12.30.2009

「君は君 我は我なり されど仲良き」言い分が対立しても、友好の絆は保つ・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 武者小路実篤が好んで色紙に書いた言葉に、〈君は君 我は我なり されど仲良き〉がある。人づきあいはかくあるべし、という人生の知恵だが、外交、とりわけ領土がからむ外交の要諦(ようてい)にも通じる

 「君」の主張には耳を傾けるが、「我」の主張は譲らない。言い分が対立しても、友好の絆(きずな)は保つ――それが外交だろう。鳩山政権の「我」が心もとない

 文部科学省が高校地理の新学習指導要領の解説書で、日本の領土である「竹島」に言及しなかった。領有権を主張する韓国世論に遠慮したか、鳩山首相の最終的な判断にもとづくという

 竹島に限らず、中国との尖閣諸島もロシアとの北方領土も、静止しているように見えてじつは、ぴんと張った綱引きの“綱の静止”にすぎない。「我」の声を少しでも手控えたらどうなるかは、綱引きで綱を握る手を緩めた時を想像してみればいい

 対米関係がぎくしゃくしている今、東アジア諸国と友情を深めて外交の得点を稼ぎたい思惑も分からぬではない。特例会見や領土を手みやげにして友情を乞(こ)うことはよもやあるまいとは思うが、念のためにクギを刺しておく。

 12月26日付 編集手帳 読売新聞
創価学会 地球市民 planetary citizen 仏壇 八葉蓮華 hachiyorenge

12.29.2009

格差是正の先頭に立つべき人が、格差の象徴になってしまったところが情けない・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 落語は冬の噺(はなし)に名作が多い――立川談春さんが著書「赤めだか」に書いている。〈寒さはビン乏を際立たせ、共感させ、少々無理なシチュエーション(場面設定)までをも納得させる力を持っているからだろう〉と

 『芝浜』『夢金』『富久』…金銭を軸に物語の運ぶ冬の噺が幾つか思い浮かぶ。冬はヒン富というものに目が向く季節である

 昼食代を50円節約するのに苦心している人から見れば、母親から12億円もらったのを「知らなかった」人は別世界の住人だろう。格差是正の先頭に立つべき人が、格差の象徴になってしまったところが情けない

 談春さんの著書のタイトル「赤めだか」とは、師匠の談志さんが飼っている金魚のことだという。餌をやっても、いっこうに成長しない。弟子たちいわく、「これは金魚じゃない、赤いメダカだろう」。師匠を金魚に、その芸域に近づけぬ自分たちをメダカに喩(たと)えての表題らしい

 名のある金魚の孫という触れ込みが、金銭音痴ぶり、外交音痴ぶりが暴露され、赤めだか説もちらほら聞こえてくる。同じ金魚鉢のピラニアに食べられてしまわないか、心配である。

 12月25日付 編集手帳 読売新聞
創価学会 地球市民 planetary citizen 仏壇 八葉蓮華 hachiyorenge

12.25.2009

「国際的地位は未定」大陸へ大陸へとなびいている・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 「アイサツ」「カンジョウ(勘定)」「マゼマゼ(混ぜ混ぜ)」―台湾で今も使われている日本語の一部だ。戦後64年を経ても、台湾では日本文化が息づいている

 台北に住む日本人の旅行作家、片倉佳史さん(40)が、島内各地で拾い集めた台湾語など地元の言葉になった日本語を紹介した『台湾に生きている「日本」』(祥伝社新書)を読むと、その豊富さに改めて驚かされる

 台湾の親日家として知られる蔡焜燦(さいこんさん)さん(82)は、昭和10年に小学校で使った神話や唱歌を載せた副読本を私費で復刻し、日本人に配っている。台北で会った蔡さんに「皇后さまの誕生日を言えますか」と問われ、詰まってしまった

 そんな台湾も親中国の馬英九・国民党政権が誕生してから、徐々に状況が変化している。最近、日本の対台湾窓口機関の台北駐在代表(大使)が「台湾の国際的地位は未定」と語ったことがもとで当局から嫌われ、辞任に追い込まれた

 馬政権は昇竜・中国との経済協力枠組み協定の調印を目指すなど、大陸へ大陸へとなびいている。台湾の親日家が肩身の狭い思いをする日が、再び来るのかもしれない。

 12月21日付 編集手帳 読売新聞
創価学会 地球市民 planetary citizen 仏壇 八葉蓮華 hachiyorenge

12.19.2009

迎える賓客に、“真ん中の国”も“隅っこの国”もない、けど・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 東洋大学が今年1月に発表した「現代学生百人一首」に、忘れがたい歌がある。〈神様は誰も隅っこに行かせないように地球を丸くしたんだ〉(沖縄県立小禄高校 高橋秀)

 迎える賓客に、“真ん中の国”も“隅っこの国”もない。1か月前までに申請があれば、国の大小や政治的な重要度で差別はしない。天皇陛下と外国要人の会見で守られてきたルールには、歌の心に通じるものがある

 中国の習近平・国家副主席の場合はルールを逸脱した申請にもかかわらず、鳩山首相が宮内庁に会見実現を強く指示した。「本当に大事な方」ゆえの特例と、首相は語っている

 外国からの賓客にルール無用の「本当に大事な方」と、ルールを厳守してもらう「あまり大事でない方」があるならば、後者の国名を一つでも二つでも挙げてみよ――そう問われたら、首相は答えに窮するだろう。ルールを曲げてまで中国政府に便宜を図ることで生じたその問いは、これまで公平を旨として公務にあたられてきた天皇陛下にとってもつらいものに違いない

 お隣の国である。今回の会見は見送り、改めてお招きすればいいだろう。

 12月15日付 編集手帳 読売新聞
創価学会 地球市民 planetary citizen 仏壇 八葉蓮華 hachiyorenge

12.09.2009

紙切れ「デノミネーション」通貨政策も人々を搾る「締め木」になる・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 1万円札を1枚刷るのにかかる費用は17円ほどという。取材したのは十数年前だが、現在もそう変わってはいまい。いわば紙切れが紙幣としての価値をもつのは、政府に寄せる信頼があればこそである

 〈一ひらの紙の黄金に代れるも誠ある世のしるしなりけり 林信立〉(石井研堂「明治事物起原」より)。明治政府の財務官僚が詠んだ歌にある「誠」とは、発行する政府と国民の間に成り立つ信頼関係のことだろう

 北朝鮮が抜き打ちでデノミネーション(通貨単位の切り下げ)を実施した。旧100ウォンは新1ウォンと交換される

 1人あたりの交換額は制限され、「タンス預金」の多くは紙くずになる。インフレ抑止と不正蓄財のあぶり出しが狙いというが、生活防衛の“虎の子”を強奪された国民が政府に信頼の「誠」を寄せるはずもない。デノミ実施後も北朝鮮ウォンの威信が回復することはないだろう

 無慈悲な為政者の手にかかれば、通貨政策も人々を搾る「締め木」になる。食料や医薬品の確保に充てられるべき金は弾道ミサイルに姿を変えている。国家に名を借りた拷問部屋が、海を隔ててそこにある。

 12月4日付 編集手帳 読売新聞
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12.07.2009

名月や銭金いはぬ世が恋し「金」がうごめく永田町は別世界・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 拾ってきた財布の中身を亭主がぶちまける。二分金で50両、女房が驚いて言う。「お前さん、これは銭じゃないよ。金(かね)じゃないか」。落語『芝浜』である。クスグリと勘違いして笑う客もいるという

 随筆家、京須偕充(きょうすともみつ)さんの著書「みんな芸の虫」(青蛙房)によれば、江戸の昔は金(両、分、朱)と銭(貫、文)の区別があり、女房は事実を述べたまでで、笑うところではないという

 金と銭の区別がない現代は…と書きかけて、ためらうものがある。昼食で50円、100円の「銭」を節約するのに苦心している人から見れば、偽装献金でケタの違う「金」がうごめく永田町は別世界かも知れない

 大阪のたこ焼き店が従業員にボーナスの一部を10円玉で支給した、という記事をヨミウリ・オンラインで読んだ。「不況で厳しいぶん、せめて重みだけでも」というシャレを利かせた話題づくりというが、時節柄、“銭派”の庶民が“金派”の政界を風刺した図と映らなくもない

 デフレに円高と、いつになく金銭のことが脳裏にちらつく師走である。今宵(こよい)は満月、〈名月や銭金(ぜにかね)いはぬ世が恋し〉の古句が心にしみる。

 12月2日付 編集手帳 読売新聞
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12.04.2009

党名変更を求める声、名前からまず嫌がられて話を聞いてもらえない・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 〈アキノ政権で与党だった「フィリピン民主の闘い」(LDP)が党名変更を決めた。略称が日本の自由民主党(リベラル・デモクラティック・パーティー)と同じで印象が悪いとの声が強まったため〉

 今の話ではない。1992年末、マニラ発の外電記事だ。当時、ヤミ献金事件などに端を発した自民党の退潮ぶりが海外でも大きく報じられていた。政権交代の前夜である

 この不名誉なニュースに自民党幹部はどう反応したのか、残念ながら続報が見あたらない。たぶん苦笑いするしかなかっただろう。翌年に下野が現実のものになると、当の自民党内からも一時、出直しのために党名変更を求める声が出ている

 同じような状況を迎えて今、自民党は再び党名見直しを検討するそうだ。「名前からまず嫌がられて有権者に話を聞いてもらえない」というのが現状らしい。何とも涙を誘う話である

 本当に看板を変えるなら、目指す方向を明確に示す斬新な党名がよろしかろう。それからさて、英語表記はどうなりますか。略称が一致する外国の政党から、また迷惑顔をされることなど努々(ゆめゆめ)ありませぬように。

 11月29日付 編集手帳 読売新聞
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12.03.2009

鬱陶しい雨「フルかなァ」雨がいつあがるかに世の関心は集まりつつある・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 作家の獅子文六に、元実業家の伯父さんが心配そうな顔で「フルかなァ」と言った。雨のことかと思って聞き返すと、「いや、インフルか、フラんかということさ」、そう答えたと『へなへな随筆』(文芸春秋新社)に書いている

 戦前、昭和10年代の話という。お金の価値が下がり、物の値段が上がるインフレにはどこか燃え上がるイメージがあり、鬱陶(うっとう)しい雨はむしろデフレだろう

 政府は日本経済がデフレ状態にあることを公式に認めている。「デフルか、デフラんか」の時はすでに過ぎ、雨がいつあがるかに世の関心は集まりつつある

 デフレはローンを抱えた人たちを鞭(むち)打つ。お金の価値が低いときにこしらえた借金を、価値の高いお金で返済しなくてはならないからである。公共事業を削ることに熱心な鳩山内閣だが、一時的には志と逆向きに、舟でいえばデフレ退治の“逆櫓(さかろ)”を漕(こ)ぐ判断も必要になるだろう

 ミゼラブル(悲惨な)という英単語を見て、ミゾレフル――霙(みぞれ)の降る冬の情景を思い浮かべたのは徳富蘆花『思出の記』の主人公だった。デフレの雨も、無策がつづけば冷たいミゾレに変わる。

 11月28日付 編集手帳 読売新聞
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12.02.2009

息子もいろいろ「前略おふくろ様」私の知らないところで何が行われていたのか・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 東京で板前をしている三郎(萩原健一)が、郷里の母親に手紙を書いている。ボーナスから三万円を送ります――書きかけて、しばし思案に沈み、決然と「三」に縦棒2本を足して「五」に増額した…

 往年の人気テレビドラマ『前略おふくろ様』のひとこまである。30年も昔に放送された一場面が記憶に残っているのは、ほどなくして社会に出て、同じ思案を経験したせいかも知れない

 金融危機の余燼(よじん)にデフレと円高が重なり、冬のボーナスは業種を問わず、どこも厳しいという。母の顔を思い浮かべつつ明細を睨(にら)んでは、心のなかで「三」に縦棒を足したり消したりしている方もあろう

 そうかと思えば、母親に送るどころか逆に、母親から多額のお金をもらい、「私の知らないところで何が行われていたのか」と、ひとごとのように語る息子もいる。ポケットに紛れ込んだ10円玉ではあるまいし、5年間で9億円の入金に、どうすれば気づかずにいられるのだろう

 「三」万円の縦棒に悩んだ三郎君から見れば夢のような、というべきか、嘘(うそ)のような、というべきか。息子もいろいろ、世間は広いものである。

 11月27日付 編集手帳 読売新聞
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11.28.2009

ビーンボールや、くせ球、暴投、なんでもありの北朝鮮・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 来月8日の訪朝が決まったスティーブン・ボズワース米政府特別代表は、駐韓大使も務めたベテラン外交官出身だ。1990年代には、朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)の初代事務局長として、北朝鮮と交渉を重ねた経験もある

 駐フィリピン大使だった80年代半ばには、マルコス大統領の退陣騒ぎの渦中にあった。時には、「ヤンキー・ゴーホーム」の反米プラカードを持つデモ隊に囲まれもした

 「よく見ると、その下に小さく『ウィズ・ミー』(私も一緒に連れてって)と書いてあってね」と、冗句まじりの回顧談を、ご本人から聞いたことがある。デモの参加者の本音は、反独裁、反マルコスであって、反米ではなかったと見抜いたわけだろう

 その冷静な観察力は、北朝鮮でどこまで発揮できるのか。危険なビーンボールや、くせ球、暴投、なんでもありの相手だけに、6か国協議への復帰や核放棄の必要性を説こうにも、なかなか容易にことは運ぶまい

 核兵器保有国の仲間入りを認めてもらおうと、北朝鮮から「ウィズ・ミー」と迫られたなら、はっきり「ノー」と突っぱねてもらいたい。

 11月23日付 編集手帳 読売新聞
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11.27.2009

ジャイアンツの優勝パレード、久しぶりの沿道を埋め尽くす大歓声・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 年に3回、読売新聞東京本社が数えきれないほど大勢の人の波に取り囲まれる機会がある。ただし「毎年3回」とは書けない

 うち二つは正月の2日と3日、箱根駅伝のスタートとゴールの時だ。公開中の映画『風が強く吹いている』で描かれた通り、学生ランナーたちが繰り広げる青春ドラマは熱い。今の季節、寒風がだんだん厳しくなるほどに、それを吹き飛ばす年明けの熱気が待ち遠しくなってくる

 残るもう一つが、残念ながら、必ずあるというわけではない。ジャイアンツの優勝パレードである。近年はずっと“お流れ”が続き、箱根の興奮を期待させる晩秋の風は、一方で巨人ファンの心中を冷え込ませてもきた

 それは昨年までのこと。きょう22日、久しぶりに年3度目の大歓声を味わう。本社のある東京・大手町から銀座の中央通りを約3キロ、沿道を埋め尽くすであろう皆さんと喜びを分かち合いたい

 アンチ巨人や他球団ファンの方は、きっと苦々しい思いで拙文を読んでいるでしょうが、WBC日本代表も率いた原監督は世界一と併せての凱旋(がいせん)パレードだ。ここは一緒に祝おうじゃありませんか。

 11月22日付 編集手帳 読売新聞
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11.26.2009

「徽章」靴のうらに光る鉄鋲のごとき存在にすぎない 人しれず 支へつゝ 磨りへらんかな・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 杉山平一さんの詩が好きで、小欄にも何度か引いた。たとえば『風鈴』。〈かすかな風に/風鈴が鳴つてゐる/目をつむると/神様 あなたが/汗した人のために/氷の浮かんだコップの/匙(さじ)をうごかしてをられるのが/きこえます〉

 60年以上も前に編まれた詩集『夜学生』の一編だが、「格差」「ヒン困率」といった暗い言葉が飛び交う現代に働く人たちを、慰めるかのような、抱きとめるかのような優しい響きがある

 95歳を迎えた杉山さんの新著、『巡航船』(編集工房ノア)が出版された。詩集ではなく、自選の文集である

 花森安治や立原道造と結んだ青春期の交友、会社勤めの照り曇り、幼い長男を亡くした悲しみなどが綴(つづ)られている。杉山さんの詩を愛誦(あいしょう)する人は、作品の生まれてきた母胎に触れることができて興味が尽きないだろう

 〈むかし帽子の上に光る徽(き)章(しょう)のやうな人間になりたいと思つてゐた/いま自分は靴のうらに光る鉄鋲(てつびょう)のごとき存在にすぎない/人しれず 支へつゝ/磨(す)りへらんかな〉(『徽章』)。その詩は、屈託を抱えた人々の心を人知れず支えて、いまも磨り減ることはない。

 11月21日付 編集手帳 読売新聞
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11.25.2009

日米首脳会談で「トラスト・ミー」現行計画以外の選択もあるかのような発言・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 自分の言葉にウソ偽りがないことを神仏に誓う文書を「起(き)請文(しょうもん)」という。江戸の昔は男女が変わらぬ愛情を誓って取り交わした。熊野神社で出す厄よけの護符を用いるのが本式とされ、用紙にはカラスの絵が描かれていたという

 なかには、偽りの誓いを立てる者もいただろう。〈いやで起請を書くときは熊野で鴉(からす)が三羽シぬ〉という俗謡も伝わっている。カラスこそいい迷惑である

 先の日米首脳会談で「普天間」問題をめぐり、鳩山首相がオバマ大統領に語った言葉「トラスト・ミー」(私を信じて)が憶測を呼んでいる

 「悪いようにはしませんよ」と、言外に響く。日米合意に基づく現行移設計画を容認する起請文と、大統領は受け止めたかも知れない。起請文であるならば、なぜ、現行計画以外の選択もあるかのような国内向けの発言で沖縄の人々を惑わせるのか。起請文でないならば、なぜ、米側がヌカ喜びする思わせぶりな発言をしたか。不可解である

 きのう、列島は真冬を思わせるほどに冷え込んだ。〈雪曇身の上を啼(な)く烏(からす)かな 内藤丈草〉。身の上を嘆いているのが熊野のカラスでなければいい。

 11月20日付 編集手帳 読売新聞
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11.24.2009

無駄を洗い出し「事業仕分け」防戦する傲慢な勘違いは改まるに違いない・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 〈三角まなこ〉とは、怒った怖い目つきをいう。〈三角波〉は、暴風の折によく海面に生じる。三角は心の緊張に縁が深いようである

 永田町や霞が関で用いられる隠語〈三角を立てる〉は、「減額する」ことを意味する。予算書などに減額の印としてつける「△」からきているらしい。来年度予算の概算要求から無駄を洗い出し、どこまで三角を立てられるか、政府の行政刷新会議による「事業仕分け」が緊張をはらみつつ前半の作業を終えた

 大ナタ片手に切り込む「仕分け人」と、予算を確保すべく防戦する各府省担当者との間に緊張が生まれるのは当然だろう。これまで密室でなされてきた査定作業を目の当たりにし、国の予算を身近に感じた人も多いはずである

 三角まなこの度が過ぎて、某財団の仕事を「能なしでもできる」と発言し、あとで陳謝した民間の仕分け人もいたが、24日からの後半戦では、この種の傲慢(ごうまん)な勘違いは改まるに違いない

 せっかくの斬新にして有意義な試みである。品位を欠く、知識を欠く、展望を欠く――の“三カク”を排し、各仕分け人にはもうひと汗、かいていただこう。

 11月19日付 編集手帳 読売新聞
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11.22.2009

「イッタカキタカ」どこに向かうのか、何をしようというのか見当がつかず・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 東北地方の独立国を舞台にした井上ひさしさんの小説「吉里吉里人(きりきりじん)」に、頭の二つある犬が登場する。名前を〈イッタカキタカ号〉という

 吉里吉里国の誇る科学技術の象徴として、動脈、静脈、脊髄(せきずい)神経などの接合手術によって2匹の犬から作り出したもので、しっぽがあるべき側にも頭がある。前後どちらにも歩くことができ、あちらへ行ったかと思えば、そのままこちらに来ることがあり、名前もそこに由来する

 そういう犬が実際にいれば、どこに向かうのか、何をしようというのか見当がつかず、見ていて神経がまいるだろう。「普天間」の鳩山内閣がそうである

 きのう午前、首相は東京の公邸前で、「日米合意を前提にしない」と語った。同じ日の昼、岡田外相は那覇市内で記者会見し、「日米合意はある程度、前提にせざるを得ない」と語った。東京と那覇にそれぞれ別個の頭をもつ胴体の長~い犬を見ているかのようである。迷走と呼ぶのはおそらく褒めすぎだろう。迷走は少なくとも動きが目で追える。現状は迷走以前である

 〈イッタカキタカ内閣〉というのは、あまり名誉な愛称ではない。

 11月17日付 編集手帳 読売新聞
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11.21.2009

人口減少の波動、知恵を出し合いながら少子化社会への確実な備え・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 文化勲章を今年受章した慶応大名誉教授の速水融さんは、日本の歴史人口学の礎を築いた碩学(せきがく)だ。江戸時代の戸籍台帳にあたる宗門改帳を分析し、当時の人口変動の実態を明らかにした

 農村人口は増えていたが、大都市は公衆衛生の状態が悪いためにシ亡率が高く「アリ地獄」のように人を集めてはコロしていった。大都市が未発達の西南諸藩で人口増の圧力が高まり、明治維新につながったとも説明する

 気候変動、医療や科学技術の進歩、人々の価値観の変化など、様々な要因が複雑に絡んで人口変動の波動は作られていく。それは人知を超えた動きなのだろう

 2024年の総人口は1億4000万人を超えて飽和状態に達する――。有識者らによる日本人口会議がこう警告したのは、1974年のことだった

 現在は1億2700万人で既に人口減少の局面に入っている。国立社会保障・人口問題研究所の最近の推計によると、2100年には明治末期と同じ4800万人にまで激減するという。だが、遠い将来の数字には悲観せず、知恵を出し合いながら少子化社会への確実な備えを考えていくべきだろう。

 11月16日付 編集手帳 読売新聞
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11.20.2009

「七五三」3歳の髪置、5歳の袴着、7歳の帯解と呼ばれる成長の祝い・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 おそらく7歳と5歳の姉弟(きょうだい)だろう。社殿を背景に親が構えるカメラに向かい、並んでポーズを取っている。小さな弟が爪先(つまさき)立ちをして、懸命にお姉ちゃんの身長に追いつこうとしているのが可笑(おか)しい

 近所の八幡様で見た光景である。今年の本番15日は日曜とあって、境内は着飾った親子で一杯になるに違いない。背伸びなどせずとも見る見るうちに大きくなるよ、あわてずに可愛(かわい)いままでいておくれ…と複雑な心境で親はシャッターを押すのだろう

 3歳の「髪置(かみおき)」、5歳の「袴着(はかまぎ)」、7歳の「帯解(おびとき)」と呼ばれる成長の祝いが七五三の起源の一つとされている。傍目(はため)からも明るく育つ子供たちを眺める気分はいいものだ。〈行きずりのよそのよき子の七五三 富安風生〉

 一方で、晴れ着をまとってこの時を祝える家族の比率はどれくらいか、とも考えてしまう。東京など大都市圏を中心に保育所が不足し、髪を振り乱して子育てと格闘する親も増えている

 七五三どころではない、という家庭の方がむしろ多いのかも知れない。境内にあふれる歓声の主が、若い親とその子たちの典型であるなら良いのだけれど。

 11月15日付 編集手帳 読売新聞
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11.19.2009

日本にとって安全保障上の味方が誰であるかは子供でも知っている・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 丸谷才一さんは昔、愛読者から気の進まぬ頼み事をされた。対応に迷い、高校の先輩でもある文芸春秋の大編集者、池島信平氏に相談した時のことをエッセーで回想している

 その答えが味わい深い。〈人生つてものは、敵が千人で味方が千人なんです。敵の千人がへることはぜつたいない。とすれば、味方の千人がへらないやうにするしかないんですよ。よほど厭(いや)ならともかく、がまんできることだつたら、ウンと言ふんですな〉(「絵具屋の女房」)

 池島語録の「敵」を「脅威」に置き換えれば、味方千人を減らさないことは人生のみならず、外交の要諦(ようてい)でもあろう。日本にとって安全保障上の味方が誰であるかは子供でも知っている

 日米首脳は昨夜の会談で、同盟関係を深めていくことを確認したが、これはオバマ大統領の来日成功を演出する、いわば美しい包装紙といえなくもない。「普天間」で煮え切らない日本と、不信を募らせる米国と――包装紙に耳をあてれば、日米同盟の軋(きし)みが聞こえるはずである

 鳩山政権の発足以来、味方千人はどのくらいまで減っただろう。包装紙の内側が気に掛かる。

 11月14日付 編集手帳 読売新聞
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11.18.2009

無駄の洗い出し作業「事業仕分け」斬新で有意義な公開の場で議論・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 無意識に、人は演技をする。ドラマなどで見た誰かの役を演じてしまう。カメラの前では、なおさらだろう。〈悲しみの際はケネディ家の例から学んだしきたりに従い、勝利の表現にはテレビで見た運動選手のゼスチャーをまねる〉

 スコット・トゥロー「推定無罪」(文春文庫)の一節だが、「仕分け人」なる人たちはどうだろう。つい、犯人の嘘(うそ)を突き崩す取り調べの刑事役を演じてしまった人もいるかも知れない

 国会議員や民間人などからなる「仕分け人」が各府省の担当者と公開の場で議論し、事業の要不要をその場で決めていく。政府の行政刷新会議による無駄の洗い出し作業「事業仕分け」が佳境に入った

 問答無用とばかりに仕分け人が発言を遮ったり、耳を傾けていい意見に取り合わなかったり、「いじめを見ているようで、つらい」という識者の声も聞かれる。斬新で有意義な作業なのに、相手を嘘つきの悪玉と決めてかかり、“やりこめてナンボ”の正義の味方役を演じてしまえば、仕分けの目が曇るだろう

 本来、ドラマには不向きな、地味で複雑で専門的な作業である。芸達者は要らない。

 11月13日付 編集手帳 読売新聞
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11.17.2009

