3.30.2010

送る身、送られる身「葬式は、要らない」ともかくも跡の始末・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 江戸の浮世絵師、歌川豊春に辞世の一首がある。〈シんで行く地獄の沙汰(さた)はともかくも跡の始末は金次第かな〉。心にかかる「跡の始末」とは残していく借財か、あるいは葬儀のことか

 作者未詳の歌もある。〈シんだとて知らせてやれば来にゃならぬ つい忘れたとうっちゃっておけ〉。二首の歌を引くまでもなく、葬儀を営む側には、費用の心配と、参列者をわずらわせる申し訳なさとがつきまとう

 宗教学者、島田裕巳氏の『葬式は、要らない』(幻冬舎新書)が売れているという。送る身、送られる身、思案する人が多いのだろう

 洋画家の梅原龍三郎は〈葬式無用 生者はシ者の為(ため)にわずらわされるべからず〉と遺言状に記した。幾度か肉親を送った経験を顧みて、悲しみのあとに用意された葬儀という非日常の“異空間”に救われた気がしないでもない。日常のなかで真向かう喪失感はたぶんもっとつらかったろう。画伯の言葉に半分うなずき、半分うなずけずにいる

 香華を供えつつ、送られた人の声も聴いてみたいところだが、いつものことで、何も答えてはくれない。春の彼岸も、あすで明ける。

 3月23日付 編集手帳 読売新聞
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3.28.2010

医療費も膨らませている“健康”を強要するような論理で増税・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 〈あなたが酒も飲まず、たばこも吸わず、車も運転しないなら、納税義務を回避している〉。外国にそんな箴言(しんげん)があった。無論、取りやすい所から取る、という税制の一面に向けた皮肉であろう

 これからは下戸でもコーラやサイダーなどが大好きなら、堂々たる納税者として胸を張れる時代が来るかもしれない。米ニューヨーク州が「砂糖入り清涼飲料税」の導入を目指している。今月末に州議会で採決するそうだ

 課税する理由は、甘い清涼飲料が肥満の人を増やし、州政府の医療費も膨らませているから、という。まぁ何となく、もっともらしい理屈ではある

 ただ、たばこならば受動喫煙の被害もあり、課税強化が支持されるのは分かるものの、酒そして清涼飲料へとまるで“健康”を強要するような論理で増税の動きが広がるのは薄気味悪い。例えば、立体映像テレビは目に刺激が強いから「3D税」を、などと言われたらたまらない

 税金に関する外国の箴言をもう一つ。〈この世で最良のものは無料であることだが、政府は絶対に課税する方法を見つけようとする〉。日本では御免(ごめん)蒙(こうむ)りたいものだ。

 3月21日付 編集手帳 読売新聞
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3.26.2010

失敗をとがめられ「身命を賭して」使い捨て・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 坑道を両方向から掘り進む。中間地点でつながるはずが、地層がずれていたか、うまくつながらなかった。測量技師ニコライ・ミーコフは逮捕される。刑法58条〈工業、運輸の破壊〉により、懲役20年の刑に服した

 旧ソ連の反体制作家ソルジェニーツィン氏がスターリン独裁下の暗黒政治を描いた『収容所群島』(新潮社)のひとこまである。地球上にはかつて、恐怖によって統治される国があった

 と、過去形で語るのは早計らしい。北朝鮮・朝鮮労働党の朴南基(パクナムギ)・前計画財政部長が処刑されたと、韓国の聯合ニュースが伝えた。昨年実施したデノミネーション(通貨単位の切り下げ)の失敗をとがめられ、銃サツされたという

 閉鎖的な国のこと、例によって真相はよく分からないが、もともとが無理筋の政策であり、報道の通りならば気の毒な話である。独裁国家の失政である以上、全責任の所在は独裁者その人をおいてほかにはあるまいに

