5.30.2010

技術で勝っても、事業で負ける「殿さまの茶わん」使いやすくて、しかも安い・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 喜んで使ってもらえる製品を作るため、大切なこととは何か。小川未明の童話「殿さまの茶わん」は、作る人の「しんせつ心」だと説く

 薄くて上品な茶わんを焼く腕利きの陶器師が、殿さまの茶わん作りを命じられ、透き通るほど薄い高級品を納めた。後日、殿さまに呼ばれた陶器師は、おほめの言葉を期待したが、用件は苦情だった

 薄いため、持つ手が熱くてかなわないという。「いくら上手に焼いても、しんせつ心がないと、なんの役にもたたない」と諭され、陶器師はありふれた厚手の茶わんを作る普通の職人になった

 経済産業省がまとめた「産業構造ビジョン」は、日本企業の課題として「技術で勝っても、事業で負ける」ことを挙げた。日本製品は性能はいいが、あれもこれも機能をつけて価格が高い。得意だった薄型テレビも、割安な韓国製などに押されている

 人口の減少で、これから日本の消費市場は小さくなる。かわりに、商品を買ってくれそうなのは、アジアの中流層の人々だ。使いやすくて、しかも安い…彼らが求めているのは、そんな厚手の茶わんのような日本製品なのかもしれない。

 5月24日付 編集手帳 読売新聞
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5.28.2010

不快に感じた市民からの苦情「ヒゲの禁止」厚い面の皮を突き抜いて生える・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 スペインの画家、サルバドール・ダリはピンと上を向いた独特のヒゲでも知られた。なぜ、その形に? 旅行家の兼高かおるさんは面会した折に尋ねてみたという

 〈宇宙と交信するアンテナである〉。そう答えたと、本紙連載『時代の証言者』で回想している。おしゃれのつもりが不興を買うことも時にはあり、宇宙はともかくも世間との交信がむずかしいのがヒゲかも知れない

 群馬県伊勢崎市が職員にヒゲの禁止を通達した。不快に感じた市民からの苦情がきっかけだそうで、役所内の規則としてはめずらしいという

 昔は政治家が好んでたくわえたもので、伊藤博文や田中正造、尾崎行雄などの顔がすぐに浮かんでくるが、昨今の永田町ではあまり見かけない。くるくる変わる軽い言葉がわざわいして人気の凋(しぼ)んだ人もたまには、世論との交信用にダリ流のアンテナを立ててみてはいかがだろう

 古いなぞなぞを。「世界で最も硬いもの、なあんだ? 答えは、あなたのヒゲ。びっくりするほど厚い面の皮を突き抜いて生えるから」。毎朝、重労働に耐えている誰かさん愛用のヒゲそり刃に同情を寄せておく。

 5月22日付 編集手帳 読売新聞
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5.26.2010

犯罪のカタログのような国「辻斬」各国協調の仕置きが欠かせない・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 室町時代の書物『尺素往(せきそおう)来(らい)』に、当時のならず者を列挙した一節がある。いわく〈山賊。海賊。勾引。辻斬(つじぎり)。追落…〉

 勾引(ひとかどい)は「だまして、あるいは暴力で人を連れ去ること」、追落(おいおとし)は「往来の人を脅して追いかけ、その人が落とした財布を奪うこと」をいう。前者は拉致そのものであり、後者は、核で脅しをかけて近隣諸国から金品を引き出す手口に似ている

 犯罪のカタログのような国の、今度は「辻斬」である。46人がシ亡した韓国海軍の哨戒艦沈没事件で、韓国の調査団は北朝鮮の魚雷攻撃が原因と断定した

 韓国政府は国連安全保障理事会で制裁を求めるという。憤る韓国世論が北朝鮮の挑発に乗せられないようにするためにも、各国協調の仕置きが欠かせない

 時代劇にはときに、辻斬りの下手人が権門に連なる身分であるために裁きの手が及ばない、という筋立てがある。北朝鮮の後ろにも、陰に陽にかばってくれる国際政治の顔役が兄貴分として控えている。中国をいかにして包囲網に引き入れるか。鳩山政権がみずから任じる“親中”の真贋(しんがん)が問われることにもなる。