「鏡の中の自分」人間は自分の姿を見ながら嘘をつくことに抵抗を感じる・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 ドラマなどで見る警察署の取調室には鏡が掛かっている。目撃証人などが隣室から被疑者の顔を確認する窓でもある。人気推理作家ジェフリー・ディーヴァーの作品中に、鏡に触れたくだりがある

 〈それ(証人のための覗(のぞ)き窓)が目的ならば、ずっとハイテクな方法がいくらでもある。本当の理由は、人間は自分の姿を見ながら嘘(うそ)をつくことに抵抗を感じるものだからだ〉(文芸春秋「スリーピング・ドール」)

 記述の真偽は不敏にして知らない。千葉県警行徳署の取調室に鏡があるかどうかも承知していないが、洗面の折などは自分の顔に見入るときがあるだろう

 英国人女性のシ体を遺棄した容疑で全国に指名手配されていた市橋達也容疑者(30)が逮捕された。整形手術の傷跡がまだ残る顔は、そうまでして逃げねばならない事情があったことを裏づける“証明書”にほかならない。「知らない」「記憶にない」という常套(じょうとう)句(く)が通用しないことは、鏡の中の自分と対面するたびに気づかされるはずである

 面変わりした顔に、どうすべきかを問うてみればよい。包み隠さず、真実を語れ――鏡は答えるだろう。

 11月12日付 編集手帳 読売新聞
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11.14.2009

贅沢病と呼ばれていた痛風も、今や国民病、疼く痛みに苦悶する・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 〈痛風の発作来たりて耐へてゐるベッドに聞こゆマラソン放送〉。数年前に読売歌壇で秀作となった一首である。選者の岡野弘彦さんは「泣き笑いのような作者の表情が伝わってくる」と評していた

 状況は推測するしかないが、風が吹いても疼(うず)く痛みに苦悶(くもん)する自分の姿が、同時刻、苦難に立ち向かうスポーツ選手に重なったと見える。知らない人は笑うでしょうが経験者はきっとうなずく

 かつては贅沢(ぜいたく)病と呼ばれて日本には少なかった痛風も、今や患者約50万人、予備軍は数倍いるらしい。40代以上の男性の10人に1人は患者か予備軍というから国民病と言っていいだろう

 その原因となる遺伝子を、防衛医大などの共同研究チームが突き止めたそうだ。原因遺伝子を両親から受け継いだ場合は、発症の可能性が最大26倍になるという。ただし無論、受け継いでいないから安心というわけではない

 昨夜は日本シリーズの勝負どころで己(おのれ)と闘う選手の試練を想(おも)い、痛風の疼きに耐えていた人が結構いたかも知れない。何よりもまず食べ物や酒量など生活習慣を改めるべし、とは重々分かっているでしょうけれど。

 11月8日付 編集手帳 読売新聞
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11.13.2009

変わらぬ逃亡者の耳よ、整形の前と後、人相の異なる2枚の写真・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 フレデリック・フォーサイスの小説「アヴェンジャー」に捜査官が暗黒街のボスを追跡する場面がある。相手は整形手術で顔を変えている

〈しかし、マクブライド(捜査官)はいつか教えられたことがある。人間の身体で耳だけは、指紋のように、個々人によって明確に姿形が異なり、手術をして変えることはできないのだという〉(篠原慎訳、角川書店)。なるほど整形の前と後、人相の異なる2枚の写真を比べると、耳の形だけはよく似ている

千葉県市川市のマンションで英会話学校講師の英国人女性が遺体で見つかった事件は、知人の市橋達也容疑者(30)がシ体遺棄容疑で全国に指名手配されて2年8か月になる

捜査本部は一昨日、整形後の顔写真を公開した。この顔から、さらに人相を一変させるような手術はさすがに出来まい。ねぐらを求めるとき、食料を手に入れるとき、必ずや誰かと接触するはずである。あなたかも知れない。顔写真に目を凝らそう

事件当時と変わらぬ逃亡者の耳よ――父母と離れた異郷で、たった22年で生を断ち切られたリンゼイさんの、生前の声がよみがえる時もあるか。

11月7日付 編集手帳 読売新聞
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11.12.2009

「GODZILLA」ワールドシリーズで、最優秀選手(MVP)の栄冠・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 ゴジラは英語で「GODZILLA」と綴(つづ)る。神様(GOD)が愛称内の神殿を留守にし、バットに、それも真芯に降臨したかのようである

 米大リーグのワールドシリーズで、ヤンキースがフィリーズを下して9年ぶりの優勝を果たし、松井秀喜選手が日本人選手として初めてシリーズ最優秀選手(MVP)の栄冠を手にした。先制2ランを含む4打数3安打6打点は見事の一語に尽きる

 万全の体調で迎えたシーズンではない。昨年9月に左膝(ひざ)を手術し、オープン戦はリハビリで出遅れた。放出・移籍の噂(うわさ)が流れたこともある。つらい時期があったろう

 思えばマリナーズのイチロー選手も今季、胃潰瘍(かいよう)から始まって大リーグ史上初「9年連続200安打」の偉業を成し遂げている。〈天才とは際限なく苦痛に耐えうる能力をいう〉。名探偵シャーロック・ホームズが「緋色(ひいろ)の研究」で語った言葉だが、この2人を見て深くうなずく

 膝の不安はいまも抱えたままと聞く。GODさま、愛称内もバット内もしばらくは留守にして、オフのあいだは膝のほうにお宿り下さい――と、ファンに成り代わって祈っておく。

 11月6日付 編集手帳 読売新聞
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11.11.2009

日本人の大見得「対等な日米関係を」日本一の色男になったつもりで演じるべし・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 歌舞伎では、病人の役が紫の鉢巻きをする。江戸の粋が一身に結晶した色男、「助六」も紫の鉢巻きをしている。こちらは病人ではなく、若衆を象徴した鉢巻きという。病人は結び目が役者から見て左側、助六は右側が約束ごとらしい

 鳩山首相は結び目の右左を間違えているかも知れない。沖縄県の米海兵隊普天間飛行場の移設問題で結論を引き延ばす心理には、「対等な日米関係を」という決めゼリフで見得(みえ)をする助六気分が投影されているだろう

 日米同盟に危うい亀裂を生みかねない大見得は、しかし、傍目(はため)には熱に浮かされているように見える

 意味のある引き延ばしならばともかく、どこをどう探しても、移設を受け入れる自治体は日米合意案の名護市以外にはないだろう。〈空はどこに行っても青いことを知るために、世界をまわる必要はない〉とはゲーテの言葉だが、首相はその“青空確認”に時間を浪費しつつある

 歌舞伎の世界には、助六は自分が日本一、世界一の色男になったつもりで演じるべし――という口伝があるという。鉢巻きの右左を間違えて色男を気取っても、滑稽(こっけい)なだけだろう。

 11月5日付 編集手帳 読売新聞
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11.10.2009

「さかさまに行かぬ年月よ」時を超えて会話できることが古典に触れる喜び・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 〈古典を学ぶべし。古典とは古きものにあらず。時を越えゆくものの姿なり〉。俳誌「古志」は巻末に「俳句の五か条」を掲げている。主宰者は本紙「四季」欄の俳人、長谷川櫂さんで、長谷川さんの信条でもあるのだろう

 その一条を読んで二つ、三つ、「そういえば」と思い浮かべた文章、詩句がある。蕪村の句〈老(おい)が恋わすれんとすればしぐれかな〉は二百数十年も昔の人が詠んだとは思えず、作者名を隠せば平成の作品で通るだろう

 平家物語で二位の尼(平清盛の妻)が8歳の安徳天皇を抱いて入水するときの言葉、〈浪(なみ)の下にも都のさふらふぞ〉は、いまも読む人の涙を誘ってやまず、源氏物語で光源氏が老いを語る言葉、〈さかさまに行かぬ年月よ〉には誰もが深くうなずく

 何百年も前の作者と、あるいは作中人物と、時を超えて会話できることが古典に触れる喜びに違いない。「文化の日」を挟んでの読書週間も後半に入った

 古典に向かうには時間と根気が要り、「いますぐは、ちょっと…」という人もあろう。年末年始の休みに読む本をもとめて書店を散策し、読書の冬支度をするのも楽しい。

 11月4日付 編集手帳 読売新聞
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11.09.2009

家族の増える喜びを伝えるひとコマ、ひとコマは、これもささやかな子育て支援・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 「論語」に五・七・五・七・七、短歌の調べをもつ一節がある。〈司馬牛が 憂えていわく 人は皆 兄弟あれど われひとり亡し〉

 岩波書店刊「一月一話」によれば江戸の知識人は、この文を例証にして和歌の起源は中国だとするジョークを交わしたというが、少子化問題のポスターにでも使えそうな名調子ではある

 「君子には世の人すべてが兄弟だ」と司馬牛は慰められたが、誰もが君子になれるわけでもない。一人っ子で育った人のなかには、“お兄ちゃん”になるコボちゃんの浮き立つ心に深くうなずいてる方も多かろう

 本紙の朝刊4こま漫画「コボちゃん」(植田まさし作)で母親・早苗さん(ママ)の妊娠が分かって、半月ほどになる。ナントカ手当も大切だが、人はそろばんずくで子供を産まない。ひとつの新聞の、そのまた片隅の、架空世界での慶事とはいえ、家族の増える喜びを伝えるひとコマ、ひとコマは、これもささやかな子育て支援に違いない

 どこかの屋根の下でコボちゃんの表情に見入っては、「うちもそろそろ、もうひとり…」と思案しているお父さん、お母さんもいるだろう。

 11月2日付 編集手帳 読売新聞
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11.08.2009

20年「ベルリンの壁崩壊」どんな小さな変革にも、翻弄される人々がいる・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 「本省の課長だった部下は、職業再教育を受け続けている。大使をしていた同僚は、列車の検札業務にやっとありついた。私は今も失業中ですが」

 昔、東ドイツと呼ばれた国があった。五輪で多くの金メダルを獲得し、スポーツ大国として知られた。その国の外務省高官が、祖国が消えた後に見せた失意の表情を、今もはっきりと思い出す

 辛酸をなめたのは、社会科教師も同様だった。「対ファシズム防御壁」と教えていたものが崩れ、壁が守ろうとした体制自体が悪と断罪されたからだ。ある女性教師は「昨日までと正反対のことを教えるのはつらかった」と語った

 東西ドイツを一つにし、冷戦を終わらせる契機となった「ベルリンの壁崩壊」から、まもなく20年を迎える。壁を壊した一つの力は、ライプチヒなどで市民が続けた平和的なデモだった。「市民革命」「無血革命」とも言われるゆえんである

 鳩山首相は所信表明演説で、自らの仕事を「無血の平成維新」と呼んだ。「維新」を「革命」と比ぶべくもないが、どんな小さな変革にも、翻弄(ほんろう)される人々がいる。それだけは忘れないでほしいと思う。

 11月1日付 編集手帳 読売新聞
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11.06.2009

純粋で高貴であった「葡萄畠」疲弊した心身を美しい思い出で慰めたのかも知れない・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 明日の生シも知れぬ戦場で、遠い青春の思い出を美しい宝石のように見つめる兵士――井上靖の詩「葡萄(ぶどう)畠(ばたけ)」である。友とふたり、翌日の試験を棒に振り、有機化学のノートを枕にして、神と愛について語り合った十数年前の葡萄畠…

 〈蓬髪(ほうはつ)の下の友の瞳はつぶらで、頬(ほお)は初々しく、その周囲で空気は若葉にそまり、時は音をたてて水のように流れていた。怠惰で放埒(ほうらつ)で、純粋で高貴であった一日!〉(詩集「北国」)

 詩の「私」と同じように作者も、疲弊した心身を美しい思い出で慰めたのかも知れない。慰めきれずに、〈シをもって充満された時〉のなかで叫び出したい日もあっただろう

 井上が1937年(昭和12年)から翌年にかけて、中国に出征した際の従軍日記が見つかった。勤めていた大阪毎日新聞の社員手帳に鉛筆で書かれている。〈気を強く持たぬとシんで了(しま)ふ〉〈神様! 一日も早く帰して下さい〉等々の記述があった

 その悲痛な叫びを補助線に引いて、青春期を描いた自伝的長編「北の海」(新潮文庫)を読み返すとき、登場人物と場面がまぶしいほどに輝いていた理由に思い当たる。

 10月29日付 編集手帳 読売新聞
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11.05.2009

同時代を生きる幸福「桂米朝」落語家では初の文化勲章が贈られる・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 演芸評論家の矢野誠一さんが東京で初めて桂米朝さんの独演会を企画したのは昭和40年代の初めである。プレイガイドにポスターを持っていったとき、係の女性が「桂米朝ドカタ落語会」と読んだという話が残っている

 上方落語は戦後、漫才人気の陰でシにかけていた。半分忘れられた噺(はなし)を古老たちから吸収し、現代に通じる笑いのセンスで洗い上げ、高座にかけて全国区の隆盛に導く――それを一人で成し遂げたのが米朝さんである

 上方落語ファンの心を代弁する言葉を司馬遼太郎さんの随筆から引く。〈私は上方落語の不毛期に育ち、成人し、人生の晩年になって米朝さんという巨人を得た。この幸福をどう表現していいかわからない〉(文芸春秋「以下、無用のことながら」)

 米朝さんに文化勲章が贈られる。落語家では初の受章という

 「おお、こっちィ入りいな。まあここへ座り」。そのひと言で、世話好きの甚兵衛さんやあわて者の喜ィ公が目の前に現れる。83歳のご高齢だが、いつまでも達者でいていただき、司馬さんが語った“同時代を生きる幸福”に末永く浸らせてもらうことを願っている。

 10月28日付 編集手帳 読売新聞
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11.04.2009

胸に届く言葉、頭脳に届く言葉――言葉にも“宛先(あてさき)”があるらしい・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 ソニーの創業者・井深大氏は、ホンダの創業者・本田宗一郎氏の語り口を愛した。自分(井深氏)ならば「原価率を0・2%下げるのに皆で苦労した」と言う

〈本田さんだと、「一銭、二銭で、みんなしてボロをまとってやってきた」という具合になるのです〉(「わが友 本田宗一郎」)。胸に届く言葉、頭脳に届く言葉――言葉にも“宛先(あてさき)”があるらしい。優劣はなく、時と場合でどちらも必要だろう

鳩山首相はきのうの所信表明演説で、「胸」宛ての語りを心がけたようである。市井の人のエピソードを交え、平易な言葉遣いで語った。〈戦後行政の大掃除〉〈無血の平成維新〉といった惹句(じゃっく)もちりばめられている

それはそれで情熱の伝わってくるいい演説ではあったが、聴き手の情感に訴える「胸」宛てはここまでだろう。政策の財源をどうするのか。日米関係を具体的にどうしたいのか。たとえ情緒には乏しくとも“原価率を0・2%…”式の、厳密で輪郭のはっきりした言葉で話してくれなければ理解のしようもない

明日からの代表質問では「胸」から「頭脳」へ、言葉の宛先を変えてもらおう。

10月27日付 編集手帳 読売新聞
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11.03.2009

もう大丈夫という油断で起きる「あと少し」の緩みは大敵・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 目がくらむほど高い木の上で作業を終えた植木職人が、軒先ほどの高さに下りてきた。黙って見ていた親方が、にわかに声を上げた。「あやまちすな。心して降りよ」

徒然草にある「高名の木登り」という話である。事故は大抵、もう大丈夫という油断で起きるから注意せよとの教訓だ。これは昔も今も変わらない

ある調査によると、長時間の運転中に起きた交通事故の半数は、出発地から目的地までの8割以上を走り終えた後に発生した。運転で、「あと少し」の緩みは大敵だが、スポーツ観戦を盛り上げる効用はある。相撲の土俵際や野球の九回裏に起きた大逆転のいくつかは、「心のスキ」という名の演出家が観客を楽しませたのだろう

油断は楽しめない逆転劇も演出する。バブルの傷が癒えたと早とちりした橋本内閣は、緊縮財政で好況を金融不況に変えた。2000年に日銀が強行したゼロ金利政策の解除は、治りかけのデフレを悪化させた

日銀はいま、金融危機で始めた企業金融支援の打ち切りを検討している。危ない状況を脱したと見ているようだが、くれぐれも「あやまちすな。心して…」

10月26日付 編集手帳 読売新聞
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10.31.2009

タスクフォース、きっと難題に取り組んでいたのだろうけれど、説明しても分からん・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 タスクフォースって何?とお子さんやお孫さんに聞かれて困っている人が結構いるのではないか。「ホースと付くから馬の名前だろうよ」などと頓珍漢なことを言っては、知ったかぶりを笑う落語「千早(ちはや)振る」の現代版になりますぞ

 前原国交相が日本航空の再建策を練らせているのが「JAL再生タスクフォース」。横文字も必要な時はあるが、これはやり過ぎに感じる。タスクフォースとは本来、軍事用語で機動部隊のことだ

 転じて「特別作業班」の意で使われるらしい。ならばそう呼ぶか、せめて「特命チーム」くらいにしてほしいものだ。わざわざ分かりにくい看板を掲げる理由は何だろう

 自公政権でも金融対策や外交問題でタスクフォースを名乗る組織が作られたことがある。きっと難題に取り組んでいたのだろうけれど、説明してもどうせ庶民には分からんでしょう、と端(はな)から煙(けむ)に巻かれているようだった。鳩山政権も変な所を継承する

 日航再建策の議論は大詰めを迎えているそうだ。銀行団の債権放棄やら退職社員の年金減額やら、複雑な事情が絡み合って、やはり難解なものになりそうである。

 10月25日付 編集手帳 読売新聞
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10.30.2009

子ども派、子供派「こども」人の感性はいろいろ、多様で豊か・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 漢字と仮名の使い分けには神経を使う。「臭い臭い」を「くさいにおい」と読んではもらえまいから、「におい」は仮名で書くことが多い

 「こども」「子ども」「子供」…新聞ではどれも用いるが、国民の祝日〈こどもの日〉を除き、小欄はもっぱら「子供」と表記してきた。しばし考え込むのは政府の打ち出した〈子ども手当〉を取り上げるときである

 「子ども」派には「供」の字から「お供」を連想し、大人の付属物とみなす差別意識を嫌う人も多いという。英文学者、柳瀬尚紀さんの著書に共感する一節があったので引く

 〈(差別だとは)…お笑いです。「子ども」では「ガキども」「野郎ども」「男ども」「女ども」を連想して、かえって子供に申し訳ない。ぼくはずっと「子供」で通しています〉(新潮社「日本語は天才である」)

 今年も「文字・活字文化の日」(10月27日)がめぐってくる。人の感性はいろいろで、表記をそろえる必要もない。悩むのも、考えるのも、多様で豊かな言語なればこそだろう。小欄は頑固な「子供」派でありつつ、“手当”に触れるときはそのつど悩むことにする。

 10月24日付 編集手帳 読売新聞
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10.29.2009

「思いださないで」時計の針が前にすすむと「時間」後にすすむと「思い出」・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 寺山修司の詩文集「思いださないで」のなかに、時計の一節がある。〈時計の針が/前にすすむと「時間」になります/後にすすむと「思い出」になります…〉。思えば人は、前後どちらにも針の動く時計を携えて人生を歩いている

 つらい出来事は「後にすすむ」針に託し、身は「前にすすむ」針に託す。振り向けば、耐えられそうになかった悲しみもいつしか歳月の彼方(かなた)に霞(かす)んでいる。針の動かない、壊れた時計をもつ人はどうすればいいだろう

 27年前にドイツで娘(当時14歳)をコロされたとして、フランス人の父親(74)が第三者に依頼し、ドイツ人の容疑者(74)を刑に服させるべくフランスへ誘拐したという

 容疑者はドイツでは証拠不十分で無罪となり、のちにパリの裁判所で被告人不在のまま過失致シ罪で禁固15年の刑を言い渡されている。フランスの警察に逮捕され、改めて法の裁きを受けることになるという。27年後の復讐(ふくしゅう)――そう報じられている

 誘拐も犯罪であり、父親の執念を称揚するつもりはない。ないが、47歳の人が74歳になるまで胸に抱いてきた「壊れた時計」には切ないものがある。

 10月23日付 編集手帳 読売新聞
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10.28.2009

伝説的なベストセラー「挽歌」伝説や挿話、その人が過ぎゆく時代に奏でた・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 蝋(ろう)を染みこませた原紙に鉄筆で文字を綴(つづ)るとき、「書く」とは言わず、ガリ版を「切る」という。経験のある方は一字一字「彫る」ような感触を覚えておられよう

 原田康子さんの小説「挽歌(ばんか)」は、ガリ版刷りの同人雑誌「北海文学」(北海道釧路市)に掲載された。東京で本になり、1957年(昭和32年)1年間で70万部を売る。石原慎太郎氏の「太陽の季節」が年間27万部であったことを思えば、伝説的なベストセラーというほかはない

 編集者が自宅に持ち帰った700枚ほどの原稿を、編集者の娘がむさぼるように読みふけり、父親よりも先に一晩で読了してしまった――という挿話も残る

 手もとの新潮文庫版は奥付に「五十九刷」とある。北海道の霧の街を舞台に切ない恋をした主人公・怜子がいまも作品のなかに生き続けている証しだろう。原田さんが81歳で亡くなった

 「切る」でなく、もはや「書く」でさえなく、文章はキーで「打つ」人が増えた。同人雑誌はときに“老人雑誌”と陰口をきかれるほど衰微が著しい。伝説や挿話がいまは、その人が過ぎゆく時代に奏でた挽歌のように思われる。

 10月22日付 編集手帳 読売新聞
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10.27.2009

過去はなまけ者の幻「郵政改革」未来は馬鹿者の希望・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 堀口大学の詩「現在教秘義」に、〈過去はなまけ者の幻だ/未来は馬鹿者の希望だ〉とある。郵政民営化も、過去と未来のせめぎ合いから始まっている

 推進派は反対派の主張を国営のぬるま湯に浸った〈なまけ者の幻〉と見、反対派は推進派の主張を未来はバラ色と信じて疑わない〈馬鹿者の希望〉と見た。どちらの主張が正しかったか――民営化からわずか2年余りの現在、答えはまだ出ていない

 答えは出ていないが、郵政解散・総選挙で示された「民でできる仕事は民で」という有権者の意思は今なお重いものがあろう。政府がきのう閣議決定した「郵政改革の基本方針」には、事実上の国営に逆戻りさせたい意向も見え隠れする

 国民の財産を二束三文でたたき売ろうとした「かんぽの宿」問題を顧みて、日本郵政・西川善文社長の辞任は当然である。経営者という“ハンドル”に不具合があったからといって、しかし、民営化という“自動車”まで解体する理由にはならない

 工夫と改良によって、民営化を〈賢者の希望〉に変えていくのが筋だろう。時計の針を〈なまけ者の幻〉に戻してはいけない。

 10月21日付 編集手帳 読売新聞
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10.26.2009

テレビ番組のためだって「自作自演」世間の人々は安否に気をもみ・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 〈もし「バカ!」という言葉が差別用語になったら、あたしは、さっさと放送作家をやめるわ〉。いまは亡き向田邦子さんが「向田邦子シナリオ集5 寺内貫太郎一家」(岩波現代文庫)の巻末対談で語っている

 「どしどし使いなさい」と子供たちに推奨できる言葉ではないとしても、人をののしる用語にしては感情があとに尾を引かない“軽さ”があり、ときに情愛をこめて用いることもできて、応用範囲の広い言葉ではある

 向田さんのみならず、使用禁止になったら困るのは小欄も同じで、きょうは海の向こうにその言葉をつぶやいている

 米コロラド州で、気球に乗って行方不明になったかと心配された6歳の男児が自宅で発見された騒ぎは、両親の「自作自演」と分かった。騒動をテレビ局に売り込む計画だったという。両親は報道機関の取材に狂言を否定したが、男児が「テレビ番組のためだって言ったじゃない」と口をすべらせ、露見した。州軍のヘリが緊急出動し、空港は航空機の離陸を一時中断し、世間の人々は安否に気をもみ…

 溜(た)め息と、あの二文字のほかに、両親に贈るものは何があろう。

 10月20日付 編集手帳 読売新聞
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10.25.2009

トーマス・エジソンの電球発明から130周年「天才は1%のひらめきと99%の汗」・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 「天才は1%のひらめきと99%の汗」は、発明王だった米国のトーマス・エジソンの名言である。「失敗すればするほど成功に近づいている」と達観できたのも、偉人だからだろう

 1884年(明治17年)、米フィラデルフィアで開かれた電気博覧会を訪れ、憧(あこが)れのエジソンに会った日本の若き技術者がいた。のちに東芝の母体となった「白熱舎」を創設した藤岡市助である

 藤岡はエジソンから、電気器具の国産化を勧められたという。失敗を重ねた末、藤岡と仲間が日本で初めて、白熱電球の試作に成功したのは、その5年後だ。エジソンが日本産の竹をフィラメントに使った白熱電球を1879年に発明してから10年遅れである

 白熱舎は最初、1日十数個しか電球を製造できず、価格は一つ80銭だったと伝えられる。当時としてはかなりの貴重品だが、約2時間でフィラメントが切れて、長持ちしなかった

 あさって21日はエジソンの電球発明から130周年にあたる。日本メーカーは今、省エネ型で長寿命のLED(発光ダイオード)電球を開発し、世界を主導する。新時代を照らす明かりの競演だろう。

 10月19日付 編集手帳 読売新聞
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10.24.2009

実感とずれているGDP「統計の日」経済的苦境にある人の深刻さが浮き彫りにならない・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 外国に〈統計とはビキニの水着のようなものだ〉と謎かけに似た箴言(しんげん)がある。そのこころは〈見えない所に物事の核心がある〉ということらしい。ちょっと品は良くないが正鵠(せいこく)を射ている

 様々な統計が毎日のように発表されるものの、複雑なこの時代、数字の中に何が見えるか、何を読み取るか、となると難しい。特に最近、各種の経済統計に対して「実感とずれている」と疑問の声が上がり始めた