 わが永田町には、閣僚や与党幹部であった昔の失敗をほろ苦く思い出し、身震いした人もいるだろう。「身命を賭して」が使い捨ての修辞で終わる国のありがたさよ。

 3月19日付 編集手帳 読売新聞
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3.24.2010

自身を偉人になぞらえ“自己見立て”丈夫な神経がうらやましい・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 日本の政治談議には「見立て」が多い――そう語ったのは作家の丸谷才一さんである。決断の速い政治家がいれば織田信長に見立て、派閥のボスに反旗を翻した政治家がいれば明智光秀に見立て…といった傾向を指す

 丸谷説によれば、日本の政治家は言葉で自分を印象づけない。〈見立ては、言葉の才能の乏しい政治家たちを無理やりスターに仕立てるための、大衆の知恵なのかもしれない〉と(文春文庫『半日の客 一夜の友』)

 偉人に見立てたい政治家がいるうちはいい。いなくなり、大衆が見立てをやめたらどうなるか? 政治家は自身を偉人になぞらえ、“自己見立て”をするしかない

 兄の鳩山由紀夫首相は昨年10月の所信表明演説で、政権交代は「無血の平成維新」であり、「国民への大政奉還」であると語っている。自民党を離党した弟の鳩山邦夫・元総務相は、党内の執行部批判勢力を融合するべく、みずからを「薩長連合」の坂本龍馬に重ねているらしい

 “見立て”に税はかからないから、べつに文句をつける筋合いはないが、与党、野党を問わず、政治家諸氏の丈夫な神経がうらやましい。

 3月17日付 編集手帳 読売新聞
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3.21.2010

「古いニオイ」新党と言う前に、何を捨て、何を引き継ぐのか・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 歌舞伎の六代目尾上菊五郎が〈菊五郎一座〉を主宰していた頃という。あることで怒り、「〈菊五郎一座〉なんて解散だ」と宣言した。周囲が頭を抱えると六代目いわく、「きょうから〈菊五郎劇団〉だ」

 激情に駆られるときもどこかユーモラスな名優の素顔を伝えている。「新党」をめぐって揺れる自民党の報道に接するたび、六代目の挿話が頭をかすめる

 新党の結成を目指す鳩山邦夫・元総務相が自民党に離党届を提出した。与謝野馨・元財務相や舛添要一・前厚生労働相も新党を視野に、党執行部批判を強めている

 鳩山政権が人気のない理由の一つは、「政治とカネ」の醜聞にまみれた首相や小沢一郎・民主党幹事長に“古い自民党のニオイ”がするからである。国会で両氏の醜聞をいくら厳しく追及したところで、自分で自分の体臭を攻撃する自民党の支持率が好転しないのは当然だろう。新党、新党と言う前に、自民党の何を捨て、何を引き継ぐのか――その議論が聞こえてこない

 〈自民党一座〉から生まれるのが中身の変わらない新党〈自民党劇団〉ならば、民主党には痛くもかゆくもなかろう。

 3月16日付 編集手帳 読売新聞
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3.20.2010

ツリーを見上げ「東京タワー」様々に人生の思いを投影していく・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 芥川賞作家で読売新聞の先輩記者でもあった日野啓三さんは、大病の手術後に鎮痛剤の作用で幻覚の中にいた時、現実の世界につなぎとめてくれたのは病室の窓から見える東京タワーの存在感だった、と書いている

 リリー・フランキーさんの私小説「東京タワー」も、こう書き出す。〈それはまるで、独楽(こま)の芯のようにきっちりと、ど真ん中に突き刺さっている。東京の中心に。日本の中心に。ボクらの憧(あこが)れの中心に。〉

 東京タワーに淡く、あるいは深く、それぞれ思い入れを持つ人は多いだろう。その人たちは今、ちょっぴり複雑な気持ちかも知れない。建設中の東京スカイツリーが、今月中にも333メートルを超えるという

 ツリーはさらに伸び続け、完成すると634メートルになる。2倍近くも高さで抜かれる東京タワーを擬人化して心境を推し量れば、みるみるうちに大きくなった息子や娘を仰ぎ見る昭和世代の親、といったところか

