6.29.2010

総額開示で事足りる「そねむ心」を煽られて溜め息をつくぐらいなら・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 堀口大学に『座右銘』という詩がある。〈暮しは分(ぶん)が大事です/気楽が何より薬です/そねむ心は自分より/以外のものは傷つけぬ〉

 株主ではなし、株を持つ予定があるでもなし、その会社にかかわりのない身で気分がふと沈むのは「そねむ心」のせいなりや? …と、詩人に問うてみる

 報酬1億円以上の役員の氏名や報酬額を開示するよう、金融庁が上場企業に義務付けたのを受けて、ぽつぽつと公表が始まっている。日産自動車カルロス・ゴーン社長の場合は8億9000万円だとか。そもそも、個人名まで明かさせる必要がどこにあるのだろう

 株主の利益を損なうほど高い報酬をもらっていないか、そのチェックならば個別開示ではなく、従来の総額開示で事足りる。嫉妬心(しっとしん)はときに「正義」の仮面をつけて現れるというが、情報開示の徹底という金融庁の正義にも仮面の下の顔がないかどうか。旦那(だんな)、のぞいてみたら面白いよ――“のぞき窓”の前に立たされ、心卑しい客として扱われているようで愉快ではない

 「そねむ心」を煽(あお)られて溜(た)め息をつくぐらいなら、知らずにいるのが幸せなこともある。

 6月24日付 編集手帳 読売新聞
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6.28.2010

組織を“砂上の楼閣”に変えるのも人、チーム内の不協和音に怒り心頭・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 英国の哲学者、フランシス・ベーコンの言葉にある。〈卵焼きを作るためだけであっても、家を燃やしかねないのが、極端な利己主義者の本性である〉と(岩波文庫『ベーコン随想集』)

 サッカーW杯のフランス代表に当てはめれば、「卵焼き」は監督以下、各人のメンツ、燃えた「家」はファンの夢と希望かも知れない。仏紙『レキップ』がチーム内の不協和音に怒り心頭に発した記事を掲載している

 いわく、〈エゴの塊であるドメネク監督と、そしてそれを上回ったエゴイストの選手たちを笑い飛ばそう〉(本紙特約)

 監督を侮辱した選手を仏サッカー連盟が追放したことが亀裂の始まりという。抗議する選手たちは練習をボイコットした。選手は監督に従わない。監督は監督で、「占星術で選手を選考した」などと奇矯な発言をする。練習拒否を非難する連盟は監督を信頼しているのかと思えば、すでに監督の後釜を決定済みという。何が何だか分からない

 人は石垣、人は城…というが、組織を“砂上の楼閣”に変えるのも人だろう。よその食卓ながら、火事場で調理した卵焼きの味は何ともほろ苦い。

 6月22日付 編集手帳 読売新聞
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6.26.2010

「より小さな悪」政治に成熟したリアリズムが求められている・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 国際政治学者で東工大教授だった永井陽之助さんが吉野作造賞を受賞して論壇に華々しくデビューしたのは、1967年のことだ。非武装平和主義やマルクス主義がまだ論壇で優勢だった当時、対抗する現実主義の立場から斬新な政治理論を展開して反響を呼んだ

 菅首相は、所信表明演説の中で今は亡き永井教授との交流にも触れ、「現実主義を基調とした外交」を推進したいと語った。意外に思った人も多かっただろう

 東工大の紛争で学生側のリーダーだった菅氏は、学長補佐の永井教授と対峙(たいじ)し、やがて親しくなる。古今の哲学からアインシュタインの物理学まで視野に入れた華麗な理論に惹(ひ)かれて行ったようだ

 政治の世界では一挙に問題が解決できるという「全能の幻想」や「ユートピア思想」は危険だ。「より小さな悪」を選択しなければならない――。“永井政治学”は、政治が利益調整のアート(術)であることも強調した

 普天間問題で幻想をふりまいた鳩山前首相にこそそのまま贈るべき言葉だろう。菅内閣の今後は未知数だが、政治に成熟したリアリズムが求められていることは間違いない。

 6月21日付 編集手帳 読売新聞
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6.25.2010

庭に水、新し畳に、伊予すだれ、透綾(すきや)縮みに、色白のたぼ・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 涼しいものを並べた江戸期の俗謡がある。〈庭に水、新し畳に、伊予すだれ、透綾(すきや)縮みに、色白のたぼ〉