 国力を測る代表的な統計と言えばGDP(国内総生産)だろう。フランスのサルコジ大統領は、これに余暇の長さや医療の充実ぶりなど「幸福度」の要素を加味するよう提案しているとか

 一方、鳩山政権は、現在の政府の統計では経済的苦境にある人の深刻さが浮き彫りにならないとして、「貧困率」など新たな指標の算出を検討するそうだ

 18日は国が定めた「統計の日」。1870年(明治3年)のきょう、全国の特産物の生産高を集計し始めたことに由来する。作物や産業製品など地域自慢の産物の出来具合が、おそらくそのまま生活の豊かさや幸福度を示す指標でもあったのだろう。うらやましくもある。

 10月18日付 編集手帳 読売新聞
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10.23.2009

あれが欲しい、これも欲しいと、プレゼントの山に酔いしれる「愚者の楽園」は願い下げ・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 クリスマス前の要求攻勢に手を焼いた経験のあるお父さんはうなずくだろう。〈子供たちよ。サンタは大富豪じゃないんだぞ

 秀作ネーミング事典」(日本実業出版社刊)によれば、ある銀行が雑誌広告に掲載したコピーという。子供たちを諭し、たしなめるこういうお父さんのいる家庭は堅実なやりくりが出来るに違いない。いささか心配なのは“鳩山お父さん”である

 あれが欲しい、これも欲しいと、子供たち(各府省)が競って大きな「靴下」を並べた結果、来年度予算の概算要求(一般会計の歳出総額)は95兆円台と過去最大の規模に膨らんだ

 子供手当といい、高校授業料の実質無償化といい、高速道路の一部無料化といい、靴下に入れる高価なプレゼントは鳩山お父さんが約束した品々である。約束の履行というメンツにこだわって火の車にまたがるか、メンツを捨てて「子供たちよ。今年はサンタは来ない」と告げるか、お父さんの器量が試される

 〈クリスマス愚者の楽園地下にあり 福田蓼汀〉。傷んだ家計簿から目をそむけ、プレゼントの山に酔いしれる「愚者の楽園」は願い下げである。

 10月17日付 編集手帳 読売新聞
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10.22.2009

「なに言うてんねん」犠牲者の無念と遺族の悲しみを思えば・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 自動券売機が普及し、厚紙の乗車券が身の回りから姿を消して久しい。歌人の小池光さんに一首がある。〈厚紙の切符のころは耳に挟み眠れる人もゐたり夜汽車に〉(現代短歌文庫「続・小池光歌集」)

 旧国鉄の改札を通るとき、ハサミを入れる人の握力が伝わってくる「パッチン」という音と、切符の刻み目に触れた指の感触と、ともに懐かしい。昔の厚紙、今いずこ――と見渡せば、JR西日本の経営陣が“面の皮”として受け継いだようである

 福知山線の脱線事故を巡って旧国鉄OBなど4人に対し、国の事故調査委員会が開く意見聴取会の「公述人」に応募するよう働きかけ、うち2人には資料代として10万円ずつ謝礼を支払ったという

 犠牲者106人の無念と遺族の悲しみを思えば、買収じみた工作は恥ずかしくて普通はできない。厚顔のなせるわざだろう

 読売歌壇で読んだ歌がある。〈たそがれの電車の響きは繰り返す「なに言うてんねん、なに言うてんねん」〉(武富純一)。JR西の電車でガタンゴトンがどう聞こえるかは想像がつく。「遺族がなに言うてんねん、世間がなに言うてんねん」

 10月16日付 編集手帳 読売新聞
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10.21.2009

仲間を手助けする「チンパンジー」言葉を交わしたことさえない・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 越中(富山県)の盆踊り唄にある。〈鮎(あゆ)は瀬につく 鳥は木にとまる 人は情けの下に住む…〉。人の世は思いやりで成り立っている、と

 「情けの下」に住むのは人間だけではないかも知れない。チンパンジーも見返りなしに仲間を手助けすることが、京都大野生動物研究センター・田中正之准教授と東京大・山本真也研究員の実験で確かめられたという

 窓でつながった隣同士の部屋に1頭ずつ入れる。ストローなしには飲めないジュースの容器が置かれた部屋にはステッキを、ステッキなしには容器が引き寄せられない部屋にはストローを用意した

 6ペアで24回ずつ実験し、59%の割合で道具が受け渡されたという。その7割以上が相手に要求されて道具を渡したもので、さすがに人間のような、自発的に仲間を助ける能力は…と書きかけて、ためらうものがある

 朝晩のこみ合う電車で、つらそうに立つお年寄りを見かけることがある。隣人の困りごとに手を貸そうにも、言葉を交わしたことさえない都会暮らしの人も少なくないと聞く。実験の記事を読みながら、盆踊り唄がチクリと胸を刺さぬでもない。

 10月15日付 編集手帳 読売新聞
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10.20.2009

韓国や中国に太刀打ちできる「ハブ空港」国家戦略として育てよう・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 子供のころ、誰もが口ずさんだ唱歌「オウマ」は林柳波が作詞した。〈オウマノ オヤコハ/ナカヨシ コヨシ/イツデモ イッショニ/ポックリポックリ/アルク…〉

 読売新聞文化部「愛唱歌ものがたり」(岩波書店)によれば、柳波は幼い娘を連れて千葉県成田市の三里塚御料牧場に遊んだとき、想を得て「オウマ」の原詩を書いたという。歌の舞台はいま、成田空港になっている

 前原国土交通相が、羽田空港を国際拠点(ハブ)空港にする意向を表明した。「国際線は成田、国内線は羽田」という原則は取り払うという

 羽田と成田、“空港の親子”がポックリ、ポックリ仲良く歩いているうち、日本は国際空港の実力で韓国や中国に大きく水をあけられた。国家戦略として1頭を外国に太刀打ちできる競走馬に育てようとするとき、都心に近く利便性の高い「羽田」を選んだ判断は間違っていない

 お馬の親子が似合う成田の田園風景が空港に姿を変えるまでには、激しい反対運動があり、血も流れた。「これからは脇役で」と告げられても、地元は戸惑うだろう。前原氏が情理を尽くして語るしかない。

 10月14日付 編集手帳 読売新聞
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10.19.2009

歳出削減「官僚の抵抗」政治の刷新は脱官僚とムダの根絶から・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 日本が暦を旧暦から欧米と同じ太陽暦に改めたのは1872(明治5)年のことだ。11月になって唐突に「12月3日を明治6年の正月とする」とする布告が出され、世間は大騒ぎになった

 改暦を断行した大隈重信の主眼は文明開化ではなかった。旧暦の明治6年には閏月(うるうづき)があり、官僚に1か月余計に月給を払わねばならない。回顧録で大隈は「財政の困難を済(すく)はんため」と真の狙いを明かしている

 後に「隈板(わいはん)内閣」の首相になると、大隈は再び歳出削減に取り組んだ。各省の次官、局長らを与党・憲政党員にすげ替え、内閣に臨時政務調査会を設けて行政の無駄を洗い出そうとした

 政治の刷新は脱官僚とムダの根絶から、というのは今も同じのようだ。鳩山内閣でも行政刷新会議が始動し、補正予算の見直しが大詰めだ

 隈板内閣は官僚の抵抗で予算を組めず、わずか4か月で崩壊した。現内閣の官僚は今のところ協力的なようだが、来年度予算の編成が年内に間に合うかどうか、正念場はこれからだ。下界の政権交代を見物する大隈は、「改暦で13月を追加すべし」と天上でつぶやいているかも知れない。

 10月12日付 編集手帳 読売新聞
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10.18.2009

消費者庁、金融庁、時の注目が集まっている官庁の名が悪用されやすい・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 腹立たしいので認めたくはないのだが、詐欺師連中のニュース感覚の鋭さには恐れ入る。消費者庁が発足する直前あたりから、もう、その名を騙(かた)る手口が出始めた

 傘下の国民生活センターが「消費者庁を名乗る不審電話などに注意を」と呼びかけているのは悪い冗談としか思えない。以前に怪しい未公開株の被害にあった人の所へ、「新たに発足した消費者庁の救済業務」と称してさらに怪しい話を持ちかけてくるらしい。いやはや

 いかがわしい取引話の後でなぜかニセ金融庁からも電話が来て、「同種の被害を調査中だが、その取引は大丈夫」とお墨付きを与える手口もあるという。消費者庁といい、金融庁といい、時の注目が集まっている官庁の名が悪用されやすいということだろう

 亀井金融相が準備している住宅ローンなどの返済猶予法案も、悪者たちは今ごろ鵜(う)の目鷹(たか)の目で“研究”しているかも知れない。つけ込まれる余地のない制度にしてもらいたい

 警察庁が運転免許更新時のアンケート調査をもとに、振り込め詐欺の被害者は全国で140万人、という驚きの推計を出した。怒りがおさまらぬ。

 10月11日付 編集手帳 読売新聞
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10.17.2009

悩むだけの価値がある「ノーベル平和賞」◆大統領の打ち出した〈核兵器なき世界〉・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 描きたい風景は頭のなかにあり、絵筆も握ってはいるが、キャンバスはまだ真っ白のままである。そのキャンバスが名画として激賞され、権威ある美術賞に選ばれたとしたら、画家は喜ぶよりも先に悩み、苦しむだろう

 脳裏の構図を絵の具と筆でいかにして形にし、賞の重みに堪える絵に仕上げていくか…。今年のノーベル平和賞に選ばれた米国のオバマ大統領はいま、作品があまりに早く絶賛されてしまった画家の心境かも知れない

 大統領の打ち出した〈核兵器なき世界〉はまだ構想の手前、願望に近い手つかずの絵である。「称賛とは借金のようなもの」と、褒められることの重圧を語ったのは英国の詩人サミュエル・ジョンソンだが、その重圧を梃子(てこ)にして「絵」の完成を迫るのがノーベル賞委員会の意思であったろう

 「核廃絶」の理想と「核の抑止力」という現実をどういう線で結ぶのか――賞をいわば“前借り”してしまった大統領の筆遣いを世界の目が見つめている

 唯一の被爆国である日本には、白いキャンバスの前で大統領と一緒に悩む使命があるだろう。悩むだけの価値がある「絵」である。

 10月10日付 編集手帳 読売新聞
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10.16.2009

「台風18号」観測技術と情報網のおかげで心の準備をするだけの時間がある・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 プロ野球で「18」はエース格の投手が背負う番号として定着している。いま大リーグの松坂大輔投手が西武時代からそうだったし、巨人では藤田元司、堀内恒夫、桑田真澄と錚々(そうそう)たる顔ぶれが並ぶ

 同じ数字を背負う手ごわい敵が列島を脅かしている。数千人が犠牲になった伊勢湾台風に匹敵する強さの台風18号には、少しの油断もならない。左投手が投げるカーブの軌道にも似た進路予想図を気にかけつつ、眠りの浅い朝を迎えた方も多かろう

 「日本文化の真髄とされるワビ、サビの根源は地震と台風だ」と、作家の山田風太郎さんが晩年の随筆に書いている。“もののあわれ”など独特の無常観はそこから生まれたと

 その通りとしても、地震と違って台風にはいま、観測技術と情報網のおかげで心の準備をするだけの時間がある。痛ましいニュースで無常観を味わいたくはない。必要とあれば避難は早めに、通勤や通学の行き帰りにも周囲への目配りをお忘れなく

 打ち返すことも、打席を外すこともできない。ヘルメットをしっかりかぶり、球から目を離さず、ベースから遠く立って身を守るのみである。

 10月8日付 編集手帳 読売新聞
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10.15.2009

「ええじゃないか」の乱舞とともに、踊りの流行が人心の不安を表す・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 演劇評論家の戸板康二さんに、東京で一人暮らしを始めた当時の回想談がある。下宿の階下がレコード店で、来る日も来る日も朝から晩まで「東京音頭」が聞こえる。たまりかねて引っ越したと、随筆集「ハンカチの鼠」に書いている

 ヤートナ、ソレ、ヨイヨイヨイと、国じゅうがその歌と踊りに酔いしれたのは1933年(昭和8年)、国際連盟脱退や、小林多喜二が特高警察の手で虐殺されたのと同じ年の夏である

 幕末「ええじゃないか」の乱舞とともに、踊りの流行が人心の不安を表す証しとして語られることが多い

 「CM総合研究所」の調査によれば、今年上半期の新商品2403銘柄のCMで好感度トップ10のうち6作品までが異例なことに、踊りを含む“ダンス系CM”であったという。視聴者が景気や雇用に感じている不安を反映しているのかも知れない

 江戸の地口に、〈驕(おご)る平家は久しからず〉をもじり、〈踊る平気は久しからず〉とある。軽快なステップを踏む鳩山内閣の歳出見直しというダンスは始まったばかりだが、景気の目配りをおろそかにして「踊る平気」にならない用心が要る。

 10月7日 編集手帳 読売新聞
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10.13.2009

「人生のスランプ」よく食って、よく眠って、ただ待っているのです・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 文芸評論家の小林秀雄がある酒の席で、プロ野球・国鉄スワローズの豊田泰光選手(現・野球評論家)に尋ねた。スランプの時はどうするのか? 豊田選手は答えたという。「よく食って、よく眠って、ただ待っているのです」

 小林の随筆「考えるヒント」(文春文庫)の一節だが、憂いに身を包んでの食事と睡眠ほどむずかしいものはない。不名誉ないきさつでの閣僚辞任、落選という人生のスランプにいたその人も不眠に悩んでいたという

 中川昭一元財務相が56歳で急逝した。解剖で循環器系に異常が見つかっている。ときに度を越した飲酒癖も、ぶっきらぼうな語り口も、シャイで内省的な人柄の裏返しであったと、故人を知る人は言う。人一倍の悔恨と憂悶(ゆうもん)に体をむしばまれて命を縮めただろうとは想像がつく

 常に国益を最上位に置き、保守の表街道を歩いた人である。過去の失策も、雌伏の時間も、まだ明日の糧に変えられる年齢であり、スランプを乗り越えた先には自民党の4番打者に座る日もあったことを思うとき、早過ぎるシが惜しまれてならない

 その人の面影に盃(さかずき)をかざし、目を閉じる。

 10月6日 編集手帳 読売新聞
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10.11.2009

金の切れ目が縁の切れ目「分担金」顔の見えるODAが大事・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 国連はじめ国際機関の間で、「日本と言えばPBI」という悪評が定着している、と教えられた。PBIはプログラム・バジェット・インプリケーションの略。予算がこの先増える可能性、ということだ

 小泉構造改革の一環で政府開発援助(ODA)が年々削減された。限られた予算を効果的に使うには、「顔の見えるODAが大事だ」として、2国間援助が重視された。その分、国際機関に回せるパイが小さくなった

 加えて、日本が義務的に払わなければならない「分担金」は国際機関予算の16・6%と決まっている。国際機関が事業を拡大すると分担金まで増えてしまい、実際の援助に回すパイはますます小さくなる

 それはたまらぬと外務省が国際機関の事業に目を光らせ、会議のたびにPBIがあるかを尋ね、予算が増える案件にノーと言い続けた。その結果が、この不名誉なレッテルである

 金の切れ目が縁の切れ目とばかり、日本が会議で頼み事をしても、断られる場面も出てきたそうだ。ダイエットも大事だが、日本外交の基盤が“骨粗しょう症”化しては困る。援助外交の再点検は急務であろう。

 10月5日 編集手帳 読売新聞
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10.10.2009

五輪の招致「東京」国民の心を束ねる糸がないまま、招致の熱が沸点に達しなかった・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 人生は一冊の本にたとえられる。英国の詩人ジョン・クレアは過去を悔いる気持ちを、「人生に第2版があれば校正をしたい」と言い表した。「人生の一ページ」という耳慣れた言い回しもある

 胸に深く刻まれる出来事は「栞(しおり)」かも知れない。卒業、初恋…過去を顧みるたび、そのページがきまって開かれる栞を、誰もが自分だけの本に挟んでいる

 災害や事件のように、同時代の空気を吸った人々が共有する栞もある。美しい栞を7年後の子供たちに贈れなかったのが残念でならない。2016年夏季五輪の招致に、「東京」が敗れた

 敗戦の焦土から立ち上がり、平和の祭典に臨む。45年前の東京五輪のような、国民の心を束ねる糸がないまま、招致の熱が沸点に達しなかった印象も残る

 多くの人が足し算をしたはずである。自分はいま何歳、子供は何歳、7を足してそれぞれ何歳、生活は、世の中はどう変わっているだろう…。今日を生きるのに心せかれるご時世に、少し遠くを見つめる時間をもてたことは無駄ではあるまい。栞の幻影を追いつつ九分九厘は負け惜しみで、残る一厘は心から、そう思う。

 10月4日 編集手帳 読売新聞
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10.09.2009

ユーモアあふれる科学研究に贈られる「イグ・ノーベル賞」昭和史のお年玉がくれたお年玉・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 パンダを評した言葉のなかで〈昭和史のお年玉〉は秀逸の部類だろう。戦争の山坂を越え、国交回復の象徴として中国から贈られた上野動物園の2頭が日本で初お目見えした経緯を、巧みに言い表している

 糸井重里さんの「萬流コピー塾USA」(文芸春秋)にある。お題を出して読者から広告コピーを募る週刊誌の人気企画を一冊にしたもので最近の本ではないが、米国から届いた愉快な朗報にその一句を思い浮かべた

 ユーモアあふれる科学研究に贈られる「イグ・ノーベル賞」生物学賞に田口文章・北里大学名誉教授が選ばれたという。パンダのフンに含まれる細菌で台所のゴミを90%減らせることを示した業績が評価されての受賞である

 田口さんは上野動物園からフンをもらい受けて研究したというから、うれしい受賞は昭和史のお年玉がくれたお年玉だろう

 〈国家畜(こっかちく)〉という作品もあった。中国政府のパンダ外交を皮肉ったコピーだが、文明はゴミで滅びるとも言われる現代である。将来いつか、国々のゴミを減らす救世主「国家畜」となって文明存続の「お年玉」をくれる日が、さて、来るかしら。

 10月3日 編集手帳 読売新聞
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10.08.2009

「モラトリアム」新たな貸し出しに用心深くなる。かえって貸し渋りを助長する・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 ロシアのピョートル1世は好奇心が旺盛で、造船や印刷などの技術を習得し、“職人皇帝”と呼ばれた。歯科医療にも関心が高く、廷臣の歯を麻酔なしで抜くのを趣味にしたとも伝えられる

 「おれが治してみせる」という善意と意欲の表れとはいえ、ありがた迷惑だった人も多かろう。亀井静香金融相の唱える返済猶予制度(モラトリアム)構想に、金融界はおろか、ほかの閣僚までもが困惑している様子と、ちょっと似たところがある

 「貸し渋り」に泣く中小企業や、住宅ローンに苦しむ個人に、借金の返済を3年ほど猶予する方向という

 意図は分からぬでもないが、民間同士の契約に国があとから口を挟み、契約の内容が変更されるとすれば、金融機関は新たな貸し出しに用心深くなる。かえって貸し渋りを助長することにもなろう。ひとつ間違えば、経済の全身を循環する血液(資金)の流れをせき止めかねず、治療が命取りになる恐れもある

 蘭方(らんぽう)医の杉田玄白が残した七か条の養生訓に〈事なき時、薬を服すべからず〉とある。毒物すれすれの劇薬を処方すべき時かどうか、判断は慎重であっていい。

 10月2日付 編集手帳 読売新聞
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10.07.2009

マグニチュード8・0の強い地震、南太平洋のサモア諸島“楽園”に津波が・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 サマセット・モームの短編「雨」にある。〈青々と葉をつけた椰子(やし)の樹(き)がほとんど波打ち際まで生い茂って、その間にサモア人の草葺(くさぶ)きの家々が並び、処々(ところどころ)に小さな教会が点々と白く光って見えた〉

 米領サモア、パゴパゴ港の風景である。海の描写は、別の短編「赤毛」にある。濃い紺青からワイン、紫水晶、エメラルド、黄金の色に変化していく〈魔法の庭だ〉と。どちらも新潮社版(中野好夫訳)から引いた。ひと言でいえば“楽園”だろう

 マグニチュード8・0の強い地震による津波が南太平洋のサモア諸島を襲い、多数のシ者が出た

 〈サモアの島 たのしい島よ/風は吹く 静かな海…〉。かつてNHK「みんなのうた」で歌われた「サモア島の歌」(詞・小林幹治、ポリネシア民謡)の一節だが、水浸しの村や壊れた家屋の写真に、静かで楽しい海の面影をしのぶよすがはない

 国技ともいうべきラグビーの交流を通じ、あるいは観光で訪れたのが縁となり、被災地に友人をもつ方も多かろう。人知を超えたものが治める「魔法の庭」であるならば、安否の案じられる不明者にどうか奇跡を、と祈る。

10月1日付
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10.05.2009

生誕100年女優の田中絹代さん、日本映画の黄金期を生き「女優」でありつづけた・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 女優の田中絹代さんが67歳で亡くなるとき、脳腫瘍(しゅよう)のために両眼はほとんど失明していた。「目が見えなくても、やれる役がありますか」。遠縁にあたる映画監督の小林正樹氏に尋ねたと伝えられる

 その名を聞き、年配のファンは映画「伊豆の踊子」や「愛染かつら」のヒロインを、少し若い人はテレビドラマ「前略おふくろ様」の母親役や朝のテレビ小説「雲のじゅうたん」のナレーションを思い浮かべただろう

 日本映画の黄金期を生き、息をひきとるまで「女優」でありつづけた人の、今年は生誕100年にあたる

 記念の上映会が10月6日から東京国立近代美術館フィルムセンター(東京・京橋)で始まる。無声映画から晩年にベルリン映画祭で女優賞を受けた「サンダカン八番娼館 望郷」まで約90本、その数にも映画史に刻まれた偉大な足跡がしのばれよう

 鎌倉市の円覚寺にお墓がある。すぐそばにオウム事件の被害者、坂本弁護士一家が眠っている。一家の墓参をした折に手を合わせたことがある。石に故人の肖像が彫られてあった。わたしは永遠に女優――と、声の聞こえてきそうな像である。

 9月30日付 編集手帳 読売新聞
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10.03.2009

古くから支えてきた人々「情けの枝」なぜ、折れたか、お忘れなく・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 「大利根月夜」「傷だらけの人生」などで知られる作詞家、藤田まさとさんは借家から借家へ、生涯に18回引っ越した。転居通知で自分の存在をレコード会社に思い出させているのか――不遇のころはそう思ったと、夫人の回想にある

 世間の耳目は鳩山政権の一挙一動に集まり、野党席に引っ越した自民党の影は薄い。今回の総裁選には、「自民党もお忘れなく」という転居通知の意味もあっただろう。元財務相の谷垣禎一氏(64)が新総裁に選ばれた

 心の弾まぬ転居にも効用はある。必要な品とガラクタを分別する作業を通して、党の姿は簡素に、清潔になるに違いない

 外交や安全保障での地に足のついた政策は、持っていく荷物の筆頭に置かれていい。捨てていくガラクタの第一は、政権党の大邸宅にぬくぬく暮らすなかで身についた“おごり”だろう

 〈人の情けにつかまりながら/折れた情けの枝で死ぬ…〉と、藤田流の名調子「浪花節だよ人生は」にある。自民党を古くから支えてきた人々の「情けの枝」がなぜ、ポキリと折れたか。引っ越し荷物の入念な分別作業なくして、政権奪還などあり得ない。

 9月29日付 編集手帳 読売新聞
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10.02.2009

貧者を喰らう国― いびつな社会構造、中国格差社会からの警告・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 今年にも日本を抜いて世界2位の経済パワーになると予測される中国。強烈な貧富の差が生まれ、いびつな社会構造になったのが泣き所だ

 人口13億の中国で、農民の多くが今も貧困から抜け出せないのはその象徴である。なぜなのか。中国では農民の子は、一生「農村戸籍」のままで、「都市戸籍」に変わることが極めて難しい。農村からの出稼ぎ労働者が、都市では住民として扱われず、子供はまともな教育さえ受けられない

 理不尽な戸籍制度の改革が進まない背後には、食料生産確保のため、農民を農業にしばりつけておきたい政府の狙いがある、と阿古智子・早稲田大准教授が新著「貧者を喰らう国―中国格差社会からの警告」で指摘している

 集団所有の農地での生産請負制度もネックだ。農地の使用権は30年に制限され、自由な売買や抵当に入れることはできない。土地利用の弾力化が進む中で、役人や不動産業者によって農地を奪われる「失地農民」が後を絶たない。こんな構図にいつ変化が来るのか

 来月1日に建国60周年を迎える中国。いつまでも「任重くして道遠し」であってはなるまい。

 9月28日付 編集手帳 読売新聞
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9.30.2009

ゴールド系のネクタイ“勝負ネクタイ”取り換えても取り換えてもパッとしない柄ばかり・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 初めてネクタイを着用した日本人は、ジョン万次郎らしい。幕末に帰国した際、所持品を調べた長崎奉行所の記録に、「襟飾」や「胸飾」の記載がある。再び故国の土を踏む時のための“勝負ネクタイ”だったかも知れぬ

 鳩山首相がここぞという日に、夫人の見立てたゴールド系のネクタイを締めることはよく知られている。大舞台続きの訪米中は毎日がゴールドだった

 これだけ勝負ネクタイが知れ渡っては大変だろう。余計なことながら今後、赤や青の時に「きょうはリラックスモードですか」などと皮肉られはしないかと心配だ。もっとも、難題山積の現状からして在任中はずっと金色で通すことになるのかも知れない

 野党の自民党も総裁というネクタイを明日また新調するそうだ。年に1回、取り換えても取り換えてもパッとしない柄ばかりだったが、さて今度は勝負ネクタイとして通用するかどうか

 クールビズの季節が終わろうとしている。勝負ネクタイなどというしゃれたものはないけれど、久しぶりに襟元をキュッと引き締めて、社会人になった時の初心や緊張感を思い出してみるとしよう。