 いずれ今日の若者たちはタワーよりはツリーを見上げ、様々に人生の思いを投影していくのだろう。タワー世代にとっては寂しいけれど、それはそれで楽しみなことでもある。

 3月14日付 編集手帳 読売新聞
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3.18.2010

ピース「表へ出ろ!」操縦室内で記念撮影を繰り返し・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 いまは亡き落語家の春風亭梅橋さん――というよりも、テレビの人気者だった二つ目時代「柳亭小痴楽」の名前に馴染(なじ)みの深い方も多かろう。その人に、旅客機で空を飛んでいたときの逸話がある

 隣り合った乗客とささいなことで口論になり、梅橋さんは威勢のいい啖呵(たんか)を切った。「表へ出ろ!」。演芸評論家の吉川潮さんが『落語の国芸人帖』(河出書房新社)に書き留めている

 地上の居酒屋と勘違いをする乗客も困りものだが、地上の物見遊山と勘違いをする乗務員よりはまだしも罪がない。スカイマークの副操縦士が飛行中の操縦室内で客室乗務員らと記念撮影を繰り返していた問題で、前原誠司・国土交通相がスカイマークから提出を受けた写真を公表した

 操縦席で機長と客室乗務員が進行方向に背を向け、ポーズをとっている。何が楽しいのか、指を立てて「ピース」である。その何秒間かに不測の事態が生じず、阿鼻(あび)叫喚に至らず、多数の人命が失われなかったのは、ただただ幸運というほかはない

 怖がり屋で飛行機が嫌いだった梅橋さんが見たならば、間違いなしに、「表へ出ろ!」である。

 3月13日付 編集手帳 読売新聞
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3.17.2010

名残の雪と会いに「北」へ、サクラ前線を迎えに「南」へ・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 地図で見る日本列島は斜めに連なっている。北日本と南日本でもよさそうなものを、東日本と西日本に分けているのはなぜだろう。相撲の番付も東と西、芝居の口上も「とざい、とうざい」、関ヶ原の合戦も東軍・西軍である

 国文学者の池田弥三郎さんによれば〈天子は南面す〉、天子は南を向いて立つのが定位置である――とする古代中国の思想に由来するという。南面する位置から見れば、世の中は右と左(西と東)に分かれて映る、と

 東西に比べて少々なじみの薄い南北だが、習慣に逆らって列島を「北」日本と「南」日本に分けてみたくなる季節があるとすれば今ごろだろう

 一昨日、“北国”青森県八戸市で1日の降雪量としては史上最高の61センチを記録した。同じ日、“南国”高知市では最速タイ記録でサクラの開花が発表されている。〈日本 長き琴のごと…〉とはフランスの詩人クローデルの詩の一節だが、早春の雪と花の便りほど、琴の長さを実感させてくれるものはあるまい

 名残の雪と会いに「北」へ、サクラ前線を迎えに「南」へ、行けもしない旅に胸の内が波立つのも南北の季節である。

 3月12日付 編集手帳 読売新聞
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3.16.2010

きらきらと「源実朝」大イチョウが根元から折れ・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 歌人の佐佐木幸綱さんに一首がある。〈刺すことの刺さるることのきらきらと輝きながら乱世は誘う〉。「源実朝」と題する連作にある。「きらきらと」は白刃の光だろう

 鎌倉幕府の3代将軍、源実朝は甥(おい)・公(く)暁(ぎょう)の手にかかり、鎌倉の鶴岡八幡宮でコロされた。曲がりなりにも公武対立の緩衝役を務めていた実朝のシにより、幕府との協調に絶望した後鳥羽上皇は倒幕を決意し、時代の歯車は乱世に向かって回転していく

