1.05.2011

いまはまだ名前も知らない人よ、待ちぼうけはさせないで・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 買い物に出た年の瀬の駅で、乗るつもりの電車が遅れた。飛び込み自サツだろうか、ホームのデジタル掲示板に「××駅で起きた人身事故のため…」と、遅れを詫(わ)びる案内が流れた

 そうめずらしくもない出来事である。光の文字が流れる数秒を唯一の接点に、わが人生とかかわった人の名前は知らない。壁に掛けた真新しいカレンダーを眺めて、考えるときがある。ほんとうは未来のどこかで出会うはずの人ではなかったか、と

 〈新年は、シんだ人をしのぶためにある〉。詩人の中桐雅夫は書いた。〈心の優しいものが先にシぬのはなぜか/おのれだけが生き残っているのはなぜかと問うためだ/でなければ、どうして朝から酒を飲んでいられる?〉(『きのうはあすに』)

 小学6年生の少女が孤独に耐えかねて自サツした事件を昨年、何度か取り上げた。中学や高校の友だち、恋人、伴侶、生まれてくる子供…多くの人々が未来で彼女を待っていたに違いない

 年の初め、新聞の片隅にあるこの小さな欄で、誰に何を語ろう。いまはまだ名前も知らない人よ、待ちぼうけはさせないで――と、ほかに浮かばない。

 1月1日付 編集手帳 読売新聞
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11.01.2010

読書週間、秋の夜更け、じっと耳を澄ますものに事欠かない季節・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 「神田古本まつり」でにぎわう東京・神保町の古書店街を散策して、ひとつ買い物をした。研究社出版『英和笑辞典』で時価1000円也(なり)、奥付には「昭和36年9月30日発行」とある

 ぱらぱらめくってみると〈【duty】義務=うんざりして受け、いやいや遂行し、はれやかに吹聴する〉、あるいは〈【Eve】イブ=貴方(あなた)よりいい男がいたのよ、と言えなかった女〉など、どれも気が利いている

 以前の持ち主が気に入った個所なのだろう、幾つか傍線が引いてある。〈【mirage】空中楼閣=綴(つづ)りがmarriage(結婚)に似ており、意味もほとんど同じ〉や〈【wedding】婚礼=自分で花を嗅(か)げる葬式〉などの傍線をみれば、その方面でご苦労されたお方か

 傍線ひとつに、名前も知らぬ人が「ね、ここ、いいでしょう?」と顔を出す。読書は著者との対話だといわれるが、かつての所蔵者を交えての“鼎(てい)談(だん)”も古書をひらく楽しみに違いない

 読書週間が始まった。虫の声、雨の音、そして〈【book】本=声なき言葉〉――秋の夜更け、じっと耳を澄ますものに事欠かない季節である。

 10月30日付 編集手帳 読売新聞
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10.22.2010

「反日」デモの標的「市民」政権転覆の予行演習をさせている・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 永井荷風が東京・銀座の洋食店に入ると、先客に子供連れの一家がいた。躾(しつ)けがなっていない。1933年(昭和8年)の日記にある

 〈子供は猿の如(ごと)く、室内を靴音高く走りまはり、食卓の上に飾りたる果物草花を取り、またはナイフにて壁を叩(たた)く〉。親は周囲の迷惑顔もどこ吹く風、叱(しか)りもしない。荷風は嘆いた。〈今の世の親たちは小児のしつけ方には全く頓着せざるが如し〉

 してよいこと、悪いことのけじめを教わらなかった子供は、どうなっただろう。おそらくはロクな大人に育たず、親を泣かせたに違いない

 趣旨が「反日」であれ、何であれ、デモはしてよいことである。暴徒化し、日系企業を襲撃するのは、して悪いことである。そのけじめを教えず、実行犯を本気で摘発しようとしない中国当局は洋食店の親と変わらない。暴徒の標的が党本部や官庁に移ってから躾けを始めて間に合うとでも思っているのか。乱暴狼藉(ろうぜき)の放置は、市民に政権転覆の予行演習をさせているのと同じであることに気づいていい

 俗に〈三つ叱って五つ褒め七つ教えて子は育つ〉。叱らずに、最後に泣くのは親である。

 10月19日付 編集手帳 読売新聞
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10.04.2010

