11.01.2010

読書週間、秋の夜更け、じっと耳を澄ますものに事欠かない季節・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 「神田古本まつり」でにぎわう東京・神保町の古書店街を散策して、ひとつ買い物をした。研究社出版『英和笑辞典』で時価1000円也(なり)、奥付には「昭和36年9月30日発行」とある

 ぱらぱらめくってみると〈【duty】義務=うんざりして受け、いやいや遂行し、はれやかに吹聴する〉、あるいは〈【Eve】イブ=貴方(あなた)よりいい男がいたのよ、と言えなかった女〉など、どれも気が利いている

 以前の持ち主が気に入った個所なのだろう、幾つか傍線が引いてある。〈【mirage】空中楼閣=綴(つづ)りがmarriage(結婚)に似ており、意味もほとんど同じ〉や〈【wedding】婚礼=自分で花を嗅(か)げる葬式〉などの傍線をみれば、その方面でご苦労されたお方か

 傍線ひとつに、名前も知らぬ人が「ね、ここ、いいでしょう?」と顔を出す。読書は著者との対話だといわれるが、かつての所蔵者を交えての“鼎(てい)談(だん)”も古書をひらく楽しみに違いない

 読書週間が始まった。虫の声、雨の音、そして〈【book】本=声なき言葉〉――秋の夜更け、じっと耳を澄ますものに事欠かない季節である。

 10月30日付 編集手帳 読売新聞
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10.22.2010

「反日」デモの標的「市民」政権転覆の予行演習をさせている・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 永井荷風が東京・銀座の洋食店に入ると、先客に子供連れの一家がいた。躾(しつ)けがなっていない。1933年(昭和8年)の日記にある

 〈子供は猿の如(ごと)く、室内を靴音高く走りまはり、食卓の上に飾りたる果物草花を取り、またはナイフにて壁を叩(たた)く〉。親は周囲の迷惑顔もどこ吹く風、叱(しか)りもしない。荷風は嘆いた。〈今の世の親たちは小児のしつけ方には全く頓着せざるが如し〉

 してよいこと、悪いことのけじめを教わらなかった子供は、どうなっただろう。おそらくはロクな大人に育たず、親を泣かせたに違いない

 趣旨が「反日」であれ、何であれ、デモはしてよいことである。暴徒化し、日系企業を襲撃するのは、して悪いことである。そのけじめを教えず、実行犯を本気で摘発しようとしない中国当局は洋食店の親と変わらない。暴徒の標的が党本部や官庁に移ってから躾けを始めて間に合うとでも思っているのか。乱暴狼藉(ろうぜき)の放置は、市民に政権転覆の予行演習をさせているのと同じであることに気づいていい

 俗に〈三つ叱って五つ褒め七つ教えて子は育つ〉。叱らずに、最後に泣くのは親である。

 10月19日付 編集手帳 読売新聞
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10.04.2010

国の行く末「戦略的互恵関係」隣人と、どう付き合っていくか・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 『源氏物語』で光源氏が言う。〈さかさまに行かぬ年月よ〉。時間は逆向きに流れてくれぬ、と。老いを語った言葉だが、過去に戻ることができないのは万物の宿命でもある

 潮位が10メートル上がり、のちに10メートル下がれば海面の高さは元の通りだが、水が引いた陸地の光景は一変していることだろう。さかさまに行かぬ年月よ、である

 省エネ家電などの部品に欠かせないレアアース(希土類)の対日輸出を停止していた中国が、規制の手綱を緩めたという。「尖閣」で悪化した日中関係の修復を模索している、との観測もある

 仮にそうだとしても、日本の大使を休日の真夜中に呼び出したり、報復さながらに日本人の身柄を拘束したり、品のない振る舞いに、多くの日本人の中国を見る目が一変したあとである。「戦略的互恵関係」を無邪気に語れた過去に戻ることはできまい。この図体(ずうたい)の大きな傲(おご)れる隣人と、どう付き合っていくか

 民主党の代表選挙、内閣改造、尖閣と、政治に揺れた9月もきょうで終わる。〈かんがふる一机(いっき)の光九月尽(くがつじん) 森澄雄〉。菅首相にも秋の夜長、国の行く末をじっくり考えてもらおう。

◆9月30日付 編集手帳 読売新聞
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9.19.2010

ため息をひとつ「命」子供が18人います。1日に3人ずつ・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 題名を『命(いのち)屋(や)』という。〈「命屋」さんがあればいいね/でも/命を買い替えられたら/みんな一生けん命/生きないかもね/そしたら/つまらない人生になるね〉

 かつて本紙の『こどもの詩』欄に載った一編で、作者は小学3年生の男児である。「人生」や「命」といった大人でもときに持て余す重たいテーマに、こういう洞察のできる年ごろである。その記事を読み返しながら、ため息をひとつ、ついてみる

 「子供が18人います。1日に3人ずつコロすと、何日で全員を殺せるでしょう?」。愛知県岡崎市の市立小学校で3年生のクラスを担任する男性教諭が、算数の授業でそういう出題をしたという。市の教育委員会は口頭で厳重注意し、担任を外した。児童の興味を引くためにリンゴやミカンとは違う出題をしたらしいが、冒頭の詩と読み比べて、どちらが大人でどちらが子供か分からない

 本紙掲載の詩を、もう一つ引く。題は『右側が見えづらい弟』、障ガイをもつ弟のことを書いている。その一節。〈だから私はいつも弟の右側にいる〉。こちらは小学4年生の女児である

 子供をなめてはいけない。

 9月16日付 編集手帳 読売新聞
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9.05.2010

花板「みんなで仲良く」清潔さでも料理でもしくじって・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 首相のことを「宰相」ともいう。白川静氏の『常用字解』によれば「宰」の字は、屋根(ウ冠)の下に包丁(辛)を置いた形であるという。料理屋で言えば首相とは、板場を仕切る最上位者「花板(はないた)」かも知れない

 菅さんが花板を務める料亭「民主」はいまのところ、清潔なだけが取り柄(え)である。肝心の料理を褒める人はそう多くないが、手をきちんと洗わない板前を板場から締め出していることで、客の評判を何とか保っている

 「料理の腕は俺が上だぜ」――締め出され組の小沢さんが次期花板に名乗り出て大騒ぎになった

 そこに「まあまあ、ご両人、みんなで仲良く板場に立って“挙板態勢”で参りましょう」と、清潔さでも料理でもしくじって辞めた前花板・鳩山さんが割り込んで話を余計ややこしくする。「みんなで仲良く」が手を洗わぬ板前にも調理させることを意味する以上、清潔さだけで料亭支持率を保っている菅さんが「うん」と言うはずもない。店内の声を聞いて花板を決めることに落ち着いたのは良かった

 菅さんは料理の腕を磨くべし。小沢さんは手を洗うべし。客の注文はそれに尽きる。

 9月1日付 編集手帳 読売新聞
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8.31.2010

叩かれたくなければ蠅叩きの上にとまるのが安全である・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 ドイツの思想家、ゲオルク・リヒテンベルクは著書『雑記帳』に書いている。〈蠅(はえ)は叩(たた)かれたくなければ蠅叩きの上にとまるのが安全である〉と。日本でも知恵のまわる蚊は能楽師の鼓を持つ手ではなく、打つほうの手にとまるとか

 蠅や蚊を例に引くのが礼を失しているならば、黄金虫でもいい。小沢一郎氏からは「下種(げす)の勘ぐり」とお叱(しか)りを受けるのは覚悟の上で、民主党代表選に出馬する意思を固めたほんとうの心を尋ねてみたいところである

 政治資金事件で検察審査会が今秋にも下す議決次第で、小沢氏は強制起訴となる可能性がある

 その時に氏が首相の座にあれば、憲法の規定により起訴を免れる。政治の信頼は、しかし、地に落ちるだろう。国政を混迷に導く議決をしてよいものか、どうか――検察審査会のメンバーは、おそらく悩むに違いない。小沢氏が議決に一切介入をしなくても、“小沢首相”の存在自体が圧力になる。わが身を叩くかも知れない司法の手の上に、政治家はとまってはいけない

 同じ虫ならば、円高・株安の闇に明かりをともす蛍(ほたる)となって時節を待つ道もあったはずである。

 8月27日付 編集手帳 読売新聞
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8.19.2010

子がわれかわれが子なのかわからぬまで子を抱き・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 河野裕子さんの歌は小欄でも過去に何度か引用させてもらった。どの記事も、ふさぐ心で筆をとった記憶がある

 例えば6年前、大阪府内の男子中学生(当時15歳)が親から食事らしい食事を与えられず、小学2年並みの体重24キロ、骨と皮の餓シ寸前で保護されたときに引いた一首。〈しつかりと飯を食はせて陽(ひ)にあてしふとんにくるみて寝かす仕合(しあわ)せ〉

 あるいはロシア南部、北オセチアで武装集団が学校を占拠し、100人を超す子供たちが犠牲になったときに引いた一首。〈朝に見て昼には呼びて夜は触れ確かめをらねば子は消ゆるもの〉。ふっと世相が暗くなるたび、燭(しょく)台(だい)の灯を借りるように河野さんの歌を借りてきた

 「母性」というものを詠ませては、当代随一であるのみならず、記紀万葉から数えても指折りの歌人であったろう。乳がんを手術し、闘病生活を送っていた河野さんが64歳で亡くなった

 いままた、母親の「育児放棄」によって幼い命が二つ、無残に散ったばかりである。〈子がわれかわれが子なのかわからぬまで子を抱き湯に入り子を抱き眠る〉。その人が残した燭台の灯が胸にしみる。

 8月14日付 編集手帳 読売新聞
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言ハザルト見ザルト聞カザル世ニハアリ思ハザルヲバイマダ見ヌカナ・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 〈私バカよね おバカさんよね…〉とはじまる細川たかしさんの歌『心のこり』が世に出た頃、曲名を見て、ある人が言ったという。「肩だけでなく、心も凝るんだねェ」

 出版社で編集者の経験が長い須磨野波彦さんが著書『日本語探偵出動』(冬花社)に書いていた。『心のこり』は、もちろん「心残り」だが、その人は「心の凝り」と勘違いしたらしい

 人は何かでミスをすると、〈私バカよね〉とつぶやいてストレスをため込む。ストレスが「心の凝り」であることを思えば、まんざら意味の通らぬ勘違いでもない

 ストレスを抱えた女性は妊娠しにくい――米国立衛生研究所などが研究結果をまとめた。子供を望む夫婦は、妊娠に失敗したことのストレスでいっそう妊娠しにくくなる悪循環に陥るという。「心の凝り」は生命の誕生にまで影を落とすようである

 〈言ハザルト見ザルト聞カザル世ニハアリ思ハザルヲバイマダ見ヌカナ〉。古歌にもあるように、「思わない」ことほどむずかしい行為はない。過去のつまずきは忘れるのが一番と分かっていても、心は肩のように揉(も)んでほぐせないのがつらい。

 8月13日付 編集手帳 読売新聞
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8.15.2010

日韓併合100年「首相談話」構想と交渉、功業にも罪科にもなり得る・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 〈ギョーカイで「誠意」というのはカネのことです〉と横沢彪(たけし)さんが著書で語っている。「もう少し誠意を見せて」は「もう少しギャラをくれ」と同義である、と(講談社『とりあえず!?』)

 横沢さんは『オレたちひょうきん族』など人気バラエティー番組のプロデューサーとして一つの時代をつくった人で、「ギョーカイ」はテレビ業界を指す

 誠意を受け取る側が金銭その他の目に見える形でもらいたがるのは、国益と国益、主張と主張が火花を散らす外交の世界も同じであろう。政府が日韓併合100年の「首相談話」を閣議決定した

 「痛切な反省」を表明した談話は抑制が利いており、内容にそう問題はない。心配の種は、韓国側が「誠意を目に見える形で示せ」と竹島の領有権問題や従軍慰安婦の補償問題などを絡めてきたときに毅然(きぜん)とした対応がとれるかどうか、だろう。菅外交の物腰次第で、「首相談話」は功業にも罪科にもなり得る

 番組の骨格を描き、スポンサーや出演者、放送作家と渡り合う。構想と交渉――外交は番組づくりに似ている。政権には、さて、凄腕(すごうで)のプロデューサーはありや。

 8月11日付 編集手帳 読売新聞
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8.14.2010

520人が犠牲になった「御巣鷹」事故からまもなく25年・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 文字を並べ、言葉をつらね、文章にするのが商売の身ながら、何も書きたくないときがある

 筆跡はどれも乱れている。松本圭市さん(29)は2歳の長男に「しっかり生きろ/哲也/立派になれ」と書いた。河口博次さん(52)は妻に、「ママ/こんな事になるとは残念だ/子供達の事をよろしくたのむ/本当に今迄(いままで)は幸せな人生だったと感謝している」と書いた

 遺書は東京・羽田の日本航空「安全啓発センター」に展示されている。圧力隔壁の破損で管制不能になった羽田発大阪行き日航123便が群馬・御巣鷹の尾根に墜落するまでの32分間に書かれたものである。520人が犠牲になった事故からまもなく25年になる

 客室乗務員のメモもある。「ハイヒールを脱いで下さい/おちついて下さい/身のまわりの用意をして下さい…」。不時着する場合に備え、機内放送の要点を書き留めたらしい。シの恐怖が充満した機内で、父親は最後まで父親たろうとし、乗務員は最後まで乗務員たろうとした

 目にした文章の、言葉の、文字の重さに引き比べ、おのが文章の空疎に嫌気が差し、何も書きたくないときがある。

 8月10日付 編集手帳 読売新聞
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8.10.2010

真夏の娯楽、野球の季節、テレビを見て、涼をとる・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 2人の刑事(志村喬、三船敏郎)が大観衆で埋まった後楽園球場で拳銃の密売犯を追う。黒沢明監督の映画『野良犬』である。脚本に「炎熱にとろけたアスファルト」とあるように真夏の物語である

 セ・パに分かれる前の1リーグ時代、巨人―南海戦を舞台に緊迫した捜査の合間合間、白熱した好カードに酔う観衆の上気した顔をカメラがとらえている。映画を見るたびに、野球観戦は真夏の娯楽だとしみじみ思う

 “球夏”という言葉は聞かないが、プロ野球ではセ・リーグで巨人と阪神が熾烈(しれつ)な首位争いを演じている。高校野球では甲子園大会の組み合わせが決まった。野球の季節である

 思えば、「カネ」と「普天間」で政治が迷走を極めた頃はサッカーの岡田ジャパンにずいぶん慰められた。所在不明の高齢者に母親の育児放棄と心ふさぐことの多い今、しばらくは野球のお世話になるのかも知れない

 江戸の狂歌師、唐(から)衣橘洲(ごろもきっしゅう)の歌がある。〈涼しさはあたらし畳 青簾(あおすだれ) 妻子の留守にひとり見る月〉。家族を田舎に送り出し、ひとりきりの夏休みを月ならぬテレビを見て、涼をとるお父さんもいるだろう。

 8月5日付 編集手帳 読売新聞
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8.08.2010

崩壊した「家族」ねたみ、そねみ、ひがみ、三つの“み”の字をぐっとのみ込む・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 東京の夏は路地裏にいても涼しい。永井荷風は1919年(大正8年)の日記に書いている。いい風が吹き、〈避暑地の旅館に往(ゆ)きて金つかふ人の気が知れぬなり〉と

 朝顔の鉢が置かれ、打ち水をしてある昔の路地は知らず、都心のビル街はそうもいかない。お盆の混雑を避けて避暑地に、というわけか、通勤の電車で旅装の家族連れを何組か見かけた

 「コラムは、ねたみ、そねみ、ひがみ、三つの“み”から出発して書くものだ」とは野坂昭如さんの言葉である。東京残留組の常連である小欄も、ついねたましげな視線の文章を綴(つづ)りがちな季節だが、今年はどうもそういう気持ちが起きない

 車内に花が咲いたようなにぎやかな子供連れの姿に触れて、むしろ何かホッとした心持ちになるのは、30年も前にシ亡していた111歳がいて、母親の育児放棄で儚(はかな)い人生を終えた幼子がいて、崩壊した「家族」のニュースがつづいたせいかも知れない

 〈東京に取り残されて欣快(きんかい)ぞ朝の車内に歌集をひらく〉(吉竹純)。名も知らぬ家族よ、避暑地の楽しい夏を…と書いて、胸から湧(わ)き上がる“み”の字をぐっとのみ込む。

 8月3日付 編集手帳 読売新聞
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8.07.2010

「閃光」取引のシステム化、売買注文をこなす速さも精度も・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 東京証券取引所では、昼休みをはさんで、午前の取引を前場(ゼンバ)、午後を後場(ゴバ)という。20年ほど前、当時の蔵相が「今日のマエバは…」と言い違えたことがある。主要な経済閣僚の蔵相が株式市場に疎いとして失望され、株が売られた

 麻生元首相もやった誤読の定番が、なくなるかもしれない。東証が昼休みを廃止するかどうか年内に結論を出す。前場と後場の区別がなくなる可能性があるわけだ

 取引が中断せず時間も延びれば、投資家には便利になる。証券業界に反対もあるが、取引のシステム化で技術的にさほど難しくないはずだ。売買注文をこなす速さも精度も、立会場で証券マンが身ぶり手ぶりしていた頃より格段に上がった

 ただ気がかりなこともある。今年5月、ニューヨーク市場のダウ平均株価が突然、1000ドル近く下げ、「フラッシュ・クラッシュ」と命名された。原因は未解明だが、注文処理の高速化が、下落を加速させた

 日本の証券界も、対岸の火事だと甘く見ない方がいい。システムの暴走による「閃光(せんこう)のような急落」は、閣僚の誤読が招いた株安と同様に、情けない。

 8月2日付 編集手帳 読売新聞
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8.05.2010

ズボラでいい、食事と健康にだけ目を配り、子育てを図太く・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 与謝野晶子の歌にある。〈腹立ちて炭撒(ま)きちらす三つの子を為(な)すに任せて鶯をきく〉。癇(かん)癪(しゃく)を起こして部屋を汚す3歳児を叱(しか)るでもない。後始末をするでもない。母は悠然とウグイスの声を聴いている

 晶子は11人の子をもうけた。生涯に5万首の歌を詠み、膨大な文章をつづり、苦しい家計をやりくりした人は、この図太(ずぶと)さで子育てを乗り切ったのだろう

 育児放棄の悲劇に接するたび、この歌が浮かぶ。部屋は汚れていい。ズボラでいい。食事と健康にだけ目を配り、あとは晶子流で図太く構える。できなかったか、と

 大阪市内のマンションで、3歳と1歳の幼児が遺体で見つかった。逮捕された母親(23)は「育児がいやになった」と供述している。食べ物も水も与えられなかったのだろう。児童相談所にはこれまで、近隣の住民からギャク待を疑う通報があり、職員が計5回にわたって訪問している。いずれも応答がなく、ドアは施錠されていたという。またしても瀬戸際の命を救えなかった

 長女は「桜子」ちゃん、長男は「楓」ちゃんという。その花と葉が季節を彩るころに生まれたか。美しい名前が哀(かな)しい。

 7月31日付 編集手帳 読売新聞
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8.03.2010

思ひ出すとは忘るるか 思ひ出さずや忘れねば・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 サンテグジュペリの『星の王子さま』で、狐(きつね)が王子さまに言う。〈肝心なことは目では見えないんだよ〉

 誰かが誰かをコロす。神様が一部始終をビデオに収めていたならば、正視に耐えない凄惨(せいさん)な映像だろう。そういうビデオは、この世に存在しない。目に見えなくても、心には刻んでおきたい「肝心なこと」である

 宇都宮市の宝石店放火サツ人事件などでシ刑が確定した2人のシ刑囚にきのう、東京拘置所で刑が執行された。千葉景子法相は足を運び、立ち会ったという。拘置所で「見た場面」には、思うところ、感じるところがいろいろあっただろう

 自分の命令によって消える命の最後を見届けた行為には敬意を表しつつ、思う。シ刑制度の是非を議論する場合には「見た場面」だけでなく、「見ぬ場面」にも思いを致してほしい、と。6人の人間が縛られ、衣服にガソリンをまかれ、焼シする場面は、目で見ることができない

 シ刑執行の報に「ああ、あの事件…」と思い出した。〈思ひ出すとは忘るるか 思ひ出さずや忘れねば〉(閑吟集)。遺族は事件を思い出しはしなかったろう。片時も忘れぬゆえに。

 7月29日付 編集手帳 読売新聞
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8.01.2010

才能発掘という仕事“目利き”の職人技が個々の編集者から文学賞に移って久しい・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 亡くなった作家の文業を称(たた)えて、追悼特集号が出るのは珍しくない。編集者を悼んで――というのは異例だろう。滝田樗陰(ちょいん)のシ去に際し、彼が在籍した総合誌『中央公論』から追悼特集号が出ている

 身内の者を表立って称えるのを中央公論社はためらったが、作家たちの要望を受けて刊行したという。新人発掘の“目利き”として聞こえ、のちに菊池寛が〈文壇における勢威はローマ法王の半分ぐらいはあった〉と語った大編集者ならではだろう

 芥川龍之介や佐藤春夫などとともに樗陰の導きによって文壇に名乗りを上げた作家の一人、室生犀星(さいせい)が初めての小説『幼年時代』の掲載を樗陰に懇願した手紙が見つかった

 〈あなたが私を引きずり上げて下されば私はきつともつとよいものをかくにちがひない〉。1919年(大正8年)6月の手紙には、無名作家のすがるような心情が切々と綴(つづ)られている

 “目利き”の職人技が個々の編集者から文学賞に移って久しい。〈或(ある)意味で私を砂利の内に見つけた人であるかも知れぬ〉。樗陰を悼む文章に犀星は書いた。才能発掘という仕事に、人の匂(にお)いがした昔がある。

 7月27日付 編集手帳 読売新聞
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7.31.2010

「グラス・シーリング」キャリア・アップを目指す女性に立ちはだかる・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 脆(もろ)くみえるガラスでも、たたき割れない強化ガラスがあるだろう。「グラス・シーリング」(ガラスの天井)は、米国などで長年、キャリア・アップを目指す女性に立ちはだかる壁に例えられてきた

 そんな天井を突き抜けた先駆者がいる。代表がヒューレット・パッカード(HP)のカーリー・フィオリーナ元最高経営責任者(CEO)とインターネット競売大手イーベイのメグ・ホイットマン元CEOだろう

 「最強の女性経営者」と評されたフィオリーナさんは秋の米中間選挙で、カリフォルニア州の上院選に共和党候補として名乗りを上げた。ホイットマンさんは、シュワルツェネッガー同州知事の後任の共和党候補だ

 もたつく米国経済は、全米最大のカリフォルニアの復調に左右される。巨額赤字を抱える政府と、同州の財政再建も難問である。青い空が似合うカリフォルニアに暗雲がたれ込める

 「人生は選択肢だらけ。何かを選ぶために何かを捨てる。でも後悔しない」。フィオリーナさんの人生哲学だ。実業界の経験をアピールするカーリー&メグ旋風は、民主党オバマ政権に脅威となりかねない。

 7月26日付 編集手帳 読売新聞
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7.30.2010

学校教育の情報化、総合学習の時間を使い、命の大切さを考える授業・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 「白血病です。5年生存率は3割」。そう医師に告げられた新潟県長岡市の小学校教師水谷徹平さん(33)は、入院先の無菌病室と担任だった5年生の教室をテレビ電話システムでつないで授業をした

 闘病体験や命の大切さへの思い、みんなの手紙に励まされていることなどを話した。教室のスクリーンに大写しされる先生の姿を子供たちは真剣な表情で見つめた。快方に向かい、学校に戻れたのは奇跡と言えるだろう

 総合学習の時間を使い、水谷さんは命の大切さを考える授業を始めた。誕生と成長の過程を調べて自分史を作らせたり、稲作体験や食物連鎖の学習で「いただく命」を考えさせたり、緩和ケアに携わる医師に「生とシ」を語ってもらったり

 「命や生き方に対する子供たちの考え方が根本的に変わったと感じます」。3年にわたった「いのちの授業」の実践で、水谷さんは第59回読売教育賞を受けた

 テレビ電話授業は「学校にパソコンやプロジェクター、校内ネットワークがあったからできた」と水谷さん。学校教育の情報化が進む。無機的なハイテク機材が人と人の心をつなぐこともある。

 7月25日付 編集手帳 読売新聞
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7.29.2010

猛暑にはいつも厄介「ドッグデイズ」乗り切っていくしかあるまい・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 「土用」を英語で「ドッグデイズ」と言い表すことは、以前に和英辞典を引いて知っていた。どうして、“犬の日々”なのだろう

 きのう、所用があって東京モノレールの線路沿いに羽田空港の近辺を炎天下、ひと駅ぶんほど歩いた。整備工場らしき建物が並ぶのみで、身を寄せる日陰はなし、のどを潤す店も自動販売機もなし、いつしか舌を出して息をしているわが身を顧みて、英単語の成り立ちを想像した

 きょうは芥川龍之介の忌日にあたる。「あんまり暑いので、腹を立ててシんだのだろう」と述べたのは作家の内田百だが、芥川がみずから命を絶った83年前の気温は35~36度とか。午前中に各地で37度を超す今年は、それをもしのごう

 屋内にいても熱中症には油断ができず、海や川には事故の危険がつきまとい、猛暑にはいつも厄介な道連れがいる。飲む水、浴びる水と上手に付き合って、乗り切っていくしかあるまい

 われとわが身に気合を入れる号令がわりに、中村草田男の一句を。〈炎熱や勝利の如き地の明るさ〉。からだに障りさえしなければ、犬の物まねを競う夏らしい夏もいいものである。

