4.30.2009

「メタボリックシンドローム」やせるほうにも注意が要るらしい・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 短歌のようで短歌でない佐藤延重さんの「一行詩歌閑話休題」(角川書店)を読んでいて、身につまされた一首がある。〈メタボリックシンドロームと告げられる 目障りだから死ねときこえた〉

 佐藤さんにお会いしたことはないが、似たような体形のお方かと勝手に推量している。不吉な聞き違えをする心持ちは同憂の身としてうなずけるが、何日か前に読んだ記事によれば、やせるほうにも注意が要るらしい

 厚生労働省の研究班が約9万人を平均13年間にわたって追跡調査したところ、成人後に5キロ以上体重が減った中高年は男女とも、死亡する危険が1・4倍ほど高かった。体重増加と死亡率の関係は認められなかったという

 病気やダイエットの激やせなどは除かれており、体重減少で死亡率の上がる原因はまだ明らかでない。やせて免疫力が落ち、感染症などにかかりやすくなることなどが考えられるという

 とはいえ、太りすぎて健康にいいはずもない。その記事を都合よく不摂生の口実にし、我田引水ならぬ我田引酒に走るなかれ。少しほっとしているらしい我が身に、きつく言い聞かせておく。

4月30日付 編集手帳 読売新聞
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4.29.2009

「新型インフルエンザ」人間もいくらかは賢くなっている・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 主人の苦沙弥(くしゃみ)先生が猫の写生をしている。尿意を催した猫が座を立ちかけるや、先生は「この馬鹿(ばか)野郎」と怒鳴(どな)りつけた。夏目漱石「吾輩(わがはい)は猫である」に、猫の独白がある

 〈少し人間より強いものが出て来ていじめてやらなくてはこの先どこまで増長するか分からない〉と。枯れ葉をお札に化けさせるような現代版の錬金術でつまずく国があったり、核とミサイルを独裁の道具に利用する国があったり、猫の心配もあながち的はずれではなかったろう

 豚インフルエンザがこれまで発生の恐れられていた「新型インフルエンザ」であることを政府が宣言した

 情報は不足している。メキシコでのみ死亡率が高い理由も、症状の詳細もまだ分からない。ウイルスは万国共通の敵である。各国の水際作戦を奏功に導くためにも、すべての国が「人類」というユニホームを着て緊密な情報交換を急がねばならない

 国際連携の大切さは、BSE(牛海綿状脳症)や鳥インフルエンザで学んできた。名前のない猫は知るまいが、人間もいくらかは賢くなっている。〈少し人間より強いもの〉の好きにさせるわけにはいかない。

4月29日付 編集手帳 読売新聞
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4.28.2009

冷静に、ぬかりなく「インフルエンザ」人から人に感染していくウイルス・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 若い身そらで急死した妹を、兄は悼んだ。〈あんなに丈夫だったのに、どうしてあんな風邪ぐらいにやられたのか〉。武者小路実篤「愛と死」の一節である

 〈スペイン風邪という奴(やつ)は丈夫な者の方がやられるらしい。本当に何ということが起こったのだ〉とも。1918年(大正7年)に発生したスペイン風邪の死者は世界で約5000万人、そのなかに若年層が多くいたことも、この疫病の記憶にいっそう濃い悲劇の色を添えている

 メキシコ、米国、カナダ…豚インフルエンザの感染が広がっている。メキシコの死者は100人を超えた。かつてのスペイン風邪のような新型インフルエンザ、人から人に感染していくウイルスである可能性が高い。まずは水際の防御を固めることが歴史の悲劇を繰り返さない道である

 専門家によると、備蓄の抗インフルエンザ薬は有効であるといい、また、普通に加熱した豚肉にも感染の恐れはないという

 小説のせりふを借りれば、〈あんな風邪ぐらい〉の油断は禁物だが、〈何ということが起こったのだ〉とうろたえることもない。冷静に、ぬかりなく――それに尽きる。

4月28日付 編集手帳 読売新聞
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4.27.2009

就任から100日「オバマ大統領」かすかな希望の光・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 1週間ほど前、本紙のよみうり時事川柳に選ばれた秀作に、こうあった。〈オバマ家の愛犬ボーがキャンと鳴く 静岡 杉本正則〉。「イエス、ウィー・キャン(私たちにはできます)」の流行語を生み出した米大統領のお宅では、飼い犬も姿勢が前向きに違いない

 未曽有の金融危機の最中に就任したオバマ大統領は、大恐慌のまっただ中で登壇したフランクリン・ルーズベルト大統領とよく比べられる

 就任から100日で15本の重要法案を成立させ、回復への基礎を作った先輩に負けることなく、ぜひとも強力なリーダーシップを発揮して、早く米経済を立て直してほしい。それが、アメリカ国民だけでなく世界の人々に共通する願いだろう

