母親に愛してもらえず、いつも痛い目にあわされている少年はひとりつぶやく。「誰もが孤児になれるわけではない」と。ジュール・ルナールの小説「にんじん」である
その1行のみで説明はない。補えば、「いまの境遇よりはまだしも孤児になるほうがいいし、なりたいが…」というのだろう。欲しくても親のいない子にしてみればふざけた願望に違いないが、むごい虐待事件に出合うたびに少年の言葉を思い出す
行方不明だった大阪市の小学4年生、松本聖香さん(9)の遺体が奈良市内で見つかり、母親と内縁の夫、その知人が逮捕された。少女は日常的に虐待を受けていたらしい
顔にあざをつくって通学し、「新しいお父さんにたたかれた」「ご飯を食べさせてくれない」と教師に話したこともある。「あの子はうそをつく癖がある」と、母親は虐待を否定したという。校長は記者会見で「家庭訪問をしていれば」と悔やんだ
「にんじん」の少年と同じ願いを、聖香さんが胸に宿していたとは思わない。孤児になるまでもなく、すでにひとりぼっちだったのだから。最後に笑顔を見せたのはいつだろう。
4月25日付 編集手帳 読売新聞
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