 7月24日付 編集手帳 読売新聞
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7.28.2010

政権交代から【1年】365回の失望から成る期間『アクマの辞典』・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 皮肉屋のアンブローズ・ビアスは『アクマの辞典』で「知人」を定義して言う。〈【知人】金を借りるほどには親しいが、金を貸すほどには親しくない間柄の人〉。金銭に限らず、何の貸し借りにも間柄の親疎が影響する

 中国にとって、自民党政権下の日本は「知人」であったろう。こちらから円借款などを供与することはあっても、ここぞという場面で、あちらから力を貸してもらった記憶はあまりない

 民主党政権になって「知人」から「友人」に格上げされたか、と感じたのは昨年12月である。小沢一郎幹事長(当時)率いる総勢600人の“超特大”訪中団は破格の厚遇を受けた

 北朝鮮の後見役、中国の力を借りて拉致事件で圧力をかける――民主党政権が「友人」中国から拝借すべきは本来、そういう助力であり、一緒に記念撮影をしてもらう国家主席のお時間ではなかろう。新しい情報が得られなかった元北朝鮮工作員の日本訪問を実現させただけでは、仕事をしたことにはならない

 夏がゆけば政権交代から1年になる。拉致問題では辞典の言葉を忘れまい。〈【1年】365回の失望から成る期間〉

 7月23日付 編集手帳 読売新聞
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7.27.2010

“内助の功”男は女房にやりこめられて、いっそう強く見える・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 米連邦政府の特別捜査官を40年間にわたって務めた“強い男”ヘルツが、自宅に客を招いた席で、夫人にぽんぽんやりこめられる。マイケル・シェイボンの推理小説『ユダヤ警官同盟』(新潮文庫)の一場面である

 人間心理の機微をついた一節がつづく。〈冷酷非情な仕事人だった老人が、友人知人の前で古女房に頭があがらないところを見せる。おかげでヘルツは、なぜかいっそう強い男であるように見えた…〉(黒原敏行訳)

 働き盛りの菅首相は老人ではないし、伸子夫人も古女房呼ばわりは気の毒な若々しい女性とお見受けするが、ヘルツ夫妻式と呼んでいいだろう

 首相に辛口の論評をつづった伸子夫人の新著が話題になっている。「この人が総理大臣でよいのだろうか…」「(所信表明演説には)身内でも合格点をあげられなかった」等々。世間の目に夫の姿をより大きく強く映らせるための、これも技巧を凝らした“内助の功”に違いない

 家の外で強い男は女房にやりこめられて、いっそう強く見える。夫人にひとつ誤算があったとすれば、最近の菅さんが家の外であまり強そうでないことである。

 7月22日付 編集手帳 読売新聞
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7.24.2010

耳に痛い「国民負担」若い世代にツケを回すわけにいかない・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 世論は自ら痛みが伴うことへの実感が薄いと「エコは大事」程度の印象論で物事を判断しやすい。元通産官僚の澤昭裕氏が新著「エコ亡国論」で二つの世論調査のデータをもとに指摘している

 麻生政権の温室効果ガス「15%削減」目標について、A社の調査では「妥当」との回答が49%にのぼったが、設問で1世帯あたり年間7万円超の負担増になることに言及したB社の調査では、「厳し過ぎる」が58%と出た

 だからこそ政治家には、耳に痛い内容でも国民にきちんと説明する義務がある。澤氏はこう指摘し、「25%削減」目標を掲げる民主党が国民にどの程度の負担を強いることになるか、いまだ説明しないことを「国民負担を隠すほうが政治的に好都合、と考えているのか」と批判する

 これは消費税問題にもあてはまる。菅首相は「増税することで経済が成長する」などと、増税への反発をかわす意図が透ける発言を繰り返すより、「負担が増えても若い世代にツケを回すわけにいかない」と率直に語りかけるべきではないか

 民主党に求められるのは「国民負担を隠すほうが…」式の発想からの脱却だ。

 7月19日付 編集手帳 読売新聞
創価学会 地球市民 planetary citizen 仏壇 八葉蓮華 hachiyorenge

7.22.2010

救いようがない「おはせしか」などと敬語を使いたくもない・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 〈先生が瓜盗人(うりぬすっと)でおはせしか〉(高浜虚子)。瓜どろぼうを捕らえてみれば、「先生、あなたでしたか…」。つかまった先生のしょっぱい顔が浮かんできて、おかしい

 俳人の夏井いつきさんは著書『絶滅寸前季語辞典』(東京堂出版)に書いている。〈「瓜」なら盗んでいいとは言わないが、俳句にすらならないことをやってしまってはお仕舞(しま)いだ。「先生が暴行犯でおわせしか」では救いようがない〉と。その救いようのない先生が現実にいる

 先生が連続強カン(ごうかん)致傷犯で…いや、「おはせしか」などと敬語を使いたくもない

 東京・多摩地区で小学生の女児など5人が襲われた暴行事件は、東京都稲城市の市立小学校に勤務している男性教諭(29)の犯行であったという。警視庁の取り調べに対し、「4、5年前から、東京都内と神奈川県内で十数件やった」と供述している

 英文学者の外山滋比古(とやましげひこ)さんは小学生のころ、先生を神様のように思い、「先生もオシッコをするさ」と言う友達とけんかしたという。神様とは言わずとも、この教師も児童の目には仰ぎ見る存在だったろう。裏切られた児童も被ガイ者である。

 7月17日付 編集手帳 読売新聞
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7.21.2010

この世の名残に思い浮かべ、耳に残した音は、5歳の子・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 詩人まど・みちおさんに『まわって あそぼう』という一編がある。〈いそいで まわろう/ぐるぐる ぐるぐる/いそげば けしきも/おおいそぎ/ぐるぐる ぐるぐる/めもまわる〉

 遊園地のメリーゴーラウンドはいつも、幼い歓声に包まれている。日曜日の公園に行けば、お父さんやお母さんに抱き上げられ、ヘリコプターのプロペラのようにまわっている子がいる。「まわる」ことは子供たちにとって至福の時間のはずである

 その子もまわった。木馬の上でも、親が差し上げた腕の上でもない。洗濯機のなかである

 福岡県久留米市で、5歳の女の子、萌音(もね)ちゃんが母親に首を絞められてシ亡した。逮捕された母親(34)は、手足をひもで縛って洗濯槽に座らせるギャク待をしていたと供述し、「洗濯槽に水を入れてふたを閉め、スイッチを入れて回転させたことも何度か、あった」という。しつけのためだった、そう供述している

 シぬ間際、萌音ちゃんがこの世の名残に思い浮かべた景色は何だったろう。耳に残した音は何だったろう。洗濯槽の壁か。あの振動音か。どうか、ほかのものであってほしい。

 7月16日付 編集手帳 読売新聞
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7.19.2010

明日いかにならむは知らず今日の身の今日するわざにわがいのちあり・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 “残り時間”の過ごし方を綴(つづ)って忘れがたい文章がある。〈「いのち」の終りに三日下さい/母とひなかざり/貴方(あなた)と観覧車に/子供達に茶碗蒸(ちゃわんむ)しを〉(高知県・下元政代)。日本一短い手紙『一筆啓上賞』の秀作集にある

 残り時間が無情にも区切られるのは「いのち」だけではない。「ひかり」のときもある。いつ失明しても不思議でない――医師からそう宣告されたとき、人は何をするのだろう。その人は土俵に立つことを選んでいる

 この名古屋場所に力士としてデビューした大相撲の序ノ口西29枚目、「徳島」(15)(本名・田中司さん、香川県出身、式秀(しきひで)部屋)の記事を読んだ

 まだ有効な治療法のない目の難病、レーベル病によって徐々に失われた視力は現在、左目0・01、右目0・3、「目が見える限り、土俵に立ちたい」という。歴史学者、津田左右吉(そうきち)の歌を思い出す。〈明日いかにならむは知らず今日の身の今日するわざにわがいのちあり〉。その人には今日の突き一つ、押し一つが“わがいのち”に違いない

 今場所は中止でもいい、と考えたことがある。開催されてよかったと、いまは思う。

 7月14日付 編集手帳 読売新聞
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7.18.2010

傲りは厳禁“ねじれ国会”もっと謙虚におなりなさい・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 深海魚のからだは海底の大きな圧力に耐えられるようにできている。それがいきなり海面に浮上すると、外側の圧力が急に減るために、内臓が口から出てきたり、眼球が飛び出したり、悲惨な様相を呈するという

 “お天気博士”倉嶋厚さんの『季節おもしろ事典』(東京堂出版)に教えられた。長い野党暮らしから一夜にして政権与党に躍り出た政党も、海面に急浮上した深海魚に似ているだろう

 下積みの圧力から解放されて体内から飛び出すのは、内臓や眼球ではない。「傲(おご)り」である。秘書らが3人も逮捕・起訴されながら、党幹事長の要職にあった人がただの一度も国会の場で釈明していない事実ひとつにも傲りは見てとれた

 ああ、そうか、権力を持ち慣れない政党は、手にした権力をこんなふうに使うのか。もっと謙虚におなりなさい――それが参院選の民主党大敗に示された民意だろう。野党に協力を仰いで“ねじれ国会”を乗り切るつもりならば、傲りは厳禁である

 〈何となく自分をえらい人のやうに/思ひてゐたりき/子供なりしかな〉(石川啄木)。そろそろ、深海魚の子供は卒業していい。

 7月13日付 編集手帳 読売新聞
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7.17.2010

発言のブレ「下知、下知」有権者の不安が透けて見える・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 芝居の敵役に梶原景時(かげとき)がいる。嫌われる虫ゲジゲジは「下知(げじ)、下知」(命令、命令)と、彼が源氏の威光を背に威張り散らしたことに由来する、ともいう

 同じ源氏方に憎まれ役の景時がいたおかげで源義経がいっそう颯爽(さっそう)と映る。味方に引き立て役がいることの効用はかつて、小泉元首相が自民党内「抵抗勢力」を敵役にして人気を得たことでも分かる

 菅首相の引き立て役は小沢一郎氏だろう。政治資金疑惑で世の反発を買った氏と距離を置き、発足当初の菅政権は支持を集めた。“景時効果”である

 昨夜の開票結果を見れば、しかし、「颯爽」の賞味期限は短かったらしい。消費税発言のブレだけが原因ではあるまい。衆院の数の力を背に民主党は、国会での疑惑解明を望む世間の声を突っぱねた。このうえ参院でも数を握ることになれば政権が傲(おご)り、どんな無理難題の「下知、下知」が降ってくるか知れたものでない――有権者の不安が透けて見える

 小沢氏と距離を置いた末に選挙で苦戦した首相には、小沢グループからの風圧が強まろう。余談ながら義経は、引き立て役の景時に足を引っ張られて失脚している。

 7月12日付 編集手帳 読売新聞
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7.16.2010

失墜した信頼を取り戻せるか、明と暗も次々中継される・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 きょう夕刻から半日で三つの「戦(いくさ)」に臨む心境と言えば大げさか。野球にたとえれば「ダブルヘッダー」ならぬ「トリプルヘッダー」であろう。陣取る場所はテレビの前。酒肴(しゅこう)の準備も抜かりなく

 いきなり初戦の大相撲名古屋場所で出端(ではな)をくじかれそうである。取組数が減るのも痛いが、仕切りや花道での表情、呼び出しの声などが削られたダイジェスト番組はなんとも味気ない。お次は参院選の開票速報

 こちらは日本の未来や明日の生活を票に託した候補者に審判が下る。当落判定や開票状況が驚きの速さで伝えられ、現場の明と暗も次々中継されるから見ていて飽きない。気がつけば、欧州の強豪同士がW杯を争う決勝戦の笛

 米大リーグには最後のトリプルヘッダーとして1920年のパイレーツ、レッズ戦が記録されている。ラジオ放送は翌年からだから、1日3戦を生で味わったのは球場に足を運び、通しで見た熱心なファンのみである

 賭博絡みの八百長で8選手が永久追放になった「ブラックソックス事件」はその前の年。失墜した信頼を取り戻せるか、どこか名古屋場所に似たシーズンだった。

 7月11日付 編集手帳 読売新聞
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7.15.2010

能力を超えて千客万来を唱えても、不信感のほかには何も残らない・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 歌舞伎の初代中村吉右衛門は、何ごとにも神経の行き届いた人であったらしい。大切な手紙はポストに入れた後、相手宅に届く頃合いを見計らい、無事に着いたかどうかの確認に使いを出した、という挿話が残っている

 苦労性の播磨屋いまありせば、気をもみすぎて胃が痛くなったに違いない。日本郵政グループの宅配便「ゆうパック」で大幅な配達の遅れが起きて10日、混乱はようやく収まりつつある

 今月1日に日本通運のペリカン便と統合したのに伴い、慣れない情報処理端末で操作ミスが多発したのが原因という

 お中元の繁忙期に統合した判断は良かったか、遅配の発生から発表まで数日かかったのはなぜか、「顧客第一」の視点が欠けていなかったか…検証すべきことは多々あろう。お中元やお歳暮は、もらった相手のほころぶ顔を思い浮かべつつ品を選び、贈るものである。あとで弁償してもらっても、傷んだ食品に鼻をつまんだり、眉(まゆ)をひそめたりする顔を想像するのはつらい

 江戸川柳に〈千客万来みな来ると困る也(なり)〉とある。能力を超えて千客万来を唱えても、不信感のほかには何も残らない。

 7月10日付 編集手帳 読売新聞
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7.14.2010

子供たちの未来を左右する「負うた子」が教えてくれる道・・・ 編集手帳 八葉蓮華

三車火宅の八葉蓮華 「創価学会 仏壇」
7月9日付 編集手帳 読売新聞

 自分より未熟なものに教えられることもある、という意味で〈負うた子に教えられて浅瀬を渡る〉〈負うた子に道を教えられる〉という

 「なぜ、大タコが道を…?」。大学の先生に質問する学生がいたと、俳人の楠本憲吉さんがある対談で語っていた。浅瀬や道はともかくも、サッカーの勝敗を教えてくれるタコはいるらしい。ドイツの水族館にいる「パウル君」が話題になっている

 国旗を付けた二つの容器のうち、どちらの餌を選ぶか――その方法で、W杯南アフリカ大会のドイツの試合、6試合すべての勝敗を的中させた

 準決勝・対スペイン戦での敗退も見事に当ててしまったため、「サメが入った水槽に送れ」「パエリアにしろ」などと、八つ当たりの非難を一身に浴びているとか。予言者の受難だろう

 「スペイン―オランダ」の決勝戦がある11日(現地時間)は参院選の投票日にあたる。社会保障といい、財政再建といい、子供たちの未来を左右する1票になる。小さなお子さんのいる方はおんぶしてみるのもいい。背中に伝わる鼓動で、体温で、「負うた子」が教えてくれる道があるかも知れない。

 7月9日付 編集手帳 読売新聞
創価学会 地球市民 planetary citizen 仏壇 八葉蓮華 hachiyorenge

7.13.2010

野球賭博で揺れる名古屋場所「中継」すべてを引っくるめて大相撲・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 第38代横綱・照国は〈桜色の音楽〉と評された。仕切りを重ねるにつれて紅潮していく肌のことである

 テレビ放送が始まる直前に引退しているので、会場で観戦した人たちが口伝えに広めた異名だろう。高画質のカラー受像機が普及した今は、桜色に染まっていく肌の変化をテレビ桟敷にいて眺めることができる

 仕切りの時間も、土俵入りの化粧まわしも、場内のざわめきも、すべてを引っくるめて大相撲の楽しみとしてきたファンには残念だろう。野球賭博で揺れる名古屋場所をNHKが中継放送しないことを決めた

 警視庁は相撲部屋などを捜索し、野球賭博と暴力団の関係解明を急いでいる。「理事長代行」職に外部から人材を受け入れる人事に日本相撲協会が最後まで抵抗したように、事ここに至っても親方衆が本気で角界を浄化する意思があるのか疑わしい。公共放送として中継の中止はやむを得ない判断であったろう

 当代にも横綱・白鵬関や大関・把瑠都関のように、染まりゆく肌の美しい人がいる。〈桜色の音楽〉とはお別れになる。「しばしの…」か「永(なが)の…」かは、協会の心がけ次第である。

 7月8日付 編集手帳 読売新聞
創価学会 地球市民 planetary citizen 仏壇 八葉蓮華 hachiyorenge

7.11.2010

バクチはよしなよ。名前の通り、大相撲が朽ち果てる・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 どこからか、年代物の太鼓を仕入れてきた道具屋に、口うるさい女房が悪態をつく。「おお汚い、そんな太鼓が売れるものかい。まったく、お前さんときた日にゃ…」。落語『火焔(かえん)太鼓』である

 黙って受け流し、太鼓に積もったほこりを払おうとする亭主に、女房から二の矢が飛ぶ。「およしよ、ほこりがなくなりゃ、太鼓もなくなっちまうよ…」

 落語の女房ならば、言っただろう。「ウミを出し切りゃ、日本相撲協会がなくなっちまうよ…」。リンチあり、大麻あり、暴力団に特別席をあてがう親方あり、野球賭博の大関あり――角界の一部にウミがあるのではなく、角界とはそもそもウミで出来ているのではないか、そう思ったのは一度や二度ではない

 きのう、開催が一時は危ぶまれた名古屋場所の番付が発表された。解雇された大関琴光喜のほか、謹慎によって休場する力士は幕内・十両で10人を数える。面白い土俵の望みようがない

 落語『三枚起(さんまいき)請(しょう)』で、棟梁(とうりょう)が若い衆に言う。「バクチはよしなよ。名前の通り、場で朽ちるっていうぜ」。“次”は個々の親方、力士で済まない。大相撲が朽ち果てる。

 7月6日付 編集手帳 読売新聞
創価学会 地球市民 planetary citizen 仏壇 八葉蓮華 hachiyorenge

7.10.2010

監督が毎年交代する有り様「世界を驚かす」外交も見てみたい・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 一流のサッカーの魅力は芸術的な個人技と知的な組織力の融合だろう。競技規則は17条しかない。ルールが単純で、プレーの自由度が高い分だけ、戦術と技術の独創性が勝負を分ける

 国を背負って、個人と組織の総合力で戦う点では、外交も共通している。日常の社交はパス回しに徹すれば良いが、ギリギリの交渉では、体を張ったプレーが求められる

 外交がサッカーと違うのは、妥協が付き物なことだ。9対1や8対2でなく、6対4の勝利を目指す。ベテラン外交官は「双方が『6対4で得をした』と自国に説明できる合意が理想」と語る。そこが戦争と決定的に異なる

 2002年の小泉訪朝では、解決が困難と見られていた日本人拉致問題を、交渉の土俵を広げ、「将来の経済協力」を取引材料にする「独創性」によって打開した。同様の手法が、解の見えない米軍普天間飛行場の移設や北方領土の問題に応用できるのかどうか

 日本外交は近年、監督が毎年交代する有り様で、存在感が薄い。選手も「待ちの姿勢」が目立つ。だが、そろそろ反転攻勢に転じる時だ。「世界を驚かす」外交も見てみたい。

 7月5日付 編集手帳 読売新聞
創価学会 地球市民 planetary citizen 仏壇 八葉蓮華 hachiyorenge

7.08.2010

「横に走る涙」どんなときに、もう若くないという感じを抱きましたか・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 女優の吉永小百合さんはある対談で、「どんなときに、もう若くないという感じを抱きましたか」という質問を受けて、答えたという。「涙が真っすぐに流れないで、横に走ったときです…」と

 歌人の河野裕子さんが『横に走る涙』と題するエッセーに、〈女優でなければできない表現だろう〉と書いている(砂子屋書房、『河野裕子歌集』所収)

 当方は女性ではないが、この答えにはうなずく。いつ頃からだろう。顔の造形上の変化なのか何なのか、言われてみると、読書やスポーツ観戦の折々に催す涙は確かに横に走っている

 マウスのオスは涙でメスを口説くらしい。オスの涙腺から分泌される「ESP1」という物質がメスの脳を刺激して交尾を促進することが、東原和成・東京大学教授(応用生命化学)などの研究で明らかになった。オスが仕掛けても10回に9回は断るメスが、この物質を与えると2回に1回は受け入れたという

 「横に走る涙でも、まだ使えるかしら?」と身を乗り出したあなた、残念でした。人間にはESP1の遺伝子がないので、縦でも横でも“泣き損”という。念のため。

 7月3日付 編集手帳 読売新聞
創価学会 地球市民 planetary citizen 仏壇 八葉蓮華 hachiyorenge

7.07.2010

「文月」うるはしくかきもかかずも文字はただ読みやすく・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 志ん朝、談志、円楽といった面々がのちに巣立っていく『若手落語会』などを企画し、“天才プロデューサー”とも呼ばれた湯浅喜久治(きくじ)は繊細な美意識をもつ人だったらしい。悪筆をめぐる挿話を、作家の安藤鶴夫が『巷談(こうだん) 本牧亭』(河出文庫)に書き留めている

 へたな自分の字を見るのが我慢ならず、字のうまい友人をまめに訪問してはメモを読み上げ、自分の手帳に自分のスケジュールを書き入れてもらっていたというから、相当なものだろう

 書き始めた手紙を途中で読み返し、お粗末な字を恥じてペンを投げ出す――悪筆を口実に不義理を重ねてきた身を省みて、湯浅氏に共感を覚えぬでもない

 陰暦7月の異称「文月(ふみづき)」は一説に、七夕の竹に付ける文(ふみ)が語源という。手紙にゆかりの深い月である。夏休みを前に行楽の日程を立てはじめた方もおられるに違いない。自分のことを棚に上げて申すなら、旅先から絵はがきを出す用意に、住所録を旅装に加えるのもよろしかろう

 〈うるはしくかきもかかずも文字はただ読みやすくこそあらまほしけれ〉。明治天皇の作と聞く。小欄推奨“今月の歌”である。

 7月2日付 編集手帳 読売新聞
創価学会 地球市民 planetary citizen 仏壇 八葉蓮華 hachiyorenge

7.06.2010

おびえるほどの緊張と、運の非情と、それがPK戦らしい・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 サッカーのPK戦をめぐる印象深い挿話がある。20年前のW杯イタリア大会、イビチャ・オシム監督率いるユーゴ代表の対アルゼンチン戦である。退場者とゴールキーパーを除く9人の中からPKを蹴(け)る5人を選ぶとき、7人が監督に申し出たという。「私を外して」

 蹴る5人を決めると、オシム監督はプレーを見ずにロッカールームへ消えた。「(PK戦は)クジ引きみたいなものだから」。そう語ったと、木村元彦氏の著書『オシムの言葉』にある

 おびえるほどの緊張と、運の非情と、それがPK戦らしい。南アフリカ大会の8強入りをかけたパラグアイ戦で女神は日本に微(ほほ)笑(え)まなかった

 敗退の瞬間、不運にもPKを外した駒野友一選手が泣きじゃくり、その肩をこれも涙の松井大輔選手が抱き、岡田武史監督が抱いた。開幕前は酷評もされた彼らには、寄り添う互いの体温だけを頼りに風の冷たさに耐えた日もあったろう。勝利より深く胸を刺す敗北の情景もある

 戦争にまつわる用語をスポーツに持ち込むのは趣味に反するが、「戦友」という言葉がこれほど似合う集団をほかに知らない。ありがとう。

 7月1日付 編集手帳 読売新聞
創価学会 地球市民 planetary citizen 仏壇 八葉蓮華 hachiyorenge

7.05.2010

蒙御免「ごめんこうむる」相撲協会を信じては裏切られてきた・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 大相撲の番付には〈蒙御免〉と書いてある。「ごめんこうむる」と読み、許可を得た、の意味になる。お奉行の許可なしには興行ができなかった昔の名残という

 「蒙昧(もうまい)」という言葉があるように、「蒙」の字には「こうむる」以外に、「おろか」の意味もある。野球賭博事件が発覚した当初、厳重注意で済まそうとした日本相撲協会である。名古屋場所の番付に載る〈蒙御免〉は「おろかで、ごめんね」という謝罪文に読めるかも知れない

 相撲協会は、外部の調査委員会が「名古屋場所(7月11日初日)開催の条件」として提示した勧告の受け入れを決めた

 幕内だけでも7人の力士が休場し、大嶽(おおたけ)親方(元関脇・貴闘力(たかとうりき))は解雇か除名、武蔵川理事長を含む親方12人が謹慎――これだけの不祥事を「厳重注意」で幕が引けると考えた相撲協会の“常識欠損病”は重篤である

 リンチ事件でもう懲りたかと思い、大麻事件で自覚したかと思い、暴力団の絡んだ「維持員席」事件で反省したかと思い、そのたびに相撲協会を信じては裏切られてきた。大相撲が滅んでから、「おろかで、ごめんね」と謝られても遅い。

 6月29日付 編集手帳 読売新聞
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7.03.2010

普段は至難の業でも、心の浮き立つ目的があれば楽々やってのける・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 和歌山県に伝わる民謡という。〈思(おも)て通えば五尺の雪も/えらい霜じやと/言(ゆ)て通ふ〉(岩波新書『折々のうた7』)。惚(ほ)れた相手のもとに通う道ならば、背丈ほどの積雪も苦にならない。「すごい霜だわね」と

 人は現金なもので、普段は至難の業でも、心の浮き立つ目的があれば楽々やってのける。きのうは朝まだきにパチッと目覚め、「毎朝こうなら、学校に遅刻しないのに…」と、お母さんをあきれさせた人もいただろう