 オバマさんの視力はいい方らしい。「米経済はまだ決して安心できないが、かすかな希望の光が見え始めている」と、展望が明るいことを再三、強調している。もっとも、オバマ号は「高速ボートではなく遠洋汽船」で、目標達成まで時間がかかるとも言い添えるが

 就任後100日目の記者会見では、愛犬ではなく飼い主の口から「キャン」を聞きたいものである。

4月27日付 編集手帳 読売新聞
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4.26.2009

異変も見逃さない「お隣さん」単身高齢者見守りサービス・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 〈お隣は留守よと言えるお付き合い〉。小社が毎年募集している防犯川柳の入賞作にあった。ご近所との付き合いは、ときに鬱陶(うっとう)しいこともあるけれど、留守にしていても不審者をたちまち誰何(すいか)してくれるから心強い

 防犯ももちろんだが、一人暮らしのお年寄りには、体の異変をすばやく察知してくれるお隣さんがいれば、ありがたいだろう。都会のマンションなどではむずかしい

 東京の中心にある千代田区で先週から、区役所と新聞各社の販売所が連携して「単身高齢者見守りサービス」が始まった。販売所に告げておけば、3日分の新聞がポストに溜(た)まると区に連絡が入り、安否が確認される

 こうした取り組みは全国各地で広がりつつある。千代田区のような公的仕組みがなくても、新聞配達員は常にかすかな異変も見逃さないようにと心がけている。手前味(み)噌(そ)で恐縮だが、家の中で苦しんでいるお年寄りを助けた実例が数多くある

 毎日、同じ時刻に新聞を届けている配達員だからこそ気づくことも多い。この時代に得難くなった「お隣さん」の役目を、少しでも肩代わりできればうれしいことだ。

4月26日付 編集手帳 読売新聞
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4.25.2009

「日常的に虐待」いまの境遇よりは孤児になるほうがいい・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 母親に愛してもらえず、いつも痛い目にあわされている少年はひとりつぶやく。「誰もが孤児になれるわけではない」と。ジュール・ルナールの小説「にんじん」である

 その1行のみで説明はない。補えば、「いまの境遇よりはまだしも孤児になるほうがいいし、なりたいが…」というのだろう。欲しくても親のいない子にしてみればふざけた願望に違いないが、むごい虐待事件に出合うたびに少年の言葉を思い出す
 
 行方不明だった大阪市の小学4年生、松本聖香さん(9)の遺体が奈良市内で見つかり、母親と内縁の夫、その知人が逮捕された。少女は日常的に虐待を受けていたらしい

 顔にあざをつくって通学し、「新しいお父さんにたたかれた」「ご飯を食べさせてくれない」と教師に話したこともある。「あの子はうそをつく癖がある」と、母親は虐待を否定したという。校長は記者会見で「家庭訪問をしていれば」と悔やんだ

 「にんじん」の少年と同じ願いを、聖香さんが胸に宿していたとは思わない。孤児になるまでもなく、すでにひとりぼっちだったのだから。最後に笑顔を見せたのはいつだろう。

4月25日付 編集手帳 読売新聞
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4.24.2009

深夜の公園での泥酔、全裸、皆に愛される人柄が破られる・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 NHKで「バス通り裏」というテレビドラマを放映した昭和30年代のことという。新潟県の農家から若い嫁が失跡した。ひと月ほどして、うちしおれて戻る。「どこにいたのだ」と聞くと…

 「バス通り裏」は善人ばかりで、いつも愉快に暮らし、たいして働きもしない。私は一生を、田んぼの泥んこの中で終える。あの街にあこがれて上京した――そう答えたと民俗学者、宮本常一の「女の民俗誌」にある

 テレビ画面に結ばれた美しい像が現実の手で破られることは、いまもままある。呼び捨てではなく、「クン」を付けずにはいられない清潔感と温かい人柄がにおう人に、深夜の公園での泥酔、全裸は似合わない

 「SMAP」の草なぎ剛容疑者(34)が公然わいせつ容疑の現行犯で逮捕され、CMやキャンペーンに起用している企業などは対応に追われている。半世紀前の若いお嫁さんと同じように、うちしおれたファンも多かろう

 才能があって、売れて、皆に愛されて、それでも法と常識を超えなくては晴らせなかった鬱屈(うっくつ)とは、何だったのやら。どれも持ち合わせぬ身は、何を脱いだらいいのか分からない。

4月24日付 編集手帳 読売新聞
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4.23.2009

世襲「親の七光り」父母は巨万の富・名声を積み 我は・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 没後30年を迎える六代目三遊亭円生さんにも「親の七光り」と後ろ指をさされた昔があるという。弟子で、のちに一門を離れた川柳川柳(かわやなぎせんりゅう)さんが自叙伝「天下御免の極落語」(彩流社刊)に書いている

