべてまとまっているさま」の意味がある。漢字でも十の字は大切で、実り多き果実の「果」も十を欠けば「呆」に変わる

 「口」から出る言葉も十人が十人、心をひとつにして「叶(かな)」う。首相の口から出た言葉が叶わなくて、何としよう。定額給付金をめぐる麻生首相以下、政府・与党のまとまりのなさを見ていると、景気浮揚の果実を想像する前に呆(あき)れる心が先に立つ

 高額所得者に自発的な受給辞退を促す意向を、首相が撤回した。「さもしい」と語って、ひと月もたたない。いまは「ぜひ皆さんに使ってほしいな…」という心境だそうである

 政府・与党の中が受給派と辞退派に割れていた。野党から足並みの乱れを突かれるとみて首相が譲ったようだが、どこが頭やら、尾っぽやら分からない政権というのも困ったものである

 首相が年頭記者会見で披露した書き初めに、「平成廿(にじゅう)十一年新春」とあったことが話題になっている。辞書によれば「廿」は1文字で二十を意味し、下の「十」は余計という。「果」から抜け落ちた十の字はこんな所で遊んでいたらしい。

1月8日付 編集手帳 読売新聞

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1.07.2009

夜となく、昼となく、無事を祈って手を合わせる・・・ 編集手帳 八葉蓮華

夜となく、昼となく、無事を祈って手を合わせる・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 老練の諜報(ちょうほう)部員が後輩を戒めて言う。〈生存は無限に疑惑を抱く能力の有無に左右される〉と。英国の作家ジョン・ル・カレ「ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ」(早川書房)の一節である

 小説のスパイはそれでいい。怪しい相手には近づかず、危ない場所は避ければ済む。「あなたは胡散(うさん)臭(くさ)いから…」と相手を追い払いもできず、ましてや密室で無防備な背中をさらさねばならない仕事では、「疑惑を抱く能力」の効果にも限りがある

 このところ朝、新聞をひらいて、「タクシー強盗」の文字を見ない日はない

 運転席と後部座席の間に仕切り板を設置したり、車内に防犯カメラを取り付けたり、業界団体や国土交通省も対策に乗り出したという。犯人の速やかな逮捕も、凶行の連鎖を断つ不可欠の一手だろう。それにしても、スパイ小説の戒めが日常のなかで浮かぶほどにすさんだ世相には、ただ首を振るばかりである

 仕事に送り出した家族の方も、夜となく、昼となく、無事を祈って手を合わせているだろう。タクシーを降りるときにはせめて一言、ねぎらいの気持ちを伝えようと思っている。

1月7日付 編集手帳 読売新聞

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1.06.2009

祈りの元号「平成」 内外、天地ともに平和が達成される・・・ 編集手帳 八葉蓮華

祈りの元号「平成」 内外、天地ともに平和が達成される・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 8年前、アフガニスタンの旧支配勢力タリバンがバーミヤン遺跡の大仏を爆破したとき、皇后陛下の詠まれたお歌がある。〈知らずしてわれも撃ちしや春闌(た)くるバーミアンの野にみ仏在(ま)さず〉

 人間の心に宿る憎しみや不寛容の表れとして仏像が破壊されたのだとすれば、知らず知らずに自分もまた一つの弾を撃っていたのではないだろうか、と。「皇后陛下お言葉集 あゆみ」(海竜社刊)に収められている

 森羅万象に痛覚を研ぎ澄まし、ともに悲しみ、ときに自身の心に責めの刃をあてる。仕事という言葉が適切かどうか分からないが、「祈り」という皇室の仕事は苛酷(かこく)なものだと、しみじみ思う

 天皇陛下が昭和天皇の崩御に伴い、第125代天皇に即位されて、あすで20年を迎えられる。震災、テロ、戦争、いまの経済危機…歴史を顧みても四海波静かな時代などはそうそうないが、この20年も両陛下にはご心労の絶えない歳月であったろう

〈内平らかに外成る〉〈地平らかに天成る〉(内外、天地ともに平和が達成される)。祈りの元号「平成」のもとで産声を上げた赤ちゃんも、成人の年ごろである。

1月6日付 編集手帳 読売新聞

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1.05.2009

味がなくなったらすぐに吐き捨てる・・・ 編集手帳 八葉蓮華

味がなくなったらすぐに吐き捨てる・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 日本では古来、スルメは縁起物である。正月飾りや婚礼、大相撲の土俵の下にも供え物として埋められる。生きのいいイカを開いて干す。手間をかけることで甘味やうま味が増して日持ちもする

 和歌山南漁協すさみ支所が特産のスルメイカを真空パックにしたはがき「するめーる」を作っている。1枚230円の年賀状バージョンは昨年末に2万枚を売った。明けまして…と届いたスルメをあぶり、友を思って杯を重ねた方もおられよう

 そんな正月気分が抜けない5日から通常国会が始まる。安倍、福田、麻生と首相の顔は今年も違う。麻生内閣は発足3か月余で支持率が急落した。自民党幹部は「味がなくなったらすぐに吐き捨てる。チューインガム政治でいいのか」と嘆く