 「伊予すだれ」は伊予(いまの愛媛県)のゴキダケ(御器竹)で編んだすだれのことで、きわめて薄い絹の縮み織り「透綾縮み」とともに、暑気を払う頼みの品であったらしい。最後の「たぼ」とはもともと、日本髪の後ろに張り出した部分を言い、転じて若い女性を指す

 身辺に目をやれば、水を打つ庭はなく、伊予すだれや透綾縮みには縁がなく、色白のたぼは影さえ見えない。ジトジト、ベタベタ、うっとうしい濁点が身を離れない梅雨のさなかである

 きょうに限って言えば、列島から梅雨どきの濁点を吹き飛ばしてくれるかも知れない“涼”の種が夜に控えている。サッカー・ワールドカップ(W杯)南アフリカ大会で日本代表が強豪オランダと対戦する。勝てば、決勝トーナメント進出の切符に指先がかかる。日本時間で午後8時半のキックオフを、朝から待ちかねている人もいるだろう

 今宵(こよい)限定の俗謡として、〈風呂上がり、手には盃(さかずき)、冷や奴(やっこ)、青、青、青、青、勝ち点は3〉と詠んでみる。

 6月19日付 編集手帳 読売新聞
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6.24.2010

拍手を送った思い出、胸を熱くした記憶が色あせていく・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 力士が用いる感謝の表現は普通、「ごっつぁん」である。元横綱大鵬の納谷幸喜さんはこの言葉が嫌いで、部屋の若い者に使わせなかった。「ありがとう」と言え、と。自伝『巨人、大鵬、卵焼き』(日本経済新聞社)に書いている

 相撲部屋という特殊な世界に閉じこもることなく、社会常識を身につけた力士たれ――との教えであったろう。娘婿として大鵬部屋を受け継いだその人は、心も受け継いでいたかどうか

 元関脇貴闘力(たかとうりき)の大嶽(おおたけ)親方(42)が警視庁の事情聴取に野球賭博への関与を認めたという。暴力団の資金源とも言われる賭博に手を染めていた人に、社会常識の在処(ありか)を問うのもむなしい

 多くの人が10年前の春場所を記憶にとどめていよう。幕内の最下位、負け越せば十両陥落どころか引退必至の瀬戸際で貴闘力関は悲願の賜杯を手にし、史上初の“幕尻優勝”にファンは喝采(かっさい)した。謹慎中の琴光喜関(34)が3年前、年6場所制のもとでは最年長の31歳で大関に昇進したときも、遅咲きの大輪に心から拍手を送った思い出がある

 ひとつ、またひとつ…テレビ桟敷で胸を熱くした記憶が色あせていく。

 6月18日付 編集手帳 読売新聞
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6.22.2010

連載開始から28年余、4コマ漫画「コボちゃん」の妹は「実穂」・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 〈フネさんはいくつでワカメ産んだのか〉。女性が詠んだ現代川柳の秀作集『女の一生』(仲畑貴志編、毎日新聞社)で見つけた一句である

 テレビアニメ『サザエさん』に登場する磯野家の母フネさんは物腰が落ち着いている。小学3年生であるらしい末娘ワカメちゃんとの年齢差に興味をひかれての作だろう。長い歳月を共にするうち、架空の世界に住む人々にも実在の人物に抱くのと変わらぬ関心がわくものらしい

 連載開始から28年余、本紙の4コマ漫画『コボちゃん』(植田まさし作)の田畑家も虚実の境に住み始めたようである。第2子の名前を募ったところ、4万通を超す応募があったという

 それが使命ではあるのだが、新聞には、なかでも連載漫画の載る社会面には、喜怒哀楽の「怒」と「哀」を盛る器のようなところがある。ここ数日の東京本社版を見ても、横浜市内の女子高校で授業中に生徒が同級生を刃物で刺した事件があり、口蹄疫(こうていえき)の感染拡大があり、現役大関が手を染めた野球賭博がある

 コボちゃんの妹は「実穂(ミホ)」と命名されたという。“喜楽欠乏症”を癒やす、かわいい妙薬だろう。

 6月17日付 編集手帳 読売新聞
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6.21.2010

「再発防止」「ウミを出し切る」、幾度、一からの出直しを誓っただろう・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 先月、大相撲夏場所のテレビ中継に、〈テッポウ禁止〉の張り紙がちらりと映った。花道の奥、通路の壁である。突きの稽(けい)古(こ)をテッポウという。皆して突けば壁がもたないので禁じたのだろう