 9月27日付 編集手帳 読売新聞
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9.28.2009

温暖化対策、日本の中期目標25%削減、倒れてしまえば、上座も下座もない・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 森繁久弥さんは売れない昔、古川ロッパ主宰の劇団で修業した。ある座敷で「先生、ぼくはどこに座ればいいのでしょう」と尋ねた森繁さんに、ロッパは答えたという。「どこへでも座れ。おまえの座ったところが下座だ」

 日本も国際会議の座敷で、「ぼくはどこに座ればいいのでしょう」と一座を見渡すことがままあったせいか、床柱を背負う上座がよほどうれしいのだろう

 温室効果ガスの排出量を25%削減する日本の中期目標を、鳩山首相が国連演説で言明した。称賛の拍手をもらい、閣内は高揚感に包まれている。自民党政権のもとでこれまで、「どうぞ、主役は奥へ、奥へ」と上座に通されたことがあったか、と

 温暖化対策の旗手たらんとする首相の志やよし、いい気分に水を差すつもりはないが、〈夏の馬鹿(ばか)は奥に座る〉という格言も頭の隅にしまっておいてもらおう。最大の排出国である米国と中国が同じ座敷に入らぬまま縁側で涼み、日本だけが床の間の前で経済悪化に歯を食いしばって一人ぼっちの我慢会をする――というのは願い下げである

 呼吸困難で倒れてしまえば、上座も下座もない。

 9月25日付 編集手帳 読売新聞
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9.25.2009

5連休「敬老の日」帰省し、お国訛りの会話は、心の凝りをほぐす・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 新聞社では、出先から電話で原稿を送ることがある。原稿中に「イトウ」とあれば、受け手は漢字を確かめねばならない。新聞記者出身の青木雨彦さんが「冗談の作法」(ダイヤモンド社刊)で体験談を披露している

 「イはイタリア(伊太利亜)のイだね?」「サンズイのイです」「サンズイ?」「イドのイです」「井戸のイにサンズイがある?」「あります、オイドのイだもの」「オイド?」「そうです、オイドニホンバシの…」

 この会話に笑みをこぼす人ばかりとは限るまい。郷里を離れて都会暮らしをした人のなかには、訛(なま)りでつらい思いをした記憶をほろ苦く過去から紡いだ方もあろう

 この5連休、勤め先や学校のある都会から帰省し、きのうは「敬老の日」をおじいちゃんやおばあちゃんと過ごした人もいたはずである。お国訛りの会話は、心の凝りをほぐす薬効つきのシャワーであったに違いない

 読売俳壇で目に留め、書き抜いた句がある。〈食(け)と言はれ食(く)とこたへ食ふづんだ餅(もち) 福島県 黒沢正行〉。食(け)(食べなさい)と食(く)(食べます)、1文字で心身の温まる魔法のようなシャワーもある。

 9月22日付 編集手帳 読売新聞
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9.23.2009

末永くお幸せに、100歳以上の高齢者が、今年初めて4万人超え・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 〈我が家にも政権交代夢にみる〉。敬老の日を前に、全国有料老人ホーム協会が募集した「シルバー川柳」の入選作だ。千葉県に住む76歳男性の作品。同感同感、と苦笑する亭主族の顔が浮かぶ

 〈夫婦仲社会福祉と妻は言い〉。これは広島県67歳男性の句。恐妻家をあけすけに気取ることができるのも長年苦楽を共にし、信頼し合う夫婦だからだろう。ごちそうさまと申し上げたい

 今年は夫婦愛をテーマにした応募作が増えて、全体の1割近くを占めたという。紹介したような“婦唱夫随”ネタも、裏を返せば愛情表現と見なしてカウントされている。「不況もあってか、頼りになるのはやはり配偶者、という雰囲気が強まっているのかも」とは主催者の分析だ

 100歳以上の高齢者が、今年初めて4万人を超えた。2人合わせて204歳になる夫婦もおられるという。その域までは達しなくとも、共に80代や90代で、元気かつ仲良い夫婦は珍しくない。あやかりたいものである

 〈五十年かかって鍋と蓋(ふた)が合う〉と詠んだのは秋田県に住む76歳男性。これも自(じ)嘲(ちょう)しているんだか、のろけているんだか。末永くお幸せに。

 9月20日付 編集手帳 読売新聞
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9.22.2009

鬼は勘弁して「桃太郎」愚痴り、舞台から逃げていては何も始まらない・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 学芸会で「桃太郎」の劇を演じようとしたら、どの親も「うちの子を主役に」と言う。困った先生は台本を書き直し、桃太郎が3人の桃太郎を連れて桃太郎ガ島に桃太郎退治に出かけた…という小話がある

 自民党総裁の役も以前は、「桃太郎」級の人気があった。野党に転じ、首相との“一人二役”が解かれた今はそうでもないらしい。麻生後継に本命視されていた面々が総裁選に出馬を見送ったのも、衆院選で退治されてしまった「鬼」の親玉役は勘弁してよ――ということだろう

 とはいえ、「桃太郎」と「鬼」の配役が容易に入れ替わるのが2大政党制、小選挙区制である。役を愚痴り、舞台から逃げていては何も始まらない。苦難覚悟で立候補した3氏には、何が敗因で、総裁としてどう変えるのか、明快に語ってもらおう

 江戸川柳に〈桃太郎 供のけんくわに困ってゐ〉とある。お供の犬と猿は犬猿の仲で、桃太郎はケンカに難儀しただろう、と。主義主張が微妙に違う人々の寄り合い所帯である民主党政権の結束も、盤石とはいえない

 悩み、もだえ、苦しむ中で「桃太郎」復帰への道も見えてくる。

 9月19日付 編集手帳 読売新聞
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9.21.2009

官僚の記者会見「脱・官僚主導」バッジをつけたつもりで物を言え・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 のちに首相も務める大物代議士の佐藤栄作氏が、ある案件をめぐり、満座のなかで当時自治省の財政局長、奥野誠亮(せいすけ)氏を叱(しか)りつけたという。「バッジをつけてから物を言え」

 当時、自治省の官房長だった後藤田正晴さんが回想録に書いている。いまで言う脱・官僚主導のひと幕だが、後藤田さんの判定では叱った佐藤氏の負けだという。〈バッジをつけてから物を言え、なんていうのは、理屈で負けたということですよ〉

 首相官邸が官僚の記者会見を禁止し、各省庁に通知した。議員バッジなき身は語るべからず、ということだろう

 世の人々が官僚の発言に、「大臣の話よりも筋が通って説得力があるわね」と感心すれば、鳩山政権は立つ瀬がない。官僚の口を封じ、国民の耳をふさいでおけば、理屈の負けは知られず済む…ということなのか、意義のよく分からない改革である

 官僚を拡声機の代わりに使いこなしてこその政治主導だろう。「バッジをつけてから物を言え」ではなく、「バッジをつけたつもりで物を言え」と、背中の一つも叩(たた)いて記者会見場に送り出す。そのくらいの器量がなくてどうする。

 9月18日付 編集手帳 読売新聞
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9.19.2009

衆院選を勝ち抜いた新人議員「初登院」恐れず、臆せず、国政の難問奇問に体当たり・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 “昭和の名人”、落語の六代目三遊亭円生さんは豊富な持ちネタで知られたが、火の番小屋を舞台にした噺(はなし)「二番煎(せん)じ」は高座に掛けなかったらしい

 父親の五代目が得意にし、逸品と評された。「親父(おやじ)のを聴いたら、とてもやれるものじゃありません」。そう語っていたと、親交の深かった京(きょう)須偕充(すともみつ)さんが落語全集の解説に書いている

 先人の優れた芸を身近に知る世代は怖くて手が出せない。若い世代は怖いもの知らずで手を出す。どの世界に限らず、若返りの効用とはそういうことだろう。先の衆院選を勝ち抜いた大量の新人議員がきょう、初登院する。恐れず、臆せず、国政の難問奇問に体当たりすればいい

 ひどい例もある。4年前、小泉自民党が大勝した衆院選の初当選組には、「料亭に行ってみたい。給料は2500万円、議員宿舎は3LDKですよ」とはしゃいだ新人君もいた。自民党政権が全焼した火元をたどれば、そのあたりのマッチ1本の不始末に行き着くのかも知れない

 民主党の小沢一郎新幹事長にはとくに火の番小屋でしっかり、いわゆる小沢チルドレンの火の用心にあたってもらおう。

 9月16日付 編集手帳 読売新聞
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9.18.2009

9年連続200安打の偉業、野球の面白さは本塁打だけでないことを、バットで語りつづける・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 努力と向上の人、ファウスト博士を評して悪魔メフィストが言う。〈あいつは天上の一番美しい星を取ろうとしているかと思えば、地上の一番ふかい楽しみをきわめようとする。そして近いものも遠いものも、あいつのわきかえる胸を満足させない〉

 ゲーテの戯曲「ファウスト」の一節は、この人のためにあったのかと思うときがある。マリナーズのイチロー選手(35)が大リーグ史上で初めての9年連続200安打の偉業を成し遂げた

 大リーグ年間最多安打(262本)といい、日米通算3000本安打といい、「天上の星」を手に入れて満ち足りた顔をすることもない。ほっと安堵(あんど)の色を見せるのがせいぜいで、それもつかの間のこと、気がつけば修験者のように次の山坂を歩き出している

 記録樹立の200安打目は足を生かした内野安打で飾った。野球の面白さは本塁打だけでないことを、バットで語りつづける人でもある。星のコレクションはまだまだ増えるに違いない

 今宵(こよい)もどこかの夜空の下、生まれたての美しい星を仰いでは“未来のイチロー”を夢みて、一心にバットを振る少年がいるだろう。

 9月15日付 編集手帳 読売新聞
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9.17.2009

「第64回国連総会」世界全体で取り組まなければ対応できない問題はいくつもある・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 ある年の国連総会で、ある国の外相が代表演説をしたが、悪いことに割りふられた時間が昼食時だった。会場にいたのは、さる国の外相一人だけ。信義の厚さに感激してお礼を述べると、「どういたしまして、私はあなたの次に演説するものですから」という答えが返ってきた

 「何ともひどい話だが」と、国連創設以来、長年にわたって事務局本部の要職を務めたアークハート元事務次長が回顧録で紹介している

 それほどではないにせよ、退屈な各国演説が続くだけの光景は、毎年のように繰り返されてきた。しかし間もなく開幕する第64回国連総会は少し様子が変わるかもしれない

 「チェンジ」を掲げるオバマ米大統領が初めて出席し、日本からも民主党の鳩山代表が新首相としてデビューを飾る。リビアからは最高指導者のカダフィ大佐もやってくる。核拡散や金融危機、地球温暖化、感染症、テロなど、世界全体で取り組まなければ対応できない問題はいくつもある

 その解決を図りたいという意思は、どの国も持っているだろう。いかに合意し、具体化していくのか。各国首脳の口からそこを聞きたい。

 9月14日付 編集手帳 読売新聞
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9.16.2009

「国家戦略局」と「行政刷新会議」中身がきちんと伴うなら、いずれ違和感は消える・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 昔から新しい行政組織ができる際には、名前をめぐって議論があった。1937年(昭和12年)に厚生省の新設が決まった時も、当時の紙面が様々に報じている

 最初の名称案は「保健社会省」だったが、枢密院が「社会の字句は不穏当」と異を唱えた。戦前は「社会」という単語に思想的な印象を持つ人もいたらしい。結局、書経にある「厚生」の語を冠した案に替えられたが、これも「中国の江西省と間違われそうだ」と心配されたようである

 略称がまた厄介だ。現在の中央省庁も8年前の再編時に「国交省では外務省と混同する」「ケイサン省はお金の計算をする役所か」などと揶揄(やゆ)されて、定着するまで少々時間を要した

 鳩山政権は「国家戦略局」と「行政刷新会議」を新設するという。フルネームはまあいいとしても、国家戦略担当大臣は「国戦相」だと少し物騒じゃないかしら、行政刷新担当大臣が「行刷相」では文書印刷が所管のような…

 などと余計な心配が思い浮かぶところに、いよいよ新政権発足近しを実感する。新たな組織の名も、中身がきちんと伴うなら、いずれ違和感は消えるだろう。

 9月13日付 編集手帳 読売新聞
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9.15.2009

「モモ」緊密な連携が馴れ合いに堕するならば人心は離れていく・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 ミヒャエル・エンデの童話「モモ」に、人間の世界から時間を盗み取る秘密結社が登場する。少女モモが〈灰色の男たち〉と呼ばれる時間泥棒に戦いを挑む物語である

 農水省の「ヤミ専従」問題も、時間泥棒の物語であることに変わりはない。正規の勤務時間を盗み取って組合活動に充て、前秘書課長が偽造文書まで用いて実態を隠す労使馴(な)れ合いの秘密結社ぶりは、世間を驚かせた

 石破茂農相は刑事告発を見送るという。形の上では第三者委員会の意見を尊重したものだが、〈灰色の男たち〉がクロかシロかを判断するのは司法であり、「すでに処分を受けている」と農水省が情状を酌量するのは筋違いだろう。社会保険庁のヤミ専従を告発した厚生労働省に比べ、身内に甘い体質が透けて見える

 官僚をやみくもに敵視するのではなく、上手に使いこなすのが政治の仕事だが、緊密な連携が馴れ合いに堕するならば人心は離れていく。自民党が衆院選に惨敗した一因もそこにあろう

 労働組合をも支持勢力にもつ民主党政権がまもなく発足する。自民党政治の置き土産が「モモになれますか?」と問うている。

 9月12日付 編集手帳 読売新聞
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9.14.2009

身銭と公金の境目をわきまえて「廉吏」私欲のない正直な役人、遠くなりにけり・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 ある高等学校が入試の出題で「廉吏」の意味を問うたところ、「安月給の官吏」という解答が複数あった。最近のことではなく、詩人土井晩翠が1934年(昭和9年)に出版した随筆集「雨の降る日は天気が悪い」の一節である

 漢語が日常の身近にあった当時でもそうならば、「清廉」「廉直」よりも「廉売」「廉価」になじみの深い昨今の誤答率は、おそらく昔の比ではなかろう

 私欲のない正直な役人、正答の「廉吏」は遠くなりにけり。税金で卓球台やゲーム機などを買い、裏金をため込み、千葉県で発覚した不正経理は30億円にのぼるという

 “預け”と称する手口は納入業者に物品を架空発注し、代金を業者の口座にプールする。業者に見返りも与えずに不正の片棒をかつがせるとは、普通は考えにくい。汚職の苗床を見せられたような不潔感がつきまとう

 漢和辞典によれば「廉」には「境目」の意味がある。善悪の境目をわきまえて「清廉」、暴利との境目をわきまえて「廉価」になるらしい。身銭と公金の境目をわきまえて「廉吏」…と、いまさら社会人のイロハを説かねばならぬ馬鹿(ばか)らしさよ。

 9月11日付 編集手帳 読売新聞
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9.13.2009

温室効果ガス「25%削減」高速道路「無料化」公約分析計があれば・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 最新型の体重計は「増加傾向にお気をつけください」等々、音声でアドバイスをくれる。うれしい言葉が聞けるかしらと、わくわくして乗ったご婦人に音声が告げていわく、「一人ずつ乗ってください」

 早坂隆さん「続・世界の日本人ジョーク集」(中公ラクレ)の一節だが、太めの身にはつらい“食欲の秋”である。好きな物を腹いっぱい食べ、しかも見違えるようにやせる方法を、あの人ならばご存じかも知れない

 民主党は新政権のもとで高速道路を無料化すると約束している。その便利さ、快適さを存分に召し上がれ、と

 車がサッ到して渋滞になれば、満腹のツケは二酸化炭素排出量の増加という形で回ってくるはずだが、鳩山由紀夫代表は一方で、温室効果ガスを「2020年までに1990年比25%削減する」目標を言明してもいる。まもなく首相になる人に、減量の秘策を教わりたいものである

 「無料化」と「25%削減」をよその国の人が聞けば別々の政党の、別々の党首が話した言葉と思うだろう。体重計ならぬ公約分析計があれば、「一人ずつ話してください」と音声が告げてもおかしくない。

 9月10日付 編集手帳 読売新聞
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9.12.2009

少数会派「下駄」踏まれても、基本政策をも左右する・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 西條八十が美空ひばりさんのために書いた「江戸っ子寿司(ずし)」の4番は、朝の買い出しを歌う。〈いそぐ魚河岸 霧の中 その海老(えび) ゲタメで売らねえか…〉。下駄(げた)の穴三つを目にたとえ、「ゲタメ」は3のつく数字を指す符丁という

 連立政権を語るとき、しばしば下駄が引き合いに出される。自公政権下の公明党はときに、(自民党に踏まれてもついていく)「下駄の雪」と揶揄(やゆ)され、「われわれは下駄の雪ではなく鼻緒だ」と抗弁したこともある

 鳩山次期政権の基盤を固めるべく、民主、社民、国民新、“ゲタメ”3党の連立協議が大詰めを迎えている

 衆院選の獲得議席は民主308に対し、社民7、国民新3である。少数会派の両党が「雪」では気の毒だが、さりとて外交や安全保障といった基本政策をも左右する「鼻緒」になるようなら、有権者の示した民意にそむくことになろう。鳩山さんの下駄の履きようを見守るとする

 下駄が民主党ならば、草鞋(わらじ)は自民党である。政権に別れを告げ、野党の「草鞋を履く=旅に出る」刻限は迫れども、先導する人の影さえ見えてこない。旅の前途が案じられる。

 9月9日付 編集手帳 読売新聞
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9.11.2009

メジャー球界になくてはならない「千両役者」祝福の拍手に包まれた・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 歌舞伎の六代目尾上菊五郎は語ったという。〈その役者に悪評を下せば、その劇評家が笑われるような役者になることだ〉と。永六輔さんが「役者その世界」(岩波書店)に書き留めている

 俳優に限らず、筋の通らない酷評や、いわれのない反感を身に浴びることは、誰にでも経験がある。雑音は技芸を磨いてねじ伏せろ、という六代目の教えは、いつの世にも通じるだろう

 米国オークランドでの対アスレチックス戦で、マリナーズのイチロー選手がメジャー通算2000本目の安打を放った。“敵地”観客席の惜しみない祝福の拍手に包まれたという。渡米まもない8年前の春はそうではなかった

 どういう反感でか、打席のたびにブーイングを浴び、守備中にコインやアイスクリームを投げられた同じ場所である。その選手に不作法な接し方をすれば、観客のほうが笑われる――バットで、肩で、足で、メジャー球界になくてはならない「千両役者」となった証しだろう。自身の記録に冷静なその人も、感慨ひとしおであったに違いない

 記録の舞台に場所を選ぶ。野球の神様も味な演出をするものである。

 9月8日付 編集手帳 読売新聞
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9.10.2009

どのような理想を掲げるにせよ、国際情勢を見誤れば国を危うくする・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 若き貴族院議員の近衛文麿が中国の革命家、孫文から激励を受けたというエピソードがある。第1次世界大戦後のパリ講和会議に向かう日本全権団の随員として、近衛が寄港地の上海に立ち寄った時のことだった

 近衛は当時、英米両国が唱える平和主義は「持てる国」の利益を正当化するものだと批判する雑誌論文を発表していた。孫文はその英訳を読み、深い感銘を受けたという

 英米と距離を置くべきだとする論文の主張は20年後に、近衛内閣の東亜新秩序構想として形をなす。しかし、英米を頼る中国・蒋介石政権との溝は深まり、日中戦争は泥沼化していった

 民主党の鳩山代表の論文が米国内で波紋を広げている。米国の「覇権」が衰える中で東アジア統合が重要になるといった主張が、反米的と受け止められた。米国では全文が伝えられておらず、鳩山代表としては不本意だったにちがいない

 だが、「脱米入亜」の方向を模索しているとも読める点で鳩山論文は近衛論文と似通っている。どのような理想を掲げるにせよ、国際情勢を見誤れば国を危うくする。そうした歴史の教訓を忘れてはなるまい。

 9月7日付 編集手帳 読売新聞
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9.09.2009

「新旧政権」流れるようなバトンパスは無理でも、せめて落とさないで・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 今年は1993年と似ている点が多いようだ。16年前も日米で政権交代があった。日本では自民党から細川連立内閣に、米国でも共和党から民主党に政権が移った。夏は日照不足の冷夏。政府が6月に景気底打ちを宣言したのも同じだ

 底打ちの実感の乏しさも同様で、翌94年の流行語大賞で入賞した経済用語は「就職氷河期」と「価格破壊」の二つ。世間は景気の肌寒さを感じていたのに、政治の感度が鈍く、その後の大不況を防げなかった

 今年は戦後最悪の失業率と2%を超える物価下落が、デフレ警報を発している。新旧政権には、経済政策のバトンを上手につないでほしいが、ぎくしゃくしている

 総選挙の敗北後、現職3閣僚が金融や通商交渉の重要な国際会議を欠席した。最後まで全力で走らず、バトンを放り投げるチームを有権者は次も選びたくないと思わないか。これから走る新政権は、やっと閣僚の顔ぶれが固まってきたが、しっかり助走してバトンを受け取らないと、政策がスピードダウンしそうで心配だ

 日本陸上チームの流れるようなバトンパスは無理でも、せめて落とさないで、と祈る。

 9月6日付 編集手帳 読売新聞
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9.05.2009

「思い出」盗む悲しみと、殴られる痛みと、肩を落とした両親の後ろ姿と、・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 子供の泥棒が捕まって、親が呼び出された。「注意しなければ、駄目じゃないか」「注意をするんですが、奴(やつ)がドジなもので…」。以前、寄席で聞いた小話である

 笑いは、緊張がほどけた瞬間に生まれるという。「子供が捕まる」という緊張が、「じつは親が指図していた」という“ありえない展開”で緩和され、笑うことができる…いや、できた

 兵庫県明石市で、小学5年の長男(11)に10キロ入りのコメ袋などを万引きさせた派遣社員の父親(33)と、同居している元妻(31)が窃盗容疑で逮捕された。小話はもう笑えない

 父親は2年前から、「小学生は捕まらない。捕まったら、お金を落としたと言え」と教えていた。「いやだったけれど、お父さんに殴られるのが怖くてやった」。長男はそう話している

 子供に残せるのは思い出だけだ――「長崎の鐘」の永井隆博士が病床でつづった、いつの世、どこの親にも通じる言葉である。〈美しい、潔い、ゆかしい思い出をのこしてやりたい〉(「この子を残して」)。盗む悲しみと、殴られる痛みと、肩を落とした両親の後ろ姿と、そんな思い出を残してどうする。

 9月5日付 編集手帳 読売新聞
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9.04.2009

無駄な公共事業「ダム」税金の無駄をなくすはずが・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 製薬会社の副工場長は肩書の「副」が不満で、その字を呪(のろ)うほど嫌っていた。ある日、新薬に添付する説明書の草稿に目を通してほしいと秘書に言われ、内容にかまわず「副」の字を削った。刷り上がった説明書にいわく、〈本薬はいかなる作用もありません〉

 相原茂さんのジョーク集「笑う中国人」(文春新書)にある。どういう言葉もやみくもに目の敵にしていれば、ときに策を誤る。「ダム」も、そうだろう

 無駄な公共事業の代表格として評判の悪いダムにも、例外がないではない。国土交通省が群馬県に建設中の八ッ場(やんば)ダムは、流域の1都5県が利水・治水の要として完成を待ちかねている

 建設中止を公約に衆院選を戦った民主党には思案のしどころだろう。工事継続を新政権が検討しても、メンツにこだわらない「変化」を有権者は褒めこそすれ、「変節」とはみなすまい

 工事を中止すればしたで、支出済みの自治体負担分は国が返還しなくてはならず、国庫は相当に傷む。税金の無駄をなくすはずが、あとあと、〈本改革はいかなる作用もありません〉でした…と説明書が付くようでもいけない。

 9月4日付 編集手帳 読売新聞
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9.03.2009

駆け込み「天下り」政権交代を後押ししたのは官僚不信の猛火・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 その昔、東京・浅草に味(み)噌(そ)を商う店があり、いまで言えばシャッターにあたる大戸をいつも半開きにして営業していた。中は薄暗く、店側も客も不自由したことだろう

 先代のときに火事を出し、息子に店を譲ったあとも、息子一代の間は謹慎の心をこめて半開きの営業をつづけさせたのだという。劇作家の高田保が「火の用心」という随筆に書いている

 政権交代を後押ししたのは官僚不信の猛火であり、火元をたどれば年金の社会保険庁とともに事故米の農水省に行き当たる。業者の不正を告げる情報を握りながら大甘の検査で見過ごした無気力な仕事ぶりに、あきれた方は多かろう

 昨年9月に引責辞任した農水省の前次官が、省所管の社団法人会長に就任した。味噌屋さんを見習えとは言わないが、謹慎の心はどこへやら、民主党政権が発足する前に駆け込みで天下りとは、もらい火で焼け落ちた自民党もなめられたものである

 戯(ざ)れ唄(うた)に〈小言聞くときゃ頭をお下げ 下げりゃ意見が通り越す〉とある。通り越したと読んだのであれば了見違いだろう。霞が関の受ける荒療治がもっと手荒くなるだけである。

 9月3日付 編集手帳 読売新聞
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9.02.2009

首相指名選挙「征途の感」国のためにするべきこと・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 流罪に等しい左遷の処分を受けた人にして、この気魄(きはく)はどうだろう。アヘンの害毒を除くべく果敢な措置を講じたことを逆に咎(とが)められ、清国皇帝から大臣の職を解任された林則徐(りんそくじょ)は、任地・新疆に向かう旅で詩を残している

 〈我の来たるは別に征途の感あり/衰齢の為(ため)に賜環(しかん)をのぞまず〉。「賜環」とは罪を許されることを言う。失意の旅ではなく、国のために新しい戦場へ赴くような心地がする。老齢を理由に赦免など望みはしない、と