 〈(師匠が)真打ちになったとき、下手だけど、父の五代目円生が強引にさせた、という話は噺家(はなしか)ならみな知っている〉と。その人が“昭和の名人”になる。「七光り」批判の当否はどの世界に限らず、歳月による検証を待たなくては答えが出ない

 次期衆院選の政権公約に世襲新人候補の「立候補制限」を盛るかどうかを巡り、自民党内で論争が起きている

 〈父は巨万の富を積み/我は巨万の富を消す〉は長唄にある二代目紀伊国屋文左衛門の述懐だが、「富」を「名声」に置き換えれば政治家の名前が一つ二つ浮かばぬでもない。賛成派は世襲制限を証拠に、党の体質一新を有権者に訴えたいのだろう

 紀文二世ばかりの国会では困る。さりとて未来の名宰相になるやも知れぬ器が、世襲だからと野に埋もれてもまた困る。「じつにどうもむずかしいもので、てへッ」と、円生さんの声が聞こえてきそうである。

4月23日付 編集手帳 読売新聞
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4.22.2009

「裁判員制度」プロが精進すれば済むことで素人を煩わす必要はない・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 きょうの阪神・江夏豊投手は打てない――巨人の4番、長嶋茂雄選手がベンチで脱帽したとき、川上哲治監督は他の選手の面前で叱責(しっせき)したという。「おまえには江夏のボールを打つだけの給料を払っているじゃないか」

 川上さんの長男でスポーツライターの川上貴光氏が「父の背番号は16だった」(朝日文庫)に書いている。とりとめのない連想ながら、裁判員制度を考えるたびにこの一節が胸に浮かぶ

 毒カレー事件のような「直接証拠なし、動機不明、全面否認」の難事件で死刑をわが手で選び、わが声で告げる苦悩は言葉に尽くせまい。その苦悩を一身に背負う人だから国民は裁判官を深く尊敬し、重責に報いるだけの給料を払っているじゃないか。裁判員の日当(=上限1万円)とは格の違う給料を

 裁判に市民感覚を反映させることが裁判員制度の目的ならば、目的の達成も安くはない給料分の内、プロが精進すれば済むことで素人を煩わす必要はない

 ひと月ほどして制度が始まれば、「市民参加の歴史的な改革」という常(じょう)套句(とうく)が世に満ちるだろう。掻(か)き消されぬうちに、監督の言葉をつぶやいておく。

4月22日付 編集手帳 読売新聞
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4.21.2009

絶望と孤独の日、必ずや自分はこの山に登るであろう・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 琵琶湖畔の比良(ひら)山系に咲くシャクナゲの花、雑誌をひらいて1枚の写真を目にしたときの印象を、作家の井上靖は「比良のシャクナゲ」と題する詩に書いている

 いつの日か、人の世の疲労と悲しみをリュックいっぱいに詰め、写真の場所に旅することを心に期して疑わなかったという。〈絶望と孤独の日、必ずや自分はこの山に登るであろうと〉

 いつか、ここに旅する…。気分の沈みがちなとき、1枚の写真ではないが、時刻表をひらいて1個の駅名を心の薬にすることがある。童画の世界にふと誘われるような北海道・JR日高線の「絵笛(えふえ)」や、宮崎県・高千穂鉄道で昨年廃駅となった哀愁の漂う「影待(かげまち)」などはこれまで幾度服用したか分からない

 「JTB時刻表」がきのう発売の5月号で通算1000号を数えたという。創刊は1925年(大正14年)で、現在刊行されている時刻表では最も古い。旅行好きではなくても何度かはお世話になっているはずである

 疲労と悲しみのリュックは準備万端ととのえども、いつものことで休暇と予算がままならない。時刻表を手に今夜はさて、どこの駅に降りよう。

4月21日付 編集手帳 読売新聞
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4.20.2009

「希望と勇気と少しのお金」知徳を身につけた人々が活躍する世界・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 慶応義塾を開いて実業家の育成に情熱を注いだ福沢諭吉のことを「相場などをして金をもうけることが好きな男さ」と揶揄(やゆ)したのは、旧幕臣の勝海舟だった

 他人の財力に頼らない新しい生き方を説く福沢を、勝は誤解していたのだろう。未熟な少年に経済学は不要と言う人々もいたが、判断力を養うことこそ大切なのだと福沢は反論した

 社会科の授業などを活用して金融教育に取り組む学校が増えている。貯蓄・投資の意義や賢い消費生活などについてゲームなどを通じて学習させている

 「人生には三つのものがあればいい。希望と勇気と少しのお金」。映画「ライムライト」に登場するチャプリンの台詞(せりふ)の意訳だ。「少しの」を空欄にして、生徒に考えさせる。金融広報中央委員会(事務局・日本銀行)が発行した事例集には、そんな指導も紹介されている。真の豊かさとは何かを考える契機にもなるだろう