 樹齢800年から1000年以上、暗サツ者が隠れていたとの伝承をもつ境内の大イチョウ(神奈川県指定の天然記念物)が強風のためか、根元から折れ、倒れたという

 〈大海(おおうみ)の磯もとどろに寄する波割れて砕けて裂けて散るかも〉(『金槐和歌集』)。実朝は万葉調の力強い調べの歌を残した歌人としても名高い。あり余る詩才を抱きながら26歳で非命に倒れた貴公子も、時代の暴風に翻弄(ほんろう)された1本のイチョウの木であった、と言えなくもない

 「そういえば遠い昔、かの人も、このようにして…」――樹木にも記憶というものがあるならば、倒れゆく刹那(せつな)、樹肌をよぎる感慨もあったろう。

 3月11日付 編集手帳 読売新聞
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3.15.2010

「密約」悲惨と不快のどちらを選ぶか、という苦渋の選択・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 「究極の選択」という言葉が流行したのは20年ほど前だろう。雑誌か何かで読んだ川柳を記憶している。〈究極の選択 便所か終電か〉。どちらをあきらめるか、脂汗を浮かべて思案している

 政治家も脂汗の選択を迫られるときがある。経済学者のガルブレイス氏は〈政治とは、悲惨と不快のどちらを選ぶか、という苦渋の選択だ〉と述べている

 核持ち込みを巡り、日米間に「密約」や「暗黙の合意」があったとする報告書を外務省の有識者委員会がまとめた。国民に隠し事をする“不快”と、核の抑止力を拒絶した場合に生じかねない安全保障上の“悲惨”と――密約は苦渋の選択であったに違いない

 一触即発の東西冷戦下、という密約を結んだ当時の事情には理解を寄せるにしても、外交機密とは可能な限りすみやかに主権者たる国民に明かされるべきものであり、今回の検証結果が政権交代の木に実った一つの果実であるのは認めざるを得ない。鳩山政権はさて、これからどういう対米政策をとるのだろう

 北朝鮮の核の脅威や、中国の軍事大国化が懸念されるなかで、よもや“悲惨”の道は選ぶまいが。

 3月10日付 編集手帳 読売新聞
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3.14.2010

ルール変更「企業・団体献金」を禁止するべく動き出す・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 野球のナックル・ボールは回転せず、揺れるように変化する。蝶(ちょう)のようにダンスをする軌道は読みにくい。打者から厄介がられるばかりでなく、後逸しやすい捕手泣かせの難物でもある

 歴戦の大リーガー、サンディー・アロマー捕手がナックル・ボールを捕球する感触を問われたときの、“迷答”が伝わっている。「ぼくに聞いても無駄だ。バックネットに聞くがいい」

 失策に懲りた誰かが、もしも、「いっそのこと、ナックル・ボールを投げるのは禁止しよう」と主張したならば、どうだろう。「ばかを言いなさんな。おまえさんが捕球の技術を磨けば済むことだ」、一笑に付されるに違いない

 政治資金という名のボールを、あっちへ逸(そ)らし、こっちへ逸らし、観客席の有権者から激しいブーイングの集中砲火を浴びている民主党が、「企業・団体献金」を禁止するべく政治資金規正法の改正に動き出すという

 H監督、剛腕で鳴るO選手、新人女性のK選手…と、自軍に失策がつづいたからといって、野球のルールを変更する理由にはなるまい。まじめに練習を積み、自分たちが上達すればいいことである。

 3月9日付 編集手帳 読売新聞
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3.12.2010

マニフェスト「甘い水」一色、次の選挙しか考えない・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 「政治屋は次の選挙しか考えない。政治家は次の世代を考える」。19世紀に活躍した米国の牧師の言葉ともリンカーン大統領の言葉とも言われる。「家」がしばしば「屋」に堕落するのは古今東西変わらぬらしい

 民主党のマニフェスト(政権公約)をみると、選挙を重ねるたびに「屋」の様相を強めていることがわかる。2003年の総選挙は「次世代に過大なツケを残さない」として財政再建プランの策定を掲げていた