 午前3時半のキックオフで平均視聴率30・5%、瞬間最高は午前4時58分の41・3%という

 サッカーのワールドカップ南アフリカ大会で、日本はデンマークを破り、決勝トーナメント進出を決めた。本田圭佑、遠藤保仁両選手の芸術的なフリーキックに、相手の猛攻を防ぐ守備陣の体を張ったプレーに、誰もが睡魔の忍び寄るスキもない至福の時間を過ごしたはずである

 強豪のひしめく決勝トーナメントで、岡田武史監督が目標に掲げるベスト4入りは仰ぎ見る高峰に違いない。29日のパラグアイ戦を前にしての景気づけに、「えらい地べたの出っ張りじゃ…」とつぶやいてみる。

 6月26日付 編集手帳 読売新聞
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7.02.2010

ことばは考えるために役立つが、人々を考えなくさせるためにも役立つ・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 よく見聞きする「目からウロコが落ちる」という表現は新約聖書に由来する。日常語として定着したのはそう昔ではなく、戦後のことという

 「魚類や爬虫類(はちゅうるい)ではあるまいし、人間に、ましてや目に、ウロコがあってたまるものか」と、言語学者の田中克彦さんはこの表現になじめなかったらしい

 皆が使い慣れ、聞き慣れた今、ウロコを詮索(せんさく)する人はいない。聞き慣れた言葉には注意せよと、田中さんは言う。〈ことばは考えるために役立つが、人々を考えなくさせるためにも役立つ〉と(岩波現代文庫『法廷にたつ言語』)

 思考を妨げる言葉の一例はスローガンだろう。民主党が圧勝した昨年衆院選の「政権交代」は分かりやすい反面、有権者が公約の中身を一つひとつ吟味するのを邪魔したうらみもなしとしない。参院選が公示された。勇ましいスローガンは消え、「消費税」「普天間」「政治とカネ」などを争点に、与党野党が政見の中身を競う。耳をすまし、考える、本来の国政選挙らしい選挙になりそうな気配である

 日本には今、何が必要か。有権者の目から積年のウロコが落ちるような舌戦を待つ。

 6月25日付 編集手帳 読売新聞
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6.29.2010

総額開示で事足りる「そねむ心」を煽られて溜め息をつくぐらいなら・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 堀口大学に『座右銘』という詩がある。〈暮しは分(ぶん)が大事です/気楽が何より薬です/そねむ心は自分より/以外のものは傷つけぬ〉

 株主ではなし、株を持つ予定があるでもなし、その会社にかかわりのない身で気分がふと沈むのは「そねむ心」のせいなりや? …と、詩人に問うてみる

 報酬1億円以上の役員の氏名や報酬額を開示するよう、金融庁が上場企業に義務付けたのを受けて、ぽつぽつと公表が始まっている。日産自動車カルロス・ゴーン社長の場合は8億9000万円だとか。そもそも、個人名まで明かさせる必要がどこにあるのだろう

 株主の利益を損なうほど高い報酬をもらっていないか、そのチェックならば個別開示ではなく、従来の総額開示で事足りる。嫉妬心(しっとしん)はときに「正義」の仮面をつけて現れるというが、情報開示の徹底という金融庁の正義にも仮面の下の顔がないかどうか。旦那(だんな)、のぞいてみたら面白いよ――“のぞき窓”の前に立たされ、心卑しい客として扱われているようで愉快ではない

 「そねむ心」を煽(あお)られて溜(た)め息をつくぐらいなら、知らずにいるのが幸せなこともある。

 6月24日付 編集手帳 読売新聞
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6.28.2010

組織を“砂上の楼閣”に変えるのも人、チーム内の不協和音に怒り心頭・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 英国の哲学者、フランシス・ベーコンの言葉にある。〈卵焼きを作るためだけであっても、家を燃やしかねないのが、極端な利己主義者の本性である〉と(岩波文庫『ベーコン随想集』)

 サッカーW杯のフランス代表に当てはめれば、「卵焼き」は監督以下、各人のメンツ、燃えた「家」はファンの夢と希望かも知れない。仏紙『レキップ』がチーム内の不協和音に怒り心頭に発した記事を掲載している

 いわく、〈エゴの塊であるドメネク監督と、そしてそれを上回ったエゴイストの選手たちを笑い飛ばそう〉(本紙特約)

 監督を侮辱した選手を仏サッカー連盟が追放したことが亀裂の始まりという。抗議する選手たちは練習をボイコットした。選手は監督に従わない。監督は監督で、「占星術で選手を選考した」などと奇矯な発言をする。練習拒否を非難する連盟は監督を信頼しているのかと思えば、すでに監督の後釜を決定済みという。何が何だか分からない

 人は石垣、人は城…というが、組織を“砂上の楼閣”に変えるのも人だろう。よその食卓ながら、火事場で調理した卵焼きの味は何ともほろ苦い。

 6月22日付 編集手帳 読売新聞
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6.26.2010

「より小さな悪」政治に成熟したリアリズムが求められている・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 国際政治学者で東工大教授だった永井陽之助さんが吉野作造賞を受賞して論壇に華々しくデビューしたのは、1967年のことだ。非武装平和主義やマルクス主義がまだ論壇で優勢だった当時、対抗する現実主義の立場から斬新な政治理論を展開して反響を呼んだ

 菅首相は、所信表明演説の中で今は亡き永井教授との交流にも触れ、「現実主義を基調とした外交」を推進したいと語った。意外に思った人も多かっただろう

 東工大の紛争で学生側のリーダーだった菅氏は、学長補佐の永井教授と対峙(たいじ)し、やがて親しくなる。古今の哲学からアインシュタインの物理学まで視野に入れた華麗な理論に惹(ひ)かれて行ったようだ

 政治の世界では一挙に問題が解決できるという「全能の幻想」や「ユートピア思想」は危険だ。「より小さな悪」を選択しなければならない――。“永井政治学”は、政治が利益調整のアート(術)であることも強調した

 普天間問題で幻想をふりまいた鳩山前首相にこそそのまま贈るべき言葉だろう。菅内閣の今後は未知数だが、政治に成熟したリアリズムが求められていることは間違いない。

 6月21日付 編集手帳 読売新聞
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6.25.2010

庭に水、新し畳に、伊予すだれ、透綾(すきや)縮みに、色白のたぼ・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 涼しいものを並べた江戸期の俗謡がある。〈庭に水、新し畳に、伊予すだれ、透綾(すきや)縮みに、色白のたぼ〉

 「伊予すだれ」は伊予(いまの愛媛県)のゴキダケ(御器竹)で編んだすだれのことで、きわめて薄い絹の縮み織り「透綾縮み」とともに、暑気を払う頼みの品であったらしい。最後の「たぼ」とはもともと、日本髪の後ろに張り出した部分を言い、転じて若い女性を指す

 身辺に目をやれば、水を打つ庭はなく、伊予すだれや透綾縮みには縁がなく、色白のたぼは影さえ見えない。ジトジト、ベタベタ、うっとうしい濁点が身を離れない梅雨のさなかである

 きょうに限って言えば、列島から梅雨どきの濁点を吹き飛ばしてくれるかも知れない“涼”の種が夜に控えている。サッカー・ワールドカップ(W杯)南アフリカ大会で日本代表が強豪オランダと対戦する。勝てば、決勝トーナメント進出の切符に指先がかかる。日本時間で午後8時半のキックオフを、朝から待ちかねている人もいるだろう

 今宵(こよい)限定の俗謡として、〈風呂上がり、手には盃(さかずき)、冷や奴(やっこ)、青、青、青、青、勝ち点は3〉と詠んでみる。

 6月19日付 編集手帳 読売新聞
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6.24.2010

拍手を送った思い出、胸を熱くした記憶が色あせていく・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 力士が用いる感謝の表現は普通、「ごっつぁん」である。元横綱大鵬の納谷幸喜さんはこの言葉が嫌いで、部屋の若い者に使わせなかった。「ありがとう」と言え、と。自伝『巨人、大鵬、卵焼き』(日本経済新聞社)に書いている

 相撲部屋という特殊な世界に閉じこもることなく、社会常識を身につけた力士たれ――との教えであったろう。娘婿として大鵬部屋を受け継いだその人は、心も受け継いでいたかどうか

 元関脇貴闘力(たかとうりき)の大嶽(おおたけ)親方(42)が警視庁の事情聴取に野球賭博への関与を認めたという。暴力団の資金源とも言われる賭博に手を染めていた人に、社会常識の在処(ありか)を問うのもむなしい

 多くの人が10年前の春場所を記憶にとどめていよう。幕内の最下位、負け越せば十両陥落どころか引退必至の瀬戸際で貴闘力関は悲願の賜杯を手にし、史上初の“幕尻優勝”にファンは喝采(かっさい)した。謹慎中の琴光喜関(34)が3年前、年6場所制のもとでは最年長の31歳で大関に昇進したときも、遅咲きの大輪に心から拍手を送った思い出がある

 ひとつ、またひとつ…テレビ桟敷で胸を熱くした記憶が色あせていく。

 6月18日付 編集手帳 読売新聞
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6.22.2010

連載開始から28年余、4コマ漫画「コボちゃん」の妹は「実穂」・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 〈フネさんはいくつでワカメ産んだのか〉。女性が詠んだ現代川柳の秀作集『女の一生』(仲畑貴志編、毎日新聞社)で見つけた一句である

 テレビアニメ『サザエさん』に登場する磯野家の母フネさんは物腰が落ち着いている。小学3年生であるらしい末娘ワカメちゃんとの年齢差に興味をひかれての作だろう。長い歳月を共にするうち、架空の世界に住む人々にも実在の人物に抱くのと変わらぬ関心がわくものらしい

 連載開始から28年余、本紙の4コマ漫画『コボちゃん』(植田まさし作)の田畑家も虚実の境に住み始めたようである。第2子の名前を募ったところ、4万通を超す応募があったという

 それが使命ではあるのだが、新聞には、なかでも連載漫画の載る社会面には、喜怒哀楽の「怒」と「哀」を盛る器のようなところがある。ここ数日の東京本社版を見ても、横浜市内の女子高校で授業中に生徒が同級生を刃物で刺した事件があり、口蹄疫(こうていえき)の感染拡大があり、現役大関が手を染めた野球賭博がある

 コボちゃんの妹は「実穂(ミホ)」と命名されたという。“喜楽欠乏症”を癒やす、かわいい妙薬だろう。

 6月17日付 編集手帳 読売新聞
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6.21.2010

「再発防止」「ウミを出し切る」、幾度、一からの出直しを誓っただろう・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 先月、大相撲夏場所のテレビ中継に、〈テッポウ禁止〉の張り紙がちらりと映った。花道の奥、通路の壁である。突きの稽(けい)古(こ)をテッポウという。皆して突けば壁がもたないので禁じたのだろう

 日本国語大辞典(小学館)は『鉄砲』の項に、本来の武器としての鉄砲や相撲の稽古と並べて、「うそ」という語義を載せている。昔は「誓って鉄砲は申しませぬ」などと用いたらしい

 大関、琴光喜関(34)のテッポウにはがっかりした。「知りません」は、うそだったという。野球賭博に手を染めていたことを認め、名古屋場所の休場と謹慎を申し出た

 琴光喜関を含む相撲界の29人が野球賭博に関与したことを認めている。日本相撲協会は怒髪天を突く様子…かといえば、さにあらず、調査の手法といい、公表の形といい、内聞に済ませたい意図が露骨である。川端達夫・文部科学相から「協会に適切な対処は望めない」と見限られたのだから、始末に負えない

 やれ「再発防止」の、やれ「ウミを出し切る」のと、幾度、一からの出直しを誓っただろう。協会首脳陣の口もとにも〈テッポウ禁止〉の張り紙が欲しい。

 6月16日付 編集手帳 読売新聞
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6.20.2010

ショットガン「奇兵隊内閣」パスに失敗すれば、楕円球は予想外の方向に転がる・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 アメリカンフットボールに「ショットガン」と呼ばれる戦法がある。司令塔クオーターバックが何人もの選手を一斉に走らせロングパスを狙う。縦横無尽に駆け抜ける選手たちは散弾銃の弾が飛散する様子に確かに似ている

 どの選手にボールが来るか分からないから守りにくい。だが、攻撃がもたもたすれば突進してくる相手に潰(つぶ)される。パスの出し手と受け手が一瞬のタイミングを計る判断が勝負を分ける

 新政権を「奇兵隊内閣」と名付けた菅首相の勝機は思い切ったパスを繰り出せるかどうかにかかる。就任会見直前、閣僚に面談して指示を出したのも“菅主導”を意識してのことだろう

 鳩山チームは閣僚の暴走に司令塔が右往左往するばかりで、剛腕コーチの無理な作戦もたたり世論の猛タックルに見舞われた。普天間、財政再建、政治とカネ。新政権の対戦相手は強豪ぞろいだ。パスに失敗すれば、楕円(だえん)球は予想外の方向に転がる

 <わかってくれとは言わないが、そんなに俺が悪いのか>。首相がカラオケで十八番の『ギザギザハートの子守唄』をやけっぱち気味に歌う日が来ないとも限らない。

 6月14日付 編集手帳 読売新聞
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6.19.2010

満身創痍の一人旅「はやぶさ」黙々と航海を続け人気は急上昇・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 今ごろ「はやぶさ」はどのあたりを飛行中か。つい天空のさらに奥を見上げてしまう。大気圏突入で探査機本体は燃え尽きる。母が捨て身で子を守ったかのように、直径40センチのカプセルだけが今夜、オーストラリアの砂漠に落下する

 地球を離れ7年。エンジンや姿勢制御装置の故障、燃料漏れに通信途絶、はやぶさは満身創痍(そうい)の一人旅だった。「くしゃみ一つで危篤に」「動いている方が奇跡的」。過去記事で読む研究者の発言も悲観的なものが多い

 一度の失敗にめげず、小惑星イトカワに再着陸を試みた。採取した砂を持ち帰ってくれるかもしれない。故障で絶体絶命のピンチとなった時は太陽電池パネルを使って宇宙ヨットに変身し、生き延びた。帰還が3年延期になっても黙々と航海を続けた

 その健気(けなげ)さに、はやぶさ人気は急上昇、ネット上にファンサイトも登場した。「冷たいビール」は、先日ソユーズ宇宙船で帰還した野口聡一さん。はやぶさに言葉があれば、「後継機をぜひ」などと言うのではないか

 サッカーW杯の「初戦勝利!」は明日夜のお楽しみ。今夜は、南半球からのもう一つの朗報を待つ。

 6月13日付 編集手帳 読売新聞
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6.17.2010

悔いの種をまき散らしながら、人は生きていく・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 正の10を、10個集めると100になる。負の10同士を掛けても100になる。〈答えは同じでも、正を積み重ねた100には陰翳(いんえい)がない〉。異端の技法をも大胆に用いて“負数の王”と呼ばれた歌人、故・塚本邦雄氏の言葉である

 悔いの種をまき散らしながら、人は生きていく。まれに正数を積み重ねたような、挫折を知らぬ人に接したときに薄っぺらな印象を受けるのは、陰翳が欠けているからだろう。悔恨あっての、負数あっての人生である

 川崎市で中学3年生の男子生徒(14)が自サツした。いじめられた友人を救えなかったことを悔やむ遺書があったという

 詳しいことはまだ分かっていないが、友をいたわって自身を責め苛(さいな)んだとすれば、気持ちのやさしい、正義感の強い少年であったろう。生きて欲しかった

 「日本一短い手紙」の秀作集から引く。〈あのとき/飛び降りようと思ったビルの屋上に/今日は夕陽(ゆうひ)を見に上がる〉(中央経済社刊)。心の傷口から血の噴き出す経験をした人だけが、眺めることができる。負の陰翳を身に刻んだ人の目にだけ映る。そういう美しい夕陽が、きっとあるものを。

 6月11日付 編集手帳 読売新聞
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6.15.2010

「時の記念日」美しい時計の持ち主は、するりと逃げるのが巧みである・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 一読しただけでは意味の分からない、判じ物のような歌がある。〈六円(まる)く四八は瓜子(うりざね)五と七は卵形にて九ツは針〉。いかがでしょう

 明るさの変化に連れて刻々と姿を変える猫の瞳孔から時刻を割り出す、そのコツを詠んだ歌という。四ツ、八ツ、九ツといった数字はそれぞれ時刻を指し、針や卵形は瞳孔の開き具合を表す。江戸期の作であるらしい

 その昔、豊臣秀吉の朝鮮出兵には猫が時計代わりに連れて行かれたと伝えられる。従軍した猫たちにすればいい迷惑だったに違いないが、古今東西を見渡せば、あの宝石のような目はこの世で最も美しい時計だろう

 せせこましい暮らしをしている身ゆえ、「時の記念日」にはいつも、人をせかせるように動く時計の秒針に目がいく。今年に限って猫の時計が思い出されるのは、その目のように発言内容がくるくる変わる首相を見送って間もないせいかも知れない

 朝、駅に向かう途中の駐車場に顔見知りの家なし猫がいる。時計を見せてもらおうと近づいたら、さっと車の下に隠れた。美しい時計の持ち主は、するりと逃げるのが巧みである。時の流れにも似て。

 6月10日付 編集手帳 読売新聞
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6.12.2010

すべての都道府県名が常用漢字で書けるようになる摩訶不思議な区分け・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 〈星と月以外、何物をも持たぬ沙漠(さばく)の夜…〉は、井上靖の詩『漆胡樽(しっこそん)』の書き出しである。井上文学に現れる「さばく」はほとんどが「沙漠」であって、「砂漠」ではない。「砂漠」よりも感じとして粒子の細かい「沙漠」の手触りを作家は愛したか

 〈唄(うた)のほうが歌よりも軽く小さく、どこか投げやりで、その分哀(かな)しい〉。著書『マイ・ラスト・ソング』(文芸春秋)で「歌」と「唄」の手触りを語ったのは作家の久世光彦さんである

 日本語のもつ豊かさも、ひとつには、この微妙で陰翳(いんえい)に富んだ“手触り”にあるのだろう

 文化審議会が「俺(おれ)」や「鬱(うつ)」など196文字を常用漢字表に追加するよう、文部科学相に答申した。「沙」や「唄」も晴れて常用漢字の仲間入りをする。とはいえ、〈串(くし)といふ字を蒲焼(かばやき)と無筆(むひつ)よみ〉と江戸川柳にあるように、読めないと昔は笑われた「串」の字がようやく追加されることを思えば、常用漢字の門戸開放は遅々たる歩みだろう

 「岡(おか)」「熊(くま)」「阪(さか)」などが今回追加され、すべての都道府県名が常用漢字で書けるようになるそうな。常用漢字とは摩訶(まか)不思議な区分けではある。

 6月8日付 編集手帳 読売新聞
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6.11.2010

理想家肌“頭でっかち政権”は約8か月の短命に終わって・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 船の重心が高い位置にある状態を指して「トップヘビー」という。頭でっかちでバランスが悪く、揺れたときの復元力が弱い。高波を受けて転覆することもある

 「鳩山丸」の転覆もトップヘビーが招いた災いであったろう。脳内に愛用の言葉〈思い〉が詰まりすぎてか、あるいは、頭上に最高実力者の幹事長を重石(おもし)に戴(いただ)いてか、見ていて首が気の毒になる“頭でっかち政権”は約8か月の短命に終わっている

 新しい首相に菅直人氏が選出された。鳩山首相を理想家肌の「頭」の政治家とすれば、菅氏は薬ガイエイズの実績が示すように「手足」も伴う政治家といわれる。小沢一郎氏という頭上の重石も外し、重心を低くしての船出になる。まずは、景気と普天間の高波に操船の腕前が試されよう

 〈宰相が国なげだしぬくらげなす漂へる国いづち行くらむ 稲城市 山口佳紀〉。以前、『読売歌壇』で読んだ一首である。A氏、F氏、別のA氏、H氏、「宰相」とはさて誰を指すでしょう――という船長の名前当てクイズをつくることもできる

 不名誉な解答の選択肢に、新首相は「K氏」を付け加えてはいけない。

 6月5日付 編集手帳 読売新聞
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6.09.2010

普天間移設「そうなればいいな」と祈っていただけ・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 評論家で小児科医の松田道雄さんが『病気とまじない』という随筆に書いている。〈医学とまじないが違うのは医学には誇りがあることだ。人間の苦しみは人間の力で治すしかほかはない〉と

 名医を古い言葉で「国手(こくしゅ)」という。もとは「国を医する名手の意」(広辞苑)ならば、政治家も誇り高き医者だろう。鳩山首相が思いやりの深い人柄であるのは認める。今更ながら、医者よりも祈祷師(きとうし)に近い資質が玉に瑕(きず)として惜しまれてならない

 普天間飛行場を最低でも県外に移して沖縄の負担を和らげ、移設先の地元も快く受け入れ、米国も満足して日米の絆(きずな)は揺るぎもない…

 その願いは申し分ないとして、かなえるために首相は何をしただろう。目を凝らした精密検査もせず、投薬の処方も知らず、事態を切り開くメスをみずから執らず、「そうなればいいな」と祈っていただけのように映る。本物の医者を呼べ――の声が世に充満し、退陣という形で病室を追われたのは致し方ない

 難問の普天間移設は鳩山氏のもとで「超」難問に姿を変え、宿題として次の首相に引き継がれる。まじない政治の罪の重さよ。

 6月3日付 編集手帳 読売新聞
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6.07.2010

「うりはり」残り少ない時を刻む、秒読みのせわしなさが漂う・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 まだお目にかかったことはないが、広い世間には月日の姓がある。四月一日(わたぬき)さん、八月一日(ほずみ)さん、八月十五日(なかあき)さん…

 六月一日は、「うりはり」さんと読むらしい。阿部達二氏の随筆集『歳時記くずし』(文芸春秋)によれば、〈瓜(うり)の実が張ってくるからというが、むしろ瓜割りで成熟して実が割れてくる、あるいは割ると食べごろという説のほうが納得がいく〉。初夏の風が匂(にお)うような姓である

 5月末、5月末、5月末…政権を浮揚させる呪文(じゅもん)のように繰り返し語ってきた鳩山首相に、迎えた「うりはり」は誤算だらけだろう

 本紙の世論調査では、「普天間」の迷走で内閣支持率は19%に下落し、首相の退陣を求める人は59%にのぼる。社民党の連立離脱で瓜は割れ、割れて食べごろの政権に野党はよだれを催している。民主党内からも首相の続投に異論が聞こえはじめた

 珍しい姓には「十二月晦日」(ひづめ)さんというのもある。師走の晦日(みそか)で日が押し詰まった意味だとか。残り少ない時を刻む、秒読みのせわしなさが漂う。誰かさんになぞらえているわけではない。

 6月1日付 編集手帳 読売新聞
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6.05.2010

人も組織も国家も、懐が寂しくなれば寛容な心まで失いがち・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 「夏休み中遊び呆(ほう)けていた生徒たちが、新学期を前にあわてて宿題をしている」。フランスのテレビで識者がそんなコメントをしていた。怠け者は欧州各国政府、宿題は積もり積もった財政赤字の削減である

 スペインが公務員給与の5%削減、イタリアは3年間据え置きを発表した。フランスは退職年齢の引き上げを検討している。ギリシャの財政危機が引き起こしたユーロ圏の大混乱が目覚まし時計になったのだろう

 ユーロに加入していない英国でも、新政権が取り組んだ最初の仕事は歳出削減だった。財布のひもが堅くなると、景気に悪影響が及ぶだけではない。人の心まで頑(かたく)なになるように見える

 フランスやベルギーでは今、イスラム教徒の女性が顔を覆う衣装を着て公の場に出るのを禁じる法律が出来つつある。オランダでは「反イスラム」を掲げる右翼ポピュリズム政党が支持を広げている。世界的金融危機の影響が深刻だったハンガリーでは、少数民族排斥を唱える極右政党が第3党になった

 人も組織も国家も、懐が寂しくなれば寛容な心まで失いがちになる。分かってはいても、やりきれない。

 5月31日付 編集手帳 読売新聞
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6.04.2010

「罪の子」米国にも沖縄にも八方美人の愛想を振りまいた首相・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 別離を宿命づけられた恋を顧みて、ヒロイン聡子が恋人・清顕に告げる。〈私たちの歩いている道は、道ではなくて桟橋ですから、どこかでそれが終って、海がはじまるのは仕方がございませんわ〉。三島由紀夫の『春の雪』である

 連立政権を組む政党はときに、恋人同士にもたとえられる。鳩山政権が歩いてきたのも桟橋だったろう。安全保障の考え方が違う者同士、行き止まりになるのは分かっていたはずである

 首相が社民党党首の福島瑞穂消費者相を罷免した。米軍普天間飛行場を「辺野古」に移す政府方針に従わないためである

 混乱の責任が、米国にも沖縄にも八方美人の愛想を振りまいた首相にあることは誰もが認めるだろう。それにしても、である。首相と福島氏はこれまで、米軍の抑止力や移設先の地政学的な条件について膝(ひざ)詰めで語り合ったことが一度でもあったか。桟橋を道に変えようとしたか

 〈君も罪の子 我も罪の子〉は与謝野晶子が詠んだ恋歌の下の句だが、ただ漫然と桟橋を歩き尽くした鳩山、福島両氏はともに「罪の子」に違いない。桟橋の端から望む政局の海は霧の中である。

 5月29日付 編集手帳 読売新聞
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6.02.2010

天の下の不平等「男は顔じゃない」苦情を言うすべもない・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 井沢満さんのドラマシナリオ『夜に抱かれて・終章』(角川書店)に印象深いセリフがある。〈男だって、若さよ、顔よ。男は顔じゃない、なんて絶対、男が言い出したことだよね〉

 テレビでは渡辺えりさんが演じた気のいいホステス畝子(うねこ)の言葉である。いまの法律や法令も多くが男の手でつくられたせいか、なかには暗に「男は顔じゃない」と語っている規定もある