国の行く末「戦略的互恵関係」隣人と、どう付き合っていくか・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 『源氏物語』で光源氏が言う。〈さかさまに行かぬ年月よ〉。時間は逆向きに流れてくれぬ、と。老いを語った言葉だが、過去に戻ることができないのは万物の宿命でもある

 潮位が10メートル上がり、のちに10メートル下がれば海面の高さは元の通りだが、水が引いた陸地の光景は一変していることだろう。さかさまに行かぬ年月よ、である

 省エネ家電などの部品に欠かせないレアアース(希土類)の対日輸出を停止していた中国が、規制の手綱を緩めたという。「尖閣」で悪化した日中関係の修復を模索している、との観測もある

 仮にそうだとしても、日本の大使を休日の真夜中に呼び出したり、報復さながらに日本人の身柄を拘束したり、品のない振る舞いに、多くの日本人の中国を見る目が一変したあとである。「戦略的互恵関係」を無邪気に語れた過去に戻ることはできまい。この図体(ずうたい)の大きな傲(おご)れる隣人と、どう付き合っていくか

 民主党の代表選挙、内閣改造、尖閣と、政治に揺れた9月もきょうで終わる。〈かんがふる一机(いっき)の光九月尽(くがつじん) 森澄雄〉。菅首相にも秋の夜長、国の行く末をじっくり考えてもらおう。

◆9月30日付 編集手帳 読売新聞
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9.19.2010

ため息をひとつ「命」子供が18人います。1日に3人ずつ・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 題名を『命(いのち)屋(や)』という。〈「命屋」さんがあればいいね/でも/命を買い替えられたら/みんな一生けん命/生きないかもね/そしたら/つまらない人生になるね〉

 かつて本紙の『こどもの詩』欄に載った一編で、作者は小学3年生の男児である。「人生」や「命」といった大人でもときに持て余す重たいテーマに、こういう洞察のできる年ごろである。その記事を読み返しながら、ため息をひとつ、ついてみる

 「子供が18人います。1日に3人ずつコロすと、何日で全員を殺せるでしょう?」。愛知県岡崎市の市立小学校で3年生のクラスを担任する男性教諭が、算数の授業でそういう出題をしたという。市の教育委員会は口頭で厳重注意し、担任を外した。児童の興味を引くためにリンゴやミカンとは違う出題をしたらしいが、冒頭の詩と読み比べて、どちらが大人でどちらが子供か分からない

 本紙掲載の詩を、もう一つ引く。題は『右側が見えづらい弟』、障ガイをもつ弟のことを書いている。その一節。〈だから私はいつも弟の右側にいる〉。こちらは小学4年生の女児である

 子供をなめてはいけない。

 9月16日付 編集手帳 読売新聞
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9.05.2010

花板「みんなで仲良く」清潔さでも料理でもしくじって・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 首相のことを「宰相」ともいう。白川静氏の『常用字解』によれば「宰」の字は、屋根(ウ冠)の下に包丁(辛)を置いた形であるという。料理屋で言えば首相とは、板場を仕切る最上位者「花板(はないた)」かも知れない

 菅さんが花板を務める料亭「民主」はいまのところ、清潔なだけが取り柄(え)である。肝心の料理を褒める人はそう多くないが、手をきちんと洗わない板前を板場から締め出していることで、客の評判を何とか保っている

 「料理の腕は俺が上だぜ」――締め出され組の小沢さんが次期花板に名乗り出て大騒ぎになった

 そこに「まあまあ、ご両人、みんなで仲良く板場に立って“挙板態勢”で参りましょう」と、清潔さでも料理でもしくじって辞めた前花板・鳩山さんが割り込んで話を余計ややこしくする。「みんなで仲良く」が手を洗わぬ板前にも調理させることを意味する以上、清潔さだけで料亭支持率を保っている菅さんが「うん」と言うはずもない。店内の声を聞いて花板を決めることに落ち着いたのは良かった