 福沢が理想とした「文明」は、知徳を身につけた人々が活躍する世界であった。「お金で人の心が買える」とうそぶく起業家が闊歩(かっぽ)するマネーゲームの世界などは、論外だったことは言うまでもない。

4月20日付 編集手帳 読売新聞
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4.19.2009

江戸東京博物館で「手塚治虫展」トキワ荘の天井板の一枚に描いてくれたもの・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 焦げ茶色にくすんだ板の上半分には、フェルトペンで「リボンの騎士」が描かれている。その下にベレー帽と丸メガネで机に向かう自画像。「五方面記者クラブのみなさんへ」と為書(ためがき)がある

 手塚治虫さんら多くの漫画家が暮らした「トキワ荘」の天井板だ。楽屋話で恐縮だが、5方面記者クラブとはトキワ荘があった東京・池袋界隈(かいわい)を受け持つ、駆け出し記者の取材拠点である

 老朽化したトキワ荘が1982年に解体された際、取材に来た若い記者たちのために、手塚さんがはがした天井板の一枚に描いてくれたものだ。電熱コンロを傍らに置いて炊事しながら漫画を描いた、その当時の煙やにおいが染み込んでいる

 自画像の手塚さんは、裸電球の下で継ぎ当てだらけの服を着て、迫る締め切りに冷や汗をかきながらペンを握っている。誰しも若い日は無我夢中で苦しくて、でも振り返ると懐かしい時が来るのかな…と記者たちは板を眺めてきた。いつしかこうして手塚さんの気持ちが分かる齢(よわい)になった者もいる

 きのう江戸東京博物館で「手塚治虫展」が始まった。記者クラブ秘蔵の天井板も公開されている。

4月19日付 編集手帳 読売新聞
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4.18.2009

欲で汚いようです「変漢ミスコンテスト」漢字検定のほかにも・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 パソコンや携帯メールで文章をつづるとき、入力した言葉が思いもよらぬ1行となって画面に現れることがある。〈良く出来た内容です〉が〈欲で汚いようです〉になっては、天と地ほども違う

 日本漢字能力検定協会は漢字検定や「今年の漢字」のほか、傑作な変換ミスを公募する「変漢ミスコンテスト」も手がけている。前段のミス事例は協会ホームページの候補作から引いた

 公益事業でありながら多額の利益を上げるなど、不明朗な運営の責任を取って大久保昇理事長と長男の副理事長が辞任したが、それをもって協会の改善策を〈良く出来た内容です〉と評するわけにはいかない

 親子が代表を務めるファミリー企業と協会の取引は過去3年間で66億円にのぼるが、取引の一部は継続するという。誰の目にも、〈欲で汚いようです〉と映ろう。前理事長は記者会見で「役職を離れても新理事長を支える」と述べたが、“お掃除の邪魔”以外の何物でもあるまい

 前理事長親子の影をぬぐい去り、旧体制ときっぱり一線を画すことが協会の生き残る道である。〈画す〉を変換ミスで〈隠す〉にしてはいけない。

4月18日付 編集手帳 読売新聞
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4.17.2009

「3085本」ただ一人の登山者も寄せつけずにきた大記録の名山を仰ぐ・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 詩人で評論家の有馬(ありま)敲(たかし)さんに、「ヒロシマの鳩(はと)」という詩がある。被爆地の空を舞う鳩に呼びかけて言う。〈近くの球場から聞こえる/大歓声よりも高く鳴け/苦、苦、苦、苦、苦〉

 張本勲さん(68)の半生をたどるとき、鳩の声がする。広島での被爆、幼時の大やけどで右手に残った障害、在日韓国人二世としてなめた辛酸、家計の窮迫――これでもかと「苦」が続く

 野球を学びに大阪の高校へ進むとき、亡き父親に代わって一家を支える兄は、月々2万3000円の給料から1万円を仕送りしてくれたという。試合後も毎夜300本は欠かさなかった素振りと肉親の情愛から、安打3085本の日本プロ野球記録は生まれている

 イチロー選手(35)が日米通算の安打数で張本さんの記録に並んだ。30年に及ぼうという歳月を、ただ一人の登山者も寄せつけずにきた大記録の名山を仰ぐ

 先のWBC大会では不調にあえぎ、メジャー開幕には胃潰瘍(いかいよう)を患って出遅れ、イチロー選手も試練の雨風に打たれて頂上に立った。3085メートルならぬ「3085本」の霊峰にはいまも、〈苦、苦、苦…〉と鳴く鳩が棲(す)むらしい。

4月17日付 編集手帳 読売新聞
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4.16.2009

「これぞ秘宝のなかの秘宝」という触れ込みで宝石と称し、石ころを売った・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 出版社には各社独特の雰囲気がある。そう語ったのは作家の野坂昭如さんである。例えれば文芸春秋は〈株式会社〉、講談社は〈総合病院〉、中央公論社(現・中央公論新社)は〈単科大学〉、新潮社は〈古い貴金属店〉かな、と