 するべきことをして皇帝に嫌われたその人と、するべきことをしないで有権者に嫌われた自民党と、左遷の経緯は似ても似つかないが、せめて旅立つ心組みぐらいは似せてほしいものである

 自民党は総裁選を今月末に先送りするという。特別国会の首相指名選挙では、辞意を表明している現総裁の麻生首相を形ばかり推挙するつもりらしい。あれこれ理由はつけても、歴史的惨敗の放心状態が少し薄れるまでは、新しい戦場に出向くのは勘弁して――ということだろう

 この期に及んで麻生さんに1票を投じる集団に、「征途の感」はどうやら無い物ねだりのようである。

 9月2日付 編集手帳 読売新聞
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9.01.2009

新人143人「チルドレン」世間にしっかり顔を見せ、声を聞かせて欲しい・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 〈逢(あ)いたくて 逢いたくて/星空に呼んでみるのだけど…〉。小沢一郎さんに恋慕の情は抱いてはいないが、衆院選で民主党を歴史的な大勝利に導いたお祝いに、昔、園まりさんの歌った「逢いたくて逢いたくて」を贈る

 民主党の当選議員308人のなかには新人が143人いる。その多くが小沢代表代行(選挙担当)の手で公認候補に選ばれ、資金と戦術を授けられた、いわば“小沢チルドレン”である

 すでにして党内最大勢力の小沢グループがさらに膨張するのは確かで、首相のいすに座る鳩山由紀夫代表も小沢氏の意に反する政権運営はむずかしかろう

 現在の代表代行職には定例の記者会見をひらく義務もない。党内はおろか国政をも動かせる「数」を握った人には閣内であれ、閣外であれ、世間にしっかり顔を見せ、声を聞かせるポストに就いてもらうとしよう。「逢いたくて逢いたくて」である

 万が一にも二重権力だ、黒幕だ、闇将軍だといった風評を招いては、民主党自慢の透明度に曇りが生じる。「逢いたくて…」の詞を借りれば、1票を託した人々も〈せつなくて涙がでてきちゃう〉だろう。

 9月1日付 編集手帳 読売新聞
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8.31.2009

天下分け目「政権交代」歴史のページは偉人がめくるとは限らない・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 〈赤い糸 夫居ぬ間にそっと切る〉という川柳がある。“万年政権党”と結ばれていた「赤い糸」の絆(きずな)を有権者がそっと切ったのはいつだろう。衆院選の開票結果は長く連れ添った夫婦の熟年離婚を思わせる

 麻生政権の発足当時、自民党の支持率は民主党より高かった。見限られたのはそれ以降、政権交代の立役者はやはり麻生さんになる。歴史のページは偉人がめくるとは限らない

 不手際つづきで不人気は隠れもないその人を、天下分け目の一戦にかつがざるを得なかった自民党――人材の枯渇ぶりに、「もはやこれまで」とサジを投げた有権者は多かろう

 相手の自壊作用にも助けられて歴史的な勝利を手にした民主党だが、政策の財源や外交の進路をめぐる人々の不安は、いまに至るも解消できていない。「きっと何かが変わるはず」という漠然たる希望に、不安がひとまず席を譲っただけである

 亀井勝一郎の「青春論」にいわく、〈人はしばしば、結婚してから失恋するものである〉。新しい伴侶の座を射止めた鳩山民主党ものぼせてはいられない。希望が失望に変わるとき、「赤い糸」ははかないものである。

 8月31日付 編集手帳 読売新聞
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8.27.2009

誰よりも飲酒運転を憎んでいい警察官が自ら悲劇の種をまいて・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 〈あんたがおまわりさんになったら それこそ大事件やねぇ〉。広告会社の電通が編集した「時代を映したキャッチフレーズ事典」によれば大阪府警が10年前、警察官募集のポスターに使った文章という

 何にでも笑いの調味料を加える大阪人の面目躍如だが、大事件を起こす警察官が現実にいないと確信すればこそ掲げられるので、いたら洒落(しゃれ)にならない。博多弁に書き直しても、福岡県警はポスターに使えないだろう

 酒酔いのひき逃げ事故で相手に打撲傷を負わせた小倉南署巡査部長(49)の血液から、基準の4倍を超すアルコール分が検出されたという

 逮捕された日は、福岡市職員の飲酒運転で幼児3人の命が奪われた事故から丸3年の命日だった。命日との遠近で罪が決まりはしないが、同じ県内で、ましてや警察官で、誰よりも飲酒運転を憎んでいい者がみずから悲劇の種をまいてどうする。全国に数多くいる同様事故の遺族も、心に打撲傷を負っただろう

 3年前、幼子たちのあどけない遺影に、あなたの目も潤みましたか――「大」の字をつけてもいい事件を起こしたその人に聞いてみたい気がする。

 8月27日付 編集手帳 読売新聞
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8.26.2009

「宇宙の旅」人込み見物に出かけたような夏休みの行楽・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 地球を飛び立ち、月面に立つ宇宙基地を科学者が訪問した。基地の行政官には〈宇宙生まれ第一世代〉の子供がいる。8歳ほどに見える少女だが、年を聞けば4歳になったばかりだという

 驚く科学者に、父親の行政官が言う。「ここの低重力では子供の成長も早い。それでいて老けるのはおそい。――われわれよりずっと長生きするだろう」と。アーサー・クラークのSF小説「2001年宇宙の旅」(早川書房刊)のひとこまである

 理化学研究所と広島大学の共同研究が教えるところではどうやら、その楽しい夢に至る道のりはなかなか遠いらしい

 ほぼ無重力状態でマウスの体外受精を試みたところ、子の生まれる割合は通常の4分の1にとどまり、哺乳類(ほにゅうるい)の受精卵が育つには一定の重力が必要なことが分かった。重力の弱い月では子供ができにくいかも知れない

 地球を訪ねてみたい? 問われて、宇宙生まれの少女は首を横に振った。「人がたくさんいすぎるわ」と。人込み見物に出かけたような夏休みの行楽を終えたばかりの身にはお説の通りで、こちらのほうは小説そのままに進んでいるようである。

 8月26日付 編集手帳 読売新聞
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8.25.2009

優勝旗を手にし、記憶のアルバムをいっぱいにして、夏がゆく・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 冒険の旅に出た少年たちを一瞬、稲光が照らす。主人公がつぶやく。〈神がわたしの写真をお撮りになった〉。スティーブン・キングの小説「スタンド・バイ・ミー」(新潮社)の一場面である

 きのうの夕、東京の職場でテレビの高校野球中継を見ていると、表彰式の場面で空がゴロゴロ鳴り、窓に数えるほどの雨粒が落ちた。見ていて手の汗ばむ決勝戦を終えた両校ナインを称(たた)え、神様が記念に遠くから一枚お撮りになったのかも知れない

 敗れたとはいえ九回二死から5点を連取して1点差まで迫った日本文理(新潟)ナインの、力を出しきったすがすがしい笑顔がよかった。耐えに耐えて優勝旗を手にした中京大中京(愛知)ナインの、万感の涙がよかった

 準決勝で敗れた花巻東(岩手)の選手たちも忘れがたい。泣くにつけ、笑うにつけ、“仲間”と呼び合える間柄とはこういうことなのだと、嫉妬(しっと)に似たものを感じたことを白状しておく

 稲光のストロボ付きカメラを首からさげた高校野球好きの神様も、この甲子園は被写体に恵まれて大忙しだったろう。記憶のアルバムをいっぱいにして、夏がゆく。

 8月25日付 編集手帳 読売新聞
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8.24.2009

ゴールドラッシュで沸いた「黄金の州」が財政再建を訴える・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 I owe you(私はあなたに借りがあります)―略して「IOU」と呼ばれる借用書を米カリフォルニア州が発行したのは先月である。財政危機に瀕(ひん)したシュワルツェネッガー州知事が、税金還付などで州民に支払うカネの代用手段として決断した

 かつてゴールドラッシュで沸いた「黄金の州」が、皮肉にも「金欠州」に転落だ。州の新年度予算が成立し、財政破綻(はたん)はとりあえず回避されたが、綱渡りが続く。州の景気悪化も深刻だ

 映画スターでもある知事が、「私を信じて欲しい」と財政再建を訴える姿は、スクリーンでみせた強靱(きょうじん)なターミネーターとは違う。カリフォルニア州は、住宅バブル崩壊と金融危機の打撃が大きかった。IOUは、そんな苦境を象徴しているようだ

 2期目のシュワルツェネッガー知事に、3選は認められない。金融危機は最悪期を脱しつつあるが、全米最大州の財政悪化に歯止めをかけ、経済を再生させる持ち時間は限られる

 ターミネーターは「終焉(しゅうえん)」や「断ち切る」などが語源である。“カリフォルニア火の車劇場”の幕引き役を担うターミネーター知事の責任は重い。

 8月24日付 編集手帳 読売新聞
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8.22.2009

語呂合わせ「円周率」身ひとつ、世ひとつ、生くるに無意味・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 3・14159265358…昔、円周率を長々と覚えた経験をもつ方もおありだろう。語呂合わせの暗記法〈身ひとつ、世ひとつ、生くるに無意味…〉が知られている

 もう少し長いものでは、〈身ひとつ、宵、獄に向かう、惨たるかな医薬なく…〉というのもある。どちらも景気のよくない内容であるのは、嫌々ながら暗記した人の浮かない気分がおのずと映じているのかも知れない

 小数点以下わずか数桁(すうけた)で降参し、いまも数字の羅列に恐れをなす身には、気の遠くなる数字である。筑波大学が最新のコンピューターで2兆5769億8037万桁まで計算したという

 これまでの世界一、小数点以下1兆2411億桁を一気に2倍以上に伸ばして記録を塗り替えた。恐る恐る電卓を叩(たた)いてみると、ひと桁を1秒ずつ眺めて全部の桁を見終えるには、この先8万年ほどかかる計算になる

 「3・14」で満足し、貧しい頭脳の記憶容量は時節柄、各党の公約を頭に叩き込む作業に使うことにする。若い人が、高齢者が、〈身ひとつ、世ひとつ、生くるに無意味…〉と感じることのない明日をつくる選挙である。

 8月22日付 編集手帳 読売新聞
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8.21.2009

むずかしい言葉「国語じ典でべん強」言葉がわかっておもしろい・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 ときどき、辞書を引き比べて遊ぶ。意味の分かりきった言葉が面白い。例えば「右」――岩波書店の広辞苑には〈南を向いた時、西にあたる方〉とある

 三省堂の新明解国語辞典には〈アナログ時計の文字盤に向かった時に、一時から五時までの表示の有る側〉、大修館書店の明鏡国語辞典には〈人体を対称線に沿って二分したとき、心臓のない方〉とある。各社各様、苦心の知恵比べを愉(たの)しんでいる

 暇な遊びはどうやらコラム書きだけのようで、ご飯をもりもり食べるように辞書をめくる子供たちもいる。数日前の本紙で「国語じ典でべん強」という小学3年生の詩を読んだ

 分からない言葉を国語辞典で調べては、付箋(ふせん)を張る。〈今日一日で16まいはったよ/お兄ちゃんは11まいはった/言葉がわかっておもしろい〉とある。最近は学校でもそういう授業が広まっているそうで、日本語の未来にとって頼もしい限りである

 夏休みも、もうすぐ終わる。日に焼けた顔でちょっとむずかしい言葉を口にし、先生を驚かせる子もいるだろう。国語辞典も、「右」に喜ぶおじさんに引かれるよりは、きっとうれしい。

 8月21日付 編集手帳 読売新聞
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8.20.2009

本格的な流行の始まり「新型インフルエンザ」冷静に、あわてずに、全部やる・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 穏やかな表情で近づき、相手が気を許したと見るや、牙をむく。兵法三十六計のうち第十計、〈笑裏蔵刀〉はそういう戦術をいう

 うさんくさい商品や利殖法を勧める連中の術策としては珍しくもないが、ウイルスはどこでこの悪知恵を仕込んだのだろう。この春に新型インフルエンザの第1波を経験して、「なあんだ、威力はこの程度だったの?」と気を許し、用心のカブトの緒を緩めかけた方もあったろう

 晩夏の列島を見舞った第2波はいささか様相を異にしている。国内のシ者は3人を数えた。本格的な流行の始まりと見られる。甲子園につどう高校球児にも感染がおよんだという

 こちらにも「科学」と「情報」二刀流の兵法がある。政府はワクチンなどの準備を急ぎ、自治体と医療機関は連携を密にし、各人は時と場合に応じてマスクの着用を怠らない。カブトの緒を締め直すことから始めよう

 兵法の第三十五計〈連環〉の計は、敵の様子を細大漏らさず観察し、複数の策を連続して、あるいは同時に繰り出して敵の動きを鈍くする計略をいう。冷静に、あわてずに、全部やる。〈連環〉のときである。

 8月20日付 編集手帳 読売新聞
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8.19.2009

「人を敬う言葉です」言葉は、人の心を潤す魔法の水・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 ドイツのソプラノ歌手エリカ・ケートさんは言語の響きや匂(にお)いに敏感であったらしい。歓談の折に語った比較論を「劇団四季」の浅利慶太さんが自著に書き留めている

 イタリア語を「歌に向く言葉」、フランス語を「愛を語る言葉」、ドイツ語を「詩を作る言葉」と評した。日本語は――浅利さんの問いに彼女は答えたという。「人を敬う言葉です」(文芸春秋刊「時の光の中で」)

 一昨日、甲子園の高校野球中継で実例に接した。横浜隼人(神奈川)戦に完投した花巻東(岩手)菊池雄星投手の勝利インタビューである

 「これまでも練習試合で対戦し、ずっと横浜隼人のようなチームになりたかった。きょう勝てて、少し近づけたかなと思う」。選抜の準優勝投手で、屈指の左腕で、文句なしの快投を見せた直後で、多少の大口は許されるだろうに、この言葉である

 じつを言えば小欄は郷土の代表、横浜隼人を応援していたのだが、負かされた悔しさはどこかに消えていた。言葉は、人の心を潤す魔法の水だろう。折しも列島は選挙一色、激戦のなかでも「人を敬う言葉」は忘れずにいて欲しいものである。

 8月19日付 編集手帳 読売新聞
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8.18.2009

悲劇あり、喜劇ありの「政治の季節」難題ぞろいのいま、ともかくも逃げない人・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 年配の時代劇ファンならば、旗本退屈男の額に残る傷あとを思い出すかも知れない。「パッ、天下御免(ごめん)の向こう傷」。弓形の冴(さ)えた月が夜空に懸かっている

 江戸期の俳人、田捨女(でんすてじょ)に、三日月を釣り針に見立てた一句がある。〈出て見よと人釣り針か三ヶの月〉。月を見に出ておいで――人を釣っては戸外に誘い出すような月であることよ、と

 解散からやけに長く感じられた前哨戦も終わり、きょうは衆院選の公示である。餌の甘言をちりばめた人釣り針ならぬ“票釣り針”が隠されていないか、投票日までじっくり、候補者の声に耳をすますとしよう

 旗本退屈男のせりふにある「向こう傷」とは体の前面に受けた傷をいう。敵に正面から立ち向かった証しである。景気、年金、財政、安全保障と難題ぞろいのいま、ともかくも逃げない人を、政党を選ぶほかあるまい

 三日月を釣り針ではなく、研ぎ澄ました匕首(あいくち)に喩(たと)えたのは俳人松本たかしである。〈雪嶺(せつれい)に三日月の匕首(ひしゅ)飛べりけり〉。なかには劣勢で、刃の感触をひんやり首筋に感じている候補者もいるだろう。悲劇あり、喜劇ありの「政治の季節」である。

 8月18日付 編集手帳 読売新聞
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8.16.2009

お盆にお墓を清め、お参りすること自体が貴重なものになりつつある・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 〈合併に村の名消えて他郷めく故郷に父母の墓を洗へり〉。先日編まれた平成万葉集の中に、印象深い一首があった。詠んだのは東京都の原澤●司さん76歳

 もとより津々浦々の地名を知っていたわけではないが、このところ、ニュースの中に聞き覚えのない自治体の名が出てくることが多い。平成の大合併とやらで、味気ない地名や珍奇な地名も増えた

 引き換えに、10年前は3200以上あった市町村の数は半減した。景色やにおいは変わらねど慣れ親しんだ村の名は消えて、故郷のような故郷でないような、しっくり来ない思いで墓参りをした人も多いのではないか

 今ではお盆にお墓を清め、お参りすること自体が貴重なものになりつつある。〈迎へ火も送り火もなくマンションの盂蘭盆(うらぼん)静かに暮れてゆきたり〉。これは愛知県の佐々木よし子さん57歳の歌。寂しいと感じるか、時代の流れと感じるか、それぞれあろう

 きのうときょう、ふるさとから都会へと帰るUターンのラッシュはピーク。この風物詩が続いていることに少し安堵(あんど)する。高速道路の渋滞など、大変でしょうが、みなさんお気をつけて。(●は「日」の下に「舛」)

 8月16日付 編集手帳 読売新聞
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8.15.2009

「一億火の玉」で各紙が“みんな”一糸乱れず論調をそろえたとき・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 明治生まれの作家、安藤鶴夫の小説で、耳慣れない物言いに出合った。主人公が博打場(ばくちば)の若い衆に使い走りを頼む。「煙草(たばこ)がみんなになった」、買ってきてくれ、と

 辞書を引くと、あった。【みんなになる】=「全部なくなる。終わりになる」。賭け事や相場で「なくなる」「終わる」は禁句であり、忌み言葉の言い換えから生まれたのかも知れない

 新聞記者の舌に、この言い回しは苦い味がする。かつて「一億火の玉」で各紙が“みんな”一糸乱れず論調をそろえたとき、言論はシんだ。結束を乱すからと、敵を利するからと、異説・異論を排除し、「みんなになった」過去がある

 〈あなたが言うことには一切同意できないが、あなたがそれを言う権利はシんでも守ってみせる〉。劇作家ボルテールが語ったとも、後世の創作とも伝えられる。二度と言論を、国を“みんな”にしないための一歩は、その言葉の上に刻むしかない

 理があると思えば、情にかなうと思えば、合唱に声を合わせることがいまもある。そのときも、独唱の口を封じるような真似(まね)はすまい。筆をもつ端くれの、ささやかな誓いである。

 8月15日付 編集手帳 読売新聞
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8.14.2009

「旅する人間」にあこがれつつも、あくせく「到着する人間」でいる・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 人には2種類ある。「旅する人間」と「到着する人間」だ――とは推理作家ジェフリー・ディーバーが主人公の犯罪学者に語らせた言葉である(文春文庫、「エンプティー・チェア」)

 過程を楽しむ人間と、結果を急ぐ人間、そう言い換えることもできよう。悲しいかな現代人は「旅する人間」にあこがれつつも、あくせく「到着する人間」でいる時間が長いようである

 先日の地震で壊れた東名高速は上り線がまだ復旧していない。せめてお盆休みぐらいは「旅する」派に転じたいものだが、車で出かけて無事に帰ってこられるかしら…と、「到着する」派から抜け出せない方もあろう

 コピーライター、吉竹純さんに一首がある。〈東京を繃帯(ほうたい)のように巻いている高速道路よ一週間のさようなら〉。この夏に限れば包帯姿は、東京ではなく被災地の高速道路かも知れない

 静岡県内の崩落現場を上空写真で見る。東名高速の直線は包帯のようであり、えぐり取られた路面の黒ずみは滲(にじ)んだ血のように見える。11日の地震発生から15日の復旧(見込み)まで“全治4日”の軽傷も、利用客にはやはり痛い傷である。

 8月14日付 編集手帳 読売新聞
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8.13.2009

勘違いの“人間”「パンダゾウ」パンダ人気にあやかっての演出らしい・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 動物が見せる何気ないしぐさは、ときに人の心を打つ。川柳作家、時実(ときざね)新子さんの句がある。〈象が膝(ひざ)折る 涙が湧(わ)いてくる〉。説明は要らないだろう

 膝を折らなくても、目がしらの湿ってくるゾウもいる。何日か前の国際面で「パンダゾウ」の写真を見た。タイの古都アユタヤの観光施設で、パンダに似せて白黒に塗られたゾウである

 パンダ人気にあやかっての演出らしい。絵の具は無害というが、まあ、人間さまの勘違いだろう。遠く離れた小欄が嘆いてみてもゾウ君の慰めにはならないが、とりあえず溜(た)め息をついておく

 きょうも各地の動物園で子供の歓声がゾウたちを包むことだろう。ありのままの姿で、それだけで人は感動するものを。〈パンダゾウの悲哀〉と見出しのついた記事は「ゾウの目は笑っていなかった」と結ばれている

 本来の自分を見せればいいものを、場違いな冗談を言っては周囲の空気を冷え込ませてみたり、上機嫌を装っては疲れ果ててみたり、勘違いの“人間パンダゾウ”を演じた気まずい記憶がふと脳裏をかすめぬでもない。何かと気分を落ち込ませてくれる写真ではある。

 8月13日付 編集手帳 読売新聞
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8.12.2009

自然の猛威がつづく「地震の怖さ」身の回りの品が突然、凶器に変じて牙をむく・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 書物を詠んだ短歌のなかでは異彩を放つ一首だろう。歌人の道浦母都子(もとこ)さんに阪神大震災の歌がある。〈本は凶器 本本本本本本本本本本 本の雪崩〉(朝日出版社刊「悲傷と鎮魂」より)

 誇張ではないことをきのう、静岡県を襲った震度6弱の地震で知る。会社員の女性が自宅で大量の本に埋もれてシ亡しているのが見つかった。シ因との関連はまだ分からないが、本は普段、床に積み上げていたという

 本、食器、あるいはテレビと、身の回りの品が突然、凶器に変じて牙をむくのが地震の怖さだろう。負傷者は100人を超えた。西日本で大雨が多くの人命を奪ったばかり、自然の猛威がつづく

 宇宙から届く若田光一さんの映像に拍手し、皆既日食に息をのみ、天の高みを仰いで胸をときめかせた夏である。遠くは見えても1秒後の未来が見えない

 〈人は山と蟻(あり)の中間だ〉。アメリカ先住民オノンダガ族の格言という。自然の前で人間は微小の存在にすぎないのだと、説いた言葉だろう。そのことを現代人に諭すのなら、もっと穏やかな諭し方があろうにと、荒ぶる天地に恨み言を告げずにはいられない。

 8月12日付 編集手帳 読売新聞
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8.11.2009

一生懸命のおしゃべりでございます。よろしくお付き合いを願うのでございます・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 そば、うどん、ラーメンを食べる音はどう違うのだろう。桂枝雀さんは弟子の南光さんと録音機を置き、三つを食べて聞き比べたという

 「桂枝雀爆笑コレクション」(ちくま文庫)に演芸研究家の小佐田定雄さんが書いている。音で麺(めん)の区別はつかなかったそうだが、表情も身ぶりも派手な爆笑落語を支えていた飽くなき研究心のしのばれる挿話である

 「一生懸命のおしゃべりでございます。よろしくお付き合いを願うのでございます」。高座の語り出しそのままに万事に懸命であった人には、人知れぬ苦しみがあったのだろう。10年前、みずからの手で59年の生涯を閉じた。ほんとうならば今月13日が70歳の誕生日である

 夏目漱石は「三四郎」で登場人物の口を借り、「三代目柳家小さんと同時代を生きる幸せ」を語った。枝雀さんも同様の感懐を誘う落語家だが、「同時代を生きた…」と過去形で言わねばならないのが残念でならない

 円熟の色つやを重ねた「代書屋」や「宿替え」を、「崇徳院」を聴きたかった――と書けば、往年の名せりふ「どうも、スビバセンね」が天上から聞こえてきそうである。

 8月11日付 編集手帳 読売新聞
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8.10.2009

お国ことば「ことば教育」名古屋をどえらけにゃあ面白い街にしたい・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 今週からふるさとで過ごす人も多かろう。親戚(しんせき)や旧友と話し込むうち、忘れていたお国ことばを思い出すのも帰省の楽しみだ

 ところが最近の調査では、名古屋や仙台、福岡など地方都市を中心に、若者が「訛(なま)りが恥ずかしい」という理由で方言を使わなくなっているという。危機感を抱いた名古屋市の河村たかし市長は、担当室を設け、市内の小中学校で「ことば教育」を始める

 衆院議員の当時から名古屋のことばを愛し、その復権を政権公約に掲げた。「地方のことばはただの標準語の方言ではない」という持論の裏には官製標準語への対抗心もあるのだろう

 もうひとつの公約である「市民税の10%減税」にも、国が定める「標準」が立ちはだかる。国が定めた標準税率より税率を下げた自治体は、国の許可がないと新たに借金ができなくなる。そうなれば、市は自由に予算も組めない

 河村市長は就任後初の所信表明で、「名古屋をどえらけにゃあ(よりすごく)面白い街にしたい」とぶちあげた。公約が放言に終わるようなら、市長の名古屋ことばも色あせる。標準語の“河村節”に戻らないことを願う。

 8月10日付 編集手帳 読売新聞
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8.09.2009

核廃絶への道「長崎原爆忌」「核実験博物館」知らなかったことばかり・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 ラスベガスに「核実験博物館」なるものがある。ネオン輝くカジノの街には似合わぬように思えるが、地上で100発以上の核を爆発させた米ネバダ州の実験場は、そこから北西に100キロほどしか離れていない

 盛んに地上核実験が行われていた1950年代、ラスベガスのホテルはキノコ雲を見物する観光客でにぎわったそうだ。そんなエピソードと合わせ、名前やデザインに原爆を織り込んだ当時の日用品なども並んでいた

 米国とすれば、これも核開発の歴史の一部ということなのだろう。他の展示も、核が第2次大戦の終結に果たした役割などを肯定的に紹介している。原爆の悲惨さを理解できるものは残念ながら見あたらない