 菅さんは料理の腕を磨くべし。小沢さんは手を洗うべし。客の注文はそれに尽きる。

 9月1日付 編集手帳 読売新聞
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8.31.2010

叩かれたくなければ蠅叩きの上にとまるのが安全である・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 ドイツの思想家、ゲオルク・リヒテンベルクは著書『雑記帳』に書いている。〈蠅(はえ)は叩(たた)かれたくなければ蠅叩きの上にとまるのが安全である〉と。日本でも知恵のまわる蚊は能楽師の鼓を持つ手ではなく、打つほうの手にとまるとか

 蠅や蚊を例に引くのが礼を失しているならば、黄金虫でもいい。小沢一郎氏からは「下種(げす)の勘ぐり」とお叱(しか)りを受けるのは覚悟の上で、民主党代表選に出馬する意思を固めたほんとうの心を尋ねてみたいところである

 政治資金事件で検察審査会が今秋にも下す議決次第で、小沢氏は強制起訴となる可能性がある

 その時に氏が首相の座にあれば、憲法の規定により起訴を免れる。政治の信頼は、しかし、地に落ちるだろう。国政を混迷に導く議決をしてよいものか、どうか――検察審査会のメンバーは、おそらく悩むに違いない。小沢氏が議決に一切介入をしなくても、“小沢首相”の存在自体が圧力になる。わが身を叩くかも知れない司法の手の上に、政治家はとまってはいけない

 同じ虫ならば、円高・株安の闇に明かりをともす蛍(ほたる)となって時節を待つ道もあったはずである。

 8月27日付 編集手帳 読売新聞
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8.19.2010

子がわれかわれが子なのかわからぬまで子を抱き・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 河野裕子さんの歌は小欄でも過去に何度か引用させてもらった。どの記事も、ふさぐ心で筆をとった記憶がある

 例えば6年前、大阪府内の男子中学生(当時15歳)が親から食事らしい食事を与えられず、小学2年並みの体重24キロ、骨と皮の餓シ寸前で保護されたときに引いた一首。〈しつかりと飯を食はせて陽(ひ)にあてしふとんにくるみて寝かす仕合(しあわ)せ〉

 あるいはロシア南部、北オセチアで武装集団が学校を占拠し、100人を超す子供たちが犠牲になったときに引いた一首。〈朝に見て昼には呼びて夜は触れ確かめをらねば子は消ゆるもの〉。ふっと世相が暗くなるたび、燭(しょく)台(だい)の灯を借りるように河野さんの歌を借りてきた

 「母性」というものを詠ませては、当代随一であるのみならず、記紀万葉から数えても指折りの歌人であったろう。乳がんを手術し、闘病生活を送っていた河野さんが64歳で亡くなった

 いままた、母親の「育児放棄」によって幼い命が二つ、無残に散ったばかりである。〈子がわれかわれが子なのかわからぬまで子を抱き湯に入り子を抱き眠る〉。その人が残した燭台の灯が胸にしみる。

 8月14日付 編集手帳 読売新聞
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言ハザルト見ザルト聞カザル世ニハアリ思ハザルヲバイマダ見ヌカナ・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 〈私バカよね おバカさんよね…〉とはじまる細川たかしさんの歌『心のこり』が世に出た頃、曲名を見て、ある人が言ったという。「肩だけでなく、心も凝るんだねェ」

 出版社で編集者の経験が長い須磨野波彦さんが著書『日本語探偵出動』(冬花社)に書いていた。『心のこり』は、もちろん「心残り」だが、その人は「心の凝り」と勘違いしたらしい

 人は何かでミスをすると、〈私バカよね〉とつぶやいてストレスをため込む。ストレスが「心の凝り」であることを思えば、まんざら意味の通らぬ勘違いでもない

 ストレスを抱えた女性は妊娠しにくい――米国立衛生研究所などが研究結果をまとめた。子供を望む夫婦は、妊娠に失敗したことのストレスでいっそう妊娠しにくくなる悪循環に陥るという。「心の凝り」は生命の誕生にまで影を落とすようである

 〈言ハザルト見ザルト聞カザル世ニハアリ思ハザルヲバイマダ見ヌカナ〉。古歌にもあるように、「思わない」ことほどむずかしい行為はない。過去のつまずきは忘れるのが一番と分かっていても、心は肩のように揉(も)んでほぐせないのがつらい。