 勤務中のけがで男性の顔に傷が残った場合、現在の労災規定では女性より低い等級の障ガイ認定しか受けられない。女性のほうが精神的な苦痛が大きいから、という

 法の下の平等を定めた憲法に違反するとして男性(35)が訴えていた裁判で京都地裁はきのう、性による差別は「著しく不合理で違憲だ」とする判決を言い渡した。「男は顔じゃない」は座右の銘としては捨てがたいが、法律に定めてもらうことでもなし、まあ穏当な判断であろう

 ふと、職場のテレビに目をやれば、中年の渋い二枚目俳優が映っている。「法の下の不平等」は法廷で正せても、「天の下の不平等」は神様に苦情を言うすべもない。容貌(ようぼう)とは、ままならぬものである。

 5月28日付 編集手帳 読売新聞
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6.01.2010

テレビ観戦「相撲見」元気な姿を伝えるビデオレター代わり・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 キュウリとカボチャが相撲見物に行く。木戸番の言うことには、キュウリに相撲は見せられるが、カボチャには見せられない。―キュウリのスモミは聞いたけれど カボチャのスモミはわしゃ知らぬ…

 「酢もみ」(酢の物)に「相撲見」を掛けている。相撲甚句とは違って、客の素性に文句をつける木戸番はいないが、暴力団のスモミに現役の親方が関与していたとすれば見過ごせない

 本来は日本相撲協会の後援者に割り当てられる無料特別席のチケットが暴力団に流れていた。土俵そばのテレビに映りやすい席で、刑務所でテレビ観戦をする組員に向けて組幹部が元気な姿を伝えるビデオレター代わりに使われていたらしい

 チケットを仲介した2人の親方は「知人から頼まれた」「暴力団に渡るとは思わなかった」などとして癒着を否定しているが、相撲界では現役の大関が暴力団の野球賭博をめぐる週刊誌報道を受けて、警視庁から任意で事情を聞かれたばかりである

 口蹄疫(こうていえき)の感染防止で散布されたように、酢には消毒効果があるという。協会は相撲界の隅々まで「酢もみ」の消毒を急がねばならない。

 5月27日付 編集手帳 読売新聞
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5.30.2010

技術で勝っても、事業で負ける「殿さまの茶わん」使いやすくて、しかも安い・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 喜んで使ってもらえる製品を作るため、大切なこととは何か。小川未明の童話「殿さまの茶わん」は、作る人の「しんせつ心」だと説く

 薄くて上品な茶わんを焼く腕利きの陶器師が、殿さまの茶わん作りを命じられ、透き通るほど薄い高級品を納めた。後日、殿さまに呼ばれた陶器師は、おほめの言葉を期待したが、用件は苦情だった

 薄いため、持つ手が熱くてかなわないという。「いくら上手に焼いても、しんせつ心がないと、なんの役にもたたない」と諭され、陶器師はありふれた厚手の茶わんを作る普通の職人になった

 経済産業省がまとめた「産業構造ビジョン」は、日本企業の課題として「技術で勝っても、事業で負ける」ことを挙げた。日本製品は性能はいいが、あれもこれも機能をつけて価格が高い。得意だった薄型テレビも、割安な韓国製などに押されている

 人口の減少で、これから日本の消費市場は小さくなる。かわりに、商品を買ってくれそうなのは、アジアの中流層の人々だ。使いやすくて、しかも安い…彼らが求めているのは、そんな厚手の茶わんのような日本製品なのかもしれない。

 5月24日付 編集手帳 読売新聞
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5.28.2010

不快に感じた市民からの苦情「ヒゲの禁止」厚い面の皮を突き抜いて生える・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 スペインの画家、サルバドール・ダリはピンと上を向いた独特のヒゲでも知られた。なぜ、その形に? 旅行家の兼高かおるさんは面会した折に尋ねてみたという

 〈宇宙と交信するアンテナである〉。そう答えたと、本紙連載『時代の証言者』で回想している。おしゃれのつもりが不興を買うことも時にはあり、宇宙はともかくも世間との交信がむずかしいのがヒゲかも知れない

 群馬県伊勢崎市が職員にヒゲの禁止を通達した。不快に感じた市民からの苦情がきっかけだそうで、役所内の規則としてはめずらしいという

 昔は政治家が好んでたくわえたもので、伊藤博文や田中正造、尾崎行雄などの顔がすぐに浮かんでくるが、昨今の永田町ではあまり見かけない。くるくる変わる軽い言葉がわざわいして人気の凋(しぼ)んだ人もたまには、世論との交信用にダリ流のアンテナを立ててみてはいかがだろう

 古いなぞなぞを。「世界で最も硬いもの、なあんだ? 答えは、あなたのヒゲ。びっくりするほど厚い面の皮を突き抜いて生えるから」。毎朝、重労働に耐えている誰かさん愛用のヒゲそり刃に同情を寄せておく。

 5月22日付 編集手帳 読売新聞
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5.26.2010

犯罪のカタログのような国「辻斬」各国協調の仕置きが欠かせない・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 室町時代の書物『尺素往(せきそおう)来(らい)』に、当時のならず者を列挙した一節がある。いわく〈山賊。海賊。勾引。辻斬(つじぎり)。追落…〉

 勾引(ひとかどい)は「だまして、あるいは暴力で人を連れ去ること」、追落(おいおとし)は「往来の人を脅して追いかけ、その人が落とした財布を奪うこと」をいう。前者は拉致そのものであり、後者は、核で脅しをかけて近隣諸国から金品を引き出す手口に似ている

 犯罪のカタログのような国の、今度は「辻斬」である。46人がシ亡した韓国海軍の哨戒艦沈没事件で、韓国の調査団は北朝鮮の魚雷攻撃が原因と断定した

 韓国政府は国連安全保障理事会で制裁を求めるという。憤る韓国世論が北朝鮮の挑発に乗せられないようにするためにも、各国協調の仕置きが欠かせない

 時代劇にはときに、辻斬りの下手人が権門に連なる身分であるために裁きの手が及ばない、という筋立てがある。北朝鮮の後ろにも、陰に陽にかばってくれる国際政治の顔役が兄貴分として控えている。中国をいかにして包囲網に引き入れるか。鳩山政権がみずから任じる“親中”の真贋(しんがん)が問われることにもなる。

 5月21日付 編集手帳 読売新聞
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5.25.2010

逆へ、逆へ。熟慮も要らず、勉強も要らず、楽ちんには違いない・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 何年も前のこと、若い人が書いた文章の「真逆に言えば…」という表現にとまどったことがある。「真逆」に仮名を振るとすれば「まさか」だが、それでは意味が通らない

 「正反対」の意味で「まぎゃく」と読むらしいことを、いまは知っている。見聞きはしても自分では使うことのない言葉だが、鳩山首相の政治信条はひょっとしてこの2文字に尽きるのではないか、と思うときがある

 何も深く考えず、とにかく自民党政権がしたこと、決めたことの逆へ、逆へ。前政権が右を選んだから左へ走り、前を選んだから後ろへ動く。熟慮も要らず、勉強も要らず、楽ちんには違いないが横着きわまりない。その弊害が「普天間」に表れた

 自民党政権下でまとめられた現行案と大筋で同じ案をもとに、政府は最終調整に入るという。「最低でも県外だ」「埋め立てでなく、杭(くい)打ち桟橋だ」と、前政権の向こうを張って逆へ、逆へ走ってはみたものの、失敗でした――という白旗に等しい

 首相は例のごとく、「現行案しかないと、勉強して分かりました」とでも答えるのだろうか。真逆ね。読みは「まさか」である。

 5月20日付 編集手帳 読売新聞
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5.23.2010

〈if=もしも…〉人生にも、命にも、生活にも、危険はついて回る・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 life〈人生〉、その中に大きなif〈もし〉あり――とは、文芸評論家、巌谷大四さんの随筆集『おにやらい』(三月書房)の一節である。英語の「ライフ」には「人生」のほかに、「命」や「生活」という意味もある

 人生にも、命にも、生活にも、危険はついて回る。危険の芽生えを見つけたときに「まあ、大丈夫だろうさ」とタカをくくらず、〈if=もしも…〉と最悪の事態をも想定して対処することが危機管理の要諦(ようてい)であろう

 被害が爆発的に拡大した宮崎県内の家畜伝染病「口蹄疫(こうていえき)」で、国の対応は果たして万全であったか

 最初の疑い例が確認されたとき、農林水産省は事態を楽観していたと聞く。赤松農相が「自分が行くと騒ぎが大きくなる。感染はほぼ1か所に抑え込めている」と現地入りを見送り、外遊に出発したこともそれを裏付けている。「私のやってきたことに反省するところはない」。きのうの記者会見でそう語った

 サツ処分される家畜11万頭余の命があり、畜産農家の生活と人生がある。幾つもの〈life〉をずたずたにされた人々の耳に、大臣の声はどのように届いただろう。

 5月19日付 編集手帳 読売新聞
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5.22.2010

汗と愛情をもって成した王国が土台から崩れていくような焦燥の中に・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 歌人の岡野弘彦さんが一昨年、本紙に寄せた新春詠の一首がある。〈すさのをも大国主も 常(つね)わかく をとめを恋ひて 国成しにけり〉。神話の主人公ではないが、「常わかく」「国成しにけり」はその牛にもあてはまる。思えば、ここも神話のふるさとである

 人間の年齢にすれば80歳を超えるまで現役の種牛として働き、最高品質の子牛ばかり約22万頭を生み出した。名を「安平(やすひら)」という。宮崎県をブランド牛の王国に押し上げた立役者である

 21歳、人間ならば100歳ほどの高齢となった今は現役を退き、のんびり草を食(は)む静かな余生を送っていた。その“伝説の種牛”もサツ処分されるという。家畜の伝染病、口蹄疫(こうていえき)が宮崎県で猛威を振るっている

 県内でサツ処分される家畜は8万5000頭におよぶ。5年ごとに催される和牛のオリンピック「全国和牛能力共進会」で3年前には、9部門中7部門で首席を獲得した宮崎牛である。畜産農家の人々は、汗と愛情をもって成した王国が土台から崩れていくような焦燥の中にいよう

 県が、政府がシに物狂いで疫病を封じ込めねば、農家の流した涙が報われない。

 5月18日付 編集手帳 読売新聞
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5.21.2010

花ビジネス、ケニア産の薔薇、知名度が高くないことが悩み・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 生まれたばかりの美の女神ヴィーナスを祝福し、西風の神のゼフィロスが薔薇(ばら)の花を吹きかける。15世紀の巨匠ボッティチェリが、「ヴィーナスの誕生」で描いた世界である

 ギリシャ神話では、ヴィーナスと同じように美を象徴するアフロディテが誕生した時、薔薇の花が創生されたと言われる。ルネサンス期の名画は、そんな神話に由来する

 欧州では当時、中東の薔薇が有名だったらしいが、現在、欧州向けの薔薇の主要輸出国は赤道直下のケニアである。乾期と雨期が明瞭(めいりょう)で、少し冷涼なアフリカのサバンナ気候が栽培に適している

 そのケニアが今、最も注目しているのが日本市場だ。外貨獲得の柱と期待し、切り花の輸出を拡大している。しかし、知名度が高くないことが悩みという

 薔薇を天井から吊(つる)し、その下での話は秘密にしたローマ時代の逸話が残る。「薔薇の下で」が「秘密に」という意味にもなった。日本がODA(政府開発援助)で支援してきたケニアが、花ビジネスで自立できれば、日本の貢献にも花が咲くことだろう。ケニア産の薔薇の魅力を「薔薇の下で」とは言わせたくない。

 5月17日付 編集手帳 読売新聞
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5.20.2010

生きているうちに「いのちを守りたい」会期は残り1か月・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 戦後、酷寒のシベリアで多大な苦難を強いられた元抑留者にとっては、ようやく山の頂が指呼の間に見えてきた思いであろう。平均年齢は85歳を超す。「生きているうちに」の叫びにも切実さが募る

 特別給付金を元抑留者に支給する法案が今国会に議員立法で提案され、成立する見込みだという。抑留期間に応じて25万~150万円が支給される。抑留の実態調査や遺骨収集など総合対策を政府が講じる方針も盛られる

 元抑留者たちが求めてきたのは、過酷な強制労働の報酬に相当する国家補償である。だが、国相手に未払い賃金の支払いを求めた長い裁判闘争は敗訴で終結した。旅行券や銀杯交付という慰謝事業も元抑留者たちの怒りを買っただけだった

 6年前から、抑留問題解決のための法案を度々国会に提出してきたのは民主党である。幹事長時代の鳩山首相が、国会で法案の重要性を訴える趣旨説明をしたこともある。政権交代で期待は高まったが、今度は党と政府、議員間の調整で手間取った

 会期は残り1か月。郵政改革法案など波乱含みだ。「いのちを守りたい」と語る首相の対応やいかに。

 5月16日付 編集手帳 読売新聞
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5.19.2010

「してきたこと」を見ず、「いま現在」のみを論じる、残酷な仕打ちはあるまい・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 加藤嘉(よし)さん演じるところの老人「辻本」が言う。〈人間は、してきたことで敬意を表されてはいけないかね? いまは耄碌(もうろく)ばあさんでも、立派に何人かの子供を育てた、ということで敬意を表されてはいかんかね?〉と

 かつて放送された山田太一さん脚本のテレビドラマ『男たちの旅路』の一場面である。「してきたこと」を見ず、「いま現在」のみを論じることほど、高齢者に残酷な仕打ちはあるまい

 少し前、「後期高齢者」という官製用語が世の人々から反発を受けたのも、この言葉に辻本老人の言う「敬意」がみじんも感じられなかったからだろう

 各政党で参院選に向けた政権公約づくりがヤマ場を迎えている。景気、雇用などとともに、高齢者が相応の敬意を表されながら安心して暮らせる社会保障の仕組みをこしらえることも公約の柱になる。財源の裏付けとして避けて通れない消費税率の引き上げと、正対するのか、逃げるのか――で、政権を担う覚悟のほどが測れるかも知れない

 ドラマが放送されたのは30年ほど昔である。はらわたを搾るように辻本老人の発した問いは、いまも生きている。

 5月15日付 編集手帳 読売新聞
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5.17.2010

たとえ何であれ、褒められて“褒めあげ商法”胸に留めておきたい注意書き・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 浄瑠璃の女師匠が弟子を褒める。あんさん、お声がよろしいなあ。「おらあ、声だ」。悪声の弟子は節回しを褒める。「おらあ、節だ」。声も節も良くない弟子は語りの妙を褒める。「おらあ、語りだ」

 どれもこれも駄目な弟子は、長いこと座っていてしびれない足を褒める。「おらあ、足だ」。上方落語『猫の忠信』である。浄瑠璃の稽古(けいこ)で足を自慢する人もなかろうが、たとえ何であれ、褒められて悪い気はしない

 才能が認められて胸が弾む、そうした心理につけ込む不届き者もいる。“褒めあげ商法”というらしい

 「見事な作品ですね」。短歌や俳句、絵画などを趣味にする高齢者に電話をかけて褒めちぎり、書籍に掲載するよう勧誘する。承諾すると、後日、多額の掲載料を請求してくる手口が多い。狙い撃ちされたのか、承諾約20件、計400万円もの支払いを求められた人もいるという

 〈役者コロすにゃ刃物は要らぬ、ものの三度も褒めりゃいい〉。俳優がちやほやされて芸が落ちるのを戒めたのは劇作家の菊田一夫だが、〈蓄え枯らすにゃ…〉と読み替えて、胸に留めておきたい注意書きである。

 5月12日付 編集手帳 読売新聞
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5.15.2010

W杯23人全員がハードワークをする日本人らしいサッカー・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 蠅(はえ)というのは気の毒な虫で、良く言われることはあまりない。「蠅が灯心を使うよう」とは無力であることの例えであり、しつこくつきまとう若者は江戸の昔、「蠅若衆」と呼ばれて嫌われてもいる

 「その君たちをお手本に…」と言われたのだから、不遇の蠅たちにとってきのうは一世一代の佳(よ)き日であったろう。サッカーのワールドカップ(W杯)南アフリカ大会に出場する日本代表選手23人を発表した岡田武史監督の言葉に「蠅」が出てきた

 〈蠅がたかるように何度もボールを奪いにいく運動量がチームの長所であり、全員がハードワーク(重労働)をする日本人らしいサッカーしかない〉と

 日本では古来、広虫、虫麻呂と、人名にも用いるなど、虫の霊力を尊んできた。蠅のようにたかり、蝶(ちょう)のようにかわし、蜂のようにゴールを刺す変幻自在の虫になるならば、欧州や南米の強豪勢も手こずることだろう

 大会が幕ひらくころ、日本は梅雨である。しばらく遠のく青空に代わり、地上に躍動する“サムライ・ブルー”の青地のユニホームが目を楽しませてくれる日を、いまから胸をときめかせて待つ。

 5月11日付 編集手帳 読売新聞
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5.14.2010

予算配分「ジェンガ」財政難から年を追うごとに減っている・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 積み上げた木片をひとつずつ順番に抜き取って、崩した人が負け。パーティーの定番ゲーム「ジェンガ」である。すかすかになっても何とかバランスを保っているので、順番が来るたびに抜き取る時の緊張が増す

 まるでジェンガのよう…と形容したくなるのが、潮流や水温の変化、プランクトンの多寡など海洋データの収集活動だ。水産試験場の海洋調査予算は、都道府県の財政難から年を追うごとに減っている

 10年前と比べて予算が半分以下の試験場もあり、黒倉壽・東大教授は「海洋データ存続の危機」と警告する(海洋政策研究財団ニューズレター232号)

 地方分権の思わぬ副産物でもあるらしい。予算配分を自治体の裁量に任せたことで、地方経済の活性化に結びつかない海洋調査は、いまや「最も削減されやすい支出項目」(黒倉教授)という

 データは漁業や海洋環境の研究に欠かせない。調査の粗さから信頼性を損ねてしまえば、長年蓄積したデータとの比較も困難になる。ジェンガのように崩れる時はあっという間だ。海洋立国の足元がぐらついていることに政府は危機感を高めるべきだ。

 5月10日付 編集手帳 読売新聞
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5.13.2010

日本列島の光の中に“世話焼き”現実は必ずしも笑顔で満ちてはいない・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 〈地球はね 笑顔がつまった 星なんだ〉。こどもの日から11日まで続く児童福祉週間の標語だ。滋賀県に住む小学6年生が作った

 ママさん宇宙飛行士の山崎直子さんも、天空から見た日本の夜景に感動したという。日本列島の光の中には星空を見上げて「山崎宇宙飛行士のようになりたい」と目を輝かせる大勢の少年少女がいた。かつての自分と同じ、夢見る笑顔を感じたのかもしれない

 親の世代が生き生きと活躍し、その姿に憧(あこが)れる子供たちがまた羽ばたいていく。そんな笑顔と夢のリレーが続く社会でありたいと願う

 現実は必ずしも子供たちの笑顔で満ちてはいない。孤立した子育て家庭が増え、児童ギャク待事件も相次いでいる。昔ならば地縁血縁が受け持っていた“世話焼き”の機能を、どう補えばよいのだろう。鳩山政権は「子供政策にもっとお金をかけよう」と言うけれど、巨額の子ども手当を最優先にしたままでは、他の施策にお金が回るとの期待感がわいてこない

 児童福祉週間の後半、そして母の日。親子の笑顔を世の中にあふれさせるにはまず何をすべきか。鳩山さんに熟考してもらいたい。

◆5月9日付 編集手帳 読売新聞
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5.12.2010

劇団民芸の北林谷栄さん「おばあさん」を演じ、至芸の高みを極めた人なればこそ・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 ばあさまが山に捨てられることになり、せがれに背負われて深い深い山にのぼったそうな。ばあさまをそこに置いて帰りかけたせがれはおりる道を見失う。仕方なく、いま捨てたばかりの母親のもとに戻り、たずねた。どうすべえか

 ばあさまは言ったそうな。「おめえの背中にぶっつわりながら、道みち、枯れ枝をおっくじいて道しるべにしてきたから、それをたよりにけえれや…」と

 東北地方に伝わる民話を本で読んだのは、いつだったか。知らず知らず、ばあさまの顔がその人の顔になり、その人の声でばあさまの言葉を聴いていたのを思い出す

 そういう幻影も、30歳から「おばあさん」を演じ、至芸の高みを極めた人なればこそだろう。劇団民芸の北林谷栄さんが98歳でシ去した。朝市で見かけた行商の婦人が着ている服をその場で買い取ったり、歯を6本抜いて表情を変えたり、役にのめり込む執念の逸話も残っている

 「妣」という字がある。漢和辞典に「生前は母、死後は妣という」とある。銀幕の、テレビの北林さんにどれだけの人が亡き母の面影を重ねただろう。妣の後ろ姿を、そっと見送る。

 5月8日付 編集手帳 読売新聞
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5.09.2010

ご機嫌をとる時代ではあるまい、大事に至る前に、火消しできる双方のチャンネル作り・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 上海万博が始まった。10月末の閉幕まで、何かと中国に世界の耳目が集まるのだろう。大阪万博や愛知万博などを経験した日本にすれば、素直に開催を祝いたいが、そうばかり言っていられない事情もある

 中国艦艇10隻の軍事演習の件である。沖縄本島沖での公海上の出来事だが、日本は中国の艦載ヘリが異常接近したと抗議した。これに対し、中国は公海上の演習を執拗(しつよう)に監視する方に問題がある、と反発した。このまま行けば日中双方で気まずい思いだけが残る

 120年余り前、清国の丁汝昌・提督率いる北洋艦隊が、7千トン級の軍艦を旗艦として、長崎港に寄港した。当時の日本海軍には3千トン級が1隻あるだけ。日中海軍力の差は歴然としていた

 上陸した水兵たちが粗暴な振る舞いを引き起こしたものの、当時の明治政府は「腰を低くして清国艦隊のご機嫌をとり、清国水兵と衝突しないよう一般市民に指示した」(石光真清著『曠野の花』)という。世に言う「長崎事件」だ

 今はどちらかが、ご機嫌をとる時代ではあるまい。大事に至る前に、火消しできる双方のチャンネル作りが急務だろう。

 5月3日付 編集手帳 読売新聞
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5.07.2010

郵政改革、民間と競争するなら本来は民営化するのが筋・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 〈少々づゝの金子を預かって下さるとの事ですが利足(りそく)が一年三分とは何とあんまり安くは御座(ござ)いませんか〉〈十銭二十銭の小額から預かり、利足まで下さるとは誠に有(あ)り難(がた)いと存じます〉

 小紙創刊から半年、135年前に早くも読者の間で紙上論争があった。1875年(明治8年)のきょう5月2日に取り扱いが始まった、郵便貯金をめぐる投書である

 察するに、前者はかなり裕福な人で、後者は当時の平均的な庶民だろう。その頃、家の貯えは箪笥(たんす)や壺(つぼ)の中にあるのが普通だった。年利3%は他の貸し借りと比べて確かに低かったようだが、まだ民間銀行が少ない時代に広く貯蓄習慣を植え付けた

 鳩山政権の目玉の一つ郵政改革法案が閣議決定され、郵貯の預け入れ上限額が2000万円まで拡大される見通しだ。老後の不安が尽きない現代、庶民もそれくらいの貯金が必要ということなのだろうか

 明治には少なかった民間金融機関と競争するなら本来は民営化するのが筋だが、その実行期限は白紙らしい。この“改革”に、平成の庶民からも〈誠に有り難い〉と投書が来るかどうかは、まだ分からない。

 5月2日付 編集手帳 読売新聞
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5.06.2010

煙を愛する人「無煙たばこ」喫煙場所が年々減っていくなかで・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 女と男の会話から。「返事に困ると、たばこ、すうのね」「『ノオ』の時は、尚更(なおさら)ね」「便利なものなのね、たばこって」「そうでなきゃ、こんなに売れないよ」。向田邦子さんのシナリオ『家族熱』(新潮文庫)の一節である

 世のなかは返事に困る会話、「ノオ」と答えたい場面の連続だろう。たばこを吸わない人からは「甘ったれるな」という声が聞こえそうだが、喫煙場所が年々減っていくなかで愛煙家はイライラを募らせているらしい

 そういう人のために、日本たばこ産業(JT)は今月、煙の出ない「無煙たばこ」をまずは東京で売り出すという

 香りを楽しむ「嗅(か)ぎたばこ」の一種で、周囲の迷惑する受動喫煙の心配はない。禁煙の準備運動として使うこともでき、いいことずくめのようだが、「煙を愛する人」と書く愛煙家の反応には予測がつかない面もある

 映画の名せりふをもじり、著書に「紫煙・カムバック!」と書いたのはエッセイストの阿奈井(あない)文彦さんだが、この新商品を試した人が紫煙に告げる言葉はさて、どちらだろう。〈カムバック!〉でなく〈グッドバイ!〉であることを祈る。

 5月1日付 編集手帳 読売新聞
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5.05.2010

いまの世に欠けている「希望」今日よりも明日、明日よりもあさって・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 きみの部屋にオバケはいないかい? その歌は問いかける。オバケは名前を「ムカシ」という。都はるみさんの『ムカシ』(詞・阿久悠、曲・宇崎竜童)である

 〈こいつにうっかり住みつかれたら/きみも駄目になってしまうぞ/何故(なぜ)ってそいつはムカシ話で/いい気持ちにさせるオバケなんだ…〉。現実から目をそむけて、遠い日の感傷に逃避するなかれ、という教えだろう