 国立長崎原爆シ没者追悼平和祈念館がここで特別展を開いたことがある。被爆者が語る体験談にアメリカの高校生は「知らなかったことばかり」と驚いていた、と特派員は伝えていた。こうした取り組みを、息長く積み重ねていくしかないのだろう

 きょう長崎原爆忌。彼我の隔たりを思い知り、国際情勢の現実を受け止めつつも、核廃絶への道を立ち止まらずに歩み続けたい。

 8月9日付 編集手帳 読売新聞
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8.08.2009

魂をこめた言葉は残る「一語一絵」握りしめたペンを杖に言葉の世界をさまよう・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 夏休みに北海道を訪れる人の何人かは、何十人かは、きっと口にするだろう。〈でっかいどお。北海道〉

 全日空がかつてポスターなどに用いた広告コピーである。作者のコピーライター、眞木準さんは今年6月、60歳で急逝した。作品群に随想の文章を添えた生前の著書「一語一絵」(宣伝会議刊)を故人にゆかりの深い方から頂戴(ちょうだい)し、時折ひらいては言葉の冴(さ)えに酔っている

 たとえばサントリーの〈カンビールの空カンと/破れた恋は/お近くの屑(くず)かごへ〉や〈あんたも発展途上人〉〈飲む時は、ただの人〉、あるいは伊勢丹の〈恋を何年、休んでますか〉や〈恋が着せ、愛が脱がせる〉をご記憶の方もあろう

 コピーは旅である、と眞木さんは書いている。「握りしめたペンを杖(つえ)に言葉の世界をさまよう」のだと。苦心の跡をとどめることなく、わずか数文字、十数文字で人の心を奪う作業ほど、身を削る過酷な旅はあるまい。その早すぎる別れを思うとき、400字を超すコラム書きが字数の不足を言えば罰があたる

 〈でっかいどお…〉は32年前の作品である。人は去りゆくとも、魂をこめた言葉は残る。

 8月8日付 編集手帳 読売新聞
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8.07.2009

暦の上ではもう秋「立秋」締まりがなくダラダラ感も漂う夏・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 話術の大家で、軽妙な随筆や小説でも知られた徳川夢声は、何気ない描写に独特の観察眼を示した人である。〈空ハ黒キマデニ碧(アオ)ク…〉という表現が終戦の前年、8月某日に綴(つづ)った日記のなかに見える

 快晴のあまり、逆に太陽が照明を絞ったように感じられる青空がたしかに、ひと夏に幾日かはある。物音が途絶えた昼下がり、〈黒キマデニ碧ク〉澄みわたった空の下にヒマワリの花を配せば、これぞ夏の風景だろう

 そういう夏空を今年はまだ見ない。気象庁によれば7月は、降水量の多さと日照時間の少なさで30年に1度の異常気象であったという。8月の埋め合わせを待つうちに今日は「立秋」、暦の上ではもう秋の声を聞く

 衆院の解散から投開票まで40日間というのはこれまでで最も長いが、締まりがなくダラダラ感も漂う選挙模様が空模様に伝染したような気がしないでもない。公示まであと10日ほどある

 〈よきことば生れよと秋立ちにけり〉。本紙「四季」欄でおなじみの俳人、長谷川櫂さんの句にある。せめて候補者たちには真夏の陽光のような、気合あふれる「よきことば」を望むとしよう。

 8月7日付 編集手帳 読売新聞
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8.06.2009

核廃絶「広島原爆忌」いつの日か美しい弧をなす虹のかけら・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 上方落語の「雨乞(あまご)い源兵衛」に雨上がりの虹を愛(め)でる場面がある。「尾頭つきの虹じゃ。見てみよれ、地べたから地べたまで架かりよる」と

 いささか唐突な連想ながら、米国のオバマ大統領が「核兵器のない世界」を説いたときに脳裏をかすめたのはこの虹である。「核依存」の安全保障という現実の地べたに立ち、「核廃絶」という遠くの地べたに架かる弧を夢想した演説であったろう

 作家の長谷川四郎に、「軍艦マーチの歌」という詩がある。「軍艦マーチ」の〈守るも攻むるも黒鉄(くろがね)の/浮かべる城ぞ頼みなる〉をもじり、〈守るも攻むるも原子力/核分裂ぞ頼みなる〉と皮肉った

 唯一の被爆国として核兵器を誰よりも憎みつつ、正気とは言いがたい隣人から身を守るには米国の「核の傘」にすがらねばならない。核分裂ぞ「恨みなる」と歌うべき歴史をもちながら、「頼みなる」と歌わざるを得ない日本人ほど、尾頭つきの虹を切実に願う国民はないだろう

 きょうの広島原爆忌、今年も犠牲者の霊前には数限りない祈りがささげられる。その一つひとつが、いつの日か美しい弧をなす虹のかけらである。

 8月6日付 編集手帳 読売新聞
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8.05.2009

時刻表を旅する「きょうは雨」駅舎の灯がにじみ、文字が読めない・・・ 編集手帳 八葉蓮華

〈土地の名前はたぶん/光でできている〉と、大岡信さんの詩「地名論」にある。駅の名前も、たぶんそうだろう。先日の小欄で、時刻表を旅する愉(たの)しみに触れた。沈んだ気分にふっと光が差し、灯(ひ)がともる心地がする、と

 まだ訪ねたことのない北海道・JR日高線の駅「絵笛」を例に引き、「童画の世界に誘われる」と書いた。それを読んで函館市の医師、水関清さんが思い出をお便りに綴(つづ)ってくださった

 11年前、4歳の坊やと旅をした時である。「え…ふ…え」。停車駅で坊やは、ひらがなの駅名標から一つずつ字を拾って声に出し、上から読んでも下から読んでも同じであるのを発見した喜びに、駅の名を連呼してはしゃいだという。その年の冬、坊やは事故で亡くなった

 坊やとの旅を童話の形にまとめた文章が同封されていた。その一節。〈のぶちゃんのこと、大好きだった…。とても会いたくて。いっしょに汽車に乗りたくて。もう一度会いたくて。一度だけでもまた会いたくて…〉

 時刻表をひらく。空想の駅に、きょうは雨が降っているらしい。駅舎の灯がにじみ、「絵笛」の文字が読めない。

 8月5日付 編集手帳 読売新聞
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8.04.2009

うつむくな「自分の見果てぬ夢」まっすぐ顔を上げて生きよう・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 実況したNHK飯田次男アナウンサーの涙声をご記憶の方もあろう。「古橋選手は戦後日本の光明でした。敗れた古橋選手を日本の皆様、どうか責めないでください」

 日本が五輪に復帰した1952年(昭和27年)のヘルシンキ大会で、選手としての最盛期を過ぎていた古橋広之進さんが無冠に終わったときの放送である

 4年前、敗戦国日本はロンドン五輪に招かれなかった。日本水泳連盟は五輪と同じ日程で、“裏五輪”の国内大会を東京で開く。招かれざる者の、奥歯をぎりぎり食いしばる音が聞こえよう。古橋さんは2種目で五輪優勝タイムを上回る記録を打ち立てた

 戦争に敗れても、占領下でも、うつむくな。まっすぐ顔を上げて生きよう。自信を喪失していた人々がどれほど励まされたか、「戦後日本の光明でした」という実況の言葉に尽きている

 水泳の世界選手権が開かれているローマで古橋さんが急逝した。80歳という。自分の見果てぬ夢であったロンドン五輪を目指す選手たちを、最後まで見守りつづけた。顧みてその人に、プールサイドの国旗掲揚ポールほど似つかわしい墓標を知らない。

 8月4日付 編集手帳 読売新聞
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8.03.2009

「選挙限り」公約の達成度をしっかり点検しないと、マニフェストの意義は失われる・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 せっかく知恵を絞ってネーミングしても定着しなかった言葉がある。さしずめ〈E電〉(旧国電)が横綱格だ。明石海峡大橋も〈パールブリッジ〉の愛称を定めたが、今は忘れ去られている

 〈マニフェスト・サイクル〉もこのままなら死語となる運命だ。これを提唱した学者たちは、政策ごとに財源や実施期限を明示するマニフェストを出すだけでは不十分で、公約の達成度をしっかり点検しないと、マニフェストの意義は失われると説いた

 かつての公約は「選挙限りの悪質広告」と大差なく、衆院選ごとの政策評価が大事だ、という指摘はもっともだ。だが、理屈にとらわれ過ぎ、「政権選択の選挙は衆院選なので、参院選で負けても首相は辞める必要なし」とまで唱えたのは余計だった

 07年の参院選で大敗した安倍首相は学者のお墨付きにすがって政権にとどまろうとし、失敗した。〈~サイクル〉は理屈倒れという印象だけが残った

 各党のマニフェストは依然、財源の裏付けがあやふやで、標語調の表現も目立つ。かつての悪質広告へ“逆サイクル”させぬためにも、有権者が目を凝らすことが大事だ。

 8月3日付 編集手帳 読売新聞
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8.02.2009

「長岡の花火」毎年、戦争犠牲者を悼んで打ち上げられてきた・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 真珠湾のアリゾナ記念館に、山本五十六の肖像画がある。米国が決して忘れない攻撃を指揮したにもかかわらず、〈人望ある艦長にして卓越した戦略家。合衆国との戦争には反対していた〉と、説明書きは意外に好意的だ

 責務を全うした軍人、というのがヤマモト評らしい。故郷・新潟県長岡市の訪問団が昨年秋、真珠湾の戦シ者に花輪を捧(ささ)げた際、一行は米側から棘(とげ)のある言葉を聞くことも覚悟していたそうだが、杞憂(きゆう)に終わった

 長岡も終戦直前の空襲で焦土と化している。山本の故郷ゆえに標的にされたとの説もあるが、定かではない。いずれにせよ、真珠湾で山本個人への悪感情に出会わなかった訪問団は確信した。あの戦禍を繰り返すまい、と訴えるのに長岡とホノルルほどふさわしい組み合わせはない、と

 山下清も張り絵で描いた長岡の花火は毎年、戦争犠牲者を悼んで打ち上げられてきた。これを真珠湾でも見てもらいたい、との夢が膨らみつつある

 きょうホノルル市の一行が信濃川河川敷の花火会場を訪れ、その迫力を堪能する予定だ。長岡の三尺玉が真珠湾を彩る日は遠くないかも知れない。

 8月2日付 編集手帳 読売新聞
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8.01.2009

蝉の声「ミーン、ミーン」が「民意、民意」と聞こえたり・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 朝、自宅のベランダで蝉(せみ)を見つけた。腹を上に向けて動かない。コンクリートの上では土に返ることもできなかろうと、手にとって階下の地面に抛(ほう)った。と、指先を離れる瞬間、まだ息があったらしく、蝉は羽ばたいて視界から消えた

 〈来年の今日に逢(あ)わないもののため欅(けやき)は蝉をふところに抱く 清水矢一〉。来年のきょうも木々は緑を茂らせているが、いま鳴いている蝉はもうそこにいない。短いその命は古来、はかないもののたとえとされてきた

 きょうから8月、広島と長崎の原爆忌があり、終戦記念日があり、多くの人にとって「命」の一語が胸を去ることのない季節である。月が替わり、聞く蝉の声にはひとしお胸にしみ入るものがあろう

 今年は選挙の8月でもある。公示日を迎えれば「ミーン、ミーン」が「民意、民意」と聞こえたり、「オーシツクツク」が「惜しい、つくづく」と聞こえたり、蝉たちの声もいくらかは時節の色を帯びて響くのかも知れない。いまのうちに、声を限りの絶唱に耳をすますとしよう

 飛び立つ瞬間の、腹部の振動が指先に残っている。命の鼓動とは哀(かな)しいものである。

 8月1日付 編集手帳 読売新聞
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7.31.2009

上方演芸資料館の移転構想、ムチャクチャでござりまする・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 いまは亡き喜劇役者の藤山寛美さんが桂米朝さんとの対談で、大阪・花月劇場の愉快な思い出を語っている。夏の盛りに冷房が故障した。客はうだる暑さに閉口したが、「売店のアイスクリームが全部売れてしまうまで故障が直らなんだ…」と

 対談集「一芸一談」(桂米朝、淡交社)の一節にある。偶然か、さにあらずかはともかくも、劇場を運営する吉本興業は金銭を大事にする社風で知られる

 その企業イメージもわざわいしたか、大阪府立上方演芸資料館(ワッハ上方)の移転構想をめぐり、橋下徹知事から「がめつい」と噛(か)みつかれた

 資料館は現在、吉本興業の所有する建物に入居している。「恒久的な入居を前提とした特別仕様の施設であり、資料館を移転させるのならば相応の補償を」と、吉本側は府側に告げた。財政難に頭を悩ます知事には、これが欲得ずくと映ったらしい

 かつて花月劇場を沸かせた漫才の花菱(はなびし)アチャコさんは「ほんまにもう、ムチャクチャでござりまするがな」で一世を風靡(ふうび)した。いずれの言い分が「ムチャクチャでござりまする」か、互いに頭を冷やして語らう以外にない。

 7月31日付 編集手帳 読売新聞
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7.30.2009

古希を過ぎてから「高齢者は働くことしか才能がない」はずがない・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 6歳の息子が二銭をせがんだ。友だちが皆、持っているのだろう、ヨーヨーが欲しいという。二銭あれば、キャベツが買える。「ヨーヨーなんてつまんねえぞう。じっきはやんなくなっちまあよ」と、母は諭した

 諭しつつ、心のなかでは泣いたのだろう。数十年の時が過ぎて、母は書く。これまで何ひとつ親にねだったことのない子が〈初めてねだったいじらしい希望であった〉と。吉野せいの随筆集「洟(はな)をたらした神」である

 一編一編が土のような、木の肌のような手触りで綴(つづ)られている。書棚の隅に埋もれさせていた一冊を久しぶりで手に取ったのは、麻生首相のおかげである

 せいは、福島県の山のなかで開墾と子育てに生きた。鍬(くわ)をペンに持ち替え、遠い過去から糸を紡ぐように人生の断片を書き留めたのは、古希を過ぎてからである。活字になったのは74歳のとき、大宅壮一ノンフィクション賞や田村俊子賞を受けたのは75歳のとき、そして2年後に世を去った。高齢者は働くことしか才能がない――はずがない

 今年が生誕110年にあたることを、再読の書をひらいて知った。失言にも功徳がある。

 7月30日付 編集手帳 読売新聞
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7.29.2009

“カッコ悪い”名前「ダサイ族」と呼ぶ運動、浸透と効果のほどは・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 パトリシア・コーンウェルの推理小説「検屍官(けんしかん)」(講談社)に、「がん作り棒」という言葉が出てくる。登場人物がたばこをそう呼んでいた。その名称が広がれば愛煙家もちょっと一服しにくかろう

 「借金」を「キャッシング」と呼べば借り手の警戒心は薄れ、「売春」を「援助交際」と偽れば未成熟な心に落とし穴を掘る。路上の違法駐車も「青空駐車」と聞けば快晴の空が目に浮かび、呼び名とは不思議である

 その不思議な力で若者に暴走族離れを促すという。沖縄県警宜野湾署が暴走族を「ダサイ族」と呼ぶ運動を始めた

 “カッコ悪い”名前を募り、「ゴキブリ族」「よわむし族」など応募685案から選んだという。つい先日は地元住民による「ダサイ族を許さない市民総決起大会」も催された。浸透と効果のほどは、さてどうだろう

 かつての英国の二大政党、ホイッグ党(スコットランドの裏切り者、の意味)とトーリー党(アイルランドの追いはぎ、の意味)のように、相手から浴びせられた罵言(ばげん)をそのまま平気で自分の党名にした例もある。ダサイ族の面の皮が政治家ほど厚くないことを願う。

 7月29日付 編集手帳 読売新聞
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7.28.2009

宮里藍選手が米ツアーで初優勝、次なる飛躍の扉をひらく日を楽しみに・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 あらかじめ祝い、祝った通りの現実が訪れるように祈ることを「予(よ)祝(しゅく)」という。いわば、お祝いの予言である。今年3月の「読売歌壇」で、予祝の一首を読んだ。〈鍵穴とまがふ臍(ほぞ)みせ胆力のありかを示す宮里藍は 成田市 神郡一成〉

 女子ゴルフの宮里藍選手(24)がときに見せる“へそ出し”ルックを詠んでいる。おへそを鍵穴に見立てたところが歌の眼目で、「成程(なるほど)。精神一到何事かならざらん、の鍵穴だ」と、選者の歌人、小池光さんの評にある

 歌から4か月、宮里選手が米女子プロゴルフツアーで初優勝を飾った。米ツアーで日本人女子選手の快挙は福嶋晃子選手以来10年ぶり、24歳は日本人最年少である

 年来の夢に指先が触れた最後のパットでは、パターを握る手が激しく震えたという。この日はおへそこそ見せなかったが、〈胆力のありか〉を示す一打は予祝の歌そのままであったろう

 精神の鍵穴が次なる飛躍の扉をひらく日を楽しみにしている。…と言っても、見せてほしいわけではなくて、若い女性のおへそにもうろたえてしまう胆力のないオジサンとしては、シャツの下で差し支えない。

 7月28日付 編集手帳 読売新聞
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7.27.2009

戦後64年「無名の元兵士たちの声」戦争賛美か反戦か戦争とは何か・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 戦後64年を前に、これまで沈黙を守って来た旧日本軍の元兵士らが、自らの戦争体験を語り始めている。同時代の出来事として、あの戦争を語れる人の多くも今や80歳代以上と高齢だ

 長尾栄治監督が撮影したドキュメンタリー映画「語らずにシねるか! 無名の元兵士たちの声」(45分)は、地味だが貴重な証言集だ。老いた元兵士らの淡々とした語り口からは、あの時代の空気が伝わって来る

 2歳上の兄に続いて志願した元少年兵は「アジアの平和のために戦わねばと真剣に考えていた」と追想する。別の元兵士は「当時は戦うのは国の名誉のためであり、兵隊に行けないことは恥ずかしいことだった」と証言する

 特攻隊員など3人の兄を戦争で亡くした女性は「(兄たちは)国のためになっていると、私も何か誇らしい気持ちだった」と語り、「いまは本当にむなしい」と涙ぐむ

 証言からは、戦争賛美か反戦かでは割り切れない複雑な心境がうかがえる。戦争とは何かを考えるのによい材料である。映画の上映と元兵士の証言は、8月11~13日、東京・中野駅南口の「なかのZERO本館」で行われる。

 7月27日付 編集手帳 読売新聞
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7.26.2009

長生き「平均寿命」心おきなく老後を過ごせる世の中かどうか・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 〈ヘルパーさんが台所仕事やって下さる私はひるねいいのでしょうか〉。福岡県の藤井千代子さんが詠んだ一首。小紙が募集し、7人の選者によって先日編まれた「平成万葉集」に収められている

 介護保険サービスの情景であろう。高齢者の家へ赴いたヘルパーが家事支援をしている。その傍らでは、お年寄りご本人が昼寝をしている。高齢者福祉も多くは公費、確かにそれでいいのでしょうかね

 と、何気なく読めばそんな感想を持ってしまうのだが、現代の万葉集は作者の年齢も重要な要素だ。藤井さんの名前の下には「96」とあった。まだまだその歳(とし)には見えない方だとしても、白寿を目前にした人が家事支援を受けて恐縮する必要はあるまい

 日本人の平均寿命は男性79・29歳、女性86・05歳と、ともに過去最高を更新した。今や100歳以上の高齢者は4万人近く、90歳以上は100万人を超える

 問題は心おきなく老後を過ごせる世の中かどうか。社会保障の財源を、政治はしっかりと手当てしなければならない。藤井さんの歌に「長生きしてもいいのでしょうか」と問いかけられているようで切ない。

 7月26日付 編集手帳 読売新聞
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7.25.2009

歌舞伎座 建て替え「さよなら公演」伝統芸の来し方を顧みる・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 歌舞伎の六代目尾上菊五郎が「祭囃子(ばやし)」というラジオ放送劇に出演したことがある。火打ち石を使う場面があり、六代目に代わって効果音係が自分で石を打ち、事前に録音しておいた

 本番の前、録音テープを聴いた六代目が「おれの役は左利きか…」と言う。いまの音は左手で打っている音だ、と。効果音係が頭をかきながら、「私は左利きです」と名乗り出たという。放送に立ち会った劇作家の宇野信夫が随筆に書き留めている

 舞踊にひいで、「腰に神が宿る」と評された人は耳の良さも尋常でなかったらしい。惜しまれつつ世を去ったのは1949年(昭和24年)7月、没後満60年を迎えた

 歌舞伎座は建て替えが決まり、来年4月まで続く「さよなら公演」に連日のにぎわいを見せている。忌日の節目といい、ふと立ち止まっては伝統芸の来し方を顧みる芝居好きも多かろう

 亡くなる数日前、身動きもならぬ名優を憐(あわ)れみ、周囲の人々が思わず泣き出した。押し殺した声が卓越した耳に届いたか、六代目はつぶやいたという。「まだ早い」。命の瀬戸際で語った名ぜりふ――と、これも宇野の文章にある。

 7月25日付 編集手帳 読売新聞
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7.24.2009

「巧言令色」一票めあてのばらまき政策が言葉たくみにちりばめられ・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 ことば遊びの名作は数あれども、この季節にふさわしいのは、〈素麺(そうめん)冷食涼しいかな縁〉だろう。論語の一節、〈巧言令色鮮(すくな)いかな仁〉をもじり、縁側で食べるよく冷えた素麺はおいしいね、と

 二十四節気の「大暑」も過ぎ、列島はこれから酷暑に包まれる。いつもならば素麺冷食の恋しさもひとしおだが、今年は衆院選がすぐ先に控えている。もじりの原典、巧言令色(口がうまく、愛想のいいこと)のほうが気になるという人も多かろう

 一票めあてのばらまき政策が言葉たくみにちりばめられていないか、各政党のマニフェスト(政権公約)にしっかり目を凝らさねばならない

 その場限りの巧言令色に有権者が失望させられるのは昔からのようで、劇作家の高田保は59年前の随筆集「ブラリひょうたん」(創元社刊)のなかで、入れ墨コンクールの開催を唱えた。各候補者は公約を入れ墨に彫り、裸になって披露し合え、と

 入れ墨は見たくもないが、心組みはそうあるべきだろう。どこぞの政党から漏れ聞こえてくるところの、党とは別個の候補者限定マニフェストなどは姑息(こそく)の極み、沙汰(さた)の限りである。

 7月24日付 編集手帳 読売新聞
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7.23.2009

太陽と月「ダイヤモンドリング」つかの間の指輪・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 婚約指輪を交換する習わしはヨーロッパの中世貴族にはじまる。浮気心を起こさぬ証しに、互いの心臓を縛り合った。心臓の実物は縛れないので、“出先機関”の指を縛ったという

 西洋史学者、木村尚三郎さんの「色めがね西洋草紙」(ダイヤモンド社)からの受け売りだが、その方面で社交的な人のなかには、心臓の縛り合いと聞いてギョッとした方もおられよう

 皆既日食の「ダイヤモンドリング」をテレビで見た。思えば、人に生きる力を与える陽光は酸素と栄養分を運ぶ動脈に、疲労と悲しみを癒やす月光は老廃物と二酸化炭素を流し去る静脈に似ている。太陽と月は天の高みをつかの間の指輪で飾り、人間にどんな約束を告げたのだろう

 前回46年前に観測されたとき、宇宙飛行士の毛利衛さんは北海道・余市の高校1年生だった。当日は体育祭で、学校を休むことを先生は許してくれない。さぼって網走に行き、日食を見た。のちに眠りの夢に、何度も真珠色のコロナが現れたという

 ぼくは天文学者になる、わたしは宇宙飛行士になる…。きのう、約束の指輪を夏空と交わした少年少女もいただろう。

 7月23日付 編集手帳 読売新聞
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7.22.2009

「選挙は水もの」有権者の心を射止める弓矢となる政権公約づくり・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 新約聖書のマタイ伝に、〈汝(なんじ)の敵を愛せよ〉とある。カトリック信者の麻生首相には先刻承知の教えだろうが、読み間違いの名人は〈汝の敵に愛されよ〉と誤読したのかも知れない

 わが手で衆院を解散したい麻生さんを、「その調子。反麻生勢力に負けるな。踏ん張れ」と励ましたのは野党の民主党である。都議選に惨敗したあなたが好き、衆望のないあなたが好き――と、これほど「敵」に愛されて総選挙に臨む首相はいない

 自民党内をまとめきれず、解散の間際まで醜い泥仕合を演じるわ、有権者の心を射止める弓矢となる政権公約(マニフェスト)づくりは遅々として進まないわ、「敵」に愛されるにもほどがある

 鴨(かも)が葱(ねぎ)を背負(しょ)ってくるどころか、鍋やコンロまで背負った鴨が祝い酒を一升ぶらさげて、「さあ、召し上がれ」と現れた。民主党の目にはそう映るだろう

 巷(ちまた)では「がけっぷち解散」「やけくそ解散」等々の呼び名がささやかれている。選挙は水ものであり、ごちそうのカモさんが鍋のなかでひと暴れ、ふた暴れしないとも限らないが、小欄ではとりあえず「カモネギ解散」と名づけておく。

 7月22日付 編集手帳 読売新聞
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7.20.2009

170種を超えた「ボスコ」素材に対する深い愛情・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 板になったものなら判別はつくが、立ち木の区別は難しい。木工家の故・早川謙之輔さんが、そんな趣旨のことを書いていた(「木に学ぶ」新潮新書)

 話は続く。餅は餅屋に限るようで、当時の営林署員が早川さんにぼやいたという。「板になったものは分からない」。家具制作を中心に活動を続ける宮本茂紀さん(71)は、素材としての木に眼力を持つ“木工派”だろう

 「ボスコ」と名付けられた椅子(いす)のシリーズがある。約40年前から制作を始めた一連の作品は同一のデザインだが、材料の木の種類が異なる。イチョウなど聞き覚えのあるものから耳にしたこともないような外国産の樹木まで、170種を超えた