 8月13日付 編集手帳 読売新聞
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8.15.2010

日韓併合100年「首相談話」構想と交渉、功業にも罪科にもなり得る・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 〈ギョーカイで「誠意」というのはカネのことです〉と横沢彪(たけし)さんが著書で語っている。「もう少し誠意を見せて」は「もう少しギャラをくれ」と同義である、と(講談社『とりあえず!?』)

 横沢さんは『オレたちひょうきん族』など人気バラエティー番組のプロデューサーとして一つの時代をつくった人で、「ギョーカイ」はテレビ業界を指す

 誠意を受け取る側が金銭その他の目に見える形でもらいたがるのは、国益と国益、主張と主張が火花を散らす外交の世界も同じであろう。政府が日韓併合100年の「首相談話」を閣議決定した

 「痛切な反省」を表明した談話は抑制が利いており、内容にそう問題はない。心配の種は、韓国側が「誠意を目に見える形で示せ」と竹島の領有権問題や従軍慰安婦の補償問題などを絡めてきたときに毅然(きぜん)とした対応がとれるかどうか、だろう。菅外交の物腰次第で、「首相談話」は功業にも罪科にもなり得る

 番組の骨格を描き、スポンサーや出演者、放送作家と渡り合う。構想と交渉――外交は番組づくりに似ている。政権には、さて、凄腕(すごうで)のプロデューサーはありや。

 8月11日付 編集手帳 読売新聞
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8.14.2010

520人が犠牲になった「御巣鷹」事故からまもなく25年・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 文字を並べ、言葉をつらね、文章にするのが商売の身ながら、何も書きたくないときがある

 筆跡はどれも乱れている。松本圭市さん(29)は2歳の長男に「しっかり生きろ/哲也/立派になれ」と書いた。河口博次さん(52)は妻に、「ママ/こんな事になるとは残念だ/子供達の事をよろしくたのむ/本当に今迄(いままで)は幸せな人生だったと感謝している」と書いた

 遺書は東京・羽田の日本航空「安全啓発センター」に展示されている。圧力隔壁の破損で管制不能になった羽田発大阪行き日航123便が群馬・御巣鷹の尾根に墜落するまでの32分間に書かれたものである。520人が犠牲になった事故からまもなく25年になる

 客室乗務員のメモもある。「ハイヒールを脱いで下さい/おちついて下さい/身のまわりの用意をして下さい…」。不時着する場合に備え、機内放送の要点を書き留めたらしい。シの恐怖が充満した機内で、父親は最後まで父親たろうとし、乗務員は最後まで乗務員たろうとした

 目にした文章の、言葉の、文字の重さに引き比べ、おのが文章の空疎に嫌気が差し、何も書きたくないときがある。

 8月10日付 編集手帳 読売新聞
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8.10.2010

真夏の娯楽、野球の季節、テレビを見て、涼をとる・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 2人の刑事(志村喬、三船敏郎)が大観衆で埋まった後楽園球場で拳銃の密売犯を追う。黒沢明監督の映画『野良犬』である。脚本に「炎熱にとろけたアスファルト」とあるように真夏の物語である

 セ・パに分かれる前の1リーグ時代、巨人―南海戦を舞台に緊迫した捜査の合間合間、白熱した好カードに酔う観衆の上気した顔をカメラがとらえている。映画を見るたびに、野球観戦は真夏の娯楽だとしみじみ思う

 “球夏”という言葉は聞かないが、プロ野球ではセ・リーグで巨人と阪神が熾烈(しれつ)な首位争いを演じている。高校野球では甲子園大会の組み合わせが決まった。野球の季節である

 思えば、「カネ」と「普天間」で政治が迷走を極めた頃はサッカーの岡田ジャパンにずいぶん慰められた。所在不明の高齢者に母親の育児放棄と心ふさぐことの多い今、しばらくは野球のお世話になるのかも知れない

 江戸の狂歌師、唐(から)衣橘洲(ごろもきっしゅう)の歌がある。〈涼しさはあたらし畳 青簾(あおすだれ) 妻子の留守にひとり見る月〉。家族を田舎に送り出し、ひとりきりの夏休みを月ならぬテレビを見て、涼をとるお父さんもいるだろう。