 文芸春秋の名編集者で社長も務めた池島信平さんの対談集「文学よもやま話」(文芸春秋)で述べている。40年も昔の対談で、各社のカラーがその後どう変わったかは分からないが、好ましい変化ばかりでもなかろう

 朝日新聞阪神支局襲撃事件の“実行犯”を名乗る男性の手記を連載した「週刊新潮」が誤報であったことを認め、きょう発売の4月23日号に編集長名の謝罪記事を掲載するという

 「男性にだまされた」という言い分が本当だとしても、綿密な鑑定(裏付け取材)もせずに手記の品質を保証した落ち度は同誌にある。「これぞ秘宝のなかの秘宝」という触れ込みで宝石と称し、石ころを売った。〈古い貴金属店〉がなくした信用を取り戻すのは容易であるまい

 老舗の暖簾(のれん)に心を許し、息を詰めて食い入るように手記を読みふけったひとりである。ばかなことをした。

4月16日付 編集手帳 読売新聞
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4.15.2009

権力抗争で「パピプペポンの心優しき国」の看板を傷つける愚は似合わない・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 タイ語の味わいを伝える五行歌がある。作者は平賀游さんとおっしゃる。〈タイ言葉はいい/あっちでもこっちでも/老いも若きも/パピプペポンと/人みなやさしい〉

 「五行歌秀歌集1」(市井社)に収められた一首だが、元首もプミポン国王、なるほど弾むようなパ行が耳に心地よい言語である。「兵士を焼き殺してやる」「街がめちゃくちゃになればいい」等々、いまその国から届く物騒な物言いは似合わない

 タイで混乱と緊張の非常事態がつづいている。赤いシャツを着たタクシン元首相派の反政府デモに街は荒れ、予定されていた国際会議も流れた

 半年前には黄色いシャツ(反タクシン派)が空港を占拠し、やはり国際会議を延期に追いやっている。両派が代わる代わる国の体面に泥を塗り合う。観光も投資もさらに冷え込むだろう

 色見本の書物をひらき、赤と黄の間に「サンライズ・イエロー」という名の橙(だいだい)色を見つけた。2色が溶け合って収拾の“曙光(しょこう)”をどう手にするか、双方に冷静な知恵が要る。権力抗争で「パピプペポンの心優しき国」の看板を傷つける愚に、政府派も反政府派もない。

4月15日付 編集手帳 読売新聞
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4.14.2009

「頭の中味はどっちがどっちか」誰のお金を使っているつもり・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 〈お殿さまでも家来でも/お風呂に入る時はみんな裸/かみしも脱いで刀も捨てて/歌の一つも浮かれ出る〉。終戦の翌年に封切られた映画「東京五人男」で古川緑波(ろっぱ)が歌った挿入歌を年配の映画ファンは覚えておいでだろう

 歌詞の続きは記憶がおぼろなので、演芸プロデューサー沢田隆治氏の「上方芸能列伝」(文芸春秋)から引く。〈お役人でもボクらでも/夜の枕はみんな一つ/頭の中味(なかみ)はどっちがどっちか/歌の一つも浮かれ出る〉

 お役人といえば頭がいいものと世評は定まっているが、「頭の中味はどっちがどっちか」、ときに分からなくなることもある

 東京都の下水道局が制服2万着を新調した際に、いったん作成した胸のワッペンをすべて廃棄し、新たに作り直していた。「東京都下水道局」の文字に添えた水色の波線が内規と違うので削ったという。波線1本あったとて、誰が困る。何の支障がある。作り直しの費用が3400万円とは、豪儀なものである

 夜の枕に頭を載せ、「一体、誰のお金を使っているつもりだか…」と独りごちれば、ため息の一つも浮かれ出る。いや、沈み漏れる。

4月14日付 編集手帳 読売新聞
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4.12.2009

見かけは立派だが中身の悪い「レモン」手に取ったくらいでは見抜けない・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 レモンは果肉が傷んでいても外見は新鮮で、手に取ったくらいでは見抜けない。そのためだろう、経済学では見かけは立派だが中身の悪い欠陥品を「レモン」と呼ぶ。ちなみに外見で品質がわかるものは「ピーチ」だ

 経済学のテキストは欠陥中古車を例にとり「レモン市場」の行く末を説明する。客の多くは性能を見抜けず、ピカピカだが中身はポンコツの安物を買う。当然、故障が多く苦情が増え、やがて中古車市場そのものが衰退してしまう…

 焦げ付きそうな住宅融資を金融工学で有利な金融商品に変身させたサブプライムローン問題は典型だ。欧米の金融機関が損失を抱え、金融市場は危機に陥った。中身が隠された欠陥品は、やはり市場の天敵だった