 色が違う。柾目(まさめ)と板目で表情が変わる。引き出された木の個性を通して、素材に対する宮本さんの深い愛情が見える。香りを知るためには、おがくずを口に含むのだそうだ

 ボスコとはイタリア語で森のことだが、最近入手した米国産のメタセコイアも、まもなくこの「森」の仲間に加わるという。緑陰が恋しい季節、外に持ち出した椅子に座り、本でも開いてみよう。そんな気にさせる森である。

 7月20日付 編集手帳 読売新聞
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7.19.2009

防衛白書「高校生にも読めるように」活字離れに悩んでみる価値・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 活字離れの悩みは役所も一緒らしい。より多くの人に読んでもらおうと、40前後ある政府の白書の担当者が試行錯誤を続けている

 今年の防衛白書は表紙に、著名な書道家、武田双雲氏の筆による題字「日本の防衛」を掲げた。例年は自衛隊の活動写真だったが、「マンネリ化している」という浜田防衛相の指摘で刷新した

 本文も、「高校生にも読めるように」を心がけ、「趨勢(すうせい)」「真摯(しんし)に」といったお役所用語を極力排している。分かりやすさ優先か正確さか、文章表現をめぐる内閣法制局との論争があるとも聞く。5年前からは、より若い層向けに漫画版も出版している

 防衛白書は、厚生労働白書や環境白書とともに人気が高い。それでも、インターネットの普及も影響し、一般向け売り上げは2004年の2万4900部をピークに、今は下降傾向にある

 防衛白書がよく売れたのは、不幸にして軍事情勢が緊張した時だという。今年は、北朝鮮の核実験や弾道ミサイル発射が続いたが、より多くの人が日本の安全保障の「動向」を「真剣に」考える機会になるならば、活字離れに悩んでみる価値はあろう。

 7月19日付 編集手帳 読売新聞
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7.18.2009

逃げおおせた犯人「時効」被害者の思い出に終わりはない・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 詩歌の読み方は人によってさまざまだろう。「五行歌秀歌集」(市井社)で出合った一首がある。〈思い出に/コロされながら/生きてゆく/君といた日は/輝くナイフだ 桜井匠馬〉

 若い人には失恋の歌かも知れない。情熱の季節を通り過ぎた身には、子をナくした親の叫びを聴いている心地がする。犯罪被害者の遺族とは、思い出にコロされながら生きる人たちだろう

 犯人は、時効まで何年、あと何年…と「引き算」で生きる。遺族は、あの子がいれば今年は小学生、もう中学生…と、「足し算」で生きる。ゴールのある引き算と違い、足し算に終わりはない。遺族にとって時効は、逃げおおせた犯人に贈る理不尽な“ご褒美”と映ろう

 法務省の勉強会が、サツ人など重い罪の時効を廃止する方針を最終報告にまとめた。事件から日がたつほど物証や目撃証言は集めにくく、時効廃止が冤罪(えんざい)につながるのを懸念する声もあり、議論はまだ扉の入り口である

 肉親をコロされ、思い出にもコロされて生きる人が、時効の成立でもう一度コロされるのは見るに忍びない。扉の入り口から奥へ、現実へ、橋をわたす知恵が要る。

 7月18日付 編集手帳 読売新聞
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7.17.2009

腐っても解散、あすの日本を照らしもすれば曇らせもする一票・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 時の風雪に磨かれた慣用句というのは、どれも味わい深く、あれこれ改変して遊ぶこともできる。時節柄、「解散」の一語を用いて遊んでみる

 麻生降ろしの風が吹き荒れる前に解散権という「伝家の宝刀」を抜きたかった首相には、〈転ばぬ先の解散〉(=杖(つえ))だろう。鳩山由紀夫代表の“故人献金”問題に幕を引きたい民主党には〈臭い物に解散〉(=蓋(ふた))の歓迎ムードも見えなくはない

 東京都議選で惨敗した自民党では多くの議員が〈泣き面に解散〉(=蜂)を嘆き、民主党の思うつぼ、〈飛んで火にいる解散〉(=夏の虫)になってしまうと焦りを募らせる

 首相に批判的なグループは〈敗軍の将、解散を語らず〉(=兵)が筋ではないか、〈あとは野となれ解散〉(=山となれ)は断じて容認できないと言う。派閥の領袖をはじめとする首相擁護派は〈和をもって解散〉(=貴しとなす)を――と党内の一致結束を訴えているが、さて、どんな具合に落ち着くだろう

 衆望も求心力も散々な首相が抜き放つ宝刀ではあれ、〈腐っても解散〉(=鯛(たい))、あすの日本を照らしもすれば曇らせもする一票になる。

 7月17日付 編集手帳 読売新聞
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7.16.2009

生き延びた者の、発言する「責任」言葉のもつ力に、粛然と襟を正さずにはいられない・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 美空ひばりさんに、「一本の鉛筆」(松山善三作詞、佐藤勝作曲)という35年前の歌がある。〈一本の鉛筆があれば/八月六日の 朝と書く/一本の鉛筆があれば/人間のいのちと 私は書く…〉

 広島・長崎の被爆からまもなく64年、“一本の鉛筆”を手に取った人がいる。世界で活躍するデザイナーの三宅一生さん(71)が米紙に寄稿し、自身の被爆体験を明かしたうえで、オバマ大統領に広島訪問を呼びかけた

 7歳のときに広島で被爆した三宅さんはこれまで、体験談や感慨めいたものは語らずにきた。「原爆を生き延びたデザイナー」といったレッテルを張られるのが嫌で、広島についての質問は避けてきたという

 核廃絶に言及したオバマ氏の演説が「私の中に埋もれていた何かを呼び覚ました」と、書いている。何か――とは生き延びた者の、発言する「責任」であると。ひとつの演説が胸を揺さぶり、“一本の鉛筆”に封印が解かれる。言葉のもつ力に、粛然と襟を正さずにはいられない

 三宅さんのお母さんは放射線を浴びて亡くなった。〈一枚のザラ紙があれば/あなたをかえしてと 私は書く…〉

 7月16日付 編集手帳 読売新聞
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7.15.2009

時代の酒「マリッジ」原酒と原酒がなごみ、まろやかな味をつくる・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 佐佐木幸綱さんに酒の歌がある。〈水で割るな薄めてはいかんウイスキーが時代の酒でありし日のこと〉。戦後の高度成長期か。グラスを手に明日また完全燃焼するべく、琥珀(こはく)色のガソリンをあおる企業戦士の横顔が浮かぶ

 いまはビールや発泡酒の花盛りだが、「時代の酒」とは呼びにくい。人いきれにむせ返るほど混沌(こんとん)とした活気にこそ似つかわしく、少子高齢化の世に「時代の酒」はないのかも知れない

 キリンとサントリーの経営統合交渉も、国内市場が少子高齢化で縮小し、海外市場で存在感を高める狙いと聞く。「時代の酒なき時代」ならではだろう

 どちらも「超」のつく優良企業である。うまくいっているときに変身を図るのが経営であるといわれる。苦し紛れの統合・合併を金融界などでさんざん見てきたあとだけに、ちょっと心の浮き立つ組み合わせではある

 別々に蒸留・熟成した2種類の原酒を混合し、樽(たる)に寝かせる工程をウイスキー造りでは「マリッジ」(結婚)と呼ぶ。原酒と原酒がなごみ、相手の個性をコロすことなく、まろやかな味をつくるという。縁談の成りゆきを見守るとしよう。

 7月15日付 編集手帳 読売新聞
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7.14.2009

衆院解散・総選挙「自分が解散して」美質かどうかは知らない・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 サッカーの元Jリーガー呂比須(ろぺす)ワグナー選手は語っている。〈一番うれしい試合は、自分がゴールを決めて勝った試合。2番目にうれしい試合は、自分がゴールを決めて負けた試合〉であると

 サッカーの名言を集めた「蹴球神髄」(出版芸術社)の一節だが、正直といえば正直、個人技に身を削る競技者には、自分本位もときに美質だろう。政治家にも美質かどうかは知らない

 〈一番うれしい選挙は、自分が解散して勝つ選挙。2番目にうれしい選挙は、自分が解散して負ける選挙〉…というわけでもあるまいが、麻生首相がきのう、衆院解散・総選挙(8月30日投票)の日程を決断した

 3代続きの政権投げ出しはご法度とはいえ、都議選で惨敗した翌日である。「うれしい選挙」の1番目と2番目の間に、〈ほかの誰かが解散して勝つ選挙〉という選択肢も考慮し、てっきり何日間か悩むものと思いきや、これが悩まない。空恐ろしいくらい、いい度胸をしている

 党のために一身をなげうつ政治家ならば過去にもいた。一身のために党をなげうった政治家はいない。ともあれ、キックオフの秒読みが始まる。

 7月14日付 編集手帳 読売新聞
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7.13.2009

宝刀の切れ味、首相擁護派、反麻生派、時間はかからない・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 先日の本紙「よみうり時事川柳」に、〈宝刀の切れ味トギの出来次第〉とあった。麻生首相が柄(つか)に手をかけた解散権の宝刀も、切れ味は「研ぎ」ならぬ「都議」次第だね――と、お見事である

 衆院選を受験に例えれば、試験官(有権者)に合否の判定を仰ぐべきは景気や外交の各科目に取り組んできた麻生さんであり、ここで首相を交代させれば“替え玉受験”になる。宝刀は麻生さんが抜くべし、という首相擁護派の言い分には一理ある

 受験ではなく野球に例えれば、足のふらつく先発エースが引き続きマウンドに立つのは“捨てゲーム”の意思表示であり、競技(選挙)を冒涜(ぼうとく)する。九回の裏まで勝機を求め、宝刀は救援投手にゆだねるべし、という反麻生派の言い分にも一理ある

 世の人々も一理と一理のあいだで迷っているのだろう。本紙の世論調査では、自民党は選挙に「麻生首相で臨むほうがよい」が39%、「別の人に代わるほうがよい」が44%と割れている

 注目の東京都議選も終わった。「抜けば玉散る氷の刃(やいば)」か、「抜けば錆(さび)散る赤(あか)鰯(いわし)」か、宝刀の切れ味が知れるまで、そう時間はかからない。

 7月13日付 編集手帳 読売新聞
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7.12.2009

「人間ドック」人間も定期的に赤サビや青コケをかき落とすことが必要・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 「人間ドック」の呼び名を広めたのは読売新聞らしい。1954年(昭和29年)9月の紙面で「短期間入院特別健康精査」という厳(いか)めしい名前の取り組みを取材した記者が、「人間がドック入りするということだ」と紹介した

 この記事に関係者は言い得て妙と膝(ひざ)を打ち、日本中に定着した――と人間ドックの生みの親の一人、大渡順二氏が自伝に記している。まだそう呼ばれる前の人間ドックが都内に開設されたのが55年前のきょう、7月12日だった

 かねて政局をにらみつつ全身の健康チェックを頼みに来る政治家がいて、それも開設の背景にあったという。振り返れば、自由民主党の誕生へとつながる政界再編前夜である

 当初から1年待ちの大盛況だったそうだ。永田町から、政局の神経戦に疲れた先生方の申し込みが相当あったと推察する。解散・総選挙が目前に迫った今は、さて…

 人間も定期的に赤サビや青コケをかき落とすことが必要だ、と半世紀前の本紙記事は書いていた。人間を政治あるいは日本と言い換えてもいいだろう。きょうの都議選は、政治ドック、日本ドックの重要な予備検査になる。

 7月12日付 編集手帳 読売新聞
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7.11.2009

ゴミ箱に押し込み「はかない運命」ゆりかごにゆれているように・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 小椋佳さんが作詞し、作曲した「ほんの二つでシんでゆく」という歌がある。ご自身の経験ではないが、事故で早世した2歳の男の子に捧(ささ)げた曲という

 〈雨がふる 僕はしずくをかき集め/ほんの二つでシんで行く/あなたの小舟を浮かべたい…〉。36年前の同名のアルバムに収められている。せつない歌詞を久しぶりに口ずさんでみた

 2歳の男の子、菅野優衣(ゆい)ちゃんが都内の自宅でシボウしたのは昨年12月である。きのう、両親が逮捕された。ゴミ箱に押し込み、自力で脱出できないようにふたをして、窒息シさせた疑いがもたれている

 〈ゆりかごのうたを かなりやがうたうよ…〉。カナダの小児病院で皇后さまが難病の子供たちに歌われた子守歌に、テレビの前で聴き入ったばかりである。おさな子が大好きな場所は、どこだろう。ゆりかごもそう、抱かれた母の胸もそう、肩車をしてくれる父の肩の上もそうだろう。ゴミ箱のなかではない

 雨のしずくを集めた湖の上で、おさな子の小舟は揺れる。小椋さんの歌は、次のように結ばれている。〈はかない運命(さだめ)にシぬ時も/ゆりかごにゆれているように〉

 7月11日付 編集手帳 読売新聞
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7.10.2009

車内に明滅した携帯電話「光り、舞う、蛍」JR福知山線脱線事故・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 森鴎外「うたかたの記」は、少女とのはかない恋を描いている。少女は湖でシぬ。遺体が引きあげられたとき、芦辺(あしべ)から蛍が現れた。〈あはれ、こは少女が魂(たま)のぬけ出(い)でたるにはあらずや〉

 亡き人の霊のように、光り、舞う。蛍の季節になると思い出す光景がある。4年前の4月、JR福知山線で乗客106人がシボウした脱線事故の記事である

 救助隊員が車内に入ったとき、折り重なる遺体のそばには携帯電話が散乱していた。暗がりのあちこちで光り、呼び出し音が鳴る。切れても、すぐにまた光る。ニュースで事故を知った家族が一刻も早く無事な声を聞きたくて、祈るように電話をかけつづけていたのだろう

 当時、安全対策の責任者だったJR西日本の社長が一昨日、業務上過失致シ傷罪で在宅起訴された。社長は法廷で争う意向という。いかなる裁きになるとしても、安全の徹底が何よりの供養であることに変わりはない

 「あっちの水は苦いぞ、こっちの水は甘いぞ」とは国文学者の中西進さんによれば、あの世からこの世へ魂を呼び寄せる歌だという。車内に明滅した携帯電話の蛍が眼裏(まなうら)に浮かぶ。

 7月10日付 編集手帳 読売新聞
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7.09.2009

「私を総裁候補にするなら…」人気をねだって、心をなくしてはいけない・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 芸人は食うものを食わなくても、着るものには金をかけろよ。無名時代のビートたけしさんにコメディアンの師匠、深見千三郎さんはそう教えたという

 〈腹減ってんのは見えねぇけど、どんな服着てるかってのはすぐにわかるぜ〉と。たけしさんの自伝エッセーにある。人気商売に欠かせない、見栄(みえ)を張ることの大切さを説いたのだろう

 世間を明るく照らす人気商売ということでは、政治家も喜劇人に似ている。ビンボウが外見に透けて、拍手(票)はもらえまい。「私を総裁候補にするなら…」とコケにされても、自民党は東国原英夫・宮崎県知事の衆院選出馬に執心している。見栄もなりふりも捨てた姿には、「そこまで、お困りか」と哀れを誘うものがある

 知事の特異な発信力は認めるにせよ、マイクの性能だけ高めても自民党の歌唱力が上達しなければ、聴き手の耳には大音量が逆に迷惑だろう。日本郵政問題や閣僚補充人事で露呈した“世論音痴”をマイクでごまかすのは誠実なやり方とは言えない

 金品をねだることを「無心」という。心を無(な)くす、と書く。人気をねだって、心をなくしてはいけない。

 7月9日付 編集手帳 読売新聞
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7.08.2009

少数民族の不満、力ずくの鎮圧で「声」を封じられる・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 中国共産党に君臨した毛沢東が専用列車で国内を旅したとき、沿線の党支部は遠方の水田から見ばえのいい稲穂を大量に抜き取り、線路に沿って植え替えた

 最高権力者に褒めてもらいたい一心から出た豊作の偽装工作であったと、毛主席の元主治医、李志綏(りしすい)氏が「毛沢東の私生活」(文芸春秋刊)に書いている

 1年前の北京五輪開会式には、民族衣装を着た「中国の56民族からの56人の子供たち」が登場し、団結を世界に誇示した。じつは偽りで、大半が漢族の子供だったことが後に露見している。だます相手が独裁者から国際社会に、偽装の小道具が稲穂から子供に変わっただけである

 新疆ウイグル自治区で起きたウイグル族による暴動の報を聞く。しぼう者は150人以上という。厳しく抑圧されてきた少数民族の不満が事件の根にあるといわれ、力ずくの鎮圧で「声」を封じられる雲行きにはない。また、封じてはならないだろう

 今年10月の建国60年を機に、共産党政権は「歴史的功績」を自賛する予定という。経済がいかに成長しようとも、人間の尊厳が1本の稲穂ほどに軽い国で、何を誇るのだろう。

 7月8日付 編集手帳 読売新聞
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7.07.2009

人の心と心を隔てる川に「木の橋」流れやすい橋があったなら・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 鉄筋コンクリートの橋は丈夫だが、木の橋には木の橋で、いいところがあるらしい。文芸春秋の元編集者で随筆家の故・車谷弘さんが「銀座の柳」(中公文庫)に書いている

 子供のころから何度も洪水を経験した車谷さんによれば、木の橋の良さはすぐ流されることだという。頑丈な橋は木材などの流出物をせきとめてしまい、いずれは怒濤(どとう)となってあふれ出る。木の橋は被害を小さくとどめる昔の人の知恵であった、と

 工学音痴の身に車谷説の当否を語る資格はないが、人の心に架かる橋ならばその通りだろう。奈良県桜井市の駅ホームで起きた事件はやりきれない

 男子高校生が同級生の男子生徒に刺されてシ亡した。昨年秋に仲たがいしたという。理由が何にせよ、頑丈な橋でせきとめ、溜(た)め、怒濤を爆発させなくては晴らせないほどの恨み、憎しみが高校生同士の交友にあろうとは思えない。加害者生徒の心に、流れやすい橋があったなら

 きょうは七夕、織姫と彦星(ひこぼし)を隔てる天の川よりも、橋を架けるのがむずかしい川が地上にはある。人の心と心を隔てる川に「木の橋」を――胸の短冊に書いてみる。

 7月7日付 編集手帳 読売新聞
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7.06.2009

米ソ首脳会談「核のない世界」核軍縮で成果をあげられるのか・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 「レイキャビクで、核のない世界を目指す私の希望は、しばし舞い上がったのち地に落ちた」――米国のレーガン元大統領は、決裂に終わった1986年10月のゴルバチョフ・ソ連共産党書記長との米ソ首脳会談をこう回想している

 核軍備競争に邁進(まいしん)した冷戦時代の両超大国の指導者が、核戦力の大幅削減という劇的合意を目前にしながら、握手もなしに別れたのは、宇宙空間で核ミサイルを破壊する米国の戦略防衛構想(SDI)が原因だった

 それから23年。同じく「核のない世界」を究極の目標に掲げるオバマ米大統領がきょう、モスクワ入りし、ロシアのメドベージェフ大統領との首脳会談に臨む

 レーガン時代の交渉を基礎に、米露両国は、戦略核弾頭の数を、冷戦期の60%程度まで減らした。それをさらにどこまで削減できるのか。今回、ロシアは米国のミサイル防衛(MD)の東欧配備に強く反発している

 オバマ大統領は、「核兵器を使用したことがある唯一の核保有国として米国には行動する道義的責任がある」と宣言した。その言葉通り、核軍縮で成果をあげられるのか。大いに注目したい。

 7月6日付 編集手帳 読売新聞
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7.05.2009

「仕事」デートの約束がある時に残業を命じられたらどうするか・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 〈仕事を幸福の原因の一つに数えるべきか、それとも、不幸の原因の一つに数えるべきか〉。バートランド・ラッセルの幸福論第14章「仕事」の書き出しだ

 日本生産性本部が今年入社の会社員約3000人に「デートの約束がある時に残業を命じられたらどうするか」と質問した。結果は、仕事を選んだ人が83%、デートを選んだ人が17%だったという

 ほう、そうですか――と聞き流すこともできるが、同じ問いを1972年(昭和47年)から続けていると聞けば興味がわく。今年の数字は、仕事を選んだ人が過去最高、デートは過去最低らしい。ちなみに同年の調査では、仕事69%、デート30%だった

 定年間近にさしかかった72年当時の新入社員の皆さんは、今年の新人諸君をどう見るだろう。頼もしいと感じるかもしれないし、あるいは、この不況では会社に従順にならざるを得まい、と同情するのかもしれない。調査から何を読み取るかは難しい

 デートより優先するかどうかはさておき、できれば仕事は楽しくやりたい。ラッセルはそうするための要素の一つを「建設的であることだ」と言っている。

 7月5日付 編集手帳 読売新聞
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7.04.2009

水晶の玉「新銀行東京」「築地移転」「五輪開催」など都政の争点・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 易者の前で子供たちがふざけて騒ぎ、商売の邪魔をする。「お前たちは、どこの子だ」。易者が怒ると、子供が「当ててみな」

 当たるも八卦(はっけ)、当たらぬも八卦をからかった小(こ)咄(ばなし)だが、国政選挙直前の東京都議選という「占い」に限っては高い的中率で知られている。衆院選の行方を占う都議選がきのう告示された

 自民党が下野して細川内閣が発足した16年前の衆院選でも、小泉人気で自民党が大勝した8年前の参院選でも、直前の都議選は凄腕(すごうで)の易者を演じている。「新銀行東京」「築地移転」「五輪開催」など都政の争点はあるものの、都民の一票は今回も水晶の玉になるのだろう

 占いといえば、先日の読売歌壇に花占いの歌があった。〈たんぽぽの花びらちぎり幼子が「好き大好き」とひとりつぶやく 仙台市 小野寺健二〉。「好き」と「嫌い」ではなく、「好き」と「大好き」が素敵(すてき)である

 解散時期はなお不透明だが、麻生首相は不手際と判断ミスを重ね、民主党の鳩山由紀夫代表も不可解な“故人献金”の傷をもつ身である。どちらがマシか、〈嫌い、大嫌い、嫌い、大嫌い…〉の花占いはつらい。

 7月4日付 編集手帳 読売新聞
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7.03.2009

「大丈夫デスカ」ワカラナイ イマ一番ニ私ガ知リタイ・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 歌人の島田修二さんは晩年、車にはねられる災難に遭った。事故のことを詠んだ連作がある。〈大丈夫デスカトイフ声 ワカラナイ イマ一番ニ私ガ知リタイ〉

 円熟した詩心の手にかかればこういう事柄も歌に昇華するのだと、読み返すたびに深く感じ入る一首である。ご難つづき、事故つづきの麻生首相を見るにつけ、その歌を思い出している

 自民党内の猛反発を受け、党役員人事を断念した。人事ひとつままならぬ人に解散の決断は「大丈夫デスカ」と問うても首相自身、「ワカラナイ 俺ガ知リタイ」と答えるだろう

 渡る気があれば電光石火で渡る。なければ、おくびにも出さない。それが「人事」という道の渡り方であり、道路の真ん中でぐずぐずしていれば危ないに決まっている。横断禁止の赤信号を無理に渡って日本郵政の社長を続投させたときは、支持率急落の事故に遭った。交通安全の悪いお手本のような人である

 連作の一首。〈モウイイ修二 モウイイ島田 起キナクテイイ 天ヲミテ居レ〉。党内からの「モウイイ太郎 モウイイ麻生…」の声は、日を追って音量を増すばかりである。

 7月3日付 編集手帳 読売新聞
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7.02.2009

永田町には寛政ならぬ「感性の改革」金銭に対する感度の鈍さ・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 老中松平定信は「寛政の改革」で文武に精を出すよう促し、これまでに学んだ師匠の名前を書き出せ、と旗本衆に命じた。遊び暮らす連中は困ったらしい

 弓は誰、馬は誰、学問は誰と、故人の名前ばかりを挙げ、「只今(ただいま)は皆、死去つかまつり候」と書く者が続出したと森銑三「古人往来」(中公文庫)にある

 「うそも大概にせよ、貴殿のことなど存じ申さぬ」とあの世から苦情が届くわけでもなし、書類のでっち上げに故人の名前が借用されるのは、今も昔もあまり変わらないようである

 鳩山由紀夫・民主党代表の資金管理団体が故人などを「寄付者」と偽り、政治資金収支報告書に記載していた。架空の献金は約90人分、4年間で総額2177万円にのぼる。違法献金事件で辞任した小沢一郎前代表のあとを受けて「党の顔」になった人に、この不祥事は情けない

 責任逃れの魔法の言葉「秘書が」にも懲り懲りだが、たかだか千万円単位の“はした金”にまで目が届かなくて――とでも言いたげな反省の弁の軽さ、金銭に対する感度の鈍さについていけない。永田町には寛政ならぬ「感性の改革」が要る。

 7月2日付 編集手帳 読売新聞
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7.01.2009

四股名「右肩上り」勝ち名乗りを一つあげるたび、番付も景気も

 昭和の20~30年代にかけて「ヒゲの伊之助」として親しまれた大相撲の立行司、第19代式守伊之助には、勝ち名乗りをあげようとして力士の名前を忘れ、「お前さァん」と呼んだ逸話が残っている

 さすがの伊之助さんでも、この四股名(しこな)は忘れないだろう。今月12日に初日を迎える名古屋場所の三段目西3枚目、吉野改め〈右肩上り〉(21歳、大嶽部屋)、「みぎかたあがり」と読む

 棒グラフや折れ線グラフが右に向かって伸びていく様子から、景気や業績を語って「右肩上がりの成長」などと用いられる。報知新聞の記事によれば、番付も景気も右肩上がりに、との願いをこめて師匠の大嶽親方(元関脇・貴闘力)が考えたという

 明治の昔にも珍名さんがいて、〈新刑法源七=三段目〉〈自動車早太郎=序二段〉のように、時代、世相を映した四股名が伝わっている。〈右肩上り〉も未曽有の経済危機に襲われなければ生まれなかった名前だろう