 日本国語大辞典(小学館)は『鉄砲』の項に、本来の武器としての鉄砲や相撲の稽古と並べて、「うそ」という語義を載せている。昔は「誓って鉄砲は申しませぬ」などと用いたらしい

 大関、琴光喜関(34)のテッポウにはがっかりした。「知りません」は、うそだったという。野球賭博に手を染めていたことを認め、名古屋場所の休場と謹慎を申し出た

 琴光喜関を含む相撲界の29人が野球賭博に関与したことを認めている。日本相撲協会は怒髪天を突く様子…かといえば、さにあらず、調査の手法といい、公表の形といい、内聞に済ませたい意図が露骨である。川端達夫・文部科学相から「協会に適切な対処は望めない」と見限られたのだから、始末に負えない

 やれ「再発防止」の、やれ「ウミを出し切る」のと、幾度、一からの出直しを誓っただろう。協会首脳陣の口もとにも〈テッポウ禁止〉の張り紙が欲しい。

 6月16日付 編集手帳 読売新聞
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6.20.2010

ショットガン「奇兵隊内閣」パスに失敗すれば、楕円球は予想外の方向に転がる・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 アメリカンフットボールに「ショットガン」と呼ばれる戦法がある。司令塔クオーターバックが何人もの選手を一斉に走らせロングパスを狙う。縦横無尽に駆け抜ける選手たちは散弾銃の弾が飛散する様子に確かに似ている

 どの選手にボールが来るか分からないから守りにくい。だが、攻撃がもたもたすれば突進してくる相手に潰(つぶ)される。パスの出し手と受け手が一瞬のタイミングを計る判断が勝負を分ける

 新政権を「奇兵隊内閣」と名付けた菅首相の勝機は思い切ったパスを繰り出せるかどうかにかかる。就任会見直前、閣僚に面談して指示を出したのも“菅主導”を意識してのことだろう

 鳩山チームは閣僚の暴走に司令塔が右往左往するばかりで、剛腕コーチの無理な作戦もたたり世論の猛タックルに見舞われた。普天間、財政再建、政治とカネ。新政権の対戦相手は強豪ぞろいだ。パスに失敗すれば、楕円(だえん)球は予想外の方向に転がる

 <わかってくれとは言わないが、そんなに俺が悪いのか>。首相がカラオケで十八番の『ギザギザハートの子守唄』をやけっぱち気味に歌う日が来ないとも限らない。

 6月14日付 編集手帳 読売新聞
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6.19.2010

満身創痍の一人旅「はやぶさ」黙々と航海を続け人気は急上昇・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 今ごろ「はやぶさ」はどのあたりを飛行中か。つい天空のさらに奥を見上げてしまう。大気圏突入で探査機本体は燃え尽きる。母が捨て身で子を守ったかのように、直径40センチのカプセルだけが今夜、オーストラリアの砂漠に落下する

 地球を離れ7年。エンジンや姿勢制御装置の故障、燃料漏れに通信途絶、はやぶさは満身創痍(そうい)の一人旅だった。「くしゃみ一つで危篤に」「動いている方が奇跡的」。過去記事で読む研究者の発言も悲観的なものが多い

 一度の失敗にめげず、小惑星イトカワに再着陸を試みた。採取した砂を持ち帰ってくれるかもしれない。故障で絶体絶命のピンチとなった時は太陽電池パネルを使って宇宙ヨットに変身し、生き延びた。帰還が3年延期になっても黙々と航海を続けた

 その健気(けなげ)さに、はやぶさ人気は急上昇、ネット上にファンサイトも登場した。「冷たいビール」は、先日ソユーズ宇宙船で帰還した野口聡一さん。はやぶさに言葉があれば、「後継機をぜひ」などと言うのではないか

 サッカーW杯の「初戦勝利!」は明日夜のお楽しみ。今夜は、南半球からのもう一つの朗報を待つ。

 6月13日付 編集手帳 読売新聞
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6.17.2010

悔いの種をまき散らしながら、人は生きていく・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 正の10を、10個集めると100になる。負の10同士を掛けても100になる。〈答えは同じでも、正を積み重ねた100には陰翳(いんえい)がない〉。異端の技法をも大胆に用いて“負数の王”と呼ばれた歌人、故・塚本邦雄氏の言葉である

 悔いの種をまき散らしながら、人は生きていく。まれに正数を積み重ねたような、挫折を知らぬ人に接したときに薄っぺらな印象を受けるのは、陰翳が欠けているからだろう。悔恨あっての、負数あっての人生である

