10.31.2008

家計の消費がどれだけ上向くか・・・ 編集手帳 八葉蓮華

家計の消費がどれだけ上向くか・・・ 編集手帳 八葉蓮華
明るさの単位には二つある。光源の明るさ、光度の単位を「カンデラ」といい、光源からそこに届いた光の量、照度の単位を「ルクス」という◆きのう、麻生首相が記者会見をして追加景気対策を発表した。国費で約5兆円、事業費にして約27兆円は、光源のカンデラとしては一応の数字だろう。暮らしの隅々に光がどれだけ届き、照らすか、ルクスが問われる◆柱のひとつに、2兆円規模の「定額給付金」がある。4人家族の世帯で6万円ほどの額になるという。選挙目当てのバラマキではないか、という疑念の声も一部で聞かれる◆光に影はつきもので、財源をあまねく分かとうとすればバラマキと批判され、重点配分して特定の業界が潤えばエコヒイキと批判される。景気対策のいつも悩ましいところで、無責任なバラマキか否かは照らされた家計の消費がどれだけ上向くか、ルクスで判定するほかあるまい◆カンデラとは、ラテン語で「ろうそく」の意味という。米国発の金融危機を首相は未曽有の大災害、百年に一度の暴風雨にたとえた。光源のろうそくを風に吹き消されぬよう、政府には寝ずの番が要る。

10月31日付 編集手帳 読売新聞

八葉蓮華、Hachiyorenge

10.30.2008

ごめんねとおもいきり抱いてやりたい・・・ 編集手帳 八葉蓮華

ごめんねとおもいきり抱いてやりたい・・・ 編集手帳 八葉蓮華
〈吹けば飛ぶよな将棋の駒に…〉。作曲家の船村徹さん(76)は西條八十から「王将」の詞をもらったとき、盤に駒を並べ、息を吹きかけてみたという。本当に飛ぶのかと◆一字一句をおろそかにしない。歌手志望のお弟子さんには、「カラオケ教室ではないから」と歌唱の技術は教えず、心をこめて歌詞を千回も二千回も繰り返し読ませる。「別れの一本杉」「みだれ髪」「兄弟船」など船村演歌の名曲は、歌詞に浸り尽くすなかで生まれたのだろう◆船村さんが今年度の文化功労者に選ばれた。ノーベル賞の受賞会見で涙を見せた物理学者の益川敏英さんは「老人性涙腺軟弱症ですね」と照れ隠しに語ったが、船村メロディーに弱い「船村性涙腺軟弱症」の患者も世には多かろう◆船村さんがみずから詞を書き、ギターの弾き語りで歌う「希望(のぞみ)」という曲がある。各地の刑務所を慰問に歩き、女性受刑者に心を寄せてできた歌だという◆〈ここから出たら旅に行きたい/坊やをつれて汽車にのりたい/そしてそして静かな宿で/ごめんねとおもいきり抱いてやりたい〉。文字がにじんできた。われながら重症である。

10月30日付 編集手帳 読売新聞

八葉蓮華、Hachiyorenge

10.29.2008

老若の別なく誰からも愛された晴朗な笑顔・・・ 編集手帳 八葉蓮華

老若の別なく誰からも愛された晴朗な笑顔・・・ 編集手帳 八葉蓮華
歌人の竹山広さんに一首がある。〈高橋尚子を見つづけしゆゑの微熱かと枕のうへのあたまはおもふ〉。シドニー五輪の女子マラソンである◆金メダルを手に語った、「すごく楽しい42キロでした」という言葉をご記憶の方もあろう。日本人選手を何かとライバル視する中国のメディアが「アジアの誇り」(上海紙「解放日報」)と絶賛したのもこのときである◆高橋選手が現役を引退すると聞いて瞼(まぶた)に浮かんだのは、しかし、シドニーの笑顔ではない。今年3月、北京五輪の代表切符をかけた名古屋国際女子マラソンに敗れ、「選ばれる選手の応援に回ります」と、いつもながらのQちゃんスマイルで語った。敗者としてのたたずまいも美しかった人である◆走ることが好きで好きで、白い地図を買い、練習のない日曜日に走った道を赤鉛筆で塗りつぶした挿話が残る。ひとには見せない苦悩があったにしても、老若の別なく誰からも愛された晴朗な笑顔は、何よりも「好き」の一心から生まれたのだろう◆36歳、人生のマラソンではまだ折り返し点も見えぬころである。「微熱」の記憶を胸に、沿道から小旗を振る。