 5月21日付 編集手帳 読売新聞
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5.25.2010

逆へ、逆へ。熟慮も要らず、勉強も要らず、楽ちんには違いない・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 何年も前のこと、若い人が書いた文章の「真逆に言えば…」という表現にとまどったことがある。「真逆」に仮名を振るとすれば「まさか」だが、それでは意味が通らない

 「正反対」の意味で「まぎゃく」と読むらしいことを、いまは知っている。見聞きはしても自分では使うことのない言葉だが、鳩山首相の政治信条はひょっとしてこの2文字に尽きるのではないか、と思うときがある

 何も深く考えず、とにかく自民党政権がしたこと、決めたことの逆へ、逆へ。前政権が右を選んだから左へ走り、前を選んだから後ろへ動く。熟慮も要らず、勉強も要らず、楽ちんには違いないが横着きわまりない。その弊害が「普天間」に表れた

 自民党政権下でまとめられた現行案と大筋で同じ案をもとに、政府は最終調整に入るという。「最低でも県外だ」「埋め立てでなく、杭(くい)打ち桟橋だ」と、前政権の向こうを張って逆へ、逆へ走ってはみたものの、失敗でした――という白旗に等しい

 首相は例のごとく、「現行案しかないと、勉強して分かりました」とでも答えるのだろうか。真逆ね。読みは「まさか」である。

 5月20日付 編集手帳 読売新聞
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5.23.2010

〈if=もしも…〉人生にも、命にも、生活にも、危険はついて回る・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 life〈人生〉、その中に大きなif〈もし〉あり――とは、文芸評論家、巌谷大四さんの随筆集『おにやらい』(三月書房)の一節である。英語の「ライフ」には「人生」のほかに、「命」や「生活」という意味もある

 人生にも、命にも、生活にも、危険はついて回る。危険の芽生えを見つけたときに「まあ、大丈夫だろうさ」とタカをくくらず、〈if=もしも…〉と最悪の事態をも想定して対処することが危機管理の要諦(ようてい)であろう

 被害が爆発的に拡大した宮崎県内の家畜伝染病「口蹄疫(こうていえき)」で、国の対応は果たして万全であったか

 最初の疑い例が確認されたとき、農林水産省は事態を楽観していたと聞く。赤松農相が「自分が行くと騒ぎが大きくなる。感染はほぼ1か所に抑え込めている」と現地入りを見送り、外遊に出発したこともそれを裏付けている。「私のやってきたことに反省するところはない」。きのうの記者会見でそう語った

 サツ処分される家畜11万頭余の命があり、畜産農家の生活と人生がある。幾つもの〈life〉をずたずたにされた人々の耳に、大臣の声はどのように届いただろう。

 5月19日付 編集手帳 読売新聞
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5.22.2010

汗と愛情をもって成した王国が土台から崩れていくような焦燥の中に・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 歌人の岡野弘彦さんが一昨年、本紙に寄せた新春詠の一首がある。〈すさのをも大国主も 常(つね)わかく をとめを恋ひて 国成しにけり〉。神話の主人公ではないが、「常わかく」「国成しにけり」はその牛にもあてはまる。思えば、ここも神話のふるさとである

 人間の年齢にすれば80歳を超えるまで現役の種牛として働き、最高品質の子牛ばかり約22万頭を生み出した。名を「安平(やすひら)」という。宮崎県をブランド牛の王国に押し上げた立役者である

 21歳、人間ならば100歳ほどの高齢となった今は現役を退き、のんびり草を食(は)む静かな余生を送っていた。その“伝説の種牛”もサツ処分されるという。家畜の伝染病、口蹄疫(こうていえき)が宮崎県で猛威を振るっている

 県内でサツ処分される家畜は8万5000頭におよぶ。5年ごとに催される和牛のオリンピック「全国和牛能力共進会」で3年前には、9部門中7部門で首席を獲得した宮崎牛である。畜産農家の人々は、汗と愛情をもって成した王国が土台から崩れていくような焦燥の中にいよう