 小泉郵政選挙で大敗した05年衆院選までは、「甘い水だけでなく苦い薬も必要だ」として、年金財源用に消費税率を3%引き上げるなど国民に負担を求める施策も掲げていた

 「甘い水」一色になったのは、小沢幹事長が代表時代の07年参院選からだ。農家への戸別所得補償制度などバラマキ型の公約が前面に打ち出された。昨年夏の総選挙では細々と残っていた財政再建目標すら姿を消した

 財源のあてがないまま、子ども手当の満額支給に踏み切るのか。4年間は消費税を上げないと言い続けるのか。参院選のマニフェスト作りは、民主党の政治「家」度を測る格好のバロメーターになる。

 3月7日付 編集手帳 読売新聞
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3.11.2010

「ありがとう」の励みなくして農家に後継者は育つまい・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 倉本聰さんのドラマシナリオ『北の国から』で主人公・五郎が語る。いまの農家は気の毒だ、と。どんなにうまい作物をつくっても、ありがとうを言ってもらえない。誰が食べているのか分からない

 〈だからな。おいらは小さくやるのさ。ありがとうって言葉の聞こえる範囲でな〉(理論社刊)。NPO「食と農」を主宰する宮崎隆典さんにいただいた講演会の案内状を読みながら、五郎の言葉を思い浮かべている

 「ありがとう」の励みなくして農家に後継者は育つまい。食品の大量廃棄は「ありがとう」の欠如そのものだろう。輸入頼みの低い食料自給率のもとでは「ありがとう」を言うすべもない。農業問題の根は5文字のひらがなに行き着くようである

 今月10日、都内・文京シビック大ホールの講演会では、食文化論で知られる小泉武夫(東京農業大学名誉教授)、赤堀博美(赤堀料理学園校長)両氏が処方箋(しょほうせん)を具体的に語られるという

 明治生まれの歌人に吉植庄亮が(よしうえしょうりょう)いる。〈豊(とよ)葦原瑞穂(あしはらみづほ)の国の国民(くにたみ)に生れて楽しわれは百姓(たづくり)〉。食と農が5文字で結ばれていた昔の、現代人の目にはまぶしい歌である。

 3月6日付 編集手帳 読売新聞
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3.10.2010

崩れる音「親は選べない」世の中、歯車がどこか狂っている・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 古典落語『松山鏡』に歌が出てくる。〈子は親に似たるものぞよ 亡き人の恋しきときは鏡をぞ見よ〉。亡き父母に逢(あ)いたいときは鏡をごらん。そこにいるだろう、と

 子供は親に似るものである。薔薇(ばら)の木に薔薇の花が咲くごとく、何の不思議もない。似ているだけで、ただそれだけで、5歳の子がなぜ、親から「シ」を与えられねばならないのだろう

 奈良県桜井市の吉田智樹ちゃんがガシした事件で両親が逮捕された。母親(26)は「夫婦仲が悪く、(子供が)夫に似ているのが憎らしくてギャク待した」、そう供述しているという。父親(35)は見て見ぬふりをしていたらしい。夫婦仲が元に戻れば、「似ててもご飯をやるから生き返って来い」と霊前に告げるのか。俗に「親と上司は選べない」と言うが、その子が哀れでならない

 埼玉県蕨市でも4歳児が衰弱シしている。国文学者の中西進さんによれば、母を形容する古語「たらちね」の「たらち」とは満ち足りた乳、「ね」は確固不動のものに付ける言葉「根」であるという。東で、西で、確固不動のものが崩れる音を聴く

 世の中、歯車がどこか狂っている。

 3月5日付 編集手帳 読売新聞
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3.09.2010

緊張感が足りない「遅刻」時間を極力有効に使おうと、利口な人が多い・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 汽車好きで知られた内田百●は随筆『阿房列車』シリーズのなかに書いている。発車時刻まで余裕をもって駅に行く人と、ぎりぎりを狙って遅刻する人を比べると、〈乗り遅れる側に、利口な人が多い〉と(●は門構えに月)

