11.01.2010

読書週間、秋の夜更け、じっと耳を澄ますものに事欠かない季節・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 「神田古本まつり」でにぎわう東京・神保町の古書店街を散策して、ひとつ買い物をした。研究社出版『英和笑辞典』で時価1000円也(なり)、奥付には「昭和36年9月30日発行」とある

 ぱらぱらめくってみると〈【duty】義務=うんざりして受け、いやいや遂行し、はれやかに吹聴する〉、あるいは〈【Eve】イブ=貴方(あなた)よりいい男がいたのよ、と言えなかった女〉など、どれも気が利いている

 以前の持ち主が気に入った個所なのだろう、幾つか傍線が引いてある。〈【mirage】空中楼閣=綴(つづ)りがmarriage(結婚)に似ており、意味もほとんど同じ〉や〈【wedding】婚礼=自分で花を嗅(か)げる葬式〉などの傍線をみれば、その方面でご苦労されたお方か

 傍線ひとつに、名前も知らぬ人が「ね、ここ、いいでしょう?」と顔を出す。読書は著者との対話だといわれるが、かつての所蔵者を交えての“鼎(てい)談(だん)”も古書をひらく楽しみに違いない

 読書週間が始まった。虫の声、雨の音、そして〈【book】本=声なき言葉〉――秋の夜更け、じっと耳を澄ますものに事欠かない季節である。

 10月30日付 編集手帳 読売新聞
創価学会 地球市民 planetary citizen 仏壇 八葉蓮華 hachiyorenge