10月29日付 編集手帳 読売新聞

八葉蓮華、Hachiyorenge

10.28.2008

今は擂り半の警戒域に入ったか・・ 編集手帳 八葉蓮華

今は擂り半の警戒域に入ったか・・ 編集手帳 八葉蓮華
江戸の昔、遠い火事には半鐘を一つ叩(たた)いた。これを「一ツ半(ばん)」といい、もっと近いと「二ツ半」…最後は半鐘に槌(つち)を入れてかき回し、「擂(す)り半」と呼んだ◆米国発の金融危機を火事に例えれば、サブプライム問題が浮上して一ツ半、リーマン破綻(はたん)で二ツ半、東京市場の株価が26年ぶりの安値をつけた今は擂り半の警戒域に入ったかも知れない◆衆院選の時期が一段と不透明になった。民意を問うて安定政権を作れば柔軟な危機対応が可能になり、誰しも血の騒ぐ選挙は景気対策にもなるという主張もないではないが、日本語はともかくも外国語には翻訳しにくい論理だろう◆「家庭内のゴタゴタを片づけるので、これにて失礼」と日本が火消しの国際バケツリレーから抜けて、日本より火傷(やけど)の重い米欧が「どうぞ、ごゆっくり」と声をかけてくれるはずもない◆解散の先送りは選挙での劣勢を恐れる自民党の「党利党略」だと、民主党は批判している。その下心が自民党内の一部にあったとしても、党利党略がたまたま“国利国略”“世界利世界略”にかなうときもある。「擂り半」を聴く耳に与党も野党もなかろう。

10月28日付 編集手帳 読売新聞

八葉蓮華、Hachiyorenge

10.27.2008

誰からの救いの手もなく・・・ 編集手帳 八葉蓮華

誰からの救いの手もなく・・・ 編集手帳 八葉蓮華
1950年代の米国車の多くは、尾灯に翼のような独特の飾りを施していた。「テールフィン」と呼ばれるデザインは、ゼネラル・モーターズ(GM)が最初に採り入れた。当時無敵を誇った米軍戦闘機の尾翼がヒントという◆当時の「アメ車」は、米国の富と力の象徴だった。アイゼンハワー政権の国防長官を務めたGMのチャールズ・ウィルソン社長が、「GMに良いことは合衆国にも良いことだ」と豪語したのも、このころである◆それから半世紀がたち、創立100年の節目を迎えたGMが未曽有の苦境にある。昨年の赤字はじつに4兆円を超え、大恐慌のさなかにも出し続けた配当をやめた◆米国経済の主役は製造業の雄GMから、世界最大の証券会社、ゴールドマン・サックス(GS)に代表される金融業に移り、「GSに良いことは合衆国にも…」という現実がある。誰からの救いの手もなく、政府の低利融資で命脈を保つGMの姿は、今や米国の危機の象徴になった◆存亡をかけて、同業クライスラーとの合併交渉が大詰めという。飾りではない、浮揚する本物の翼になるかどうかはまだ分からない。

10月27日付 編集手帳 読売新聞

八葉蓮華、Hachiyorenge

10.26.2008

理解できぬ言葉が平気で使われている・・・ 編集手帳 八葉蓮華

理解できぬ言葉が平気で使われている・・・ 編集手帳 八葉蓮華
「どうしました?」「先生、朝から膝(ひざ)がやめて、やめて…」。新潟の医師は患者、特にお年寄りとそんなやりとりをする。「病(や)める」は「痛む」の古風な言い方だが、新潟では何とも言えぬ違和感を指すことも多い◆微妙なニュアンスが分からないと意思疎通がうまくいかない。看護師向けの月刊誌ナーシング・トゥデイに「看護と方言」と題して、各地の医療現場での苦労話が語られていた◆症状に関する地域独特の表現をデータベースにする取り組みがあるという。方言で訴える痛みや苦しさをいち早く理解したいと協力する医師や看護師は、常に患者の気持ちを考えている人だろう◆問題は医療の“標準語”だ。「寛解」だの、「予後」だの、患者に理解できぬ言葉が平気で使われている。国立国語研究所がそれらをまとめて、分かりやすい言い換えを提案した。寛解は「症状が落ち着いて安定した状態」、予後は「今後の病状の医学的見通し」◆本来は国語研ではなく、医療界がやるべきことではないか。「やめる」を解する医師や看護師に尋ねれば、とうに実行している言い換え表現を教えてくれるだろう。