 日本酒、ハマグリ、フグ、ウナギ…。和食のメニューではない。最近、材料や産地の偽装が発覚した「レモン」の仲間だ。近ごろの短命政権も見かけ倒しの点では大差ないかもしれない

 そんな「レモン内閣」は願い下げだが、自民党と民主党は、政治献金をめぐる疑惑でどちらもレモンのにおいがしてきた。おいしそうな「桃」しか食べたくないのに。

4月12日付 編集手帳 読売新聞
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4.11.2009

「わざと負けろ」悲しい指示にやむなく従い、自滅の6連続オウンゴール・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 いま、米国で夢の舞台に臨んでいる17歳のプロゴルファー、石川遼選手の座右の銘は〈急がば回るな〉です

 目の前の苦難を避けて回り道をするのではなく、まっすぐに苦難を見つめて乗り越えていく。石川選手よりも少し年下の中学生ですが、競技は違ってもフットサルというスポーツに汗を流すあなたたちです。意味するところは分かるでしょう

 新潟県内の大会で、コーチの教頭先生は「わざと負けろ」と命じたそうですね。勝てば、苦手にしている学校と次にぶつかってしまう。苦難を避けて、負けろと。あなたたちは悲しい指示にやむなく従い、自滅の6連続オウンゴールで大敗しました

 持てる技量と覇気を封印された悔しさと、対戦相手を侮辱してしまった後ろめたさに、心は重く沈んだに違いありません。日本サッカー協会から1年間の活動停止処分を受けた教頭先生よりも、あなたたちが負っただろう傷の深さに同情しています

 不幸な試合を通して、〈急がば回るな〉の神髄に触れた人もいるでしょう。日々の練習に一層の熱がこもることを祈ってやみません。傷跡に咲く花も、きっとあります。

4月11日付 編集手帳 読売新聞
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4.10.2009

「喜びも悲しみも幾歳月」沖行く船の無事を祈って灯をかざす・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 〈もしもし/ベンチでささやく お二人さん〉の「若いお巡りさん」も、〈君を頼りに 私は生きる〉の「ここに幸あり」も昭和30年代初期の歌である

 “二人”が主題の歌はほかにもあり、孤独が基調の大衆歌謡史に異彩を放つ――とは演出家、鴨下(かもした)信一さんの指摘である。文春新書「誰も『戦後』を覚えていない 昭和30年代篇(へん)」に書いている。終戦から十年余を経て迎えた「小さな幸せ」願望の時代であったと

 あの日、列島が沸き立ったのも、恋の実りという平和あっての「小さな幸せ」に皇室と国民の心が共振したからだろう。天皇、皇后両陛下のご結婚から、きょうで50年になる

 震災があれば避難所の床に膝(ひざ)をつき、被災者の手を握っていたわりの言葉をお掛けになる。悲しむ人に寄り添い、祈ってこられた両陛下の半世紀である。お疲れもあろう。どうかご無理をなさらずに

 やはり当時の歌に、「喜びも悲しみも幾歳月」がある。〈妻と二人で沖行く船の/無事を祈って灯(ひ)をかざす〉。思えば人の世は嵐の海、人はそれぞれに「小さな幸せ」を載せた船をこいでいる。お二人の姿にその詞が重なる。

4月10日付 編集手帳 読売新聞
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4.09.2009

嘘で固めた勤務実態「ヤミ専従」姑息な隠し立て・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 役所に局長を訪ねると、不在だった。「午前中は働かないのですか?」と訪問者が秘書に聞いた。秘書が答えた。「午前中は出勤しません。働かないのは午後です」。欧米の小咄(こばなし)にある

 同じ働かないのでも、姑息(こそく)な隠し立てをしないだけまだいい。本来の仕事を許可なく離れ、業務時間を組合活動にあてる。いわゆる「ヤミ専従」を隠しに隠した農水省に比べて、である

 秘書課の調査で142人の労働組合幹部にヤミ専従の疑いがあると知りながら、鉛筆をなめるに事欠いて「0人」と偽った隠蔽(いんぺい)体質だけで呆(あき)れるに足るが、隠し事はそれにとどまらない

 調査をしたのは昨年4月が初めて――という従来の説明は嘘(うそ)で、実際にはそれ以前の調査で疑惑の一部を把握していたという。ヤミ専従、ヤミ調査と続くヤミ愛好癖を見れば、反省したそぶりの下で“ヤミあっかんべー”をされたとしても驚かない

 何年か前、「サラリーマン川柳」の入選作にあった。〈さあやるか昼からやるかもう五時か〉。この朗らかさはどうだろう。嘘で固めた勤務実態を見ていると、並の怠惰がいとおしく思えるから不思議である。

4月9日付 編集手帳 読売新聞
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4.08.2009

「そんなに影が薄いか」内心つぶやく・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 顔と名を記憶するべく、もらった名刺に相手の特徴をメモしておく人がいる。〈落ちていた俺の名刺の裏に「ハゲ」〉。何年か前、日本自毛植毛センターが募った「毛髪川柳コンテスト」の入選作にある