 県が、政府がシに物狂いで疫病を封じ込めねば、農家の流した涙が報われない。

 5月18日付 編集手帳 読売新聞
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5.21.2010

花ビジネス、ケニア産の薔薇、知名度が高くないことが悩み・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 生まれたばかりの美の女神ヴィーナスを祝福し、西風の神のゼフィロスが薔薇(ばら)の花を吹きかける。15世紀の巨匠ボッティチェリが、「ヴィーナスの誕生」で描いた世界である

 ギリシャ神話では、ヴィーナスと同じように美を象徴するアフロディテが誕生した時、薔薇の花が創生されたと言われる。ルネサンス期の名画は、そんな神話に由来する

 欧州では当時、中東の薔薇が有名だったらしいが、現在、欧州向けの薔薇の主要輸出国は赤道直下のケニアである。乾期と雨期が明瞭(めいりょう)で、少し冷涼なアフリカのサバンナ気候が栽培に適している

 そのケニアが今、最も注目しているのが日本市場だ。外貨獲得の柱と期待し、切り花の輸出を拡大している。しかし、知名度が高くないことが悩みという

 薔薇を天井から吊(つる)し、その下での話は秘密にしたローマ時代の逸話が残る。「薔薇の下で」が「秘密に」という意味にもなった。日本がODA(政府開発援助)で支援してきたケニアが、花ビジネスで自立できれば、日本の貢献にも花が咲くことだろう。ケニア産の薔薇の魅力を「薔薇の下で」とは言わせたくない。

 5月17日付 編集手帳 読売新聞
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5.20.2010

生きているうちに「いのちを守りたい」会期は残り1か月・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 戦後、酷寒のシベリアで多大な苦難を強いられた元抑留者にとっては、ようやく山の頂が指呼の間に見えてきた思いであろう。平均年齢は85歳を超す。「生きているうちに」の叫びにも切実さが募る

 特別給付金を元抑留者に支給する法案が今国会に議員立法で提案され、成立する見込みだという。抑留期間に応じて25万~150万円が支給される。抑留の実態調査や遺骨収集など総合対策を政府が講じる方針も盛られる

 元抑留者たちが求めてきたのは、過酷な強制労働の報酬に相当する国家補償である。だが、国相手に未払い賃金の支払いを求めた長い裁判闘争は敗訴で終結した。旅行券や銀杯交付という慰謝事業も元抑留者たちの怒りを買っただけだった

 6年前から、抑留問題解決のための法案を度々国会に提出してきたのは民主党である。幹事長時代の鳩山首相が、国会で法案の重要性を訴える趣旨説明をしたこともある。政権交代で期待は高まったが、今度は党と政府、議員間の調整で手間取った

 会期は残り1か月。郵政改革法案など波乱含みだ。「いのちを守りたい」と語る首相の対応やいかに。

 5月16日付 編集手帳 読売新聞
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5.19.2010

「してきたこと」を見ず、「いま現在」のみを論じる、残酷な仕打ちはあるまい・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 加藤嘉(よし)さん演じるところの老人「辻本」が言う。〈人間は、してきたことで敬意を表されてはいけないかね? いまは耄碌(もうろく)ばあさんでも、立派に何人かの子供を育てた、ということで敬意を表されてはいかんかね?〉と

 かつて放送された山田太一さん脚本のテレビドラマ『男たちの旅路』の一場面である。「してきたこと」を見ず、「いま現在」のみを論じることほど、高齢者に残酷な仕打ちはあるまい

 少し前、「後期高齢者」という官製用語が世の人々から反発を受けたのも、この言葉に辻本老人の言う「敬意」がみじんも感じられなかったからだろう

 各政党で参院選に向けた政権公約づくりがヤマ場を迎えている。景気、雇用などとともに、高齢者が相応の敬意を表されながら安心して暮らせる社会保障の仕組みをこしらえることも公約の柱になる。財源の裏付けとして避けて通れない消費税率の引き上げと、正対するのか、逃げるのか――で、政権を担う覚悟のほどが測れるかも知れない