 いつも小一時間は駅で待つ「利口でない」典型の我が身には心の弾まぬ洞察ではあるが、利口な人が時間を極力有効に使おうとするのはお説の通りだろう

 きのうの参院予算委員会に閣僚3人が遅刻し、開会が15分遅れて議場が一時騒然となった。3氏は陳謝したものの、鳩山首相は記者団に「緊張感が足りない」と苦い顔で語った。利口なところは遅刻ではなく、答弁で発揮してくれればいい

 政治家の進退にも、時機を逸する“遅刻”はあろう。東京市長などを務めた後藤新平は、〈早し良し、ちょうど良し危なし〉の格言を残している。教員労組の裏金疑惑などカネ絡みの醜聞を抱える民主党だが、「ちょうど良し」の頃合いを見計らっているうちに傷口が化膿(かのう)しないか、ひとごとながら気に掛かる

 後藤は陸奥水沢(岩手県)の出身で、小沢一郎・民主党幹事長には同郷の大先輩にあたる。他意はない。

 3月4日付 編集手帳 読売新聞
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3.08.2010

その日、その日が勝負、投げやりな一日とてなかった・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 評論家の小林秀雄、中村光夫、作家の水上勉、3氏が講演旅行をしたときという。三重県松阪市の宿で迎えた朝、小林の姿が見えない。中村氏が近所を探し、公園のベンチに座って講演の練習をしているその人を見つけた

 「昨夜は、聴衆の手応えがなかったので…」。そう語ったという。〈その日、その日が勝負だった。投げやりな一日とてなかった先輩たちの修羅である〉と、水上さんが著書『文壇放浪』(新潮文庫)で回想している

 小林が晩年の大作『本居宣長』について国学院大学で講演した録音テープが見つかった。4月にCDの形で発売されるという

 同書は小林の思索の到達点とされ、録音テープはその成立過程をたどる貴重な資料である――といった学問的な関心は薄い人も、“修羅”をくぐり抜けた話術がどういうものであったか、ちょっと心が動くに違いない

 小林は『批評家失格』と題する一文に批評の気構えをつづっている。〈ドクは薄めねばならぬ。だが、私は、相手の眉間(みけん)を割る覚悟はいつも失うまい〉。思い入れの深い作品を語る声からは、きっと、その気魄(きはく)が聴き取れることだろう。

 3月3日付 編集手帳 読売新聞
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3.07.2010

「政治とカネ」高い倫理観と政治的な中立性が求められる教員・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 ウグイスの鳴き声を、平安時代の人々は「ホーホケキョ」ではなく「ヒトク」と聴いた。〈…ひとくとけさはうぐひすぞ鳴く〉と、光孝天皇の歌にもある。「人来」に掛け、恋しい人が訪れる心弾む予感をその擬声語に重ねたという

 ホッキョーソ――春は名のみの北海道から、奇妙な鳴き声が聞こえてきた。同じヒトクでも、こちらは「秘匿」に違いない

 昨年の衆院選で当選した民主党の小林千代美衆院議員(北海道5区)の陣営に選挙資金を不正に献金した疑いで、北海道教職員組合(北教組)幹部ら4人が逮捕された

 献金1600万円は北教組の裏金ともいわれる。高い倫理観と政治的な中立性が求められる教員の労組とは思えない。心浮き立つ春3月も、鳩山政権には「政治とカネ」がついてまわる

 小銭の授受ではなし、小林議員が不正献金を「全く存じ上げていない」のも不思議な話である。12億円もらって「知らなかった」首相といい、嫌疑不十分での不起訴を潔白の証しと言い張る幹事長といい、民主党には疑惑の渦中に身を置いたとき、ヒトクならぬ「人を食う」とでも鳴く党則があるらしい。

 3月2日付 編集手帳 読売新聞
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3.06.2010

天災に接するたびに、誰もが同じ、ひとつの星に暮らしている・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 琉球諸島にはヤドカリを人間の起源とみなす神話があるという。昔の世を「アマン(=ヤドカリ)ユー」すなわち「ヤドカリの世」と見た。ヤドカリが阿檀(あだん)という木の実を食べて人間に生まれ変わった、と