 想像するに、あわて者の営業マンが取引先を訪ねた際、外見の特徴をこっそり書き留めた名刺を廊下にでも落としたのだろう。落とした人も、拾った人も、ともに不運と言うほかはない

 歓迎されない取材で、渡した名刺をその場で破り捨てられたことがある。会うたびに初対面と間違われて名刺を差し出され、「そんなに影が薄いか、俺は」と鏡を見つめたこともある

 きのうの昼下がりに地下鉄を降りるとき、後ろから新社会人とおぼしき青年が脱兎(だっと)のごとく脇を走り抜け、危うく突き飛ばされそうになった。約束の時間が過ぎていたか。彼のポケットにも小さな泣き笑いの種、初々しい名刺が納まっているだろう

 転んでけがをしないように。あわてて名刺を落とさないように。落とすなら、「イケメン」とでも書いた1枚を…と、らちもない忠告を内心つぶやく間もなく、青年の姿は改札口に消えていた。

4月8日付 編集手帳 読売新聞
創価学会 地球市民 planetary citizen 仏壇 八葉蓮華 hachiyorenge

4.06.2009

「長距離弾道ミサイル」無頼漢国家ゴロツキが握れば凶器・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 白い露も、紅葉の上に宿ると赤く見える。〈もみじに置けば紅(くれない)の露〉という。置かれた状況で色合いを変えるのは露に限らない。野球少年が夢を託す白木のバットも、ゴロツキが握れば流血の凶器となる

 人工衛星の打ち上げも、弾道ミサイルの発射も、原理はひとつである。常識の通じる国が試みれば涼やかに白い月面が脳裏に浮かび、無頼漢国家の手にかかれば真っ赤な火の海が浮かぶ

 「人工衛星」に名を借りて、北朝鮮が長距離弾道ミサイルを発射した。核弾頭を載せれば核ミサイルになる。許しがたい狼藉(ろうぜき)である

 日米韓が結束して国連の場で圧力をかけ、何ひとつ見返りを与えることなく、核とミサイルから手を引かせなくてはならない。北朝鮮の甘言に乗せられて紅白の判別を誤り、テロ支援国家の指定を解いた米ブッシュ政権の苦い過ちは一度だけでいい

 茨木のり子さんの詩「水の星」に、ノアの箱船に触れた一節がある。〈善良な者たちだけが選ばれて積まれた船であったのに/子子孫孫(ししそんそん)のていたらくを見れば この言い伝えもいたって怪しい〉。密航の独裁者がまた、暴走のアクセルを踏んだ。

4月6日付 編集手帳 読売新聞
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4.05.2009

暗黒の陰がひろがる宇宙空間にある星々の明かり、陽光を受けて輝く地球や月・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 歌舞伎十八番、勧進帳の弁慶は「飛び六方」で花道を引っ込む。市川家の荒事(あらごと)の見せ場だ。六方とは東西南北そして天地の方向、つまり前後左右上下、宇宙の全方位である

 あの豪快な引っ込みの芸を六方と呼ぶのは、〈それぞれの方向の果てまで鳴り響く堂々とした歩き方〉という意味がある。本紙ホームページ「宇宙飛行士若田光一との対話ブログ」で、市川団十郎さんから若田さんに宛(あ)てたメールに教えてもらった

 〈荒事の宇宙観は、ほかに陰陽すなわち光と陰、そして生物の吸う息、吐く息、これらの要素を基軸として構成されています〉。伝統に生きる歌舞伎役者は、科学の最先端を行く宇宙飛行士と一脈通じ合うらしい

 団十郎さんは、地上の東西南北天地では得られぬ感覚を伝えてほしい、と若田さんに次の問いを投げかけた。〈暗黒の陰がひろがる宇宙空間にある星々の明かり、陽光を受けて輝く地球や月、それらを受け止めて何かを感じることのできる、不規則な息をしながら生きる人間〉とは何か

 奥深い問答が始まる気配だ。順調に任務をこなす若田さんの、宇宙からの返信がもうじき届く。

4月5日付 編集手帳 読売新聞
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4.04.2009

独裁者を称賛しなくてはならない人々の悲しみ・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 歌人の河野裕子さんに、子をもつ親ならば誰しもうなずくだろう珠玉の一首がある。〈しつかりと飯を食はせて陽(ひ)にあてしふとんにくるみて寝かす仕合(しあわ)せ〉

 「仕合せ」に感じているのは誰か――という問いには十人が十人、「親」と答えるだろう。それが正答には違いないが、「為政者」もあながち誤答と言えまい。自国の民の胃袋を満たし、すこやかな眠りを与えることは国政を預かる者の使命である