 作詞した阿久さんはかつて本紙の連載『時代の証言者』で、「いい時代があったとすれば昭和30年代に入ったころでしょう」と語っている。ムカシとはその頃を指すのかも知れない

 まだ多くの人がマズしかったが、今日よりも明日は暖かく、明日よりもあさっては明るいと、信じることができたのは確かである。親類の小学生に将来、何になりたいかを聞いたら、「正社員」と答えた――今年1月、本紙の『気流』欄に載った読者の投稿にそうあった。いまの世に欠けているものを一つだけ挙げるとすれば「希望」であろう

 阿久さんに叱(しか)られるのは覚悟のうえで、昭和のムカシと差しつ差されつ、世の行く末を語らってみたい夜もある。

 4月29日付 編集手帳 読売新聞
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5.03.2010

四十八茶百鼠「起訴相当」白と黒、どちらの極に動いていく・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 〈四十八茶百鼠〉とは、茶色や鼠(ねずみ)色(灰色)の種類が多彩であることを言い表している。日本人の繊細な美意識から生まれた言葉だろう。灰色には白に近い「銀鼠(ぎんねず)」があれば、黒に近い「蝋色(ろいろ)」もある

 その人が身にまとう疑惑はさて、これから白と黒、どちらの極に動いていくのだろう。政治資金の不正処理事件で東京地検が不起訴処分(嫌疑不十分)にした小沢一郎・民主党幹事長について、検察審査会はきのう、「起訴相当」とする議決をした

 小沢氏にしてみれば「銀鼠にあらず、蝋色なるべし」と指さされたも同然だが、何より不可解なのは事ここに至るまで、ご当人が疑惑を“脱色”する懇切な説明を拒んできたことである

 土地購入に充てた4億円の出どころをめぐる小沢氏の説明は二転三転している。最初は「政治資金」と言い、やがて「銀行融資」に変わり、最後は「個人資金」に落ち着いた。その都度、何を根拠に発言してきたか、それを明かすだけでも身の灰色を淡くできるだろうに、しない

 色調のやや暗い「消炭(けしずみ)色」も、灰色の仲間である。政治不信の消炭に火がついてから慌てても遅い。

 4月28日付 編集手帳 読売新聞
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5.02.2010

80歳、傘寿を迎えた「氷川丸」市民や観光客に親しまれている・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 〈母は/舟の一族だろうか/こころもち傾いているのは/どんな荷物を/積みすぎているせいか〉――詩人の吉野弘さんは『漢字喜遊曲』でうたった。舟を女性名詞に分類している外国語は少なくないが、漢字の場合は「母」と姿かたちがよく似ている

 ―嵐も吹けば雨も降る/女の道よ なぜ険し…かつての流行歌『ここに幸あり』(詞・高橋掬太郎(きくたろう)、曲・飯田三郎)の一節はその“女性”にもあてはまる

 横浜港のシンボル「氷川丸」が80歳を迎えた。戦前は豪華客船、戦時中は負傷兵を運ぶ病院船、戦後は引き揚げ船と、傾くほどに重い「歳月」という名の荷物を背負った女性であり、母であろう

 横浜―シアトル航路の貨客船に復帰して引退し、いまは山下公園に係留されて市民や観光客に親しまれている。子供のころに遠足などで立ち寄り、しゃれた船室のたたずまいに触れ、あるいは機関室そばの油のにおいをかいで、はるか洋上に空想の船旅をした人も多いはずである

 もうすぐ5月の連休、傘寿を迎えたその人を訪ねてみるのもいい。嵐に吹かれ、雨にも降られた遠い昔語りを聞かせてくれるだろう。

 4月27日付 編集手帳 読売新聞
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5.01.2010

「思い」信頼に足るパートナーであることを行動で示す必要がある・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 日米関係に強い逆風が吹いている時だからこそ、6、7年前の黄金時代が思い出される。「小泉・ブッシュ」の個人的な信頼関係を基礎に、「戦後最良」と称されていた

 日本側にとって対米交渉は楽だった。「課長から局長、次官、閣僚、首脳と、上に上げれば、最後は小泉・ブッシュの協議で日本の主張が通ると日米双方が分かっていた」。複数の外交官が証言する。「だから米側はその前段階で妥協してきた」

 米軍普天間飛行場の移設先や、海兵隊のグアム移転の費用負担の交渉で米側が譲歩したのは、その実例という。それほどワシントンでは大統領の権限は絶対で、大統領の盟友の「小泉カード」が強力だった

 残念ながら今はその逆で、鳩山首相はオバマ大統領との会談もままならず、その影響で実務者級の協議も低調だ。外交は、結果重視の冷徹な世界だ。小泉元首相は、インド洋やイラクへの自衛隊派遣という重い決断をすることで米国の信頼を勝ち得た

 鳩山首相がその口癖の「思い」を伝えるには、信頼に足るパートナーであることを行動で示す必要がある。八方美人では「片思い」に終わる。

 4月26日付 編集手帳 読売新聞
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4.30.2010

雨宿りに表へ出ていく、麗しい互助精神に気が滅入る・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 雨漏りのひどいビン乏長屋を、住人が陽気に嘆く。〈こないだの大雨ン時なんぞはね、家ン中にいらンねえの。「おい、みんな、雨宿りしようぜ」ッてんで「うわァッ」と表へ駆け出したもんです…〉。落語『長屋の花見』である

 雨宿りに表へ出ていく、これも一例かも知れない。党を飛び出して新党の結成へ、自民党で有力議員の離脱が相次いでいる

 党内屈指の政策通で貴重な「柱」の与謝野馨氏が抜け落ちたのにつづき、党内きっての幅広い人気を誇る「外壁材」の舛添要一氏も剥(は)がれた。自民党長屋の傷みは目を覆うばかりである

 衆院選に惨敗し、自民党はみずから何を改め、どう生まれ変わったか――答えに窮しよう。改築や修繕を怠った咎(とが)めが離党の雨漏りである。〈長屋が風で飛ばないように、私ら重石(おもし)の代わりに住んでるの〉とは落語の一節だが、谷垣禎一総裁も“重石代わり”の異名をもらわぬよう気合を入れ直さねばなるまい

 それにしても、である。政権党は政策の迷走に次ぐ迷走で野党第1党を助け、野党第1党は実力者の離脱に次ぐ離脱で政権党を助ける。麗しい互助精神に気が滅入(めい)る。

 4月24日付 編集手帳 読売新聞
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4.25.2010

攻守に精彩を欠き、進退に誰ひとり口を差し挟めぬ・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 〈ボクサーはいいよな〉と渥美清さんは語ったという。〈タオルを投げてくれる人がいるからね。役者は自分で投げなきゃならないから〉。親交のあった永六輔さんが自著に書き留めている

 自分でタオルを投げる孤独な決断をするのは、役者だけではあるまい。ここにもいる。プロ野球・阪神、金本知憲選手(42)の「連続試合フル出場」の世界記録が1492試合で途切れた

 右肩の故障で攻守に精彩を欠き、このままでは結束して優勝を目指すチームに迷惑がかかる。「先発から外してほしい」。みずから監督に懇請したという

 自分の個人記録よりもチームが勝つために――1500試合の節目までわずか8試合を残して偉大な連続記録を断ち切る決断は、本人の申し出なくしては監督やコーチも容易になしえなかっただろう。途切れることによって、その途切れ方によって、いっそう光り輝く記録もある

 進退に誰ひとり口を差し挟めぬ実力と実績をもつ人が、わが手でわが身にタオルを投げられるかどうかで、その人物の器量が試される。チームの足を引っ張る政界の誰かになぞらえているわけではない。

 4月20日付 編集手帳 読売新聞
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4.24.2010

海上境界線をめぐる対立、太陽は隠れ、北風が強まっている・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 近着の韓国紙で、先月26日の韓国海軍哨戒艦「天安」の沈没によるシ者・行方不明者46人の顔写真を見た。大半が20歳代の若者だ。前途をたたれた本人や残された家族の気持ちを考えると、痛ましい

 なぞの爆発で、船体はまっぷたつに割れた。艦内爆発か、それとも機雷や魚雷攻撃によるものなのか。憶測が飛び交う中、艦尾部分が引き揚げられ、調査団は「外部爆発の可能性が高い」と発表した。一日も早い原因究明が待たれる

 沈没の現場は朝鮮半島の西側に広がる黄海で、北朝鮮のすぐ沖合に浮かぶ韓国領の小島のそばにある。この海域はワタリガニの漁場として知られているが、海上境界線をめぐる対立から南北の衝突が起きている。軍艦艇の交戦で、11年前には北朝鮮の魚雷艇が、8年前には韓国の高速艇が沈没した

 その記憶もあってのことだろう、韓国では北朝鮮の関与説が大きく報じられている。6月の漁期が近づけば、緊張が高まる恐れもある

 韓国から北朝鮮の名勝地・金剛山への観光も、観光客射サツ事件後は中断した。朝鮮戦争勃発(ぼっぱつ)から間もなく60年。太陽は隠れ、北風が強まっている。

 4月19日付 編集手帳 読売新聞
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4.22.2010

火星に人類が一歩・足跡を刻むころ、人類の英知はどんな答えを・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 別の惑星から来た知的生命体と出会った最初の人物に10万フランを贈る。パリの新聞が懸賞を出したのは、100年ほど前のことである。ただし、火星人は懸賞の対象外とされた

 ジョン・マローン著、『当った予言、外れた予言』(文春文庫)によれば、「火星人は簡単に出会えるので…」というのがその理由であったという。空想の世界では昔から馴染(なじ)みの深い星である。人類が降り立つ日が訪れるのか。米国のオバマ大統領が新しい宇宙政策を発表した

 次世代ロケットを開発し、2030年代半ばまでに火星に人を送るという。膨大な費用、片道半年ともいわれる長途の旅――前途には難題が横たわるが、「仮に25年後として、私は何歳…」と、人類史的な瞬間を夢想して少々気の早い足し算をした人もいたに違いない

 2000年の国連ミレニアム・サミットで、最ヒン国ハイチの大統領が各国の首脳に問いかけた言葉を思い出す。「地球にまだ飢えた者がいるとき、火星に人類が一歩をしるしたからといって、何の意味があるのか」と

 その星に足跡を刻むころ、人類の英知はどんな答えを用意しているだろう。

 4月17日付 編集手帳 読売新聞
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4.21.2010

初夏到来かと思えば真冬に逆戻りし、寒暖の差が激しい・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 シェークスピア『夏の夜の夢』で、眠れる女の瞼(まぶた)に妖精が花の汁を塗る。塗られた人は目が覚めてから初めて見た者を狂おしく恋い焦がれる。魔法の薬である

 花の名は「恋草」「浮気草」「つれづれの恋」…と、訳者によって異なるが、岩波文庫版(土居光知訳)の注釈によれば、三色スミレであるという。きのうの朝、季節外れの寒気に眠りからさめたパンジー(和名・三色スミレ)のなかには、“雪の精”に恋をした花もあったろう

 大分県竹田市の公園に咲くパンジーの花に雪の積もっている写真をヨミウリ・オンラインで見た

 初夏到来かと思えば真冬に逆戻りし、寒暖の差が激しい。パンジーの名は物思いに沈むように首をかしげた花弁の姿からフランス語「パンセ」(思索)に由来するというが、朝、コートはどうしよう…と、パンセにふけっている人もいるに違いない

 不順な天候に体調を崩しやすい日がつづく。とくに新社会人の方々は勤め先の空気にも多少は慣れ、緊張がほどけて気のゆるみがちな時期だろう。ご用心を。狂おしい恋で発する熱ならばともかくも、風邪のそれではつまらない。

 4月16日付 編集手帳 読売新聞
創価学会 地球市民 planetary citizen 仏壇 八葉蓮華 hachiyorenge

4.19.2010

笑いによる世直し“宿題”生涯を貫く創作哲学・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 「鐵(てつ)」という字を分解すれば〈金の王なる哉(かな)〉。「鉄」は〈金を失う〉。金運に恵まれる「鐵造」さんが「鉄造」さんでは気の毒だ。よって〈余(よ)は漢字制限に反対である〉

 井上ひさしさんの長編小説『吉里吉里人』(新潮文庫)で主人公の三文小説家が力説する。漢字2字の対比の妙と、気取った口調に思わず頬(ほお)のゆるむ場面だが、笑ったあとの胸には知らぬ間に“宿題”が置かれている

 日本語論に限らず、政治、経済、世相、歴史――何を描いても徹頭徹尾、読者サービスに努める井上文学は面白く、楽しい。「あなた、どう思います?」という宿題に気づくのはいつも、笑い疲れたあとである

 かつて語ったことがある。「人間の愚かさが誰かに注意されて改まるならば、悲しみや怒りではなく、笑いによって注意を下されるべきではないだろうか」と。井上さんが75歳で亡くなった。人間というかなしく、おかしい存在が織りなす笑い、その笑いによる世直しが『ひょっこりひょうたん島』以来の、生涯を貫く創作哲学であったろう

 訃報(ふほう)とともに部屋の照明がほんの少し落ちた、そんな錯覚のなかにいる。

 4月13日付 編集手帳 読売新聞
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4.16.2010

「完成予想図」改革の魂を携えてこそ、新党は意義をもつ・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 室町時代の歌謡集『閑吟集』に、〈昨日は今日のいにしへ 今日は明日の昔〉とある。いつの世も日々の出来事は、「いにしへ」の彼方(かなた)へ足早に去っていく。とはいうものの、である

 一寸(ちょっと)前なら憶(おぼ)えちゃいるが/一年前だとチトわからねエなあ…ダウン・タウン・ブギウギ・バンドは『港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ』で歌ったが、自民党が惨敗を喫した衆院選からは、まだ1年もたっていない

 自民党からの離党組を軸に、週内にも、新党が結成されるという。敗因を憶えていますか? 誕生間近の新党に問うてみる

 税金を無駄にしない、カネにきれい、官僚の尻に敷かれない――民主党の提示した政権「完成予想図」に有権者が賛同し、自民党は敗れた。鳩山政権の不人気は「実景」が約束の完成予想図と違うからであり、図面そのものを世間が見限ったわけではない。民主党が持て余す完成予想図を横取りし、お株を奪う改革の魂を携えてこそ、新党は意義をもつ。その気概はありや

 歌のつづき、―どこへ行ったか知らねエなあ…と、あとで有権者が首をひねるような新党にならぬよう、用心が要る。

◆4月9日付 編集手帳 読売新聞
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4.14.2010

攻守に万能の「手」監督のかゆい所に届く孫の手でありたい・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 モミジのような幼子の手を連想させる「孫の手」の名称は、ちょっと怖い伝説の仙女、怪鳥のような長い爪をした「麻姑(まこ)」に由来するという。〈監督のかゆい所に届く孫の手でありたい〉。その人は以前、本紙の取材に語ったことがある

 内外野に捕手、どこでも守る。味方が重たい雰囲気に沈むとみれば、人懐こい笑顔の「孫の手」でナインの心をくすぐった。勝負どころでは凄(すご)みのある“麻姑の手”となり、技ありの好打好走で相手チームを悩ませた

 くも膜下出血で倒れた巨人の木村拓也コーチが、きのう亡くなった

 昨年9月の対ヤクルト戦を思い出す。延長戦で捕手が払底し、木村さんが務めた。ベンチを出てベンチに戻るまで、一度もマスクを外さなかった。「万が一、笑みがこぼれたら、真剣勝負が台無しになるから」と。笑顔でファンを魅了した人は、封印する時も知っていた。ドラフト外でプロ入りし、複数の球団を歩いた苦労人ならではだろう

 子煩悩な父親と聞く。攻守に万能の「手」がやすらぐ至福の時間は、お子さんたちを抱きしめるときであったろう。37歳――その年齢が頭を離れない。

 4月8日付 編集手帳 読売新聞
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4.12.2010

「ザ・コーヴ」イルカをめぐる日本人の文化・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 源平・壇ノ浦の合戦で、イルカの大群が源氏から平氏の側に泳いで行くのを見た陰陽師の安倍晴信は、平氏の滅亡を予言したと平家物語は伝えている

 古い時代のイルカに関する記録は少ないが、群遊して魚を追うため、豊漁をもたらすものとして漁民の信仰の対象とされることもあったようだ。イルカを捕獲し料理する食文化も、一部地域で受け継がれてきた

 和歌山県太地町で行われているイルカ漁の模様を伝え、米アカデミー賞を受賞したドキュメンタリー映画「ザ・コーヴ」が、日本でも一般公開される予定だ。イルカがいかに知的な動物であるかを強調し、その血で真っ赤に染まった太地の海を“告発”する

 他の動物とどう違うのだろうか。そんな疑問もおのずと浮かんでくる。もっとも、今や多くの日本人がイルカで思い起こすのは、食肉ではなく水族館などで見かけるその愛らしい表情だろう

 「時代は変わった」と語り、長年続けてきたイルカ漁をやめ、今では観光船によるイルカ・ウオッチングを企画する漁業者もいる。イルカをめぐる日本人の文化について改めて考えてみる機会かもしれない。

 4月5日付 編集手帳 読売新聞
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4.10.2010

「あの日の王少年」王さんゆかりの品を集めたコーナー・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 〈僕のふるさと墨田 王貞治〉。真新しい体育館の入り口ホール、真新しい展示室の白い壁に、これも先日、フェルトペンで書かれたばかりの真新しいサインがあった

 世界のホームラン王が生まれ育った東京・墨田区に今月オープンした総合体育館である。少年そして青年時代を中心に、王さんゆかりの品を集めたコーナーが常設された。実家「五十番」のラーメンどんぶりや、中学の皆勤賞の賞状などもあって、さすが地元ならではの“殿堂”だ

 もちろん、どの品々も貴重なものに違いないが、墨田区にとっては、開館記念に王さんがしたためた「僕のふるさと――」のサインこそ一番の宝物になるだろう。王さんらしい、グッとくる“寄贈品”である

 体育館が立つ錦糸公園にあった野球場は王少年のホームグラウンドで、軽々とフェンスを越えていく「ピンポン玉ホームラン」を連発したという。そんな伝説も、一本足打法を懸命に真似(まね)た記憶のある昔の野球少年を引きつける

 本紙都民版が昨年、さまざまな逸話や友人の証言を集めた。その連載「あの日の王少年」も、紙面をパネルにして展示中だ。

 4月4日付 編集手帳 読売新聞
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4.09.2010

さくらよりさくらに歩みつつおもふ悔恨・・・編集手帳 八葉蓮華

 〈踏めりしはシ体のいづこなりしやとこよひ高熱のこころ凍るを〉。シ体を踏んで歩いた、その感触が足裏に残る。あれは腕であったか、顔であったか…

 歌人の竹山広さんは25歳のとき、結核で入院していた長崎市内の病院で被爆した。安否の知れぬ兄を捜し、地獄絵図のなかをさまよったときの記憶だろう

 〈面倒なことだが孫よ人間はベッドでひとりひとりシぬのだ〉。歌の背後に、ベッドでシねなかった無数の人々がいる。告発も、あらわな怒りもないだけに、悲しみはいっそう深く染みとおる。竹山さんが90歳でシ去した

 どの歌も、声に出して読んでみたい流れる調べのなかに、しんとした静けさがある。たとえば、〈わが傘を持ち去りし者に十倍の罰を空想しつつ濡(ぬ)れてきぬ〉、あるいは〈ヨン様がゐぬチャンネルに切り替ふる心のせまき老人われは〉といった、諧謔(かいぎゃく)に富む歌の場合もそうである

 サクラの季節に逝った人に、その花を詠んだ歌があった。〈さくらよりさくらに歩みつつおもふ悔恨ふかくひとは滅びむ〉。人間の愚かさが行き着く果てを見届けた人だけが持ち合わせる静けさだろう。

 4月2日付 編集手帳 読売新聞
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4.07.2010

大関に昇進した「青き獅子」長い伝統に根ざした習慣をもつ頑丈な男たち・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 〈長い伝統に根ざした習慣をもつ頑丈な男たちからなる、この控えめで勤勉な小国…〉とある。作家のソルジェニーツィン氏が『収容所群島』に記したエストニア評である

 頑丈で、控えめで、勤勉で――多くの人が感じている把瑠都評でもあろう。勝って戻る花道で付け人に笑顔を振りまく愛(あい)嬌(きょう)に、外国人力士というよりも親戚(しんせき)の子を見ているような親しみを覚えた人もいるに違いない。エストニア出身の把瑠都関(25)(尾上部屋)が大関に昇進した

 何年か前に見せた奇手、「はりま投げ」が忘れがたい。相手の肩越しにまわしをつかんでひねり倒し、「これで相撲を覚えたら、どこまで強くなるか…」と、怪力にうなった覚えがある

 先場所は白星14勝の半分以上を王道の「寄り切り」で上げ、花道での天真爛漫(らんまん)な笑顔にも険しい勝負師の風貌(ふうぼう)が加わった。心技両面で成長した証しだろう

 エストニアの国章には青いライオンが描かれている。人気者の「蒼(あお)き狼(おおかみ)」が土俵を去ったいま、相撲ファンは「青き獅子」の奮迅に期待していよう。立ちはだかる横綱・白鵬関の肩越しに、ぐいと“綱”をつかむ日を待つ。

 4月1日付 編集手帳 読売新聞
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4.05.2010

「ことばのくずかご」政治の思惑しだい、食品が信頼を取り戻す日は・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 「青椒肉絲(チンジャオロースー)」「回鍋肉(ホイコーロー)」などからの、おいしい連想だろう。日本人旅行者が香港で「蜆殻火水」の看板を見つけ、シジミ料理の店かと思って近づいたら、「シェル石油」のスタンドだったという

 国語学者の見(けん)坊豪紀(ぼうひでとし)さんが『ことばのくずかご』(筑摩書房)に収めた一文にある。一見、おいしそうでもご用心――が笑い話でなくなったのは2年前、殺虫剤の混入された中国製冷凍ギョーザの中毒事件からだろう

 中国の警察当局が製造元の臨時従業員だった男を逮捕した。ひと安心するより先に、不審の念が頭をもたげる

 2年もたって証拠品の注射器を発見するとは、いかにも不自然だろう。本当はもっと早くに目星がついていなかったか。中国びいきの鳩山政権に配慮した一件落着、との観測もある。解決も、迷宮入りも、政治の思惑しだい――とすれば、中国食品が信頼を取り戻す日は遠かろう

 普通にいためる「炒(チャオ)」、強火で一気にいためる「爆(バオ)」、揚げてから煮る「烹(ポン)」…と、調理に油の欠かせないお国柄とはいえ、犯罪捜査まで“政治油”でいためてはならない。結末の一皿が心なしか、胃にもたれる。

 3月30日付 編集手帳 読売新聞
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4.04.2010

恥の文化「世間体」に代わる新たな物差しが生まれるのだろうか・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 著書『菊と刀』で「日本人は罪の重大さよりも恥の重大さに重きを置く」と指摘したのは、米人類学者のR・ベネディクト夫人だった。世間の目を気にして自らの振る舞いを正す「恥の文化」であり、善悪や神への罪悪感を行動規範とする欧米型の「罪の文化」とは異質だと説いた

 その「恥の文化」につながるものが、日本から消えつつある。そう思わせる光景が巷(ちまた)にあふれるようになった。電車の優先席に座って携帯電話のボタンを押し続ける若者。化粧に余念がない女性……。人が羞(しゅう)恥(ち)心を失うのは、どうやら年齢を重ねた結果だけではないらしい

 今頃そんな時代の変化に気づくのは、蛍光灯だと言われるかも知れない。そんなぼんやりした頭で自分に問いかける。キリスト教圏やイスラム教圏と異なり、絶対神を欠くこの国で、「世間体」に代わる新たな物差しが生まれるのだろうか

 卒業式が続いた週が終わり、入社・入学式シーズンが始まる。一時代を築いた団塊の世代の最後の組が職場の一線から退く。別れと出会いの季節は、世代交代を促し、社会の相貌(そうぼう)をまたひとつ変えることになるのだろう。

 3月29日付 編集手帳 読売新聞
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4.03.2010

隠居後も学び続けて新たな事に挑戦、道なき道・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 「彎●羅鍼(わんからしん)」と書くらしい。東京・深川の富岡八幡宮に立つ、伊能忠敬の像が手にしている杖(つえ)の名である

 伊能は寛政12年(1800年)、55歳の時にこの神社で無事を祈願した後、蝦夷地(えぞち)へと最初の測量に出た。像は力強く第一歩を踏み出しているところだ。無論、以後4000万歩の距離を踏破した健脚が、歩くのに杖の助けを必要とした訳ではない

 握り手に付く、輪を組んだような部品を彎●(わんか)と呼ぶのだろう。その中に羅針盤が仕込まれている。どんな傾斜地に杖を立てても磁針面は水平となって、針は常に両極を指す。方位を1度まで読み取れる精巧なものだ。故郷・千葉県香取市の伊能忠敬記念館に実物がある

 文化審議会が、伊能の用いた測量器具や制作した地図などを国宝とするよう答申した。200年前にあれほど精緻(せいち)な日本地図を作った偉業からして当然であろう

 隠居後も学び続けて新たな事に挑戦する伊能の生き方は今日の高齢社会に、そして、道なき道においても揺るがずに方向を示す彎●(わんか)羅鍼は今日の政治に、大切なことを示唆しているようだ。なかなか深い国宝指定かもしれない。(●は穴かんむりに果)

 3月28日付 編集手帳 読売新聞
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4.02.2010

郵政改革法案をめぐるドタバタ劇、進むべき方角は浪高シ・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 日露戦争の日本海海戦を勝利に導いた作戦参謀、秋山真之は戦闘のさなかも双眼鏡をのぞかなかった。「はっきり見える反面、視野が狭い。自分は肉眼で大局を知ればよろしい」と

