文字を並べ、言葉をつらね、文章にするのが商売の身ながら、何も書きたくないときがある
筆跡はどれも乱れている。松本圭市さん(29)は2歳の長男に「しっかり生きろ/哲也/立派になれ」と書いた。河口博次さん(52)は妻に、「ママ/こんな事になるとは残念だ/子供達の事をよろしくたのむ/本当に今迄(いままで)は幸せな人生だったと感謝している」と書いた
遺書は東京・羽田の日本航空「安全啓発センター」に展示されている。圧力隔壁の破損で管制不能になった羽田発大阪行き日航123便が群馬・御巣鷹の尾根に墜落するまでの32分間に書かれたものである。520人が犠牲になった事故からまもなく25年になる
客室乗務員のメモもある。「ハイヒールを脱いで下さい/おちついて下さい/身のまわりの用意をして下さい…」。不時着する場合に備え、機内放送の要点を書き留めたらしい。シの恐怖が充満した機内で、父親は最後まで父親たろうとし、乗務員は最後まで乗務員たろうとした
目にした文章の、言葉の、文字の重さに引き比べ、おのが文章の空疎に嫌気が差し、何も書きたくないときがある。
8月10日付 編集手帳 読売新聞
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