6.25.2009

50年前、1959年プロ野球で初の天覧試合・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 その日、球場職員が朝から総出で廊下をぴかぴかに磨き上げた。午後、宮内庁の下見があり、「磨きすぎだ」という。滑って危ない、と

 困った球場側は投手用のロージンバッグを大量に破り、粉を廊下に撒(ま)いたという挿話が残っている。プロ野球で初の天覧試合、巨人―阪神戦が後楽園球場で行われたのは50年前、1959年(昭和34年)の今夜である

 作家の今日出海(こんひでみ)さんが観戦記に綴(つづ)ったように、〈作家がいて筋書きを書いたよう〉な試合は、九回裏、長嶋茂雄選手が村山実投手からサヨナラ本塁打を放って巨人が劇的な勝利を収めた

 その年の4月にはいまの天皇、皇后両陛下のご成婚を祝い、5月には東京五輪開催決定の朗報を聞き、6月には平和の象徴でもある白球を追って列島が酔う。「磨きすぎ」のこぼれ話にも、浮き立つ世情がしのばれる

 長男の真司さん(46)によれば村山投手はその夜、宿舎に帰って恩賜のたばこを1本吸い、無念を紫煙にまぎらせた。生まれて初めて口にするたばこであったという。長嶋の華麗、村山の悲壮――筋書きのみならず、野球の神様は配役も見事というほかはない。

 6月25日付 編集手帳 読売新聞
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