 狙う目標、進む方角を指図し、視野をひろく保って大局を見失わない。軍事に限らず、統率する立場にいる人の心得だろう。心得のない統率者のもとで何が起きるかは、郵政改革法案をめぐるドタバタ劇が教えている

 政府の発表した法案に、閣内からは「異議あり」の大合唱が聞こえる。発表した郵政改革相は「首相の了解を得た」と言う。首相は「了解していない」と言う

 そもそも、官製「ゆうちょ銀行」「かんぽ生命保険」の業務拡大が盛られ、官の無駄を徹底して排除したい民主党の意思とは逆向きの法案である。首相が肉眼で大局を見つめ、郵政改革相に「進むべき方角は、こうだ」と明確な指示を与えていれば、この醜態は生じていなかった

 「本日天気晴朗ナレドモ浪(なみ)高シ」は出撃時に秋山が起草した報告電報の一節として知られる。「ナレドモ」を「ナラズシテ」に変えれば、鳩山内閣に発せられた気象情報である。

 3月26日付 編集手帳 読売新聞
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4.01.2010

表現の自由を焼く火「検閲」に形を変えて・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 中国明末の文人に李卓吾(りたくご)がいる。あらゆる世俗の権威を否定した異端の人である。いずれは為政者に焼かれるだろうと、著書の題名を『焚書(ふんしょ)』と付けた。最後は獄中で自シしている

 〈中国には、自由を意味する言葉が見当たらない〉とは、東洋史学の泰斗、宮崎市定氏の所説である。あえて探せば、孔子の説いた徳目「仁」がそれに近いかも知れないと、『史記を語る』(岩波文庫)に書いている

 知識と情報が書物によって伝えられた昔、為政者は禁断の書物を焼き捨てる“火”を重用した。インターネットの時代を迎えて、火は「検閲」に形を変えているのだろう

 米グーグルが中国本土のネット検索事業から撤退するという。義務づけられている自主検閲を嫌った。李卓吾の例を引くまでもなくいつの世も、表現の自由を焼く火には投獄がつきものである。中国政府には、人権侵害のあれこれが連想される検閲をつづけることの不利益を一度、冷静に考えてみる機会だろう

 「仁」の字を用いて、〈寛仁大度(かんじんたいど)〉(心がひろく、情け深く、度量の大きいこと)――そういう言葉も、かの国にはあったはずである。

 3月25日付 編集手帳 読売新聞
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3.30.2010

送る身、送られる身「葬式は、要らない」ともかくも跡の始末・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 江戸の浮世絵師、歌川豊春に辞世の一首がある。〈シんで行く地獄の沙汰(さた)はともかくも跡の始末は金次第かな〉。心にかかる「跡の始末」とは残していく借財か、あるいは葬儀のことか

 作者未詳の歌もある。〈シんだとて知らせてやれば来にゃならぬ つい忘れたとうっちゃっておけ〉。二首の歌を引くまでもなく、葬儀を営む側には、費用の心配と、参列者をわずらわせる申し訳なさとがつきまとう

 宗教学者、島田裕巳氏の『葬式は、要らない』(幻冬舎新書)が売れているという。送る身、送られる身、思案する人が多いのだろう

 洋画家の梅原龍三郎は〈葬式無用 生者はシ者の為(ため)にわずらわされるべからず〉と遺言状に記した。幾度か肉親を送った経験を顧みて、悲しみのあとに用意された葬儀という非日常の“異空間”に救われた気がしないでもない。日常のなかで真向かう喪失感はたぶんもっとつらかったろう。画伯の言葉に半分うなずき、半分うなずけずにいる

 香華を供えつつ、送られた人の声も聴いてみたいところだが、いつものことで、何も答えてはくれない。春の彼岸も、あすで明ける。

 3月23日付 編集手帳 読売新聞
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3.28.2010

医療費も膨らませている“健康”を強要するような論理で増税・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 〈あなたが酒も飲まず、たばこも吸わず、車も運転しないなら、納税義務を回避している〉。外国にそんな箴言(しんげん)があった。無論、取りやすい所から取る、という税制の一面に向けた皮肉であろう

 これからは下戸でもコーラやサイダーなどが大好きなら、堂々たる納税者として胸を張れる時代が来るかもしれない。米ニューヨーク州が「砂糖入り清涼飲料税」の導入を目指している。今月末に州議会で採決するそうだ

 課税する理由は、甘い清涼飲料が肥満の人を増やし、州政府の医療費も膨らませているから、という。まぁ何となく、もっともらしい理屈ではある

 ただ、たばこならば受動喫煙の被害もあり、課税強化が支持されるのは分かるものの、酒そして清涼飲料へとまるで“健康”を強要するような論理で増税の動きが広がるのは薄気味悪い。例えば、立体映像テレビは目に刺激が強いから「3D税」を、などと言われたらたまらない

 税金に関する外国の箴言をもう一つ。〈この世で最良のものは無料であることだが、政府は絶対に課税する方法を見つけようとする〉。日本では御免(ごめん)蒙(こうむ)りたいものだ。

 3月21日付 編集手帳 読売新聞
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3.26.2010

失敗をとがめられ「身命を賭して」使い捨て・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 坑道を両方向から掘り進む。中間地点でつながるはずが、地層がずれていたか、うまくつながらなかった。測量技師ニコライ・ミーコフは逮捕される。刑法58条〈工業、運輸の破壊〉により、懲役20年の刑に服した

 旧ソ連の反体制作家ソルジェニーツィン氏がスターリン独裁下の暗黒政治を描いた『収容所群島』(新潮社)のひとこまである。地球上にはかつて、恐怖によって統治される国があった

 と、過去形で語るのは早計らしい。北朝鮮・朝鮮労働党の朴南基(パクナムギ)・前計画財政部長が処刑されたと、韓国の聯合ニュースが伝えた。昨年実施したデノミネーション(通貨単位の切り下げ)の失敗をとがめられ、銃サツされたという

 閉鎖的な国のこと、例によって真相はよく分からないが、もともとが無理筋の政策であり、報道の通りならば気の毒な話である。独裁国家の失政である以上、全責任の所在は独裁者その人をおいてほかにはあるまいに

 わが永田町には、閣僚や与党幹部であった昔の失敗をほろ苦く思い出し、身震いした人もいるだろう。「身命を賭して」が使い捨ての修辞で終わる国のありがたさよ。

 3月19日付 編集手帳 読売新聞
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3.24.2010

自身を偉人になぞらえ“自己見立て”丈夫な神経がうらやましい・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 日本の政治談議には「見立て」が多い――そう語ったのは作家の丸谷才一さんである。決断の速い政治家がいれば織田信長に見立て、派閥のボスに反旗を翻した政治家がいれば明智光秀に見立て…といった傾向を指す

 丸谷説によれば、日本の政治家は言葉で自分を印象づけない。〈見立ては、言葉の才能の乏しい政治家たちを無理やりスターに仕立てるための、大衆の知恵なのかもしれない〉と(文春文庫『半日の客 一夜の友』)

 偉人に見立てたい政治家がいるうちはいい。いなくなり、大衆が見立てをやめたらどうなるか? 政治家は自身を偉人になぞらえ、“自己見立て”をするしかない

 兄の鳩山由紀夫首相は昨年10月の所信表明演説で、政権交代は「無血の平成維新」であり、「国民への大政奉還」であると語っている。自民党を離党した弟の鳩山邦夫・元総務相は、党内の執行部批判勢力を融合するべく、みずからを「薩長連合」の坂本龍馬に重ねているらしい

 “見立て”に税はかからないから、べつに文句をつける筋合いはないが、与党、野党を問わず、政治家諸氏の丈夫な神経がうらやましい。

 3月17日付 編集手帳 読売新聞
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3.21.2010

「古いニオイ」新党と言う前に、何を捨て、何を引き継ぐのか・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 歌舞伎の六代目尾上菊五郎が〈菊五郎一座〉を主宰していた頃という。あることで怒り、「〈菊五郎一座〉なんて解散だ」と宣言した。周囲が頭を抱えると六代目いわく、「きょうから〈菊五郎劇団〉だ」

 激情に駆られるときもどこかユーモラスな名優の素顔を伝えている。「新党」をめぐって揺れる自民党の報道に接するたび、六代目の挿話が頭をかすめる

 新党の結成を目指す鳩山邦夫・元総務相が自民党に離党届を提出した。与謝野馨・元財務相や舛添要一・前厚生労働相も新党を視野に、党執行部批判を強めている

 鳩山政権が人気のない理由の一つは、「政治とカネ」の醜聞にまみれた首相や小沢一郎・民主党幹事長に“古い自民党のニオイ”がするからである。国会で両氏の醜聞をいくら厳しく追及したところで、自分で自分の体臭を攻撃する自民党の支持率が好転しないのは当然だろう。新党、新党と言う前に、自民党の何を捨て、何を引き継ぐのか――その議論が聞こえてこない

 〈自民党一座〉から生まれるのが中身の変わらない新党〈自民党劇団〉ならば、民主党には痛くもかゆくもなかろう。

 3月16日付 編集手帳 読売新聞
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3.20.2010

ツリーを見上げ「東京タワー」様々に人生の思いを投影していく・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 芥川賞作家で読売新聞の先輩記者でもあった日野啓三さんは、大病の手術後に鎮痛剤の作用で幻覚の中にいた時、現実の世界につなぎとめてくれたのは病室の窓から見える東京タワーの存在感だった、と書いている

 リリー・フランキーさんの私小説「東京タワー」も、こう書き出す。〈それはまるで、独楽(こま)の芯のようにきっちりと、ど真ん中に突き刺さっている。東京の中心に。日本の中心に。ボクらの憧(あこが)れの中心に。〉

 東京タワーに淡く、あるいは深く、それぞれ思い入れを持つ人は多いだろう。その人たちは今、ちょっぴり複雑な気持ちかも知れない。建設中の東京スカイツリーが、今月中にも333メートルを超えるという

 ツリーはさらに伸び続け、完成すると634メートルになる。2倍近くも高さで抜かれる東京タワーを擬人化して心境を推し量れば、みるみるうちに大きくなった息子や娘を仰ぎ見る昭和世代の親、といったところか

 いずれ今日の若者たちはタワーよりはツリーを見上げ、様々に人生の思いを投影していくのだろう。タワー世代にとっては寂しいけれど、それはそれで楽しみなことでもある。

 3月14日付 編集手帳 読売新聞
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3.18.2010

ピース「表へ出ろ!」操縦室内で記念撮影を繰り返し・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 いまは亡き落語家の春風亭梅橋さん――というよりも、テレビの人気者だった二つ目時代「柳亭小痴楽」の名前に馴染(なじ)みの深い方も多かろう。その人に、旅客機で空を飛んでいたときの逸話がある

 隣り合った乗客とささいなことで口論になり、梅橋さんは威勢のいい啖呵(たんか)を切った。「表へ出ろ!」。演芸評論家の吉川潮さんが『落語の国芸人帖』(河出書房新社)に書き留めている

 地上の居酒屋と勘違いをする乗客も困りものだが、地上の物見遊山と勘違いをする乗務員よりはまだしも罪がない。スカイマークの副操縦士が飛行中の操縦室内で客室乗務員らと記念撮影を繰り返していた問題で、前原誠司・国土交通相がスカイマークから提出を受けた写真を公表した

 操縦席で機長と客室乗務員が進行方向に背を向け、ポーズをとっている。何が楽しいのか、指を立てて「ピース」である。その何秒間かに不測の事態が生じず、阿鼻(あび)叫喚に至らず、多数の人命が失われなかったのは、ただただ幸運というほかはない

 怖がり屋で飛行機が嫌いだった梅橋さんが見たならば、間違いなしに、「表へ出ろ!」である。

 3月13日付 編集手帳 読売新聞
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3.17.2010

名残の雪と会いに「北」へ、サクラ前線を迎えに「南」へ・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 地図で見る日本列島は斜めに連なっている。北日本と南日本でもよさそうなものを、東日本と西日本に分けているのはなぜだろう。相撲の番付も東と西、芝居の口上も「とざい、とうざい」、関ヶ原の合戦も東軍・西軍である

 国文学者の池田弥三郎さんによれば〈天子は南面す〉、天子は南を向いて立つのが定位置である――とする古代中国の思想に由来するという。南面する位置から見れば、世の中は右と左(西と東)に分かれて映る、と

 東西に比べて少々なじみの薄い南北だが、習慣に逆らって列島を「北」日本と「南」日本に分けてみたくなる季節があるとすれば今ごろだろう

 一昨日、“北国”青森県八戸市で1日の降雪量としては史上最高の61センチを記録した。同じ日、“南国”高知市では最速タイ記録でサクラの開花が発表されている。〈日本 長き琴のごと…〉とはフランスの詩人クローデルの詩の一節だが、早春の雪と花の便りほど、琴の長さを実感させてくれるものはあるまい

 名残の雪と会いに「北」へ、サクラ前線を迎えに「南」へ、行けもしない旅に胸の内が波立つのも南北の季節である。

 3月12日付 編集手帳 読売新聞
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3.16.2010

きらきらと「源実朝」大イチョウが根元から折れ・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 歌人の佐佐木幸綱さんに一首がある。〈刺すことの刺さるることのきらきらと輝きながら乱世は誘う〉。「源実朝」と題する連作にある。「きらきらと」は白刃の光だろう

 鎌倉幕府の3代将軍、源実朝は甥(おい)・公(く)暁(ぎょう)の手にかかり、鎌倉の鶴岡八幡宮でコロされた。曲がりなりにも公武対立の緩衝役を務めていた実朝のシにより、幕府との協調に絶望した後鳥羽上皇は倒幕を決意し、時代の歯車は乱世に向かって回転していく

 樹齢800年から1000年以上、暗サツ者が隠れていたとの伝承をもつ境内の大イチョウ(神奈川県指定の天然記念物)が強風のためか、根元から折れ、倒れたという

 〈大海(おおうみ)の磯もとどろに寄する波割れて砕けて裂けて散るかも〉(『金槐和歌集』)。実朝は万葉調の力強い調べの歌を残した歌人としても名高い。あり余る詩才を抱きながら26歳で非命に倒れた貴公子も、時代の暴風に翻弄(ほんろう)された1本のイチョウの木であった、と言えなくもない

 「そういえば遠い昔、かの人も、このようにして…」――樹木にも記憶というものがあるならば、倒れゆく刹那(せつな)、樹肌をよぎる感慨もあったろう。

 3月11日付 編集手帳 読売新聞
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3.15.2010

「密約」悲惨と不快のどちらを選ぶか、という苦渋の選択・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 「究極の選択」という言葉が流行したのは20年ほど前だろう。雑誌か何かで読んだ川柳を記憶している。〈究極の選択 便所か終電か〉。どちらをあきらめるか、脂汗を浮かべて思案している

 政治家も脂汗の選択を迫られるときがある。経済学者のガルブレイス氏は〈政治とは、悲惨と不快のどちらを選ぶか、という苦渋の選択だ〉と述べている

 核持ち込みを巡り、日米間に「密約」や「暗黙の合意」があったとする報告書を外務省の有識者委員会がまとめた。国民に隠し事をする“不快”と、核の抑止力を拒絶した場合に生じかねない安全保障上の“悲惨”と――密約は苦渋の選択であったに違いない

 一触即発の東西冷戦下、という密約を結んだ当時の事情には理解を寄せるにしても、外交機密とは可能な限りすみやかに主権者たる国民に明かされるべきものであり、今回の検証結果が政権交代の木に実った一つの果実であるのは認めざるを得ない。鳩山政権はさて、これからどういう対米政策をとるのだろう

 北朝鮮の核の脅威や、中国の軍事大国化が懸念されるなかで、よもや“悲惨”の道は選ぶまいが。

 3月10日付 編集手帳 読売新聞
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3.14.2010

ルール変更「企業・団体献金」を禁止するべく動き出す・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 野球のナックル・ボールは回転せず、揺れるように変化する。蝶(ちょう)のようにダンスをする軌道は読みにくい。打者から厄介がられるばかりでなく、後逸しやすい捕手泣かせの難物でもある

 歴戦の大リーガー、サンディー・アロマー捕手がナックル・ボールを捕球する感触を問われたときの、“迷答”が伝わっている。「ぼくに聞いても無駄だ。バックネットに聞くがいい」

 失策に懲りた誰かが、もしも、「いっそのこと、ナックル・ボールを投げるのは禁止しよう」と主張したならば、どうだろう。「ばかを言いなさんな。おまえさんが捕球の技術を磨けば済むことだ」、一笑に付されるに違いない

 政治資金という名のボールを、あっちへ逸(そ)らし、こっちへ逸らし、観客席の有権者から激しいブーイングの集中砲火を浴びている民主党が、「企業・団体献金」を禁止するべく政治資金規正法の改正に動き出すという

 H監督、剛腕で鳴るO選手、新人女性のK選手…と、自軍に失策がつづいたからといって、野球のルールを変更する理由にはなるまい。まじめに練習を積み、自分たちが上達すればいいことである。

 3月9日付 編集手帳 読売新聞
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3.12.2010

マニフェスト「甘い水」一色、次の選挙しか考えない・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 「政治屋は次の選挙しか考えない。政治家は次の世代を考える」。19世紀に活躍した米国の牧師の言葉ともリンカーン大統領の言葉とも言われる。「家」がしばしば「屋」に堕落するのは古今東西変わらぬらしい

 民主党のマニフェスト(政権公約)をみると、選挙を重ねるたびに「屋」の様相を強めていることがわかる。2003年の総選挙は「次世代に過大なツケを残さない」として財政再建プランの策定を掲げていた

 小泉郵政選挙で大敗した05年衆院選までは、「甘い水だけでなく苦い薬も必要だ」として、年金財源用に消費税率を3%引き上げるなど国民に負担を求める施策も掲げていた

 「甘い水」一色になったのは、小沢幹事長が代表時代の07年参院選からだ。農家への戸別所得補償制度などバラマキ型の公約が前面に打ち出された。昨年夏の総選挙では細々と残っていた財政再建目標すら姿を消した

 財源のあてがないまま、子ども手当の満額支給に踏み切るのか。4年間は消費税を上げないと言い続けるのか。参院選のマニフェスト作りは、民主党の政治「家」度を測る格好のバロメーターになる。

 3月7日付 編集手帳 読売新聞
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3.11.2010

「ありがとう」の励みなくして農家に後継者は育つまい・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 倉本聰さんのドラマシナリオ『北の国から』で主人公・五郎が語る。いまの農家は気の毒だ、と。どんなにうまい作物をつくっても、ありがとうを言ってもらえない。誰が食べているのか分からない

 〈だからな。おいらは小さくやるのさ。ありがとうって言葉の聞こえる範囲でな〉(理論社刊)。NPO「食と農」を主宰する宮崎隆典さんにいただいた講演会の案内状を読みながら、五郎の言葉を思い浮かべている

 「ありがとう」の励みなくして農家に後継者は育つまい。食品の大量廃棄は「ありがとう」の欠如そのものだろう。輸入頼みの低い食料自給率のもとでは「ありがとう」を言うすべもない。農業問題の根は5文字のひらがなに行き着くようである

 今月10日、都内・文京シビック大ホールの講演会では、食文化論で知られる小泉武夫(東京農業大学名誉教授)、赤堀博美(赤堀料理学園校長)両氏が処方箋(しょほうせん)を具体的に語られるという

 明治生まれの歌人に吉植庄亮が(よしうえしょうりょう)いる。〈豊(とよ)葦原瑞穂(あしはらみづほ)の国の国民(くにたみ)に生れて楽しわれは百姓(たづくり)〉。食と農が5文字で結ばれていた昔の、現代人の目にはまぶしい歌である。

 3月6日付 編集手帳 読売新聞
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3.10.2010

崩れる音「親は選べない」世の中、歯車がどこか狂っている・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 古典落語『松山鏡』に歌が出てくる。〈子は親に似たるものぞよ 亡き人の恋しきときは鏡をぞ見よ〉。亡き父母に逢(あ)いたいときは鏡をごらん。そこにいるだろう、と

 子供は親に似るものである。薔薇(ばら)の木に薔薇の花が咲くごとく、何の不思議もない。似ているだけで、ただそれだけで、5歳の子がなぜ、親から「シ」を与えられねばならないのだろう

 奈良県桜井市の吉田智樹ちゃんがガシした事件で両親が逮捕された。母親(26)は「夫婦仲が悪く、(子供が)夫に似ているのが憎らしくてギャク待した」、そう供述しているという。父親(35)は見て見ぬふりをしていたらしい。夫婦仲が元に戻れば、「似ててもご飯をやるから生き返って来い」と霊前に告げるのか。俗に「親と上司は選べない」と言うが、その子が哀れでならない

 埼玉県蕨市でも4歳児が衰弱シしている。国文学者の中西進さんによれば、母を形容する古語「たらちね」の「たらち」とは満ち足りた乳、「ね」は確固不動のものに付ける言葉「根」であるという。東で、西で、確固不動のものが崩れる音を聴く

 世の中、歯車がどこか狂っている。

 3月5日付 編集手帳 読売新聞
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3.09.2010

緊張感が足りない「遅刻」時間を極力有効に使おうと、利口な人が多い・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 汽車好きで知られた内田百●は随筆『阿房列車』シリーズのなかに書いている。発車時刻まで余裕をもって駅に行く人と、ぎりぎりを狙って遅刻する人を比べると、〈乗り遅れる側に、利口な人が多い〉と(●は門構えに月)

 いつも小一時間は駅で待つ「利口でない」典型の我が身には心の弾まぬ洞察ではあるが、利口な人が時間を極力有効に使おうとするのはお説の通りだろう

 きのうの参院予算委員会に閣僚3人が遅刻し、開会が15分遅れて議場が一時騒然となった。3氏は陳謝したものの、鳩山首相は記者団に「緊張感が足りない」と苦い顔で語った。利口なところは遅刻ではなく、答弁で発揮してくれればいい

 政治家の進退にも、時機を逸する“遅刻”はあろう。東京市長などを務めた後藤新平は、〈早し良し、ちょうど良し危なし〉の格言を残している。教員労組の裏金疑惑などカネ絡みの醜聞を抱える民主党だが、「ちょうど良し」の頃合いを見計らっているうちに傷口が化膿(かのう)しないか、ひとごとながら気に掛かる

 後藤は陸奥水沢(岩手県)の出身で、小沢一郎・民主党幹事長には同郷の大先輩にあたる。他意はない。

 3月4日付 編集手帳 読売新聞
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3.08.2010

その日、その日が勝負、投げやりな一日とてなかった・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 評論家の小林秀雄、中村光夫、作家の水上勉、3氏が講演旅行をしたときという。三重県松阪市の宿で迎えた朝、小林の姿が見えない。中村氏が近所を探し、公園のベンチに座って講演の練習をしているその人を見つけた

 「昨夜は、聴衆の手応えがなかったので…」。そう語ったという。〈その日、その日が勝負だった。投げやりな一日とてなかった先輩たちの修羅である〉と、水上さんが著書『文壇放浪』(新潮文庫)で回想している

 小林が晩年の大作『本居宣長』について国学院大学で講演した録音テープが見つかった。4月にCDの形で発売されるという

 同書は小林の思索の到達点とされ、録音テープはその成立過程をたどる貴重な資料である――といった学問的な関心は薄い人も、“修羅”をくぐり抜けた話術がどういうものであったか、ちょっと心が動くに違いない

 小林は『批評家失格』と題する一文に批評の気構えをつづっている。〈ドクは薄めねばならぬ。だが、私は、相手の眉間(みけん)を割る覚悟はいつも失うまい〉。思い入れの深い作品を語る声からは、きっと、その気魄(きはく)が聴き取れることだろう。

 3月3日付 編集手帳 読売新聞
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3.07.2010

「政治とカネ」高い倫理観と政治的な中立性が求められる教員・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 ウグイスの鳴き声を、平安時代の人々は「ホーホケキョ」ではなく「ヒトク」と聴いた。〈…ひとくとけさはうぐひすぞ鳴く〉と、光孝天皇の歌にもある。「人来」に掛け、恋しい人が訪れる心弾む予感をその擬声語に重ねたという

 ホッキョーソ――春は名のみの北海道から、奇妙な鳴き声が聞こえてきた。同じヒトクでも、こちらは「秘匿」に違いない

 昨年の衆院選で当選した民主党の小林千代美衆院議員(北海道5区)の陣営に選挙資金を不正に献金した疑いで、北海道教職員組合(北教組)幹部ら4人が逮捕された

 献金1600万円は北教組の裏金ともいわれる。高い倫理観と政治的な中立性が求められる教員の労組とは思えない。心浮き立つ春3月も、鳩山政権には「政治とカネ」がついてまわる

 小銭の授受ではなし、小林議員が不正献金を「全く存じ上げていない」のも不思議な話である。12億円もらって「知らなかった」首相といい、嫌疑不十分での不起訴を潔白の証しと言い張る幹事長といい、民主党には疑惑の渦中に身を置いたとき、ヒトクならぬ「人を食う」とでも鳴く党則があるらしい。

 3月2日付 編集手帳 読売新聞
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3.06.2010

天災に接するたびに、誰もが同じ、ひとつの星に暮らしている・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 琉球諸島にはヤドカリを人間の起源とみなす神話があるという。昔の世を「アマン(=ヤドカリ)ユー」すなわち「ヤドカリの世」と見た。ヤドカリが阿檀(あだん)という木の実を食べて人間に生まれ変わった、と

 榎本好宏さんの『季語語源成り立ち辞典』(平凡社)に教わった知識だが、天災に接するたびにこの神話が胸をよぎる。いかに高度な文明を築いても人間は、地球という名の荒ぶる巻き貝に宿りする寄宿人でしかない

