4.08.2009

「そんなに影が薄いか」内心つぶやく・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 顔と名を記憶するべく、もらった名刺に相手の特徴をメモしておく人がいる。〈落ちていた俺の名刺の裏に「ハゲ」〉。何年か前、日本自毛植毛センターが募った「毛髪川柳コンテスト」の入選作にある

 想像するに、あわて者の営業マンが取引先を訪ねた際、外見の特徴をこっそり書き留めた名刺を廊下にでも落としたのだろう。落とした人も、拾った人も、ともに不運と言うほかはない

 歓迎されない取材で、渡した名刺をその場で破り捨てられたことがある。会うたびに初対面と間違われて名刺を差し出され、「そんなに影が薄いか、俺は」と鏡を見つめたこともある

 きのうの昼下がりに地下鉄を降りるとき、後ろから新社会人とおぼしき青年が脱兎(だっと)のごとく脇を走り抜け、危うく突き飛ばされそうになった。約束の時間が過ぎていたか。彼のポケットにも小さな泣き笑いの種、初々しい名刺が納まっているだろう

 転んでけがをしないように。あわてて名刺を落とさないように。落とすなら、「イケメン」とでも書いた1枚を…と、らちもない忠告を内心つぶやく間もなく、青年の姿は改札口に消えていた。

4月8日付 編集手帳 読売新聞
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