10月26日付 編集手帳 読売新聞

八葉蓮華、Hachiyorenge

10.25.2008

「虹龍」正倉院の宝庫で「龍の日干」・・・ 編集手帳 八葉蓮華

「虹龍」正倉院の宝庫で「龍の日干」・・・ 編集手帳 八葉蓮華
「夕立屋」という小咄(こばなし)がある。夏の盛りに客の注文を受けて自在に夕立を降らせる男、正体は天上の龍(たつ)という。冬、商売はどうするんだい? 客の問いに答えていわく、「倅(せがれ)の子龍(こたつ=炬燵)をよこします」◆子龍が実在すれば、こういう姿かも知れない。「虹龍(こうりゅう)」と名前の付けられたミイラは子猫ほどの大きさで、ノコギリ状の歯は鋭く、後ろ足には鉤爪(かぎづめ)をもっている。古人は龍の遺骸(いがい)と信じ、宝物のひとつに加えたらしい◆残念ながら遺骸の正体は龍ではなく、イタチ科の貂(てん)だという。きょうから奈良国立博物館で第60回の節目となる「正倉院展」が始まる。きのう、報道向けの事前公開で出陳の品々を見た◆古文書には室町幕府の将軍、足利義教(よしのり)が正倉院の宝庫で「龍の日干(ひぼし)」を見た――という記述があるという。目を丸くしてミイラに見入る、いにしえびとの表情を想像してみるのも愉(たの)しい◆観覧した朝、奈良市内は雨に煙った。「虹龍」が人の目に触れるときはきまって雨が降る、という語り伝えが正倉院に残っている。龍だ、龍だとおだてられているうちに、いつしか貂もその気になったのだろう。

10月25日付 編集手帳 読売新聞

八葉蓮華、Hachiyorenge

10.24.2008

庶民感覚「ドーデモイイ」・・・ 編集手帳 八葉蓮華

庶民感覚「ドーデモイイ」・・・ 編集手帳 八葉蓮華
何かしら問題が生じたとき、いろいろな人が解決法を考える。「『ドーデモイイ』という解決法のある事に気の付かぬ人がある」とは寺田寅彦の言葉という。作家、出久根達郎さんの著書「百貌百言(ひゃくぼうひゃくげん)」(文春新書)に教えられた◆麻生首相が毎晩のようにホテルの“高級バー”などに通っていることが庶民感覚にそぐわないと、このところ一部で問題になっている。これも解決法「ドーデモイイ」の例かも知れない◆要は国民本位の政策が立案、実行できるかどうかが評価の分かれ目で、家で味噌(みそ)をなめつつ酒を飲めば妙案が浮かぶものでもなかろう。首相は手銭での飲食と説明している。バー通いをやめ、その分のお金が麻生家の通帳に積み上がったからといって喜ぶ庶民もいまい◆庶民感覚という言葉もどんなものだろう。3年前の衆院選で自民党から当選した新人議員が「給料は2500万円、議員宿舎は3LDKですよ」とはしゃいで顰蹙(ひんしゅく)を買ったが、所得と住居で庶民感覚に合致した国会議員など一人もいないことになる◆株がまた下がった。目の前には、断じて「ドーデモヨクナイ」問題がいくらもある。

10月24日付 編集手帳 読売新聞

八葉蓮華、Hachiyorenge

10.23.2008

母のいまはの その声を返せ・・・ 編集手帳 八葉蓮華

母のいまはの その声を返せ・・・ 編集手帳 八葉蓮華
生まれる前の子供たちがこの世に降り立つべく、船に乗る。生まれたら、お前は何の職に就くのかい? 「時」の番人が尋ねる。メーテルリンクの「青い鳥」である◆「時」の番人だから未来はお見通し…と思えばそうでもない。医者になると告げた子供に文句を言った。「もうたくさんなのに。地上は医者でいっぱいなんだ」(堀口大学訳、新潮社)◆また医師不足の悲劇である。脳出血を起こした都内の妊婦(36)が七つの医療機関で受け入れを断られ、出産後に死亡した。赤ちゃんは無事という◆最終的に受け入れた都立病院は24時間どんな患者も診る救急病院、いわゆるERである。そこでさえ産科の当直医は1人で、いったんは受け入れを断った。ERの仏を作っても医師という魂が入らなければ、悲劇はまたどこかで繰り返すだろう。医療改革は一刻の猶予もならない◆翻訳者の詩人、堀口大学は物ごころのつかぬころに母を亡くしている。「母の声」という詩がある。〈三半規管よ/耳の奥に住む巻貝よ/母のいまはの その声を返せ〉。その赤ちゃんもいつの日か、同じ言葉を自分の耳に語るだろう。