 できることは、科学と情報と経験とを総動員し、家主のもたらす気まぐれな厄災からその都度、難を避けることだけだろう

 きのうはチリ巨大地震による津波の警戒に明け、暮れた。震源は地球の裏側でも津波は押し寄せる。“遠い国”も“近い国”もない。誰もが同じ、ひとつの星に暮らしている――当たり前の事実を、いまさらながら噛(か)みしめた方もあったはずである

 現在のところ、国内で人的被害は出ていないが、チリの被災地を思えば「幸いにも」と言い表す気持ちにはなれない。瓦礫(がれき)の下で、大勢が生シの境にあろう。球形の巻き貝に同居する友に、救いの手を急がねばならない。

 3月1日付 編集手帳 読売新聞
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3.05.2010

福祉とはなかなか含蓄のある言葉、与えるも幸い、受け取るも幸い・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 「福」と「祉」、文字の意味はいずれも「さいわい」である。字典によれば、偏の「示」は、神様への捧(ささ)げ物を置く台を表す

 「福」の旁(つくり)は豊かな酒樽(さかだる)の象形だ。福とは祭りの時に捧げる酒肉であり、後に皆で分け合う。一方の「祉」はそこに神がとどまる、つまり幸せを授かることを意味するらしい。与えるも幸い、受け取るも幸いということだろうか。福祉とはなかなか含蓄のある言葉だ

 週末に「読売福祉文化賞」の贈賞式に立ち会った。受賞者は横浜市で路上生活者を支援している「NPO法人・さなぎ達」、習慣の違いや偏見に悩む在日外国人の生活相談にあたる「京都YWCA・APT」、福岡市を拠点に年50回ものコンサートを開く知的障害者のプロ楽団を旗揚げした「JOY倶楽部プラザ」の3団体

 活動の詳細は23日朝刊に紹介されている。福祉に携わる人たちの並大抵でない苦労には頭が下がるばかりだが、同時に、幸いを分かち合っているという充実感も見えてうらやましい

 心の酒樽を熟成させている人たちを、ささやかな賞で応援できる機会を得たというのもまた、幸せなことである。

 2月28日付 編集手帳 読売新聞
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3.04.2010

今日の「クライ」を明日の「キス」に変えられる・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 「キス&クライ」とは誰の命名だろう。フィギュアスケートのリンク脇、選手とコーチが採点の発表を待つ場所をいう。歓喜のキスと、嗚咽(おえつ)(クライ)の交差点である

 「キス」だけの人生はこの世にないとはいえ、まだ少女の面影を残す人の「クライ」を聴くのは、やはりつらいものである

 バンクーバー冬季五輪の女子フィギュアで浅田真央選手(19)が堂々の銀メダルに輝いた。それでも、息をのむほど完璧(かんぺき)な演技を見せた韓国の金妍児(キムヨナ)選手(19)に敗れたことがよほど悔しかったのだろう

 思い出した歌がある。〈はたちの日よきライバルを君に得て自ら当てし鞭(むち)いたかりき〉。詩人、堀口大学が西条八十の霊前に捧(ささ)げた一首という。「十九の日」ならば、氷上の二人だろう。自分の演技に納得していない――浅田選手は涙で途切れとぎれに語り、自責の痛い鞭をわが身に当てた。金選手もまた、好敵手の顔を脳裏に浮かべて猛練習を積んだだろうことを思うとき、金銀のメダルはともに両者の美しい共作と言えなくもない

 あなたには、今日の「クライ」を明日の「キス」に変えられる若さがある。時間がある。

 2月27日付 編集手帳 読売新聞
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2.28.2010

「幸災楽禍」心の奥底に沈殿していた気持ちが、一挙にはじけ・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 他人の不幸は蜜の味。これによく似た意味の英語に「シャーデンフロイデ(Schadenfreude)」がある。元はドイツ語で、英語にはなかった言葉だ

 世界に誇るトヨタ車が、対応が後手に回ったこともあって米国でリコールに追い込まれた。厳しいトヨタ批判を繰り広げる米国の一部の報道ぶりを知り合いの英国人と話していたら、この言葉を教えてくれた

 米国の文化でもある自動車分野で、トップの座をニッポンに奪われ、米国人の深層心理が屈折していた時に、リコール問題が浮上した。日ごろ、心の奥底に沈殿していた気持ちが、一挙にはじけたのだろうか

 日本は国内総生産(GDP)で過去40年余り、世界2位だったのが、今年は中国に追い抜かれそうだ。「1人当たりのGDPに直せば途上国」から、「中国の人口は日本の10倍。日本を追い抜くのは当然でしょう」と、中国人の反応は様々だ

 日中逆転が両国の人々の深層心理にどんな変化を呼び起こすのか。「シャーデンフロイデ」に相当する中国語の成語は「幸災楽禍(シンツァイラーフオ)」である。日中ともに使う機会がないことを願いたいものだ。

 2月22日付 編集手帳 読売新聞
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2.27.2010

非難の度合いは100倍にもなれば、逆に100分の1にもなる・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 〈人は、起こしたことで非難されるのではなく、起こしたことにどう対応したかによって非難される〉。10年前に東京商工会議所が作った、企業向け危機管理マニュアルの書き出しにある

 言葉の主は「青春とは人生のある期間ではなく心の持ち方を言う――」の詩で知られるサミュエル・ウルマンとの説もあるが定かでない。ともかく冒頭の至言は企業の間で少なからぬ共感を呼び、手帳に書き留めて胸に忍ばせる広報マンもいた

 当然、人は「起こしたこと」についても相応の非難を受ける。しかしその後の対応如何(いかん)で非難の度合いは100倍にもなれば、逆に100分の1にもなる

 つまるところ、危機に際しては情報公開を徹底し、認めるべき落ち度は迅速に認めるのが最善、ということだ。ただしこれが極めて難しい

 米国でトヨタ自動車に対する風が、ますます強く、冷たくなっている。原因の一つが、後手後手の対応にあることは間違いない。豊田章男社長が今週、米議会の公聴会に臨む。正念場をどう乗り切るか。経団連の会長を2代輩出したトヨタが、「人は――」の至言を知らぬはずはなかろう。

 2月21日付 編集手帳 読売新聞
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2.26.2010

男子悲願のメダル「道」お楽しみはこれから・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 綱渡り芸人の男が、やはり旅芸人のヒロインに語る。〈どんなものでも、何かの役に立つんだ。たとえば、この小石だって役に立っている。空の星だって、そうだ。君もそうなんだ〉

 イタリア映画の名作、フェリーニ監督『道』の一場面である。映画の名せりふを集めた和田誠さんの『お楽しみはこれからだ』(文芸春秋刊)から引いた

 右ひざのじん帯断裂、手術、リハビリ…険しい山坂も彼には、競技者の精神を磨く砥石として役に立ったのかも知れない。バンクーバー冬季五輪フィギュアスケートで『道』の音楽に乗せ、高橋大輔選手(23)が男子悲願の「銅」に輝いた

 織田信成選手(22)の姿に、胸を打たれた人も多かったはずである。演技の途中で靴ひもが切れ、おそらくは泣き出したかったろうに、持ち味のコミカルな動きを最後まで演じきった。励ましの拍手の中で演技を終え、「ありがとうございます」、唇の形がそう動いたのを忘れない

 何のいたずらか、4年前、銀盤の神様が靴ひもにぶつけた「小石」のおかげで今がある――何色かのメダルを胸に、そう語ってくれる日がくると信じている。

 2月20日付 編集手帳 読売新聞
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2.25.2010

人の世の浮き沈みと、泣き笑いと、人情喜劇を見ているような役者人生・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 東京・池袋のキャバレーで舞台衣装に着替えようとしたら、部屋がない。トイレの横にゴザが敷かれ、「ここで」と支配人が言う。売れる前の下積み時代ならばともかく、茶の間の人気者であった人には、こたえただろう

 『てなもんや三度笠』が終わって『必サツ』シリーズが始まるまでの4年間、藤田まことさんはテレビから忘れられた時期をすごしている。ほかに仕事がなく、歌とコントを携えてキャバレーを回ったのはその頃である

 「まことさん、まことさん」とチヤホヤしていた取り巻き連中は、背を向けて去っていった。いっときの人気にのぼせていた頭を冷やし、芝居の基礎を身につける時間を運の“神さん”が与えてくれたんでしょうな――藤田さんはのちに語っている

 『てなもんや』あんかけの時次郎、『必サツ』中村主水、『はぐれ刑事純情派』安浦吉之助、『剣客商売』秋山小兵衛…と、重ねた年輪にふさわしい花を咲かせたのも、じっと地に根を張る不遇のときがあったからだろう。藤田さんが76歳で急逝した

 人の世の浮き沈みと、泣き笑いと、人情喜劇を見ているような役者人生である。

 2月19日付 編集手帳 読売新聞
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2.23.2010

「肥やさなかった」のと「肥やしそこねた」のとでは天と地の開き・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 免疫のことを英語で「イミュニティ」という。もとはローマ時代に租税や公役から免れることを意味したラテン語という。英和辞典にはいまでも、「免疫」と「免税」がともに載っている

 人々の暮らしを支える税金を疫病と一緒にしてはいけないが、青息吐息で納税する人には実感かも知れない。確定申告の季節を迎え、国会で野党から脱税疑惑を追及される鳩山首相も、国民には納税を呼びかけている

 百歩譲って、母上がくれた12億円のお小遣いを「知らなかった」(!)のが事実としても、腑(ふ)に落ちないことがある。これだけの騒ぎになった現在に至るも、面談であれ、電話であれ、母上に事の顛末(てんまつ)を一度も尋ねていないのはどういうわけだろう

 「私腹を肥やしていない」と首相は言うが、露見していなければ、あとから納めた贈与税6億円は丸もうけだったはずである。「私腹を肥やさなかった」のと「私腹を肥やしそこねた」のとでは天と地の開きがあろう

 首相の12億円や幹事長の4億円に馴(な)らされてか、百万円単位、一千万円単位の疑惑が何やら、かわいく思えてきそうで怖い。いやな免疫である。

◆2月18日付 編集手帳 読売新聞
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2.22.2010

凋む…凌ぐ…凄い…「にすい」の変転・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 氷を光にかざすと、なかに筋が見える。漢字の部首「にすい」はこの筋をかたどったものという。テレビ桟敷で「にすい」の漢字を声に出した方もあったろう。〈凄(すご)い〉と

 冬季五輪バンクーバー大会、スピードスケートの男子500メートルで、長島圭一郎選手(27)が銀メダルを、加藤条治選手(25)が銅メダルを、それぞれ手にした

 長島選手は競技者の出世街道を歩いてきた人ではない。無名選手として過ごし、大学卒業のときは実業団チームから誘いはなかった。4年前のトリノ五輪では13位に終わり、屈辱の涙を流してもいる

 心が凋(しぼ)む日もあったろう。凋む…凌(しの)ぐ…凄い…「にすい」の変転あればこそ、感激はひとしおに違いない。〈凛(りん)〉も同じ部首である。〈鈴あらば/鈴鳴らせ/りん凛と〉とは辻井喬さんの詩『新年の手紙』の一節だが、銀の鈴、銅の鈴のうれしい合奏に、しばし聴き入るとしよう

 胸に描いたメダルとは色が違ったのだろう。競技を終えた二人の談話には悔しさもにじんでいた。ともにまだ20代、「金の鈴」への思いは他日に残すのもいい。夢に続編があるのも、若き競技者の特権である。

 2月17日付 編集手帳 読売新聞
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2.20.2010

「めちゃくちゃ」下手な医者の手にかかったら命がない・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 下手な医者が急病人の知らせに駆け出し、はずみで隣家の幼女を蹴飛(けと)ばしてしまった。「どうしてくれる」と母親が怒る。仲裁に入った大家がなだめていわく、「足で蹴られたぐらいは堪忍せよ。この人の手にかかったら命がない」

 江戸の小(こ)咄(ばなし)にある。こういう話を語れるのも、聞いて笑えるのも、誰もがそこに誇張を読み取るからだろう。そんなヤブ医者は現実にいないと思えばこそ、心おきなく笑うことができる

 政治資金をめぐる醜聞や、冬季五輪の話題に隠れた感はあるが、奈良県大和郡山市の医療法人雄山会「山本病院」の事件にはあきれるのみである

 元理事長(52)らが執刀した肝臓の腫瘍(しゅよう)摘出手術で患者がシ亡した。心臓血管外科が専門で肝臓は専門外、手術の経験がない上、輸血用の血液も用意していなかった。そもそも腫瘍は良性だったという。元理事長はほかの勤務医にも“専門外手術”を奨励していたというが、報じられているところを総合すれば「めちゃくちゃ」の一語に尽きる

 何がしたくて医師という職業を選んだのか――首をひねりつつ、憤りつつ、気に入りの小咄に封印をする。

 2月16日付 編集手帳 読売新聞
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2.19.2010

ローカル「地域主権」頼らない、自立でふるさとを変える・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 合言葉は、「ローカル・アンド・ローカル(地方と地方)」だ。青森、山形、山梨、長野、福井、奈良、島根、高知、熊本の9県知事が政策グループ「自立と分散で日本を変えるふるさと知事ネットワーク」を結成した

 教育、産業、観光などの分野で、お互いの先進的な政策事例を共有し、各県の施策に活用する。ある県が別の県の農協と連携して新商品を開発・販売したり、大学と共同研究に取り組んだりする

 あえて「田舎の知事」ばかりが集まった。鳩山政権は「地域主権」を掲げるが、「国主導で国と地方のあり方を変えるのは難しい」と訴える。5月には地方の発想による独自の政策提言を発表する予定だ

 無論、その道のりは簡単ではない。バブル崩壊後の「失われた10年」と小泉改革で、地方経済は疲弊した。若者や企業の大都市圏への流出が続く。9県の担当者が相談に集まる先も結局、東京となった。「日本の交通が東京中心に構築されているのを実感した」という

 どの県にも特有の魅力がある。東京に頼らない「ローカル」の魅力を最大限に引き出し、育てるため、知恵を絞ってもらいたい。

 2月15日付 編集手帳 読売新聞
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2.18.2010

自らを鼓舞するも自然体で行くも、問われるのは常に結果・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 五輪に集うアスリートには2種類のタイプがあろう。一つは、必ずメダルを取る、などと公言して自分を鼓舞する選手。もう一つは、静かに闘志を燃やしつつ、自然体で実力を出そうとする選手

 スポーツの世界に限るまい。例えば鳩山首相にあてはめると、やはり前者のタイプなのだろうか。夫人が金メダルをイメージして見立てたゴールド系の“勝負ネクタイ”を就任以来、締め続けているのだから

 ただし最近は、毎日が金メダルタイとは限らないようである。たまに青系のネクタイも見るようになった。国会で明るい紫色を締めている時などはかなり新鮮に映る

 金色もお似合いではあるが、野党の党首時代は赤あり緑ありで、多彩なネクタイの趣味を披露していたと思う。首相の仕事は日々勝負とはいえ、ゴールド系のみではマニフェストに固執する姿勢にも似る。鳩山さんが少し自然体になって、ファッションと政策に柔軟性を取り戻そうとしているのなら好ましい

 無論、自らを鼓舞するも自然体で行くも、問われるのは常に結果だ。まずはバンクーバーから良いニュースが届くのを楽しみに待ちたい。

 2月14日付 編集手帳 読売新聞
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2.17.2010

スポーツ観戦の楽しみ「こだま」励ましたつもりが、励まされている・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 呼べば応える「こだま」は漢字で「谺」とも「木霊」とも書く。梅の木が冬に耐えて花を咲かせるこの季節には、「木霊」の表記が似合うようである

 スポーツ観戦の楽しみは、木霊を聴くことにあるのかも知れない。故障を克服し、あるいはスランプを乗り越えて大舞台に臨んだ選手を「頑張れ、負けるな」と応援しているうち、自分が選手から同じ言葉で声援を送られていることに気づく。励ましたつもりが、励まされている

 テレビが中継する“街頭の声”でよく耳にする「元気をもらった」「勇気をもらった」という言い回しも、木霊をその人なりに受け止めた言葉だろう。冬季五輪バンクーバー大会がきょう、開幕する

 若木がいる。スピードスケートの15歳、高木美帆選手はリンゴのような頬(ほお)にニキビの跡も初々しい中学3年生である。ジャンプの6大会連続・葛西紀明選手37歳、スピードスケートの5大会連続・岡崎朋美選手38歳のように、年輪を重ねた幹もいる

 木霊を反響させてくれるだろう日本選手団という樹林の、ほぼ全員に声援を送るつもりでいる。あえて「ほぼ」とした理由は言わない。

 2月13日付 編集手帳 読売新聞
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2.16.2010

「若い藝術家の肖像」作品に、作者に、骨の髄まで惚れ込めばこそ・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 谷崎文学や川端文学などを英訳したE・G・サイデンステッカー氏の自伝に、翻訳者の嘆きを語った詩が出てくる

 〈広い世界のどこでも同じ/まったくもってひでぇ話/褒められるのはいつでも作者/貶(けな)されるのはいつでも訳者〉。それでも翻訳に精魂を傾けるのは、その作品に、作者に、骨の髄まで惚(ほ)れ込めばこそという

 一つ小説を書くごとに、ジョイスの偉大さがわかる。もっと小説を書いてジョイスを知りたい――ジェイムズ・ジョイス『若い藝術家の肖像』の翻訳で今年の読売文学賞に選ばれた丸谷才一さん(84)が本紙で語っていた。愛の告白として、これ以上の言葉はあるまい

 丸谷さんが古希を迎えたとき、親しい編集者が歌舞伎のせりふをパロディーに仕立てて贈ったという。丸谷文学の作品名が織り込んである。〈知らざあ言って聞かせやしょう エホバの顔を避けてより〉に始まり、〈たった一人の反乱と 人は言えども大きなお世話…〉とつづく

 締めの名乗り。〈めでたく七十路迎えたる 丸谷のジョイス才一たあ おれがことだ〉。今度の受賞をあらかじめ祝ったような名せりふである。

 2月12日付 編集手帳 読売新聞
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2.15.2010

世界市場に打って出る戦略“理想のカップル”実るも、散るも縁・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 評論家の野口武彦さんは「恋愛」を次のように定義したという。〈より多く愛した側が敗北する男女の性的葛藤(かっとう)である〉。小谷野敦さんの「〈男の恋〉の文学史」(朝日選書)からの孫引きである

 経営統合の交渉は、〈より多く愛した側が敗北する企業同士の経済的葛藤である〉と、定義できるかも知れない。業績で劣勢に立つ企業の側は、是が非でも統合を実現しなくてはならず、厳しい条件を受け入れてでも交渉をまとめようとするだろう

 厄介なのはどちらも優良企業で、良縁は引く手あまた、相手を愛する度合いも一緒、交渉で敗北して無理難題をのむなんて「冗談じゃないわ」という強気同士の場合である。キリンとサントリーの統合交渉が決裂した

 組織力を誇る三菱グループの一員で手堅い経営のキリンと、株式の約9割を創業者一族が握る独特の経営手法で知られるサントリーと、企業文化の壁を越えられなかったという。内需を食い合うのではなく、世界市場に打って出る戦略を共有した“理想のカップル”とも評された

 実るも、散るも縁のものとはいえ、さみしさの残る恋の終わりである。

 2月10日付 編集手帳 読売新聞
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2.12.2010

現実的なものとそうでないものに、そろそろきちんと分別した方がいい・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 マニフェスト、という外来語は二つある。政権公約を意味するのは「manifesto」。産業廃棄物などの申告書類は「manifest」。立派な公約集と政策廃棄物一覧は紙一重だ――昨夏の総選挙前にそう書いた

 鳩山政権も半年近くたち、前者から後者へと移すべき政策がくっきりしてきたようだ。最たるものは子ども手当の「満額支給」だろう。実行すると年に5兆3000億円かかる

 子育て家庭への思い切った経済支援はいいが、国の財布から見て、やはり巨額過ぎる。2人の財務副大臣がそろって、「満額は難しい」と本音で語ったのはなかなか分別ある姿勢だった

 なのに上役からお叱(しか)りを受けた副大臣は一転、「うかつな発言だった」と陳謝したという。それでほかの福祉予算は確保できるの?と、医療や介護などの現場で不安が募るのは宜(むべ)なるかな

 高速道路無料化や農家の戸別補償など半年前に掲げた公約の数々を、現実的なものとそうでないものに、そろそろきちんと分別した方がいい。「分別」もまた“ふんべつ”と“ぶんべつ”の2語あるが、鳩山政権にはどちらも必要だろう。

 2月7日付 編集手帳 読売新聞
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2.10.2010

嫌疑不十分、黒に劣らず「白」たる身の証しもまた、棘の道・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 〈モノクロ映画では、黒と白のあいだに無限のグレーがある〉とは映像カメラマン、宮川一夫さんの言葉である。溝口健二監督『雨月物語』や黒沢明監督『羅生門』などの撮影で“国宝級”と評された名匠ならではの色彩論だろう

 モノクロ映画と同じく「不起訴」にも、黒と白のあいだに濃淡無限のグレーがある。一私人であれば、検察当局が起訴を断念したその事実をもって身の潔白の証しとするのもいいだろう

 政治資金の不正処理事件で不起訴(嫌疑不十分)になった政権党の最高実力者、小沢一郎民主党幹事長は公人中の公人である

 土地購入の原資4億円をめぐる説明が「政治献金」「金融機関からの融資」「個人資金」と、二転三転したのはなぜか。総額で30億円に近い実態と異なる記載が、本当に秘書の一存で出来るのか…等々、解明されない謎が多すぎる。小沢氏は国会や記者会見の場で語るべきだろう

 起訴された政治家には法廷という疑惑を晴らす場所がある。嫌疑不十分で不起訴になった政治家は、自身の言葉で「白」たる身を証し立てるしかない。黒に劣らずグレーもまた、棘(いばら)の道である。

 2月5日付 編集手帳 読売新聞
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2.09.2010

「一門の意思」良き伝統は崩れるに任せ、改めるべき旧弊を大事にする・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 昔の白粉(おしろい)には鉛が含まれており、希代の名優とうたわれた五代目中村歌右衛門は身を鉛毒に侵されつつ、芸に精進したという。偉大な先人がそうだったからといって、今、鉛入りの白粉を好んで使う役者はいない

 人気の絶頂期、歌右衛門が入った風呂の湯は竹筒に入れて売られたと伝えられる。いかに人気が高かろうとも、今、あまり衛生的とは言いかねる同種のグッズを売りに出す役者はいない

 「伝統を守る」とは古人の精神と、歳月に磨かれた様式美を受け継ぐことであり、無批判に旧習を温存することを意味しないのは当然だろう。相撲の社会はつくづく不可解である

 日本相撲協会の理事選で一門の意思に反する候補に票を投じた安治川親方(元幕内・光法)に、退職する、しないの騒動が起きた。おのが自由意思を1票に託したことで職が危うくなる、そんな恐怖国家のような選挙がこの広い世の中のどこにある

 横綱のガッツポーズには厳しい処分を下さず、「抑制の美学」という良き伝統は崩れるに任せ、改めるべき旧弊を大事にする。非常識という名の鉛毒に侵されているように思えてならない。

 2月4日付 編集手帳 読売新聞
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2.08.2010

雪に白く覆われた「節分」固唾を呑んで、変わり目を見つめている・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 大正から昭和にかけてフランスの駐日大使を務めたポール・クローデルは詩人としても知られた。日本を題材に、171の短章を収めた詩集『百扇帖』から。〈雨やうやく雪となり/泥やうやく金(きん)となる〉(山内義雄訳)

 金色に輝いていく泥、が詩の眼目だろう。いわれてみればたしかに、ぬかるみの泥が降り積もる雪に隠れていくとき、そう映る一瞬があるようである。きのうの未明にかけて東京も、雨から変わった雪に白く覆われた

 水気の多い雪が春の遠くないことを教えている。きょうは節分、明けて4日は立春である

 今年ほど立春のその日が世間の耳目を集めている年もあるまい。いわゆる“小沢資金”をめぐり、政治資金規正法違反容疑で逮捕された石川知裕容疑者(民主党衆院議員)ら3人が4日に拘置期限を迎える。場合によっては小沢一郎・民主党幹事長の進退問題も浮上することから、永田町では与党野党を問わず、固唾(かたず)を呑(の)んで季節ならぬ捜査局面の変わり目を見つめている

 詩の〈泥やうやく金(きん)となる〉とは違い、巨額の金(かね)が醜聞の泥にまみれたなかで迎える、いささか無粋な春である。

 2月3日付 編集手帳 読売新聞
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2.07.2010

一門の意思・慣例破りの貴乃花親方当選、ほどの良い緊張感・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 向田邦子さんのシナリオ『冬の運動会』に“出刃(でば)納豆”の話が出てくる。藁苞(わらづと)に出刃包丁を突き刺して作る納豆のことという

 テレビでは大滝秀治さんの演じた靴職人が、団欒(だんらん)の食卓で語る。〈出刃つき刺す。納豆の奴(やつ)、びっくりして汗かくんだよ。納豆に一番大事なのは水分だろ。水気がなきゃ、糸ひかないもの。な! これ、名づけて『山形の出刃納豆』〉(岩波現代文庫「向田邦子シナリオ集4」)

 賞味したことはないが、冷や汗にも効用があるらしい。なにやら、人の組織に緊張感を取り戻す方策を暗示しているようでもある

 一門の意思で決められてきた日本相撲協会の理事選挙で、一門を離脱して出馬した貴乃花親方が当選した。監督指導の糸引きが悪く、薬物事件に暴力事件と相次ぐ不祥事で不出来な納豆をこしらえてきた協会に、慣例破りの出刃はほどの良い緊張感をもたらすだろう。横綱朝青龍の暴行問題にどう対処するかで早速、冷や汗の効能が試される