 ドラマが放送されたのは30年ほど昔である。はらわたを搾るように辻本老人の発した問いは、いまも生きている。

 5月15日付 編集手帳 読売新聞
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5.17.2010

たとえ何であれ、褒められて“褒めあげ商法”胸に留めておきたい注意書き・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 浄瑠璃の女師匠が弟子を褒める。あんさん、お声がよろしいなあ。「おらあ、声だ」。悪声の弟子は節回しを褒める。「おらあ、節だ」。声も節も良くない弟子は語りの妙を褒める。「おらあ、語りだ」

 どれもこれも駄目な弟子は、長いこと座っていてしびれない足を褒める。「おらあ、足だ」。上方落語『猫の忠信』である。浄瑠璃の稽古(けいこ)で足を自慢する人もなかろうが、たとえ何であれ、褒められて悪い気はしない

 才能が認められて胸が弾む、そうした心理につけ込む不届き者もいる。“褒めあげ商法”というらしい

 「見事な作品ですね」。短歌や俳句、絵画などを趣味にする高齢者に電話をかけて褒めちぎり、書籍に掲載するよう勧誘する。承諾すると、後日、多額の掲載料を請求してくる手口が多い。狙い撃ちされたのか、承諾約20件、計400万円もの支払いを求められた人もいるという

 〈役者コロすにゃ刃物は要らぬ、ものの三度も褒めりゃいい〉。俳優がちやほやされて芸が落ちるのを戒めたのは劇作家の菊田一夫だが、〈蓄え枯らすにゃ…〉と読み替えて、胸に留めておきたい注意書きである。

 5月12日付 編集手帳 読売新聞
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5.15.2010

W杯23人全員がハードワークをする日本人らしいサッカー・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 蠅(はえ)というのは気の毒な虫で、良く言われることはあまりない。「蠅が灯心を使うよう」とは無力であることの例えであり、しつこくつきまとう若者は江戸の昔、「蠅若衆」と呼ばれて嫌われてもいる

 「その君たちをお手本に…」と言われたのだから、不遇の蠅たちにとってきのうは一世一代の佳(よ)き日であったろう。サッカーのワールドカップ(W杯)南アフリカ大会に出場する日本代表選手23人を発表した岡田武史監督の言葉に「蠅」が出てきた

 〈蠅がたかるように何度もボールを奪いにいく運動量がチームの長所であり、全員がハードワーク(重労働)をする日本人らしいサッカーしかない〉と

 日本では古来、広虫、虫麻呂と、人名にも用いるなど、虫の霊力を尊んできた。蠅のようにたかり、蝶(ちょう)のようにかわし、蜂のようにゴールを刺す変幻自在の虫になるならば、欧州や南米の強豪勢も手こずることだろう

 大会が幕ひらくころ、日本は梅雨である。しばらく遠のく青空に代わり、地上に躍動する“サムライ・ブルー”の青地のユニホームが目を楽しませてくれる日を、いまから胸をときめかせて待つ。

 5月11日付 編集手帳 読売新聞
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5.14.2010

予算配分「ジェンガ」財政難から年を追うごとに減っている・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 積み上げた木片をひとつずつ順番に抜き取って、崩した人が負け。パーティーの定番ゲーム「ジェンガ」である。すかすかになっても何とかバランスを保っているので、順番が来るたびに抜き取る時の緊張が増す

 まるでジェンガのよう…と形容したくなるのが、潮流や水温の変化、プランクトンの多寡など海洋データの収集活動だ。水産試験場の海洋調査予算は、都道府県の財政難から年を追うごとに減っている

 10年前と比べて予算が半分以下の試験場もあり、黒倉壽・東大教授は「海洋データ存続の危機」と警告する(海洋政策研究財団ニューズレター232号)

 地方分権の思わぬ副産物でもあるらしい。予算配分を自治体の裁量に任せたことで、地方経済の活性化に結びつかない海洋調査は、いまや「最も削減されやすい支出項目」(黒倉教授)という

 データは漁業や海洋環境の研究に欠かせない。調査の粗さから信頼性を損ねてしまえば、長年蓄積したデータとの比較も困難になる。ジェンガのように崩れる時はあっという間だ。海洋立国の足元がぐらついていることに政府は危機感を高めるべきだ。

 5月10日付 編集手帳 読売新聞
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5.13.2010

日本列島の光の中に“世話焼き”現実は必ずしも笑顔で満ちてはいない・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 〈地球はね 笑顔がつまった 星なんだ〉。こどもの日から11日まで続く児童福祉週間の標語だ。滋賀県に住む小学6年生が作った