10月23日付 編集手帳 読売新聞

八葉蓮華、Hachiyorenge

10.22.2008

人の姿をした猛獣・・・ 編集手帳 八葉蓮華

人の姿をした猛獣・・・ 編集手帳 八葉蓮華
けものが通る山中の小道を「けもの道」という。小さな動物は大きな動物の厄災を逃れ、自分のけもの道をつくる。街の歩道橋をたとえて「究極のけもの道」と呼んだのは、先日亡くなった演出家の吉田直哉さんである◆道路には車という猛獣がうようよしている。地上を逃れて「歩道橋を通るたびに、けもの道を通る小動物の悲哀を味わいます」と、「目から脳に抜ける話」(ちくま文庫)で語っている◆輪禍のニュースには慣れていたつもりだが、その猛獣の所業にははらわたの煮える感覚が消えない。大阪市内の交差点で車が男性会社員(30)をはね、引きずった。距離にして約3キロ、血痕が点々とつづいていたという◆男性は死亡し、車は逃走した。ビニール袋を車輪に巻き込んでも音でわかる。ましてや人である。「ひき逃げ」よりも「殺人」という言葉がしっくりくる◆被害者のいまわの際の苦痛はもちろんのこと、その苦痛に思いをめぐらす遺族の胸の内はいかばかりだろう。目を閉じても消えない像に、耳を押さえても聞こえる声に、眠れないはずである。人の姿をした猛獣は檻(おり)に収めねばならない。

10月22日付 編集手帳 読売新聞

八葉蓮華、Hachiyorenge

10.21.2008

世襲にもいろいろある・・・ 編集手帳 八葉蓮華

世襲にもいろいろある・・・ 編集手帳 八葉蓮華
江戸の昔、大きな商家では跡取りが生まれると、おもちゃ代わりに小判を与えたという。「いつのまにやら本物と偽物の見分けがつくんやそうでして、大きなったら偽金をつかまされない、商売人の知恵があったんやそうで…」◆「桂米朝コレクション」(筑摩書房)から落語「千両みかん」の一節である。米朝さんの長男、小米朝改め五代目桂米団治(よねだんじ)さん(49)も、本物の芸という小判に幼少から親しんだ人だろう◆落語の登場人物でいえば浮世の苦労を知らない若旦那(だんな)の風貌(ふうぼう)で、声もしぐさものびのびとして華がある。一昨日、都内で襲名披露公演を聴いた◆人間国宝の米朝さんも並んだ口上の席で、大名跡を継ぐいきさつを司会役の桂南光さんが「ええお父さんを持たはって…」と語るや、米団治さんがずっこけて客席が沸いた。七光りの雑音は芸を磨いて消せ、という兄弟子流の愛情表現であったろう◆小判を成長の肥やしにする人、猫に小判で終わる人、世襲にもいろいろある。米団治さんの陽気で愉(たの)しい「蔵丁稚(くらでっち)」を聴きながら、猫のほうに属する政治家の名前が一つ、二つ、浮かばなかったわけでもない。

10月21日付 編集手帳 読売新聞

八葉蓮華、Hachiyorenge

10.20.2008

かつて「樺太」と呼ばれた島・・・ 編集手帳 八葉蓮華

かつて「樺太」と呼ばれた島・・・ 編集手帳 八葉蓮華
ロシアのサハリンはもうすぐ雪がちらつき、長い冬を迎える。かつて「樺太」と呼ばれた島は、この数年、欧米の国際石油資本や日本の商社が参加する原油・天然ガス開発の特需に沸いた◆州都ユジノサハリンスクの郊外に通称アメリカ村がある。広々とした住宅と子供の学校、テニスコート…。資源開発事業「サハリン2」の従業員用施設だ◆海外から来た高収入の技術者と出稼ぎの建設労働者で島は活気づいた。物価は年に2~3割も上がり、不動産投機が過熱した。雇用は増え、富を得た者もいるが、人口の3割を占める年金生活者には苦しい日々が続く◆“バブル”はいずれはじけるだろう。サハリン2の約800キロのパイプラインと出荷基地は今年完成し、年明けにも液化天然ガスの日本などへの輸出が始まる。工事完了で数千人が島を去る◆北方領土も管轄しているサハリン州知事は、「石油やガスだけでなく、今後は加工産業にも力を入れたい。技術力のある日本企業を誘致したい」と言う。北隣の資源大国との付き合いは大切だが、領土問題は脇に置いて実利を取ろうという腹なら、虫が良すぎる。