 選挙目当てで国民に人気がありそうな人物をこぞって首相に推しておきながら、結束して政権を支えようとしない自民党も責めは免れまい

 賞味期限が近づいたら食品を店の棚から下げてしまうように、政治家を使い捨てにするばかりでは日本は貧しくなる。総選挙の年。噛(か)めば噛むほど味が出るスルメのような政治家を育てたい。

1月5日付 編集手帳 読売新聞

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1.04.2009

超高齢社会の到来 第二の人生で後世に残る仕事を・・・ 編集手帳 八葉蓮華

超高齢社会の到来 第二の人生で後世に残る仕事を・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 初詣での善男善女でにぎわう東京・深川の富岡八幡宮で、参道の鳥居をくぐるとすぐ左手に伊能忠敬の像があった。方位磁石を仕込んだ杖(つえ)を手に、旅の第一歩を大きく踏み出している。その時、忠敬55歳

 江戸勧進相撲の発祥地としても知られるこの神社で道中の無事を祈願した後、蝦夷地(えぞち)へと最初の測量に出た。天文や測地などを本格的に学び始めたのは、家督を譲って江戸に移り住んだ50歳の時からである

 現代に当てはめれば、会社を退職した後の60代なかばあたりで新たな挑戦を開始し、70歳前後で世界に飛び出す、といった感じだろう。第二の人生で後世に残る仕事を成した代表例だ

 「伊能大図」の日本列島214枚をつなげると30メートル四方より大きくなるという。これを復元して全国で巡回展示する準備が進んでいる。昨年末に、一部がまず富岡八幡宮でお披露目された

 今年2009年は団塊世代の全員が還暦を越える。超高齢社会の到来――などと喧(かまびす)しいけれど、さらに上の世代も含めて、まだまだ老け込む時ではないだろう。大図を描くために伊能忠敬が歩測した道のりは4000万歩にも及ぶ。

1月4日付 編集手帳 読売新聞

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1.03.2009

生誕100年 空から落ちる運の矢を待つ・・・ 編集手帳 八葉蓮華

生誕100年 空から落ちる運の矢を待つ・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 寒さしのぎに、というのでもないが、季節外れの歌を引く。〈夏は来ぬ亡き啄木の恋がたり聴きし夜に似る星空にして 吉井勇〉。遠い青春を回想している

 「星空」の一語に、スバルを重ねていたかも知れない。勇に石川啄木、北原白秋も参画して文芸誌「スバル」が創刊されたのは100年前、1909年(明治42年)の1月である。当時は皆22~23歳、恋がたりもあったろう

 母の胎内にあって若い詩人たちの躍動に刺激されたかどうか、太宰治、中島敦、大岡昇平、松本清張と、この年に生まれた作家には後年、文学史に独自の地平をひらいた人が少なくない。いずれも生誕100年にあたる

 人生に日の差す時期、光のあたる季節は人それぞれに違うものだと、“同い年”の作家の名前を並べてしみじみ思う。太宰や敦がその短い生を終えたとき、清張はまだ一編の作品もない無名の人だった

 「スバル」を彩った詩人、堀口大学に「詩生(しせい)晩酌(ばんしゃく)」という詩がある。〈空から落ちる運の矢を待つ/毎晩ゆっくり酒を酌む〉。わが「運の矢」はいま、どのあたりを落下中か…と、冬の冴(さ)えた星空を仰いでみる。

1月3日付 編集手帳 読売新聞

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1.01.2009

暖かいものと冷たいものが接触してつくる水滴・・・ 編集手帳 八葉蓮華

暖かいものと冷たいものが接触してつくる水滴・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 息でくもる窓に、指で丸や三角を描く。手でぬぐい、また息を吹きかけて今度は自分たちの名前だろう、何か文字を書いている。年の瀬に乗った電車で、姉妹らしき子供が遊ぶのを見た

 空気には目に見えない水の粒が浮かんでいて、暖かい空気が冷たいものに触れると、見えない粒はしずくに変わるのです。寒い朝、窓に息を吹きかけてごらんなさい…

 何十年か前、小学校の理科の時間に教わった結露の仕組みを思い出したのは、少女たちが小さな靴裏をこちらに向けて顔を寄せ合った夜の車窓に、ふと学校の黒板を連想したせいだろう

 暖かいものと冷たいものが接触してつくる水滴――涙もそうかも知れない。〈からたちのそばで泣いたよ/みんな、みんな、やさしかったよ〉。北原白秋「からたちの花」の一節だが、こごえた心が人の優しい気遣いやちょっとしたしぐさに触れて目に露をむすぶ作用は、誰もが経験で知っている

 新聞とはときに、「悲しみの入れ物」でもある。心痛む出来事を報じる記事が、紙面を冷たく覆う日もあるだろう。息でくもる小さな窓でありたいと、年の初めに念じている。

1月1日付 編集手帳 読売新聞

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