 川崎市で中学3年生の男子生徒(14)が自サツした。いじめられた友人を救えなかったことを悔やむ遺書があったという

 詳しいことはまだ分かっていないが、友をいたわって自身を責め苛(さいな)んだとすれば、気持ちのやさしい、正義感の強い少年であったろう。生きて欲しかった

 「日本一短い手紙」の秀作集から引く。〈あのとき/飛び降りようと思ったビルの屋上に/今日は夕陽(ゆうひ)を見に上がる〉(中央経済社刊)。心の傷口から血の噴き出す経験をした人だけが、眺めることができる。負の陰翳を身に刻んだ人の目にだけ映る。そういう美しい夕陽が、きっとあるものを。

 6月11日付 編集手帳 読売新聞
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6.15.2010

「時の記念日」美しい時計の持ち主は、するりと逃げるのが巧みである・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 一読しただけでは意味の分からない、判じ物のような歌がある。〈六円(まる)く四八は瓜子(うりざね)五と七は卵形にて九ツは針〉。いかがでしょう

 明るさの変化に連れて刻々と姿を変える猫の瞳孔から時刻を割り出す、そのコツを詠んだ歌という。四ツ、八ツ、九ツといった数字はそれぞれ時刻を指し、針や卵形は瞳孔の開き具合を表す。江戸期の作であるらしい

 その昔、豊臣秀吉の朝鮮出兵には猫が時計代わりに連れて行かれたと伝えられる。従軍した猫たちにすればいい迷惑だったに違いないが、古今東西を見渡せば、あの宝石のような目はこの世で最も美しい時計だろう

 せせこましい暮らしをしている身ゆえ、「時の記念日」にはいつも、人をせかせるように動く時計の秒針に目がいく。今年に限って猫の時計が思い出されるのは、その目のように発言内容がくるくる変わる首相を見送って間もないせいかも知れない

 朝、駅に向かう途中の駐車場に顔見知りの家なし猫がいる。時計を見せてもらおうと近づいたら、さっと車の下に隠れた。美しい時計の持ち主は、するりと逃げるのが巧みである。時の流れにも似て。

 6月10日付 編集手帳 読売新聞
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6.12.2010

すべての都道府県名が常用漢字で書けるようになる摩訶不思議な区分け・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 〈星と月以外、何物をも持たぬ沙漠(さばく)の夜…〉は、井上靖の詩『漆胡樽(しっこそん)』の書き出しである。井上文学に現れる「さばく」はほとんどが「沙漠」であって、「砂漠」ではない。「砂漠」よりも感じとして粒子の細かい「沙漠」の手触りを作家は愛したか

 〈唄(うた)のほうが歌よりも軽く小さく、どこか投げやりで、その分哀(かな)しい〉。著書『マイ・ラスト・ソング』(文芸春秋)で「歌」と「唄」の手触りを語ったのは作家の久世光彦さんである

 日本語のもつ豊かさも、ひとつには、この微妙で陰翳(いんえい)に富んだ“手触り”にあるのだろう

 文化審議会が「俺(おれ)」や「鬱(うつ)」など196文字を常用漢字表に追加するよう、文部科学相に答申した。「沙」や「唄」も晴れて常用漢字の仲間入りをする。とはいえ、〈串(くし)といふ字を蒲焼(かばやき)と無筆(むひつ)よみ〉と江戸川柳にあるように、読めないと昔は笑われた「串」の字がようやく追加されることを思えば、常用漢字の門戸開放は遅々たる歩みだろう

 「岡(おか)」「熊(くま)」「阪(さか)」などが今回追加され、すべての都道府県名が常用漢字で書けるようになるそうな。常用漢字とは摩訶(まか)不思議な区分けではある。

 6月8日付 編集手帳 読売新聞
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6.11.2010

理想家肌“頭でっかち政権”は約8か月の短命に終わって・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 船の重心が高い位置にある状態を指して「トップヘビー」という。頭でっかちでバランスが悪く、揺れたときの復元力が弱い。高波を受けて転覆することもある

 「鳩山丸」の転覆もトップヘビーが招いた災いであったろう。脳内に愛用の言葉〈思い〉が詰まりすぎてか、あるいは、頭上に最高実力者の幹事長を重石(おもし)に戴(いただ)いてか、見ていて首が気の毒になる“頭でっかち政権”は約8か月の短命に終わっている