10月20日付 編集手帳 読売新聞

八葉蓮華、Hachiyorenge

10.19.2008

決してすべからず・・・ 編集手帳 八葉蓮華

決してすべからず・・・ 編集手帳 八葉蓮華
―本間様には及びもないが、せめてなりたや殿様に…。そう唄(うた)われた豪商にも連なる本間宗久は相場の神様として有名だ。江戸時代の米相場で連戦連勝、その極意を記した秘録の言葉は、相場格言としてあがめられている。例えば「まふ(もう)はまだなり、まだはまふなり」◆株式市場は、一日で1000円以上も乱高下するほど大荒れが続く。振り返れば、米国で株価が暴落し、ブラックマンデーと称されたのは21年前のきょう10月19日だった◆金融危機の震源地アメリカでは、そのブラックマンデーを超える幅の下落が、先月末からの3週間で4度もあった。いくらなんでももう下げ止まるだろう、と思ってもまだ下げ止まらない。まだ下がると青くなっていると、もう流れが変わっている◆同じ“米”市場ながら宗久翁でもこの先行きは見通せまい。秘録は「高下は天然自然の理(ことわり)」、「腹立ち売り、腹立ち買い、決してすべからず」とも説く◆市場の乱高下はもう終わるのか、まだ続くのか。株価の下落で製造業にまで暗雲が漂い、ボーナスやクリスマスにも影響必至と聞けば、株を持ってはいなくとも気が気でない。

10月19日付 編集手帳 読売新聞

八葉蓮華、Hachiyorenge

10.18.2008

駄洒落ひとつも言いにくい世の中・・・ 編集手帳 八葉蓮華

駄洒落ひとつも言いにくい世の中・・・ 編集手帳 八葉蓮華
豊臣秀吉が好んだ野菜とお酒は、なあに? 「セロリ新左衛門と千のリキュール」。志賀直哉作のなぞなぞという。作家、阿川弘之さんの評伝「志賀直哉」(岩波書店)に教えられた◆駄洒落(だじゃれ)好きであったと聞けば、仰ぎ見る文豪もいくらか身近に感じられるようである。言葉遊びは、なにかと窮屈な人間関係にひらいた息抜きの窓だろう◆駄洒落の技を競う「D1だじゃれグランプリ」の実行委員会が東京大会(11月24日)の出場者を募っているという記事を本紙の都内版で読んだ。暗い世相を駄洒落で照らそうという催しで、前回は大阪で開かれている◆1対1のトーナメント方式で、選手はお題にそって30秒以内に駄洒落を披露する。優勝者に贈られる魚の形をした紙粘土の金メダル、ならぬ「キンメダイ」を競って爆笑あり、苦笑あり、会場はにぎやかなことだろう◆以前は好きな駄洒落を問われると、寄席で聴いた落語のくすぐりを挙げていた。「お宅は火付け(しつけ)と懲役(教育)が行き届いて…」というのだが、悲惨な放火事件などを現実に目にすると、駄洒落ひとつも言いにくい世の中ではある。

10月18日付 編集手帳 読売新聞

八葉蓮華、Hachiyorenge

10.17.2008

その時々は胸を揺さぶられ、怒り、涙しながら・・ 編集手帳 八葉蓮華

その時々は胸を揺さぶられ、怒り、涙しながら・・ 編集手帳 八葉蓮華
「うまくいかない画像サイズになった」と書くつもりが、パソコンの画面に現れた文章は、「馬食い家内が象サイズになった」。日本漢字能力検定協会が募った漢字変換ミスの年間賞に選ばれている◆教えれば何でも覚えるが、文脈の流れを理解しない。「記憶力抜群のバカ」と呼んだ人がいるが、文章を作成する機械にはそういう面がある。この原稿もパソコンで書いている◆パソコンに口があれば何と反論するだろう。「自分のお粗末な記憶力を棚に上げて…」と逆(さか)ねじを食うかも知れない。兵庫県加古川市の小学2年生、鵜瀬柚希(うのせゆずき)ちゃん(当時7歳)が自宅前で刺殺された事件から1年になることを、母親の悲痛な手記を読んで知った◆この1年、通り魔の「秋葉原」があり、放火の「大阪」があり、「加古川」の記憶を遠い過去であるかのように感じているわが身を省みて、逆ねじは耳に痛いものがある◆犯人はまだ捕まっていない。その時々は胸を揺さぶられ、怒り、涙しながら、めまぐるしい世相の流れに忘れていく。「感受性抜群のバカ」であってはならないと、新聞週間を迎えて自戒を新たにする。