 人工衛星だか弾道ミサイルだか、飛ぶのが何かは知らないが、国民を飢えさせ、医薬品を行き渡らせることもできない国家指導者がかりそめにも夢みることではない。北朝鮮の予告した「発射期間」(4日~8日)を迎えた

 頭上を脅かされる日本人にとっては憤って憤りすぎることのない暴挙だが、それが“成功”すれば腹をすかせた身で、あるいは満足な医療も受けられない病床で、独裁者を称賛しなくてはならない人たちも哀(あわ)れである

 発射には天候も影響する。しっかりと飯を食うことも、陽にあてし布団にくるまることも許されない人々の悲しみよ。その日、その時刻、その場所で涙雨となって降れ。

4月4日付 編集手帳 読売新聞
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4.03.2009

オス4羽を残して「僕は泣いちっち」トキたちを見守って・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 〈僕の恋人 東京へ行っちっち…〉。守屋浩さんの「僕は泣いちっち」は1959年(昭和34年)の歌である

 それまでは三橋美智也さんの「哀愁列車」〈惚(ほ)れていながら行くおれに/旅をせかせるベルの音〉のように、恋人を残して故郷を去る青年の感傷は歌われてきたが、故郷に残る青年の嘆きはめずらしい。高度成長の光が都会を照らしはじめ、「去る悲哀」と「残る悲哀」が入れ替わった時期かも知れない

 トキの世界にも別離があり、再会がある。新潟県佐渡市で放鳥され、生存の確認されている8羽のうち、オス4羽を残してメス4羽が本州に去ったと聞き、〈なんで、なんで、なんで…〉(僕は泣いちっち)と内心つぶやいた

 望郷の念、断ちがたく――かどうか、メス1羽が島に戻ったという。繁殖に望みが生まれたが、トキにはトキの事情もあろうから恋の行方はさだめがたい

 故郷に残る青年の親御さんも、故郷を去る乙女の親御さんも、これという手助けのできぬまま、「ただ、つつがなくあれ」と祈ってはハラハラ、オロオロ、子供たちを見守っていたことだろう。その親心が少し分かる。

4月3日付 編集手帳 読売新聞
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4.02.2009

一人二役を演じてわが身にスパルタ指導を試みるのも元気回復の一策・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 格言に〈聖人に夢無し〉とある。聖徳のある人は心に煩いがなく、安眠して夢を見ない、と。中国の古典「荘子」に由来するらしい

 夢を眠りの友として毎夜の愉(たの)しみにしている身は「俗人」のお墨付きをもらったような気分だが、心配事が夢に現れるのはしばしば経験することで、格言を頭から否定もできない。スポーツ選手などは試合の前、夢の中で苦戦することもあるだろう

 日本と五輪の歩みをたどる本紙運動面の連載「日本の100年」で、夢の話を読んだ。東京五輪に臨んだレスリング日本代表候補の合宿では、負けた夢を見た選手がいると、「もう一度寝て、勝ってこい」、コーチがそう言ってどやしつけたという

 むちゃと言えばむちゃな指示だが、その気迫のおこぼれをもらって読後の心がいくらか浮き立たないでもない。政治も経済も袋小路に入って鬱々(うつうつ)とする今、選手とコーチの一人二役を演じてわが身にスパルタ指導を試みるのも元気回復の一策だろう

 書いた記事が罵詈雑言(ばりぞうごん)を浴びる夢に、はっと目の覚める夜半がたまにある。「もう一度寝て、書き直してこい」と、どやされても困るが。

4月2日付 編集手帳 読売新聞
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4.01.2009

人生の不思議な仕掛け、人の運、不運はさだめがたい・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 深川八幡宮の祭礼でごった返す人込みのなか、隅田川にかかる永代橋が落ちて多数の死傷者が出たのは1807年(文化4年)の夏である。本郷に住まう「麹(こうじ)屋(や)」という人の話が伝わっている

 祭りの見物に出かける途中でスリに紙入れ(財布)をすられ、家に戻って難を逃れた。住所氏名を書いておいた紙入れはのちに、犠牲者の遺品から見つかったという。すった人物だろう。人の運、不運はさだめがたい

 大学浪人をして無二の友を得た人がいる。冷や飯を食う境遇で生涯の伴侶を得た人もいる。生死にかかわらずとも、天を恨んだ災難にやがて感謝した経験は、年輪を重ねた人ならば一つ二つは持ち合わせている

 今春卒業予定の大学生や短大生、高校生のうち、企業から採用内定を取り消された人は1845人にのぼるという。天秤(てんびん)の片方にその人たちの流す涙を載せ、もう片方に訳知り顔の文章を載せて釣り合うとは思わない

 颯爽(さっそう)と社会に巣立つはずだった今日の朝、悔し涙を燃料に再起のエンジンに点火する若い人もいるだろう。人生の不思議な仕掛けも1滴の油になれば――そう祈るばかりである。

4月1日付 編集手帳 読売新聞
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