 新しい首相に菅直人氏が選出された。鳩山首相を理想家肌の「頭」の政治家とすれば、菅氏は薬ガイエイズの実績が示すように「手足」も伴う政治家といわれる。小沢一郎氏という頭上の重石も外し、重心を低くしての船出になる。まずは、景気と普天間の高波に操船の腕前が試されよう

 〈宰相が国なげだしぬくらげなす漂へる国いづち行くらむ 稲城市 山口佳紀〉。以前、『読売歌壇』で読んだ一首である。A氏、F氏、別のA氏、H氏、「宰相」とはさて誰を指すでしょう――という船長の名前当てクイズをつくることもできる

 不名誉な解答の選択肢に、新首相は「K氏」を付け加えてはいけない。

 6月5日付 編集手帳 読売新聞
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6.09.2010

普天間移設「そうなればいいな」と祈っていただけ・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 評論家で小児科医の松田道雄さんが『病気とまじない』という随筆に書いている。〈医学とまじないが違うのは医学には誇りがあることだ。人間の苦しみは人間の力で治すしかほかはない〉と

 名医を古い言葉で「国手(こくしゅ)」という。もとは「国を医する名手の意」(広辞苑)ならば、政治家も誇り高き医者だろう。鳩山首相が思いやりの深い人柄であるのは認める。今更ながら、医者よりも祈祷師(きとうし)に近い資質が玉に瑕(きず)として惜しまれてならない

 普天間飛行場を最低でも県外に移して沖縄の負担を和らげ、移設先の地元も快く受け入れ、米国も満足して日米の絆(きずな)は揺るぎもない…

 その願いは申し分ないとして、かなえるために首相は何をしただろう。目を凝らした精密検査もせず、投薬の処方も知らず、事態を切り開くメスをみずから執らず、「そうなればいいな」と祈っていただけのように映る。本物の医者を呼べ――の声が世に充満し、退陣という形で病室を追われたのは致し方ない

 難問の普天間移設は鳩山氏のもとで「超」難問に姿を変え、宿題として次の首相に引き継がれる。まじない政治の罪の重さよ。

 6月3日付 編集手帳 読売新聞
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6.07.2010

「うりはり」残り少ない時を刻む、秒読みのせわしなさが漂う・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 まだお目にかかったことはないが、広い世間には月日の姓がある。四月一日(わたぬき)さん、八月一日(ほずみ)さん、八月十五日(なかあき)さん…

 六月一日は、「うりはり」さんと読むらしい。阿部達二氏の随筆集『歳時記くずし』(文芸春秋)によれば、〈瓜(うり)の実が張ってくるからというが、むしろ瓜割りで成熟して実が割れてくる、あるいは割ると食べごろという説のほうが納得がいく〉。初夏の風が匂(にお)うような姓である

 5月末、5月末、5月末…政権を浮揚させる呪文(じゅもん)のように繰り返し語ってきた鳩山首相に、迎えた「うりはり」は誤算だらけだろう

 本紙の世論調査では、「普天間」の迷走で内閣支持率は19%に下落し、首相の退陣を求める人は59%にのぼる。社民党の連立離脱で瓜は割れ、割れて食べごろの政権に野党はよだれを催している。民主党内からも首相の続投に異論が聞こえはじめた

 珍しい姓には「十二月晦日」(ひづめ)さんというのもある。師走の晦日(みそか)で日が押し詰まった意味だとか。残り少ない時を刻む、秒読みのせわしなさが漂う。誰かさんになぞらえているわけではない。

 6月1日付 編集手帳 読売新聞
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6.05.2010

人も組織も国家も、懐が寂しくなれば寛容な心まで失いがち・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 「夏休み中遊び呆(ほう)けていた生徒たちが、新学期を前にあわてて宿題をしている」。フランスのテレビで識者がそんなコメントをしていた。怠け者は欧州各国政府、宿題は積もり積もった財政赤字の削減である

 スペインが公務員給与の5%削減、イタリアは3年間据え置きを発表した。フランスは退職年齢の引き上げを検討している。ギリシャの財政危機が引き起こしたユーロ圏の大混乱が目覚まし時計になったのだろう

 ユーロに加入していない英国でも、新政権が取り組んだ最初の仕事は歳出削減だった。財布のひもが堅くなると、景気に悪影響が及ぶだけではない。人の心まで頑(かたく)なになるように見える

 フランスやベルギーでは今、イスラム教徒の女性が顔を覆う衣装を着て公の場に出るのを禁じる法律が出来つつある。オランダでは「反イスラム」を掲げる右翼ポピュリズム政党が支持を広げている。世界的金融危機の影響が深刻だったハンガリーでは、少数民族排斥を唱える極右政党が第3党になった