10月17日付 編集手帳 読売新聞

八葉蓮華、Hachiyorenge

10.16.2008

食材に安心を取り戻せなければ・・・ 編集手帳 八葉蓮華

食材に安心を取り戻せなければ・・・ 編集手帳 八葉蓮華
作家の山田風太郎さんが終戦の翌々年、1947年(昭和22年)の日記に食の窮乏を書き留めている。「米食わざること既に一週、常食はいんげんなり」と(小学館「戦中派闇市日記」)◆インゲン攻めに「十歩あゆめば足重く、想をかまえんと欲するも頭脳まとまらず」という日記の脱力症状ならばまだしも、強烈な異臭を放ち、味見で舌がしびれるとは沙汰(さた)の限りである◆中国産の冷凍インゲンから基準値の3万倍を超える濃度の殺虫剤「ジクロルボス」が検出された。調理中の女性が一時入院した。製造過程か、流通過程か、混入の経路はまだ分からない◆残留農薬ではそれだけの高濃度にならないという。人為の疑いが濃い。インゲンを用いた人気メニューの一つにゴマあえ、別名「ゴマ汚(よご)し」があるが、“劇物汚し”という邪悪な献立を、誰が、どこでたくらんだのか◆戦中戦後の食糧難を支え、いまも食卓を彩る大事な友であるインゲンを、中国から日本にもたらしたのは明の渡来僧、隠元(いんげん)と伝えられる。国境をまたぐ食材に安心を取り戻せなければ、「グローバルの禅僧」と称(たた)えられたその人が泣く。

10月16日付 編集手帳 読売新聞

八葉蓮華、Hachiyorenge

10.15.2008

逃げ出す奴はこうなる・・・ 編集手帳 八葉蓮華

逃げ出す奴はこうなる・・・ 編集手帳 八葉蓮華
昔、江田島の海軍兵学校で部外の講師を招いて講演の最中、生徒のひとりがおならをした。教官が「いま屁(へ)をした者、出てこい」と言うと、5人の生徒が名乗り出たという◆「部外の先生がひどく感心した」と作家の阿川弘之さんが「海軍こぼれ話」(光文社)に書いている。場所も同じ、海の安全保障を担う志も同じでありながら、友を守るためならば身を捨てるのもいとわない高潔な伝統精神はどこに消えたのだろう◆広島県江田島市の海上自衛隊第1術科学校で先月、特別警備隊の養成課程に所属していた3等海曹(25)が、他の隊員15人を相手にした格闘訓練で殴られて転倒、頭を強打して死亡していたことが分かった。本来は1対1でする訓練である◆この海曹は「課程を続ける自信がない」と退校を希望し、別の部隊に異動が決まっていた。以前にも中途離脱する隊員が同様の訓練でけがをしている。逃げ出す奴(やつ)はこうなる、という見せしめの制裁でなくて何だろう◆「異動のはなむけの意味もあった」と、学校側は遺族に説明したという。集団リンチを今生(こんじょう)の思い出に冥土へ旅立たせたと、そう言うのか。