 渦中の横綱は節分の豆まき行事を辞退するという。相撲界の藁苞にとどまれるか、自身が瀬戸際の豆、「福は内」の心境ではあるまい。

 2月2日付 編集手帳 読売新聞
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2.06.2010

地球最後の時まで「終末時計」の針が3年ぶりに1分戻され・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 人類最初の原爆投下を命じたトルーマン米大統領が、それよりもはるかに強力な水爆の開発を原子力委員会に命じたと公式に発表したのは、60年前の1月31日だ。前年、旧ソ連の原爆実験成功で、米国の核兵器独占は終わっていた

 以来、世界は、核戦争による人類滅亡の危機にさらされてきた。昨年末の時点で、地球上に2万3000発以上の核兵器があり、うち96%を米国とロシアが保有している

 その両国が、新たな核軍縮条約の合意に向けて大詰めの交渉を再開する。それもあってのことだろう、先月、地球最後の時までの残り時間を示す「終末時計」の針が3年ぶりに1分戻され、「残り5分」から「残り6分」となった

 時計を管理する米科学誌「ブレティン・オブ・ジ・アトミック・サイエンティスツ」は、「核兵器のない世界」を唱えるオバマ大統領の存在も大きいとしている

 世界はちょっぴり安全になった、といわれても、昨年、2回目の核実験を強行した北朝鮮から、そう遠くない日本に住む身としては、得心しかねるが。「残り17分」だった19年前の世界に戻るまで、道程はまだ先が長い。

 2月1日付 編集手帳 読売新聞
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2.05.2010

世界市場への拡大路線、品質神話が揺らぎ・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 明らかに日本車とは趣の違うトラックの荷台に、「TOYOTA」と赤い字が大きく書いてある。拙(つたな)いロゴで、“O”の字などは四角い。よく見ると、自国メーカーの武骨な車体に赤いビニールテープを張っているのだった

 十数年も前のことだが、海外取材の折にそんな“偽ブランド車”を一度ならず目撃した。それを当時、トヨタ自動車の会長だった豊田章一郎さんに話した覚えがある

 この車がトヨタだったらな…という運転手の声が聞こえるようで日本人としては誇らしかったですよ、と伝えると、ご本人は困ったような嬉(うれ)しいような面持ちで笑っていた。トヨタ車の品質神話が世界中に浸透してから、すでに久しい

 それが揺らぎそうな事態である。アクセルペダルの不具合などで、トヨタ自動車は米国を中心に数百万台規模の回収を決め、あす1日からは北米工場で対象車種の生産を一時停止する

 問題の部品は設計から海外メーカーにまかせ、トヨタ流の厳しい品質管理が十分に及ばなかったらしい。世界市場への拡大路線のアクセルが少々過ぎたか。見直すべきはペダルだけではないかもしれない。

 1月31日付 編集手帳 読売新聞
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2.04.2010

半世紀を姿なき「伝説の人」崖から転がり落ちそうになったら・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 例えば科学者とか弁護士とか、将来、何になりたいの? 妹に聞かれ、高校生ホールデンはある風景を語ってみせた。崖(がけ)っぷちにライ麦畑があり、何千人もの子供たちが遊んでいる]

 〈僕のやる仕事はね、誰でも崖から転がり落ちそうになったら、その子をつかまえることなんだ…〉。J・D・サリンジャー、野崎孝訳『ライ麦畑でつかまえて』(白水社刊)の一節である。「崖の下」は、大人の“いんちきな世界”を指すらしい

 自己を据える場所が見つけられないいらだちと、大人社会への反抗と、永遠の青春小説を残し、サリンジャー氏が91歳でシ去した

 米国ニューハンプシャー州の自宅にこもり、半世紀を姿なき「伝説の人」として生きた。越してきた当座は、地元の子供たちと親しく交際したという。ある少女が彼との会見記を特ダネとして新聞に載せたことに激怒し、敷地に高い塀を巡らせて世間との交渉を絶ったと伝えられる。信じていた子供たちまで崖の下に消え、ライ麦畑にひとり残された人の孤独がしのばれる

 みずからの後半生を原稿用紙にして小説のつらい続編を書いた、そんな気もする。

 1月30日付 編集手帳 読売新聞
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2.03.2010

答弁中にヤジを飛ばし「うるさい」お行儀がよろしくない・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 蒙古(モンゴル)に精通し、「蒙古王」と呼ばれた政治家に佐々木安五郎がいる。衆院議員の佐々木が加藤高明外相に、蒙古について質問の演説をした。1915年(大正4年)のことである

 答弁に立った加藤が「佐々木君は蒙古には特別にお詳しいから…」と皮肉を述べた。間髪入れず、佐々木がひと声、「貴下の英国に於(お)けるが如(ごと)し」。英国通の加藤に切り返した当意即妙のヤジに、議場が沸いたという

 森銑三「風俗往来」(中公文庫)の一節だが、こういうピリッとワサビの利いた不規則発言ならばまだしも、である

 答弁中の閣僚が質問と関係のない発言をする。ヤジを飛ばした議員を「うるさい」と怒鳴(どな)りつける。政権の座に慣れていないせいか、鳩山内閣になって閣僚答弁のお行儀がよろしくない。不規則な発言を慎むよう、臨時の閣僚懇談会を開いて官房長官が異例の注意を与えたという

 テレビにも映る。家に帰って子供や孫を「お行儀が悪いぞ」とは叱(しか)りにくいだろう。その子から「貴下の国会答弁に於けるが如し」と言い返されたら、立つ瀬がない。ヤジに耐える能力も閣僚の資質である。

 1月29日付 編集手帳 読売新聞
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2.02.2010

「トラスト・ミー」口走った直後に取り消しても遅すぎる・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 あわて者の女房が道で伊勢屋のお内儀(かみ)さんに出会い、「旦那(だんな)さまは、おかわりなく…」と言いかけて、伊勢屋の主人が3か月前にシんだことに気づき、「お亡くなりになったまんまでござんすか?」。江戸の小(こ)咄(ばなし)にある

 失言は誰にもある。普通はこの女房のように口走った瞬間、「まずい!」と悟るものである。一夜明けてようやく悟るのは、よほど言葉に鈍感な人だろう

 鳩山首相はきのう、“小沢資金”疑惑の石川知裕容疑者(民主党衆院議員)について「起訴されないことを望む」と語った前夜の発言を、不適切と認め、撤回した

 検察のトップ、検事総長の任免権は内閣にある。内閣の長たる首相の〈不起訴祈願〉は、捜査への介入とみなされても仕方がない。口走った直後に取り消しても遅すぎるほどの重い失言である。検察当局を批判する小沢一郎幹事長に告げた「闘ってください」。普天間問題でオバマ米大統領に告げた意味不明の「トラスト・ミー」(私を信じて)。ため息も、3度目になる

 小咄に出てくるあわて者の女房が、にわかに見識のある常識人に思えてくるから、困った政権である。

 1月23日付 編集手帳 読売新聞
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2.01.2010

検視「生者を助ける」次の犯罪を未然に防ぐことができる・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 その物語に登場する米国ニューヨーク市の検屍(けんし)局では、大理石の壁にラテン語の言葉が刻まれている。〈シ者が生者を助けるこの場所では、会話も笑いも聞かれない〉

 パトリシア・コーンウェルの女性検屍官シリーズの一冊『私刑』(講談社文庫)のなかにある。小説の一節だが、検視(検屍)のもつ重い意味をよく伝えている。検視によって事件が早期の解決をみれば、次の犯罪を未然に防ぐことができる。「シ者が生者を助ける」場所である

 欧米に比べて遅れている検視制度を改めるべく、警察庁が近く研究会を発足させるという

 警察が一昨年扱った“異状シ”約16万体のうち、検視官が現場に立ち会ったのは14・1%、解剖に付されたのは9・7%にとどまる。解剖せずに「自サツ」と判断して犯罪が見逃された事例がなかったかどうか。研究会は検視官や解剖医の増員に向けた具体策などを議論するという

 同シリーズの作品『接触』で、主人公が同僚に嘆く。〈私たちが十分な予算をもらえることは絶対にないわ。シ人は投票しないから〉。投票することはなくても、生者を助けてくれる人々である。

 1月22日付 編集手帳 読売新聞
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1.31.2010

煮詰まってます「火中の栗」移設を容認していた市民が反対へと転じた・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 作者は教師だろう。俵万智さんの「花咲くうた」(中公文庫)から一首をひく。「勉強が煮詰まつてますと泣く子あり まづ〈煮詰まる〉を辞書に引け君」(寺井淳)

 議論が出尽くして論点が整理され、問題が解決に近づくことを「煮詰まる」という。別に、鍋が煮えすぎて水分が蒸発してしまうことも意味する。この生徒は八方ふさがりの脳ミソを煮えすぎた鍋にたとえたのだろう

 外交の懸案が煮詰まりつつある。どちらの意味かは言うまでもない。沖縄県名護市長選挙で、普天間飛行場の移設受け入れに反対する新人候補が当選した

 もとは移設を容認していた市民の心を拒絶へと転じさせたのは、ほかに移設先がいくらでもあるかのごとく装った鳩山首相の発言である。「それならば我が町が火中の栗を拾わずとも…」と、市民は思っただろう。名護市に移設する日米合意案の実現はいよいよ困難の度を増し、さりとて名護市に代わる移設候補地はいまのところ皆無である

 決着期限まで残り4か月、袋小路に出口をどう見つけるのだろう。外交が煮詰まってますと泣く首相あり――では、歌にもならない。

 1月26日付 編集手帳 読売新聞
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1.30.2010

常用漢字表の改定「碍」の扱い、「障がい者」よりはいい・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 行く手を石に遮られた人が、立ち止まって思案する。障ガイを意味する漢字「礙(がい)」は、そんな場面を示している。その俗字が「碍(がい)」だ

 常用漢字表の改定を検討する文化審議会の委員会で「碍」の扱いが一つの焦点となっている。「障ガイ者」と表記すると負の印象が強い。中立的イメージの「碍」を常用漢字に加えて「障碍者」と表記できるようにすべきだ――。そんな意見が委員会に数多く寄せられている

 戦前は「障ガイ」「障碍」「障礙」の三つの表記が併用されていた。「障碍物競走」と記された運動会のプログラムをご記憶の年配の方もおられることだろう。もっとも、「障ガイ者」という言葉が定着するのは戦後になってからだ

 平仮名で「障がい者」とすべきだという意見もある。文化審議会とは別に、政府は「障ガイ」の法令上の表記のあり方について検討を始めた

 「碍」と言えば「融通無碍(むげ)」や「碍子(がいし)」などの言葉も思い起こされる。「障ガイ者」の表記の選択の幅を広げる意味で、まずは「碍」を常用漢字に加えたとしても、違和感を抱く人はあまりいないだろう。少なくとも「障がい者」よりはいい。

 1月25日付 編集手帳 読売新聞
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1.29.2010

歴史は繰り返す、弟子は師が刻んだ轍をどこまでたどるのだろう・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 〈幹事長の強力なリーダーシップで、300議席という奇跡的な大勝利を得た。その選挙で当選した新人は「雨後のたけのこ議員」などと呼ばれたが、派閥の勉強会で教育されて立派に成長した…〉

 30年前の小沢一郎後援会・陸山会発行の書物にそう記述されている。小沢氏の父で建設相などを務めた佐重喜(さえき)氏十三回忌の追悼本だ。紹介したくだりは後継ぎの「政治家小沢一郎への期待」と題した章にあった

 文中の幹事長とは田中角栄氏であり、薫陶を受けた昭和44年初当選組のホープが小沢氏というわけだ。その若手が今は、やはり幹事長として300超の議席を持つ与党を差配し、チルドレンと呼ばれる新人議員を大勢、配下に置いている

 歴史は繰り返す、ということか。否、弟子が師の背中を極めて忠実に追いかけ、その位置まで見事にたどり着いたとみるべきだろう。問題はここから先だ

 東京地検特捜部が、政治資金に疑惑ありとして小沢氏を事情聴取した。疑いが深まるか晴れるか、予測はできぬ。ただ、この弟子は師が刻んだ轍(わだち)をどこまでたどるのだろう、と固唾(かたず)を呑(の)んで見守るのみである。

 1月24日付 編集手帳 読売新聞
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1.26.2010

「くさい、くさい」においのもとを確認する・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 胎児を包む膜を「胞衣(えな)」という。昔、地方によっては子供が生まれると、胞衣を土に埋め、地面を父親が踏んだ。最初に踏んだ者をその子は一生怖がると信じられ、親の威厳を保つ儀式であったらしい

 「親が踏む前にクモがシューと通ったんでんな」。落語『こぶ弁慶』に、クモ恐怖症の男をそう語るくだりがある。民主党政権の胞衣を最初にシューと踏んで通ったのは政権交代の立役者、小沢一郎幹事長だろう。とはいえ、怖がるにもほどがある

 民主党が“小沢資金”疑惑の検察捜査に圧力を強め、その一端は報道にも向けられている。怖さ余って、忠誠心の売り込み競争か…と、笑ってもいられない

 においのもとを確認するのが異臭騒ぎの鉄則であり、常識である。検察の鼻を洗濯バサミでつまんでしまえ。「くさい、くさい」と騒がしいメディアの口にサルグツワを噛(か)ましてしまえ――とは、異様かつ異常である

 胞衣を埋め直し、民主党を信じて一票を投じた有権者に踏み直してもらうのがいいだろう。恐れるのならば、有権者を恐れよ。洗濯バサミとサルグツワの政治は北朝鮮だけでたくさんである。

 1月21日付 編集手帳 読売新聞
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1.25.2010

閉めた扉のなかで改めなくてはいけないことは幾つもある・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 漢字ひとつのなかにも詩想は浮かぶものらしい。〈涙 ながすときには/ひっそりと 戸をしめて/でも/ながした 涙のぶんだけ/戸のなかで/大きな人になって/戻っておいで〉

 杉本深由起さんのちょっと風変わりな詩集『漢字のかんじ』(銀の鈴社)を読んでいて見つけた「涙」と題する詩である。なるほど、サンズイに戻ると書いて〈涙〉、〈戻〉のなかには〈戸〉と〈大〉が含まれている

 実らぬ恋であったり、苦い悔恨であったり、人の世の薄情であったり、ひっそり部屋にこもり、ひとり涙した経験は誰にもあろう

 人に限ったことでもない。かつて“日本の空”の代名詞であった企業が涙のときを迎えている。日本航空が東京地裁に会社更生法の適用を申請した。いわば倒産であり、一からの出直しになる。危機感の乏しい「親方日の丸」体質、小回りの利かない肥満体形、複雑な労使関係…と、閉めた扉のなかで改めなくてはいけないことは幾つもある

 3年以内の再建を目指すという。贅肉(ぜいにく)をすっきり削(そ)ぎ落とし、安全で、安心で、流した涙のぶんだけ素敵(すてき)な笑顔の翼となって戻っておいで。

 1月20日付 編集手帳 読売新聞
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1.24.2010

あなたと同じように、私も黙っていた「国民の声」を金看板にする党・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 恐怖政治を敷いたソ連の独裁者スターリンがシ去し、党大会が開かれた。フルシチョフ第1書記が生前の専横を列挙し、スターリンを厳しく批判した。演説のさなか、会場から声が上がった。「その時、あなたは何をしていたのか」

 壇上のフルシチョフは「いま発言したのは誰か。挙手を願いたい」と切り返した。手を挙げる者がいないのを見て、つづけた。「いまのあなたと同じように、私も黙っていた」(川崎浹(とおる)著『ロシアのユーモア』から)

 手を挙げ、名前を名乗り、疑問をただし、異論を唱える。その自由あっての民主主義だろう

 きのうの民主党代議士会は、小沢一郎幹事長の“4億円疑惑”に沈黙のまま閉会したという。各紙の世論調査で支持率は急落し、幹事長辞任を求める声は7割前後にものぼる。何も、糾弾せよ、というのではない。疑問の提起でいい。説明の要求でもいい。「国民の声」を金看板にする党が、沈黙はないだろう

 〈2010年1月の党大会で、代議士会で、あなたは何をしていましたか…〉。民主党所属の国会議員一人ひとりが、いつかそう問われる日が来るかもしれない。

 1月19日付 編集手帳 読売新聞
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1.23.2010

平和で不思議な国、ニッポン、ありふれた悲劇に過ぎない・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 「昔は指導者批判さえしなければ、身は安全だった。今は誰にコロされるか分からない」と、その内務省職員は言った。1年前、イラクのバグダッドを訪ねたときのこと

 フセイン政権時代に抑圧されたシーア派イスラム教徒と、新政権から排除されたスンニ派との抗争で、彼は弟と叔父をコロされた。全世帯の4割が家族のだれかを失ったと言われるバグダッドでは、それはありふれた悲劇に過ぎない

 今から20年前、東西冷戦が終わった。だが、平和が到来するとの期待は裏切られ、人類は幾多の紛争や虐サツを目にしなければならなかった。ユーゴスラビアの解体と内戦、ルワンダの大虐サツ、そして、イラク戦争後の宗派間抗争……

 その20年の間に育った日本の若者が先日、大人の仲間入りをした。「目立ちたい」などというわけの分からぬ理由で、成人式で暴れる新成人の映像が、今年も茶の間に流れた

 街の本屋には今、定年後の生き方を指南する本があふれている。世界には、ヒン困やエイズが原因で、平均寿命が40歳代の国がまだまだある。平和で不思議な国だな、ニッポンは。そう思わずにはいられない。

 1月18日付 編集手帳 読売新聞
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1.22.2010

大震災を記憶している最後の世代として、経験をしっかり伝えたい・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 〈大地震(おおない)に母に抱かれ転びたり記憶はじまる大正十二年〉。昨年編まれた平成万葉集にある88歳女性の一首。関東大震災の大正十二年を、平成七年と詠み替えることもできる。うなずいているのは今年成人式を迎えたくらいの若者だろう

 うれしいことや楽しいこと、思い出に残る出来事はたくさんあったと思うのに、大震災の怖く、つらい体験ばかりが幼少期の記憶に刻みこまれている。そんな人も少なくないはずだ

 兵庫県芦屋市の成人式に幼い女の子の写真を手にしたグループがいたと大阪本社版の記事にあった。同じ幼稚園に通った幼なじみたちが、阪神大震災で亡くなった同級生の遺影を携えて出席したという。5歳の園児の写真とそれを抱く女性の振り袖姿に時の流れを見る

 「被害を記憶している最後の世代として、経験をしっかり伝えたい」。神戸市の成人式ではそんな言葉も聞こえたそうだ。大学のサークルなどで、震災の体験を聞き集めて防災に生かそうと活動する人もいる。怖さと寒さに震えていただろう幼子たちが、語り継ぎの主役となっていく

 合掌しつつ、15回目の「あの日」を迎えた。

 1月17日付 編集手帳 読売新聞
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1.21.2010

トム・ソーヤーをもじった筆名「双葉十三郎」さんの道案内で、銀幕の森を散策・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 双葉は「ソーヨー」、十三は「トミー」、トム・ソーヤーをもじった筆名という。見た映画は2万本以上、映画評論家の双葉十三郎(ふたばじゅうざぶろう)さんが99歳で亡くなった

 東大を卒業して住友本社に勤めていた双葉さんが、筆一本に身を任せたのは終戦の年である。少年の昔からあこがれていた映画の道とはいえ、当時30代半ば、夢を追うよりも生活の安定に心が傾く年齢を迎えた人に、国の行く末も知れぬ混乱のなかでの転身は決断を要しただろう

 マーク・トウェイン描くところの冒険心あふれる少年の名を、筆名に借りた心境が分かる気がする

 未見の古い映画がテレビで放送されるとき、双葉さんの著書を繰って録画するかどうかを決めている――作家の逢坂剛さんが以前、本紙の書評欄でそう語っている。「双葉さんの採点は、まず間違いがない」と。その人の確かな道案内で、銀幕の森を散策した人は多いことだろう

 「そろそろお迎えが来そうだから、〈草葉十三郎〉に改名しようと思っているんです」と冗談を語りつつ、次々と新著を世に送り、生涯を現役で通した。トム・ソーヤーを貫いた、見事な人生である。

 1月16日付 編集手帳 読売新聞
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1.20.2010

他国の人々「地方政治」永住外国人に地方選挙権・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 叛徒(はんと)を征討する官軍の大将が朝廷から賜った旗を「錦の御旗」という。転じて現在は、自分の主張などを権威づけるもの、の意味で用いられる

 民主党の山岡賢次・国会対策委員長が在日本大韓民国民団(韓国民団)の新年会であいさつしたなかに、この言葉が出てきた。永住外国人に地方選挙権を与える法案に触れ、「今国会で実現するように錦の御旗として取り組んでいく」と語っている

 意味の取りにくい物言いだが、衆院選で圧勝した事実を「錦の御旗」にたとえたようである。この御旗で反対派を征伐しますので、ご期待くださいませ――ということだろう

 憲法15条は、公務員の選定・罷免は国民固有の権利と規定している。衆院選に大勝して憲法の条文まで蹴(け)散らせる「錦の御旗」を手に入れたと考えるのは、おごれる者の幻想である。島根県の「竹島」条例を挙げるまでもなく、地方政治が領土や基地など国益に深くかかわる事柄も扱うことを忘れてはなるまい

 他国の人々に「温良」であることと、自国民の利益に鈍感な「能天気」であることの区別がつかないとすれば、困った“官軍”である。

 1月15日付 編集手帳 読売新聞
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1.19.2010

世間への威嚇「真相」自分を巨大に見せようとする蛙・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 初めて牛を見た子供の蛙(かえる)が家に戻り、母親にその巨大さを告げた。母蛙は「そいつは、このくらい大きかったかい」と、腹を膨らます。「いや、もっと」「ならば、このくらいかい」「いや、もっと」

 民主党幹事長、小沢一郎氏の言動は寓話(ぐうわ)の母蛙を連想させる。議員を大挙率いての訪中といい、超特大の新年会といい、人を小ばかにしたような記者会見といい、なぜ、そんなに自分を巨大に見せようとするのだろう

 隠れもない政界の最高実力者、存在感を誇示する必要などはあるまいに。憶測で物を言うのが許されるならば、答えは一つ浮かぶ。自身の資金管理団体「陸山会」の土地購入を巡る出所不明の4億円について、「これほど巨大な俺に疑惑の目を向ける度胸をお持ちかい?」という世間への威嚇としか思えない

 “小沢資金”に、東京地検特捜部による強制捜査の手が入った。「牛」は世間であり、有権者であり、常識であり、法である。牛よりも大きな蛙はいない

 衆院選で民主党に一票を投じた人々も真相が知りたいはずである。腹を膨らませての威嚇はほどほどにして、率直に語るべきだろう。

 1月14日付 編集手帳 読売新聞
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1.17.2010

再建の夢、今日の夢 明日へとになうつばさ・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 谷川俊太郎さんが詞を書き、芥川也寸志さんが曲をつけた『日航マーチ』という歌がある。その一節に、〈星を背に 北極の上を/安らかな眠りをのせながら/ジェットは うかぶ…〉とある

 歌が作られたのは東京オリンピックの前年1963年(昭和38年)という。スピードが美徳とされた高度成長下にあって「飛ぶ」や「翔(かけ)る」ではなく、乗客をそっと両の手で包むかのような〈うかぶ〉が印象的である

 ジャーナリストの弓狩匡純(ゆがりまさずみ)さんは著書『社歌』(文芸春秋刊)に書いている。「大量輸送時代の到来により、スピードとともに安全性がより一層求められることを(谷川さんは)まるで予見していたかのよう」であると

 日本航空の経営再建をめぐる協議がいよいよ大詰めを迎えている。社内には不安と動揺もあるに違いない。そういうときであればこそ、運航に携わる一人ひとりに、〈うかぶ〉の一語にこめられた乗客の祈りを、もう一度、胸に刻み直してもらおう

 歌詞には、こうもある。〈今日の夢 明日へとになうつばさ 日本航空〉。翼の安全が保たれずして、再建の夢が実を結ぶ明日は来ない。

 1月13日付 編集手帳 読売新聞
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1.16.2010

験を担ぐ人がにわかに増えてくる受験シーズン季節・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 商家の主人が奉公人を呼ぶとき、普通は手のひらを下に向けて動かす。米の値が上がるのを願う大阪・堂島の米相場師は、下に振る動作を嫌い、手のひらを上にして「おいでおいで」をした。〈堂島のすくい呼び〉という

 堂島の商人ほどではないにせよ、験を担ぐ人がにわかに増えてくる季節である。受験シーズンが本番を迎え、週末には大学入試センター試験も控えている

 受験のお守りが話題になるのもこの時期で、今年はタコの記事を読んだ。三重県鳥羽市の水族館に合格祈願のタコ神社が登場したという。英語の「オクトパス」に「置くとパス」を掛けた洒落(しゃれ)らしい

 英単語や数式や年号の詰まった頭を言葉遊びがほぐしてくれるならば、それも御利益だろう。一年で最も冷え込む「寒の内」、試験会場に向かう足を乱しかねない天候の心配に加えて今年は、新型インフルという敵もいる。誰もが両手で春を“すくい呼び”したい心境に違いない

 なかには熱のある頭を水枕に載せ、布団のなかで手のひらを下に向けて「下がれ、下がれ」と念じている風邪ひきの受験生もいるだろう。大丈夫、時間はある。

 1月12日付 編集手帳 読売新聞
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