 8月5日付 編集手帳 読売新聞
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8.08.2010

崩壊した「家族」ねたみ、そねみ、ひがみ、三つの“み”の字をぐっとのみ込む・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 東京の夏は路地裏にいても涼しい。永井荷風は1919年(大正8年)の日記に書いている。いい風が吹き、〈避暑地の旅館に往(ゆ)きて金つかふ人の気が知れぬなり〉と

 朝顔の鉢が置かれ、打ち水をしてある昔の路地は知らず、都心のビル街はそうもいかない。お盆の混雑を避けて避暑地に、というわけか、通勤の電車で旅装の家族連れを何組か見かけた

 「コラムは、ねたみ、そねみ、ひがみ、三つの“み”から出発して書くものだ」とは野坂昭如さんの言葉である。東京残留組の常連である小欄も、ついねたましげな視線の文章を綴(つづ)りがちな季節だが、今年はどうもそういう気持ちが起きない

 車内に花が咲いたようなにぎやかな子供連れの姿に触れて、むしろ何かホッとした心持ちになるのは、30年も前にシ亡していた111歳がいて、母親の育児放棄で儚(はかな)い人生を終えた幼子がいて、崩壊した「家族」のニュースがつづいたせいかも知れない

 〈東京に取り残されて欣快(きんかい)ぞ朝の車内に歌集をひらく〉(吉竹純)。名も知らぬ家族よ、避暑地の楽しい夏を…と書いて、胸から湧(わ)き上がる“み”の字をぐっとのみ込む。

 8月3日付 編集手帳 読売新聞
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8.07.2010

「閃光」取引のシステム化、売買注文をこなす速さも精度も・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 東京証券取引所では、昼休みをはさんで、午前の取引を前場(ゼンバ)、午後を後場(ゴバ)という。20年ほど前、当時の蔵相が「今日のマエバは…」と言い違えたことがある。主要な経済閣僚の蔵相が株式市場に疎いとして失望され、株が売られた

 麻生元首相もやった誤読の定番が、なくなるかもしれない。東証が昼休みを廃止するかどうか年内に結論を出す。前場と後場の区別がなくなる可能性があるわけだ

 取引が中断せず時間も延びれば、投資家には便利になる。証券業界に反対もあるが、取引のシステム化で技術的にさほど難しくないはずだ。売買注文をこなす速さも精度も、立会場で証券マンが身ぶり手ぶりしていた頃より格段に上がった

 ただ気がかりなこともある。今年5月、ニューヨーク市場のダウ平均株価が突然、1000ドル近く下げ、「フラッシュ・クラッシュ」と命名された。原因は未解明だが、注文処理の高速化が、下落を加速させた

 日本の証券界も、対岸の火事だと甘く見ない方がいい。システムの暴走による「閃光(せんこう)のような急落」は、閣僚の誤読が招いた株安と同様に、情けない。

 8月2日付 編集手帳 読売新聞
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8.05.2010

ズボラでいい、食事と健康にだけ目を配り、子育てを図太く・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 与謝野晶子の歌にある。〈腹立ちて炭撒(ま)きちらす三つの子を為(な)すに任せて鶯をきく〉。癇(かん)癪(しゃく)を起こして部屋を汚す3歳児を叱(しか)るでもない。後始末をするでもない。母は悠然とウグイスの声を聴いている

 晶子は11人の子をもうけた。生涯に5万首の歌を詠み、膨大な文章をつづり、苦しい家計をやりくりした人は、この図太(ずぶと)さで子育てを乗り切ったのだろう

 育児放棄の悲劇に接するたび、この歌が浮かぶ。部屋は汚れていい。ズボラでいい。食事と健康にだけ目を配り、あとは晶子流で図太く構える。できなかったか、と

 大阪市内のマンションで、3歳と1歳の幼児が遺体で見つかった。逮捕された母親(23)は「育児がいやになった」と供述している。食べ物も水も与えられなかったのだろう。児童相談所にはこれまで、近隣の住民からギャク待を疑う通報があり、職員が計5回にわたって訪問している。いずれも応答がなく、ドアは施錠されていたという。またしても瀬戸際の命を救えなかった

 長女は「桜子」ちゃん、長男は「楓」ちゃんという。その花と葉が季節を彩るころに生まれたか。美しい名前が哀(かな)しい。

 7月31日付 編集手帳 読売新聞
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