10月15日付 編集手帳 読売新聞

八葉蓮華、Hachiyorenge

10.13.2008

千年以上の歴史を持つ二胡・・・ 編集手帳 八葉蓮華

千年以上の歴史を持つ二胡・・・ 編集手帳 八葉蓮華
哀愁を帯びた音色で知られる中国の民族楽器・二胡は千年以上の歴史を持つと言われる。片や西洋楽器の代表格バイオリンの歴史は五百年ほど◆どうしてバイオリンは世界中に広まり、二胡は中華世界だけなのか。東京をベースに国際的に演奏活動を続ける二胡演奏家の許可さん(47)(南京市出身)は20年前、日本で東西比較文化を学んだ時に考えた◆「伝道思想を持つキリスト教文化と、そうではない中華文化の違いがある。二胡を“革命”しない限り未来はない」。以来、2本の弦を弓で弾く二胡で、西洋楽器と融合可能な音色を生み出す演奏法を模索した◆幾度かの試みを経て、今年はベルリン・フィルハーモニー管弦楽団から誘いを受けるまでになり、同楽団の弦楽五重奏団との共演が、ドイツと日本国内4か所で実現した。二胡と西洋楽器によるチャイコフスキーの「アンダンテ・カンタービレ」は、東西融合の音色だった◆「今後は二胡と西洋楽器との共演で、アジアの文化を世界に伝えたい」。日本を媒介して生まれた許可さんの願いは、21世紀の音楽のあり方を示しているかもしれない。

10月13日付 編集手帳 読売新聞

八葉蓮華、Hachiyorenge

10.12.2008

旅に病で夢は枯野をかけ廻る・・・ 編集手帳 八葉蓮華

旅に病で夢は枯野をかけ廻る・・・ 編集手帳 八葉蓮華
〈旅に病(やん)で夢は枯野(かれの)をかけ廻(めぐ)る〉。芭蕉翁は最期の床でそう詠んだが、格別に辞世の句として遺(のこ)したわけではなかった。門人には「平生則(すなわ)ち辞世なり」と説いている。常に日々を大切に生き、句作してきたということだろう◆実際に亡くなった旧暦10月12日とは、ひと月余り季節がずれるものの、きょうを芭蕉忌とする行事も多い。翁(おきな)忌ともいう。だが、年譜を見ると享年は数えで51だ。満なら50歳になるかならないか◆隅田川のほとり、東京・深川の芭蕉庵(あん)史跡庭園で翁の像と向かい合ってみた。当時としても若くして年長に見られた人らしい。とはいえ、今日の同世代とは雰囲気があまりに違う。現在、日本人の平均寿命は男性79・19歳、女性は85・99歳。芭蕉の時代よりはるかに長い◆無論、長寿は喜ばしい。問題は人生が豊かになっているのかどうか。平生則ち辞世、などと思索する間もなく日々はあわただしく過ぎる。現代の50歳が翁に近い風貌(ふうぼう)になるころ、頼りの年金や医療は少々心もとない◆芭蕉翁が今、数十年長い人生を過ごせばどうだろう。思う存分に「侘(わ)びしきを面白がる」ことになっても困る。

10月12日付 編集手帳 読売新聞

八葉蓮華、Hachiyorenge

10.11.2008

我々の生のような花火・・・ 編集手帳 八葉蓮華

我々の生のような花火・・・ 編集手帳 八葉蓮華
ひとまねを批判して江戸の庶民は「株っかじり」と呼んだ。ひとのお株をかじり取る…。明治の初め、鹿鳴館が帝都に壮麗な姿を現したときも、一部の人々から同じ言葉を浴びたらしい◆外国からの賓客や外交官を接待する社交場だが、着慣れない夜会服で連夜の舞踏会に明け暮れる政府の高官たちが、庶民の目には西洋のあさはかな猿まねのようにも映ったのだろう◆千代田区内幸町、鹿鳴館のあった場所にはいま、大和生命保険の本社が立っている。米国の金融危機にはじまった世界的な株安で巨額の含み損を抱え、経営が破綻(はたん)した◆株高が会社の資産を増やし、増えた資産が株高を呼ぶ…。顧みれば世界経済の繁栄とは一面で、株高頼みの米国流経営術を「株っかじり」しながらの、うわべのみが華麗な舞踏会であったのかも知れない◆芥川龍之介の短編小説「舞踏会」に鹿鳴館階上バルコニーの場面がある。フランス人の青年将校が花火を眺め、日本人の令嬢にそのはかなさを告げる。「我々の生(ヴイ)のような花火…」。我々の生のような――経営者の弱気のつぶやきが、米国から世界に広がりつつあるのが怖い。