 勝ち名乗りを一つあげるたび、世の中の照度計が目盛り一つぶん明るさを増す――と信じれば、言葉に霊魂が宿る「言霊の幸(さき)わう国」に似合いの四股名ではある。

 7月1日付 編集手帳 読売新聞
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6.30.2009

時代を画した新開発の象徴「ウォークマン」30年が過ぎ、山あり、谷あり・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 マイクル・クライトンの空想科学小説「ジュラシック・パーク」はご存じの通り、“恐竜動物園”の物語である。その一節に、「ソニーのウォークマン」が登場する

 バイオテクノロジー(生命工学)の米欧企業が娯楽・レジャー分野の開拓競争にしのぎを削り、「(そうした企業は)“ソニーのウォークマンに相当するバイオ製品は何か?”と問いかけた」(ハヤカワ文庫)とある

 問いかけて得た答えが恐竜動物園であり、携帯音楽プレーヤー「ソニーのウォークマン」は時代を画した新開発の象徴として語られている。発売は1979年(昭和54年)の7月1日、あすで満30歳を迎える

 〈朝、僕は定期券とステレオをポケットに入れて家を出た〉。刺激に満ちた当時の広告コピーは30年が過ぎ、どこの家庭でも見られる普通の光景になった

 慧眼(けいがん)の作家から画期的新製品のお墨付きを得た「ウォークマン」も、だが今は、パソコンを用いて自宅の音楽コレクションを丸ごと持ち運べる米アップルの「iPod」に抜かれて、追う立場にいる。三十路の坂に至る道は人生と同じく、山あり、谷ありであるらしい。

 6月30日付 編集手帳 読売新聞
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6.29.2009

「実学と教養とのバランス」人間の深い洞察力は古典教養を通じてこそ培われる・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 17世紀の恋愛小説「クレーヴの奥方」が、最近フランスで政治的抵抗のシンボルになっている。この作品についての設問が公務員試験に出題され、サルコジ大統領が、何の意味があるのかと疑問を呈したことが発端だった

古典や教養を重んじる知識人たちは強く異議を唱えた。大統領が進める成果主義を重視した大学改革への反発もあったようだ。学生や教員が各地で開いた抗議集会では、いわば“よろめき”を描いた「クレーヴの奥方」が朗読された

たたき上げから米国の鉄鋼王の地位を築き上げたカーネギーはその昔、大学でシェークスピアやホメロスを学ぶのは時間の浪費だと批判した。実学と教養とのバランスは、古くて新しいテーマでもある

経済学者の猪木武徳さんは、近著「大学の反省」(NTT出版)で本格的な教養教育の復活を提唱している。専門教育は重要だが、人間の深い洞察力は古典教養を通じてこそ培われるのだ、と

実用研究が奨励される最近の大学では、人文系の研究者が育たないとも憂える。思えば、日本が世界に誇る恋愛小説「源氏物語」も世界の人々を魅了しつづけている。

6月29日付 編集手帳 読売新聞
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6.28.2009

林芙美子「放浪記」市井に生きる人々に優しく接し、慕われていたらしい・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 林芙美子の「放浪記」第三部は、読売新聞に送った詩が「長くて載せられぬ」との理由で送り返されてきた、と憤慨するくだりから始まる。大正期の無名時代だが、小紙ももったいないことをした

 それでもその後、読売新聞が依頼した仕事を快く引き受けてくれたようである。昭和の初めにパリ滞在記を書いたり、取材用飛行機のお披露目に上空からの眺めを連載したりもしている

 1951年(昭和26年)のきょう、47歳で急逝した。半生にもとづく「放浪記」が森光子さん主演の舞台で上演2000回を数えたことは、ご存じの通り 

 命日が男女共同参画週間(23~29日)に重なるのは偶然ながら、ふさわしい気もする。後進の女性作家の足を引っ張ったと批判され、葬儀では川端康成が「故人を許してやってください」とあいさつしているが、それほどにあの時代、男に伍(ご)していくのが容易でなかったのだろう

 貧乏を肌身に刻んだ苦労人は、市井に生きる人々に優しく接し、慕われていたらしい。近所のおかみさんが200人ほども、子供をおんぶし、あるいは買い物かごをさげて霊柩(れいきゅう)車を見送ったという。

 6月28日付 編集手帳 読売新聞
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6.27.2009

あまりに早すぎる「奇妙な錯覚」歌い踊るスーパースター・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 群馬県高崎市で5歳の幼稚園児が誘拐され、い体で見つかったのは1987年(昭和62年)の9月16日である

 テレビのニュースで聞き及んだのだろう。その5日後、来日していたマイケル・ジャクソンさんは兵庫県・西宮球場での公演で、この男の子のしを悼み、「できればご両親のもとに出向き、お悔やみの言葉をささげたい」と観衆に語っている

 宇宙から来た異星人のように歌い踊る若きスーパースターは当時29歳、社会面の短い記事を読み、優しい心に感じ入った覚えがある。奇行の噂(うわさ)と、醜聞と、孤独の影を身にまとうのは40代を迎えてである

 急逝の知らせを聞く。50歳という。〈人生でいちばん危険なことは、かなえられるはずのない夢が、かなえられてしまうことなんだよ…〉。富と名声を極め尽くし、傍目(はため)には生きていく愉(たの)しみを見つけあぐねて苦しんでいるようにも映った後半生を思うとき、ミヒャエル・エンデの童話「モモ」の一節が浮かぶ

 あまりに早すぎる――と書きかけて、ためらうものがある。痛ましいほどに長く生きてしまった人を見ているような、奇妙な錯覚が脳裏を去らない。

 6月27日付 編集手帳 読売新聞
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6.26.2009

「空騒ぎ」虫歯は一刻も早く治療し、健康な歯はさらに念を入れて磨く・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 シチリア島の町メッシーナの知事が言う。〈歯の痛みに耐えられた哲学者はいない〉と。シェークスピアの「空騒ぎ」第5幕のせりふだが、虫歯とは厄介なものである

 宮崎県の知事が言う。「私を総裁候補にするなら、衆院選に自民党から出馬してもいい」。要請した自民党も昔ならば苦笑いで済んだのだろうが、口じゅう虫歯だらけの今はその余裕もない。知事の浴びせた冷水一滴に「痛い、痛い」と跳び上がる

 党の血液(体質)を入れ替えよ、とも東国原英夫知事は述べている。人気ブランドの化粧水を買うつもりが、「その顔で? 整形して出直しておいで」と追い払われた。軽率な要請で恥をさらしたと、党内には責任論の波風も立つ

 日本郵政の社長人事をめぐる筋違いの裁き、後を絶たない官製談合、“アニメの殿堂”金117億円也(なり)に代表される意義のあいまいな支出…と、麻生政権の虫歯はいくつもあるが、外交政策や安全保障政策のようにまずまず丈夫な歯もないではない

 虫歯は一刻も早く治療し、健康な歯はさらに念を入れて磨く。戯曲の題名そのままの「空騒ぎ」が残した教訓だろう。

 6月26日付 編集手帳 読売新聞
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6.25.2009

50年前、1959年プロ野球で初の天覧試合・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 その日、球場職員が朝から総出で廊下をぴかぴかに磨き上げた。午後、宮内庁の下見があり、「磨きすぎだ」という。滑って危ない、と

 困った球場側は投手用のロージンバッグを大量に破り、粉を廊下に撒(ま)いたという挿話が残っている。プロ野球で初の天覧試合、巨人―阪神戦が後楽園球場で行われたのは50年前、1959年(昭和34年)の今夜である

 作家の今日出海(こんひでみ)さんが観戦記に綴(つづ)ったように、〈作家がいて筋書きを書いたよう〉な試合は、九回裏、長嶋茂雄選手が村山実投手からサヨナラ本塁打を放って巨人が劇的な勝利を収めた

 その年の4月にはいまの天皇、皇后両陛下のご成婚を祝い、5月には東京五輪開催決定の朗報を聞き、6月には平和の象徴でもある白球を追って列島が酔う。「磨きすぎ」のこぼれ話にも、浮き立つ世情がしのばれる

 長男の真司さん(46)によれば村山投手はその夜、宿舎に帰って恩賜のたばこを1本吸い、無念を紫煙にまぎらせた。生まれて初めて口にするたばこであったという。長嶋の華麗、村山の悲壮――筋書きのみならず、野球の神様は配役も見事というほかはない。

 6月25日付 編集手帳 読売新聞
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6.24.2009

幸せに暮らすか、枯れて落ちるか「道行き」の結末を書くのは有権者・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 柳家三亀松がよく高座で聴かせた都々逸がある。〈目から火の出る所帯を持てど/火事さえ出さなきゃ水入らず〉。家計は火の車でも水入らずだよ――と、のろけている

 芝居で駆け落ちの場面を「道行き」というが、都々逸のご両人は幸せになったようである。支持率に目から火を出しつつも、手に手を取って「社長続投」の道行きに旅立つ麻生太郎、西川善文両氏の場合はどうだろう

 「かんぽの宿」という国民共有の財産を二束三文で叩(たた)き売ろうとした日本郵政のでたらめを“未遂”で食い止め、その経営責任を厳しく問うた鳩山邦夫前総務相は大臣の職を追われている。対する西川社長は、30%・3か月の報酬返上で放免という

 推定3000万円の年収が200万円ほど減るだけの話で、国民の財産が粗末に扱われることは首相にとってその程度の不始末であるらしい。税金を納める側としては心強い限りである

 こういう都々逸もある。〈こぼれ松葉をあれ見やしゃんせ/枯れて落ちてもふたり連れ〉。水入らずで幸せに暮らすか、ともども枯れて落ちるか、道行きの結末に脚本を書くのは有権者である。

 6月24日付 編集手帳 読売新聞
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6.23.2009

人が考えることをとめだてはできん。ただし、声に出して考えないことだ・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 結婚披露宴で司会者が、「ただいまから新婦は衣替えをいたします」と述べた話を、俳人の楠本憲吉さんが著書で紹介していた。「お色直し」の誤りだが、そういうこともあるかなと想像のつく言い間違いではある

 横山ノックさんがある喜劇人の法要で「私が黙祷(もくとう)の音頭をとりますので…」と挨拶(あいさつ)した話が、愉快な人柄のしのばれる挿話として残っている。黙祷に音頭は変だが、これもありそうな言い間違いで想像の範囲内だろう

 麻生首相が東京都議選の自民党候補を激励し、「必勝を期して」を「惜敗を期して」と言い間違えたという

 「赤飯で祝杯」を略してセキハイでもなし、こればかりは想像に余る。「総選挙は麻生首相で」と野党に人気の絶大な首相のこと、胸に秘めた弱気がうっかり口をついたのかも知れない

 言い間違えた翌日、首相は電子辞書を購入したそうだが、アリステア・マクリーンの海洋冒険小説「女王陛下のユリシーズ号」(早川書房)に辞書よりも役に立ちそうなせりふがあったので贈る。〈人が考えることをとめだてはできん。ただし、声に出して考えないことだ〉(村上博基訳)

 6月23日付 編集手帳 読売新聞
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6.22.2009

使えるうちに買い替え「エコひいき」ゴミの削減、中古品の再利用、資源のリサイクル・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 エアコンは10・3年、冷蔵庫は9・9年、カラーテレビは9・2年…という。2008年度に家電製品を買った家庭が、買い替え前の製品を使った年数である

 家電のいわば「寿命」だが、耐用年数とは違う。エアコンとテレビはほぼ2台に1台が、冷蔵庫も3台に1台がまだ使えるうちに買い替えられた。「寿命」は前年度より短くなって、今年度はさらに縮むかもしれない

 国がポイントを還元して省エネ家電への買い替えを促すエコポイント制度が始まった。省エネでいわゆる“環境に優しいエコロジー”を進める狙いだが、少々もったいない気もする

 江戸の人々は着古した浴衣をおしめ、ぞうきんに仕立て直し、最後はほぐして土壁の材料に混ぜた。徹底した使い切りには、ゴミのリデュース(削減)、中古品のリユース(再利用)、資源のリサイクルという「三つのR」の精神が生きていた。学ぶべき点が多い

 エコポイントやエコカーの購入補助には、消費を刺激して経済(エコノミー)を支える二つ目の「エコ」の顔もある。でも「R」と違って三つ目はない方がいい。特定業種の「エコひいき」は。

 6月22日付 編集手帳 読売新聞
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6.20.2009

ひそひそ話「雪隠演説」党内も公然とは追及しにくい空気・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 「事務所」という言葉は鳩山和夫の発明という。1882年(明治15年)に法律事務所を開業したときのことであると、中国文学者、高島俊男さんのエッセー「披露宴、事務所ことはじめ」に教えられた

 和夫は一郎・元首相の父にあたる。政権奪取に向けて鼻息の荒い曽孫(ひまご)の由紀夫・民主党代表には、鳩山家ゆかりの言葉が頭痛の種になりそうな気配である

 検察側は冒頭陳述で、公共事業の落札業者を指名する“天の声”が「小沢事務所」から出ていたと主張した。西松建設から小沢一郎氏側に渡った違法献金を巡る裁判の初公判である。西松の落札分は4件59億円にのぼるという

 検察の言い分とはいえ、小沢氏は民主党代表代行の要職にある。言葉というものを蔑視(べっし)しているのか、身に降る火の粉を誠実な説明によって振り払おうともしない姿は異様である。党内も公然とは追及しにくい空気で、ひそひそ話がやっと、と聞く

 世相史の年表によれば、事務所第1号が生まれた年の流行語に「雪隠(せっちん)演説」がある。こそこそ交わす政談を指す。政権を目指す政党が、「事務所」疑惑で「雪隠演説」は情けない。

 6月20日付 編集手帳 読売新聞
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6.19.2009

「感受性のツノ」暗と明のあいだを振幅激しく揺れ惑う・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 北原白秋の詩「まいまいつぶろ」は、生まれたばかりのカタツムリをうたう。ツノはまだ若く、頼りなく、触れたら壊れてしまいそう。〈雨、雨、やめよ、/まだ雨痛い〉

 「桜桃忌」はいつも梅雨のなかである。太宰治の誕生日であり、東京・三鷹で入水自●をして遺体の見つかった日でもある6月19日を迎えるたび、雨に打たれるカタツムリの詩が浮かぶ

 世間という名の雨、対人関係という名の雨を、人並み外れて柔らかい感受性のツノに浴びて生きた人だろう。きょうで生誕100年になる

 「● のうと思っていた」(葉)と語り、「さらば読者よ…元気で行こう。絶望するな」(津軽)と語る。暗と明のあいだを振幅激しく揺れ惑うのが青春期であり、〈雨痛い〉魂の千鳥足に共感する読者によって太宰文学は読み継がれてきたのだろう

 中学時代、「人間失格」を食事ももどかしくむさぼり読んだ記憶がある。先日、何十年かぶりに再読を試みたが、どうにも気持ちが入らずに退屈し、読み通せないで降参した。感受性のツノに処世の知恵で防水加工を施した身に、その人はもう何も語ってくれぬらしい。

 6月19日付 編集手帳 読売新聞
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6.18.2009

どうせ他人の金「お宝」そう悪いことをしたとも感じていないらしい・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 刑務所内の多彩な人間模様を活写した安部譲二さんの「塀の中の懲りない面々」(文芸春秋)に、“忠さん”という役所専門の泥棒が出てくる

 中央官庁から県立病院、国公立大学まで軒並み荒らし、警察署と法務省だけは量刑が重くなると困るので敬遠したという人である。忠さんが安部さんに語ったことには、役所相手の稼業は楽だという。〈役所はお宝の扱いがまるで雑なんだ。どうせ他人の金って気なんだろうよ〉

 金品の扱いがいまも雑かどうかは知らないが、時は金なり、「時間」の扱いが雑な役所は確かにある

 農林水産省の出先機関でこの3年間に少なくとも1400回の組合集会が、国家公務員法の禁じた勤務時間中に開かれていたという。「国家公務員法に触れるような組合活動については、あるともないとも言えない」。組合側のやけに堂々とした談話を読む限りは、そう悪いことをしたとも感じていないらしい

 その給料は国民が額に汗し、ときに苦しいやりくりをして支払った「お宝」の税金から出ている。忠さん、あなたの言った通りでした。〈どうせ他人の金って気なんだろうよ…〉

 6月18日付 編集手帳 読売新聞
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6.17.2009

どっちに転んでも敗者は私、良心と欲望が互いにしのぎを削っている・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 浮気心と、妻に済まないと思う心のはざまで男は疲れ、ひとりつぶやく。「私の生活は、良心と欲望が互いにしのぎを削っている時間が多すぎる。いずれが勝っても、敗者は私なのだ」

 ディック・フランシスの競馬ミステリー「罰金」(早川書房)の一節だが、麻生首相のぼやきを聞くようでもある。日本郵政の社長人事を巡って鳩山邦夫前総務相を更迭したことが痛手となり、内閣支持率が急落した

 国民の共有財産を二束三文で叩(たた)き売ろうとした不祥事に、きちんと筋を通すのは為政者の「良心」である。筋を通せば、しかし、党内が騒ぎ出す。“反・麻生”の動きを封じたい「欲望」に首相は負けたと、世間の目には映ったのだろう

 鳩山氏に味方して西川善文社長の経営責任を厳しく問えば、党内の“麻生降ろし”に足を引っ張られる。鳩山氏を切れば切ったで、世論に足を引っ張られる。どっちに転んでも敗者は私――としても、「良心」に殉じるほうがまだしも救いがあった

 選挙を前に、堂々、世論の逆を張る。人物の器が大きいのか、並の器で空洞だけが大きいのか、この人ばかりは分からない。

 6月17日付 編集手帳 読売新聞
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6.16.2009

世の安寧という「同じ高嶺の月」がいまほど切実に恋しい時もない・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 古い道歌にある。〈分け登るふもとの道は多けれど同じ高嶺(たかね)の月を見るかな〉。宗派(道)は違っても、仏教のめざす真理(月)は一つであると。その記事を読みつつ、一首を口ずさむ

 天台宗総本山・比叡山延暦寺(滋賀県大津市)の座主がきのう、高野山真言宗総本山・金剛峯寺(和歌山県高野町)を公式に参拝した。両宗の約1200年におよぶ歴史で初めてという

 真言宗の開祖・空海と天台宗の開祖・最澄はともに唐で仏教を学んだ仲だが、晩年は交流が途絶えた。書物から学ぶ「筆授」にも重きをおく最澄と「修行」を絶対とする空海と、〈分け登るふもとの道…〉の行き違いが両宗の長き疎遠を生んだ一因とも伝えられる

 交流の途絶える前、最澄が空海のもとに寄せた書簡(国宝、奈良国立博物館所蔵)がある。「久隔清音」(久シク清音ヲ隔テ=長いこと、ご無沙汰(ぶさた)で…)とはじまる。両宗の間でもこれを機に、「清音」(澄んだ声)の語らいが持たれることだろう

 顧みれば国内といわず、東アジアといわず、中東といわず、世の安寧という〈同じ高嶺の月〉がいまほど切実に恋しい時もない。

 6月16日付 編集手帳 読売新聞
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6.14.2009

パルテノン神殿を思わせる壮麗な列柱建築「三井本館」開館80周年・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 巨大な金庫の扉は、日本橋を渡るには重すぎて通行が許可されず、搬入に苦労したらしい。三井銀行などが入るそのビルが落成したのは1929年(昭和4年)、世界恐慌が起きた年だった

 東京・日本橋にある「三井本館」は、経済界のシンボルの一つと言っていいだろう。パルテノン神殿を思わせる壮麗な列柱建築だ。隣接する日本銀行本店が、かなり控えめに映る

 建物が還暦を迎えた1989年(平成元年)発行の記念誌に、わが国の経済発展を見続けてきたビルのエピソードが記されている。当時、三井グループの重鎮だった江戸英雄さんは「今や日本経済は未曽有の大発展…」というくだりで回想を締めくくっていた。日経平均株価が史上最高値を記録した年である

 さらに20年。壁面に掲げられた銀行の金看板は、幾度となく名前を書き換えている。ビルは金融の合併・再編にも立ち会い続けた

 この不況は世界恐慌の再来とも、未曽有の危機とも言われる。株価は1万円を回復したものの、視界は晴れない。日本経済の岐路にそのつど節目の時を迎えてきた三井本館は、明日が開館80周年という。

 6月14日付 編集手帳 読売新聞
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6.13.2009

大臣、退陣「グズグズ」濁点ひとつで趣が変わる・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 絹の糸を垂らしたような春の雨が〈しとしと〉ならば、梅雨どきのそれは汗がまとわりつく〈じとじと〉だろう。濁点ひとつで趣が変わるのは、雨に限ったことではない

 麻生首相は就任した当座、漢字の読みを間違えて世間の失笑〈クスクス〉を誘った。褒められたことではないが、ご愛嬌(あいきょう)と言えなくもない。当節の〈グズグズ〉よりは、まだましである

 西川善文社長の続投に強く反対していた鳩山邦夫総務相が辞任することで、「日本郵政」の人事を巡る紛糾はひとまず収まった。首相がようやくにして下した決断である

 「かんぽの宿」という国民の財産を叩(たた)き売ろうとした経営責任は厳しく問われて然(しか)るべし、という鳩山氏の主張には一理も二理もある。首相は半月近くもグズグズ火種を放置し、混迷を印象づけ、野党に得点を稼がせた揚げ句、一理に目をつむった

 ボヤを大火にする人が経済や外交の荒ぶる炎を消せるものやら、世人が不安を感じたとしても不思議はない。そもそも〈総理退陣〉とは…おっとっと、濁点をひとつ忘れた。〈総理大臣〉とは、機を逃さずに断を下してナンボの人である。

 6月13日付 編集手帳 読売新聞
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6.12.2009

慕われた「ぬしさん」オタマジャクシが空から降ってきた・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 昔、東京・本郷で魚が降った。「不忍池のぬし、鯉(こい)が昇天した」。人々はそう噂(うわさ)したと、古今亭志ん生の回想にある。演芸評論家の大西信行さんが「落語無頼語録」(角川文庫)に書いている

 ぬしさん、待っておくんなまし、池の魚が慕って尾ひれにすがる。何百メートルてェとこまで昇ると、修業を積んでない小魚をそれ以上は連れていけない。ぬしはピュッと尾を振って小魚を払い落とす。あったんですよ、昔は。ほんとうにあった、うん…

 見てきたような「昇天」説はともかくも石川県ではいま、「鳥が吐きだした」説あり、「突風が巻き上げた」説あり、謎解きでにぎやかという

 七尾市の駐車場にオタマジャクシが100匹ほど、雨模様の空から降ってきた。白山市の駐車場でも数十匹、中能登町の民家では小魚13尾が見つかっている。今月4~9日にかけてのことで、人々は首をかしげている

 科学の目で謎が解かれるまでは志ん生流の空想に遊ぶのもいいだろう。ずいぶん慕われた「ぬしさん」のようだね。人間の世界にはそういう指導者がなかなかいなくてさ…と、オタマ君の霊に愚痴を聞いてもらう。

 6月12日付 編集手帳 読売新聞
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6.11.2009

梅雨入り、突然の雨に“ぬかり”はないぞと得意顔・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 作家の山口瞳さんは折りたたみ式の傘を持たなかった。突然の雨に、やおら鞄(かばん)から取り出し、どうだ、準備万端ぬかりはないぞ、と得意顔をする人が嫌で、自分もそういう顔をしたくないので持たなかったという

 山口さんの随筆集「旦那の意見」(中公文庫)の解説で長男の正介さんが回想している。折りたたみ傘をひらく自分の姿を鏡に映したことはないが、得意とはいかずとも、ひと安心の気分は顔に出ているかも知れない

 関東甲信から北陸、東北南部もきのう、梅雨入りした。お説にそむくようですが、“ぬかり”だらけの人生、せめて雨の用心ぐらいは自慢させてくださいな――と内心つぶやきつつ、傘を鞄につめる

 「父の日」に傘の贈り物をもらうお父さんもあろう。「どうだ、わが子のセンスは」という得意顔ならば、泉下の山口さんもうなずいてくれるに違いない

 傘もなく、走りもせず、濡(ぬ)れるに任せて歩く若い人をときに見かける。ずぶ濡れがわびしさではなく、たくましさ、りりしさを包む衣装になる、そういう年齢があるらしい。得意になったり、軽い嫉妬(しっと)を覚えたり、傘の下も忙しい。

 6月11日付 編集手帳 読売新聞
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6.10.2009

巌流島決戦「時の記念日」時計を読むのが苦手な人たち・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 佐々木小次郎と立ち合う巌流島に、宮本武蔵はわざと遅れて行く。約束は「辰(たつ)の上刻」(午前7時ごろ)で、吉川英治「宮本武蔵」に従えば武蔵が到着したのは3時間半後、「巳(み)の刻過ぎ」であったという

 丸谷才一さんは「遅刻論」というエッセーに書いている。相手を極力じらしたいが、待たせすぎて相手が帰ってしまえば、「臆病風に吹かれて武蔵は来なかった」と悪評が立つ。じらし、かつ、帰さない。ほどよく待たせた計算能力が見事であると

 日本郵政の社長人事を裁かない麻生首相の場合は、この計算能力がいささか怪しい。早すぎる御出座は首相の“貫目”にかかわるとしても、混迷がここまで深まれば遅刻も限度を超えていよう

 少し前には、定額給付金の所得制限論議が首相の遅参で迷走した。これしきの事柄に断を下せないで、いざという時に大丈夫かしら――と世間は思う。きょうは「時の記念日」、麻生さんは遅刻癖を省みていいだろう

 国政の巌流島決戦はいずれ訪れる。燕(つばめ)返しか、鳩(はと)返しか、待ち受ける白刃が何であれ、時計を読むのが苦手な武蔵に肩入れする人たちも楽ではない。

 6月10日付 編集手帳 読売新聞
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