 ママさん宇宙飛行士の山崎直子さんも、天空から見た日本の夜景に感動したという。日本列島の光の中には星空を見上げて「山崎宇宙飛行士のようになりたい」と目を輝かせる大勢の少年少女がいた。かつての自分と同じ、夢見る笑顔を感じたのかもしれない

 親の世代が生き生きと活躍し、その姿に憧(あこが)れる子供たちがまた羽ばたいていく。そんな笑顔と夢のリレーが続く社会でありたいと願う

 現実は必ずしも子供たちの笑顔で満ちてはいない。孤立した子育て家庭が増え、児童ギャク待事件も相次いでいる。昔ならば地縁血縁が受け持っていた“世話焼き”の機能を、どう補えばよいのだろう。鳩山政権は「子供政策にもっとお金をかけよう」と言うけれど、巨額の子ども手当を最優先にしたままでは、他の施策にお金が回るとの期待感がわいてこない

 児童福祉週間の後半、そして母の日。親子の笑顔を世の中にあふれさせるにはまず何をすべきか。鳩山さんに熟考してもらいたい。

◆5月9日付 編集手帳 読売新聞
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5.12.2010

劇団民芸の北林谷栄さん「おばあさん」を演じ、至芸の高みを極めた人なればこそ・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 ばあさまが山に捨てられることになり、せがれに背負われて深い深い山にのぼったそうな。ばあさまをそこに置いて帰りかけたせがれはおりる道を見失う。仕方なく、いま捨てたばかりの母親のもとに戻り、たずねた。どうすべえか

 ばあさまは言ったそうな。「おめえの背中にぶっつわりながら、道みち、枯れ枝をおっくじいて道しるべにしてきたから、それをたよりにけえれや…」と

 東北地方に伝わる民話を本で読んだのは、いつだったか。知らず知らず、ばあさまの顔がその人の顔になり、その人の声でばあさまの言葉を聴いていたのを思い出す

 そういう幻影も、30歳から「おばあさん」を演じ、至芸の高みを極めた人なればこそだろう。劇団民芸の北林谷栄さんが98歳でシ去した。朝市で見かけた行商の婦人が着ている服をその場で買い取ったり、歯を6本抜いて表情を変えたり、役にのめり込む執念の逸話も残っている

 「妣」という字がある。漢和辞典に「生前は母、死後は妣という」とある。銀幕の、テレビの北林さんにどれだけの人が亡き母の面影を重ねただろう。妣の後ろ姿を、そっと見送る。

 5月8日付 編集手帳 読売新聞
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5.09.2010

ご機嫌をとる時代ではあるまい、大事に至る前に、火消しできる双方のチャンネル作り・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 上海万博が始まった。10月末の閉幕まで、何かと中国に世界の耳目が集まるのだろう。大阪万博や愛知万博などを経験した日本にすれば、素直に開催を祝いたいが、そうばかり言っていられない事情もある

 中国艦艇10隻の軍事演習の件である。沖縄本島沖での公海上の出来事だが、日本は中国の艦載ヘリが異常接近したと抗議した。これに対し、中国は公海上の演習を執拗(しつよう)に監視する方に問題がある、と反発した。このまま行けば日中双方で気まずい思いだけが残る

 120年余り前、清国の丁汝昌・提督率いる北洋艦隊が、7千トン級の軍艦を旗艦として、長崎港に寄港した。当時の日本海軍には3千トン級が1隻あるだけ。日中海軍力の差は歴然としていた

 上陸した水兵たちが粗暴な振る舞いを引き起こしたものの、当時の明治政府は「腰を低くして清国艦隊のご機嫌をとり、清国水兵と衝突しないよう一般市民に指示した」(石光真清著『曠野の花』)という。世に言う「長崎事件」だ