 人も組織も国家も、懐が寂しくなれば寛容な心まで失いがちになる。分かってはいても、やりきれない。

 5月31日付 編集手帳 読売新聞
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6.04.2010

「罪の子」米国にも沖縄にも八方美人の愛想を振りまいた首相・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 別離を宿命づけられた恋を顧みて、ヒロイン聡子が恋人・清顕に告げる。〈私たちの歩いている道は、道ではなくて桟橋ですから、どこかでそれが終って、海がはじまるのは仕方がございませんわ〉。三島由紀夫の『春の雪』である

 連立政権を組む政党はときに、恋人同士にもたとえられる。鳩山政権が歩いてきたのも桟橋だったろう。安全保障の考え方が違う者同士、行き止まりになるのは分かっていたはずである

 首相が社民党党首の福島瑞穂消費者相を罷免した。米軍普天間飛行場を「辺野古」に移す政府方針に従わないためである

 混乱の責任が、米国にも沖縄にも八方美人の愛想を振りまいた首相にあることは誰もが認めるだろう。それにしても、である。首相と福島氏はこれまで、米軍の抑止力や移設先の地政学的な条件について膝(ひざ)詰めで語り合ったことが一度でもあったか。桟橋を道に変えようとしたか

 〈君も罪の子 我も罪の子〉は与謝野晶子が詠んだ恋歌の下の句だが、ただ漫然と桟橋を歩き尽くした鳩山、福島両氏はともに「罪の子」に違いない。桟橋の端から望む政局の海は霧の中である。

 5月29日付 編集手帳 読売新聞
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6.02.2010

天の下の不平等「男は顔じゃない」苦情を言うすべもない・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 井沢満さんのドラマシナリオ『夜に抱かれて・終章』(角川書店)に印象深いセリフがある。〈男だって、若さよ、顔よ。男は顔じゃない、なんて絶対、男が言い出したことだよね〉

 テレビでは渡辺えりさんが演じた気のいいホステス畝子(うねこ)の言葉である。いまの法律や法令も多くが男の手でつくられたせいか、なかには暗に「男は顔じゃない」と語っている規定もある

 勤務中のけがで男性の顔に傷が残った場合、現在の労災規定では女性より低い等級の障ガイ認定しか受けられない。女性のほうが精神的な苦痛が大きいから、という

 法の下の平等を定めた憲法に違反するとして男性(35)が訴えていた裁判で京都地裁はきのう、性による差別は「著しく不合理で違憲だ」とする判決を言い渡した。「男は顔じゃない」は座右の銘としては捨てがたいが、法律に定めてもらうことでもなし、まあ穏当な判断であろう

 ふと、職場のテレビに目をやれば、中年の渋い二枚目俳優が映っている。「法の下の不平等」は法廷で正せても、「天の下の不平等」は神様に苦情を言うすべもない。容貌(ようぼう)とは、ままならぬものである。

 5月28日付 編集手帳 読売新聞
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6.01.2010

テレビ観戦「相撲見」元気な姿を伝えるビデオレター代わり・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 キュウリとカボチャが相撲見物に行く。木戸番の言うことには、キュウリに相撲は見せられるが、カボチャには見せられない。―キュウリのスモミは聞いたけれど カボチャのスモミはわしゃ知らぬ…

 「酢もみ」(酢の物)に「相撲見」を掛けている。相撲甚句とは違って、客の素性に文句をつける木戸番はいないが、暴力団のスモミに現役の親方が関与していたとすれば見過ごせない

 本来は日本相撲協会の後援者に割り当てられる無料特別席のチケットが暴力団に流れていた。土俵そばのテレビに映りやすい席で、刑務所でテレビ観戦をする組員に向けて組幹部が元気な姿を伝えるビデオレター代わりに使われていたらしい

 チケットを仲介した2人の親方は「知人から頼まれた」「暴力団に渡るとは思わなかった」などとして癒着を否定しているが、相撲界では現役の大関が暴力団の野球賭博をめぐる週刊誌報道を受けて、警視庁から任意で事情を聞かれたばかりである

 口蹄疫(こうていえき)の感染防止で散布されたように、酢には消毒効果があるという。協会は相撲界の隅々まで「酢もみ」の消毒を急がねばならない。

 5月27日付 編集手帳 読売新聞
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