5.02.2010

80歳、傘寿を迎えた「氷川丸」市民や観光客に親しまれている・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 〈母は/舟の一族だろうか/こころもち傾いているのは/どんな荷物を/積みすぎているせいか〉――詩人の吉野弘さんは『漢字喜遊曲』でうたった。舟を女性名詞に分類している外国語は少なくないが、漢字の場合は「母」と姿かたちがよく似ている

 ―嵐も吹けば雨も降る/女の道よ なぜ険し…かつての流行歌『ここに幸あり』(詞・高橋掬太郎(きくたろう)、曲・飯田三郎)の一節はその“女性”にもあてはまる

 横浜港のシンボル「氷川丸」が80歳を迎えた。戦前は豪華客船、戦時中は負傷兵を運ぶ病院船、戦後は引き揚げ船と、傾くほどに重い「歳月」という名の荷物を背負った女性であり、母であろう

 横浜―シアトル航路の貨客船に復帰して引退し、いまは山下公園に係留されて市民や観光客に親しまれている。子供のころに遠足などで立ち寄り、しゃれた船室のたたずまいに触れ、あるいは機関室そばの油のにおいをかいで、はるか洋上に空想の船旅をした人も多いはずである

 もうすぐ5月の連休、傘寿を迎えたその人を訪ねてみるのもいい。嵐に吹かれ、雨にも降られた遠い昔語りを聞かせてくれるだろう。

 4月27日付 編集手帳 読売新聞
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