 今はどちらかが、ご機嫌をとる時代ではあるまい。大事に至る前に、火消しできる双方のチャンネル作りが急務だろう。

 5月3日付 編集手帳 読売新聞
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5.07.2010

郵政改革、民間と競争するなら本来は民営化するのが筋・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 〈少々づゝの金子を預かって下さるとの事ですが利足(りそく)が一年三分とは何とあんまり安くは御座(ござ)いませんか〉〈十銭二十銭の小額から預かり、利足まで下さるとは誠に有(あ)り難(がた)いと存じます〉

 小紙創刊から半年、135年前に早くも読者の間で紙上論争があった。1875年(明治8年)のきょう5月2日に取り扱いが始まった、郵便貯金をめぐる投書である

 察するに、前者はかなり裕福な人で、後者は当時の平均的な庶民だろう。その頃、家の貯えは箪笥(たんす)や壺(つぼ)の中にあるのが普通だった。年利3%は他の貸し借りと比べて確かに低かったようだが、まだ民間銀行が少ない時代に広く貯蓄習慣を植え付けた

 鳩山政権の目玉の一つ郵政改革法案が閣議決定され、郵貯の預け入れ上限額が2000万円まで拡大される見通しだ。老後の不安が尽きない現代、庶民もそれくらいの貯金が必要ということなのだろうか

 明治には少なかった民間金融機関と競争するなら本来は民営化するのが筋だが、その実行期限は白紙らしい。この“改革”に、平成の庶民からも〈誠に有り難い〉と投書が来るかどうかは、まだ分からない。

 5月2日付 編集手帳 読売新聞
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5.06.2010

煙を愛する人「無煙たばこ」喫煙場所が年々減っていくなかで・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 女と男の会話から。「返事に困ると、たばこ、すうのね」「『ノオ』の時は、尚更(なおさら)ね」「便利なものなのね、たばこって」「そうでなきゃ、こんなに売れないよ」。向田邦子さんのシナリオ『家族熱』(新潮文庫)の一節である

 世のなかは返事に困る会話、「ノオ」と答えたい場面の連続だろう。たばこを吸わない人からは「甘ったれるな」という声が聞こえそうだが、喫煙場所が年々減っていくなかで愛煙家はイライラを募らせているらしい

 そういう人のために、日本たばこ産業(JT)は今月、煙の出ない「無煙たばこ」をまずは東京で売り出すという

 香りを楽しむ「嗅(か)ぎたばこ」の一種で、周囲の迷惑する受動喫煙の心配はない。禁煙の準備運動として使うこともでき、いいことずくめのようだが、「煙を愛する人」と書く愛煙家の反応には予測がつかない面もある

 映画の名せりふをもじり、著書に「紫煙・カムバック!」と書いたのはエッセイストの阿奈井(あない)文彦さんだが、この新商品を試した人が紫煙に告げる言葉はさて、どちらだろう。〈カムバック!〉でなく〈グッドバイ!〉であることを祈る。

 5月1日付 編集手帳 読売新聞
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5.05.2010

いまの世に欠けている「希望」今日よりも明日、明日よりもあさって・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 きみの部屋にオバケはいないかい? その歌は問いかける。オバケは名前を「ムカシ」という。都はるみさんの『ムカシ』(詞・阿久悠、曲・宇崎竜童)である

 〈こいつにうっかり住みつかれたら/きみも駄目になってしまうぞ/何故(なぜ)ってそいつはムカシ話で/いい気持ちにさせるオバケなんだ…〉。現実から目をそむけて、遠い日の感傷に逃避するなかれ、という教えだろう

 作詞した阿久さんはかつて本紙の連載『時代の証言者』で、「いい時代があったとすれば昭和30年代に入ったころでしょう」と語っている。ムカシとはその頃を指すのかも知れない

 まだ多くの人がマズしかったが、今日よりも明日は暖かく、明日よりもあさっては明るいと、信じることができたのは確かである。親類の小学生に将来、何になりたいかを聞いたら、「正社員」と答えた――今年1月、本紙の『気流』欄に載った読者の投稿にそうあった。いまの世に欠けているものを一つだけ挙げるとすれば「希望」であろう