 榎本好宏さんの『季語語源成り立ち辞典』(平凡社)に教わった知識だが、天災に接するたびにこの神話が胸をよぎる。いかに高度な文明を築いても人間は、地球という名の荒ぶる巻き貝に宿りする寄宿人でしかない

 できることは、科学と情報と経験とを総動員し、家主のもたらす気まぐれな厄災からその都度、難を避けることだけだろう

 きのうはチリ巨大地震による津波の警戒に明け、暮れた。震源は地球の裏側でも津波は押し寄せる。“遠い国”も“近い国”もない。誰もが同じ、ひとつの星に暮らしている――当たり前の事実を、いまさらながら噛(か)みしめた方もあったはずである

 現在のところ、国内で人的被害は出ていないが、チリの被災地を思えば「幸いにも」と言い表す気持ちにはなれない。瓦礫(がれき)の下で、大勢が生シの境にあろう。球形の巻き貝に同居する友に、救いの手を急がねばならない。

 3月1日付 編集手帳 読売新聞
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3.05.2010

福祉とはなかなか含蓄のある言葉、与えるも幸い、受け取るも幸い・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 「福」と「祉」、文字の意味はいずれも「さいわい」である。字典によれば、偏の「示」は、神様への捧(ささ)げ物を置く台を表す

 「福」の旁(つくり)は豊かな酒樽(さかだる)の象形だ。福とは祭りの時に捧げる酒肉であり、後に皆で分け合う。一方の「祉」はそこに神がとどまる、つまり幸せを授かることを意味するらしい。与えるも幸い、受け取るも幸いということだろうか。福祉とはなかなか含蓄のある言葉だ

 週末に「読売福祉文化賞」の贈賞式に立ち会った。受賞者は横浜市で路上生活者を支援している「NPO法人・さなぎ達」、習慣の違いや偏見に悩む在日外国人の生活相談にあたる「京都YWCA・APT」、福岡市を拠点に年50回ものコンサートを開く知的障害者のプロ楽団を旗揚げした「JOY倶楽部プラザ」の3団体

 活動の詳細は23日朝刊に紹介されている。福祉に携わる人たちの並大抵でない苦労には頭が下がるばかりだが、同時に、幸いを分かち合っているという充実感も見えてうらやましい

 心の酒樽を熟成させている人たちを、ささやかな賞で応援できる機会を得たというのもまた、幸せなことである。

 2月28日付 編集手帳 読売新聞
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3.04.2010

今日の「クライ」を明日の「キス」に変えられる・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 「キス&クライ」とは誰の命名だろう。フィギュアスケートのリンク脇、選手とコーチが採点の発表を待つ場所をいう。歓喜のキスと、嗚咽(おえつ)(クライ)の交差点である

 「キス」だけの人生はこの世にないとはいえ、まだ少女の面影を残す人の「クライ」を聴くのは、やはりつらいものである

 バンクーバー冬季五輪の女子フィギュアで浅田真央選手(19)が堂々の銀メダルに輝いた。それでも、息をのむほど完璧(かんぺき)な演技を見せた韓国の金妍児(キムヨナ)選手(19)に敗れたことがよほど悔しかったのだろう

 思い出した歌がある。〈はたちの日よきライバルを君に得て自ら当てし鞭(むち)いたかりき〉。詩人、堀口大学が西条八十の霊前に捧(ささ)げた一首という。「十九の日」ならば、氷上の二人だろう。自分の演技に納得していない――浅田選手は涙で途切れとぎれに語り、自責の痛い鞭をわが身に当てた。金選手もまた、好敵手の顔を脳裏に浮かべて猛練習を積んだだろうことを思うとき、金銀のメダルはともに両者の美しい共作と言えなくもない

 あなたには、今日の「クライ」を明日の「キス」に変えられる若さがある。時間がある。

 2月27日付 編集手帳 読売新聞
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