 阿久さんに叱(しか)られるのは覚悟のうえで、昭和のムカシと差しつ差されつ、世の行く末を語らってみたい夜もある。

 4月29日付 編集手帳 読売新聞
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5.03.2010

四十八茶百鼠「起訴相当」白と黒、どちらの極に動いていく・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 〈四十八茶百鼠〉とは、茶色や鼠(ねずみ)色(灰色)の種類が多彩であることを言い表している。日本人の繊細な美意識から生まれた言葉だろう。灰色には白に近い「銀鼠(ぎんねず)」があれば、黒に近い「蝋色(ろいろ)」もある

 その人が身にまとう疑惑はさて、これから白と黒、どちらの極に動いていくのだろう。政治資金の不正処理事件で東京地検が不起訴処分(嫌疑不十分)にした小沢一郎・民主党幹事長について、検察審査会はきのう、「起訴相当」とする議決をした

 小沢氏にしてみれば「銀鼠にあらず、蝋色なるべし」と指さされたも同然だが、何より不可解なのは事ここに至るまで、ご当人が疑惑を“脱色”する懇切な説明を拒んできたことである

 土地購入に充てた4億円の出どころをめぐる小沢氏の説明は二転三転している。最初は「政治資金」と言い、やがて「銀行融資」に変わり、最後は「個人資金」に落ち着いた。その都度、何を根拠に発言してきたか、それを明かすだけでも身の灰色を淡くできるだろうに、しない

 色調のやや暗い「消炭(けしずみ)色」も、灰色の仲間である。政治不信の消炭に火がついてから慌てても遅い。

 4月28日付 編集手帳 読売新聞
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5.02.2010

80歳、傘寿を迎えた「氷川丸」市民や観光客に親しまれている・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 〈母は/舟の一族だろうか/こころもち傾いているのは/どんな荷物を/積みすぎているせいか〉――詩人の吉野弘さんは『漢字喜遊曲』でうたった。舟を女性名詞に分類している外国語は少なくないが、漢字の場合は「母」と姿かたちがよく似ている

 ―嵐も吹けば雨も降る/女の道よ なぜ険し…かつての流行歌『ここに幸あり』(詞・高橋掬太郎(きくたろう)、曲・飯田三郎)の一節はその“女性”にもあてはまる

 横浜港のシンボル「氷川丸」が80歳を迎えた。戦前は豪華客船、戦時中は負傷兵を運ぶ病院船、戦後は引き揚げ船と、傾くほどに重い「歳月」という名の荷物を背負った女性であり、母であろう

 横浜―シアトル航路の貨客船に復帰して引退し、いまは山下公園に係留されて市民や観光客に親しまれている。子供のころに遠足などで立ち寄り、しゃれた船室のたたずまいに触れ、あるいは機関室そばの油のにおいをかいで、はるか洋上に空想の船旅をした人も多いはずである

 もうすぐ5月の連休、傘寿を迎えたその人を訪ねてみるのもいい。嵐に吹かれ、雨にも降られた遠い昔語りを聞かせてくれるだろう。

 4月27日付 編集手帳 読売新聞
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5.01.2010

「思い」信頼に足るパートナーであることを行動で示す必要がある・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 日米関係に強い逆風が吹いている時だからこそ、6、7年前の黄金時代が思い出される。「小泉・ブッシュ」の個人的な信頼関係を基礎に、「戦後最良」と称されていた

 日本側にとって対米交渉は楽だった。「課長から局長、次官、閣僚、首脳と、上に上げれば、最後は小泉・ブッシュの協議で日本の主張が通ると日米双方が分かっていた」。複数の外交官が証言する。「だから米側はその前段階で妥協してきた」

 米軍普天間飛行場の移設先や、海兵隊のグアム移転の費用負担の交渉で米側が譲歩したのは、その実例という。それほどワシントンでは大統領の権限は絶対で、大統領の盟友の「小泉カード」が強力だった

 残念ながら今はその逆で、鳩山首相はオバマ大統領との会談もままならず、その影響で実務者級の協議も低調だ。外交は、結果重視の冷徹な世界だ。小泉元首相は、インド洋やイラクへの自衛隊派遣という重い決断をすることで米国の信頼を勝ち得た

 鳩山首相がその口癖の「思い」を伝えるには、信頼に足るパートナーであることを行動で示す必要がある。八方美人では「片思い」に終わる。

 4月26日付 編集手帳 読売新聞
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