10月11日付 編集手帳 読売新聞

八葉蓮華、Hachiyorenge

10.10.2008

芝居の夢ばかり見ていた・・・ 編集手帳 八葉蓮華

芝居の夢ばかり見ていた・・・ 編集手帳 八葉蓮華
ご自身は「ウサギ飯」と名づけている。山ほどのおからにニンジンやネギを刻んで煮込み、ご飯にかける。うまくもあり、とにかく安い◆緒形拳さんはかつて本紙に一文を寄せ、劇団の研究生だった当時を回想している。「三度三度おからを食べ、深夜のけいこで目を真っ赤にしていた私。全く、ウサギそのものであった」と◆家が貧しく、学費も生活費も自分の手で稼いで高校を卒業した。下積みの苦労話は誰にもあろうが、暗い部屋でひとり丼飯をかっ込む青年のギラギラした眼光を思い浮かべるとき、銀幕の中のその人を見ているようで手料理の挿話は忘れがたい◆自分が犯人ならば、緒形さんのような刑事に追われたくない。刑事ならば緒形さんのような犯人を相手にしたくない。「復讐(ふくしゅう)するは我にあり」「鬼畜」など数々の映画にむせ返るような生命力を発散して、71歳で急逝した◆回想の文章にある。「屋根にあいた穴から星の見える物置き小屋の中で、ミカン箱を並べたベッドに寝ながら、芝居の夢ばかり見ていた…」。その姿は青春期のひとこまのみならず、生涯を通しての自画像でもあったろう。

10月10日付 編集手帳 読売新聞

八葉蓮華、Hachiyorenge

10.09.2008

クラゲの光をヒトの生命を照らす・・・ 編集手帳 八葉蓮華

クラゲの光をヒトの生命を照らす・・・ 編集手帳 八葉蓮華
1年ほど前、本紙の文芸欄で知り、書き留めた短歌がある。〈ほうたるのひかり追いつつ聞くときにルシフェラーゼは女の名前 永田紅〉。ルシフェラーゼはホタルなどが発光する際に必要な酵素という◆海中で緑色に光るオワンクラゲも酵素で光ると信じられていた。特殊なたんぱく質が発光するのを突き止めたのは有機化学者の下村脩氏(80)である。発見の手がかりは「イクオリン」、こちらは男の名前にも聞こえよう◆その意義は大きい。例えば、がん細胞中のたんぱく質にオワンクラゲの蛍光たんぱく質を付着させれば、がんの転移も光が教えてくれる。クラゲの光をヒトの生命を照らす「道具」に変えた人である◆下村氏が今年のノーベル化学賞に選ばれた。クラゲの生殖腺を切り取り、すりつぶし、未知の発光物質を探す。作業はおそらく、当たり籤(くじ)がないかも知れぬ宝籤を求めるような精神力を要しただろう。晴れの栄冠に拍手する◆量子力学、素粒子、反粒子…この一日、物理学のにわか勉強で討ち死にした頼りない脳みそを、クラゲの幻想にしばし休めている。夜の海に緑色の〈ひかり追いつつ〉

10月9日付 編集手帳 読売新聞

八葉蓮華、Hachiyorenge

10.08.2008

めでためでたが三つ重なりて・・・ 編集手帳 八葉蓮華

めでためでたが三つ重なりて・・・ 編集手帳 八葉蓮華
落語などでよく引かれる狂歌がある。〈めでためでたが三つ重なりて 下のめでたが重たかろ〉。たった一つでさえめでたいことが、こんなに三つも重なっていいのかしら、と浮き立つ心を詠んでいる◆寄席通いの好きな人ならば、昨夜はテレビのニュース速報を見て一首を口ずさんだことだろう。発表されたノーベル物理学賞の受賞者に南部陽一郎(87)、益川敏英(68)、小林誠(64)と日本人科学者3氏の名前が並んだ◆いずれも素粒子研究での功績が認められたもので、湯川秀樹、朝永振一郎両氏につづく南部氏は第2世代、益川、小林両氏は第3世代にあたる。日本の“お家芸”にまた一つ、ならぬ三つ、新たな明かりをともした◆過去の日本人受賞者で最高齢の南部氏には若き日、アインシュタインを相手に激論を交わした逸話も残る。物理現象を確率論で説く量子力学を「神様はサイコロを振らない」として否定する大学者に30分も食い下がったという。昔日のあれこれを思い、感慨もひとしおに違いない◆めでためでたが三つ重なりて、政局や景気で何かと沈みがちな日本人の心も、今朝は少し軽かろう。

10月8日付 編集手帳 読売新聞

八葉蓮華、Hachiyorenge

10.07.2008

病気と分かってもらえず・・・ 編集手帳 八葉蓮華

病気と分かってもらえず・・・ 編集手帳 八葉蓮華
体は丈夫そうなのに、いつもうつらうつらしていて働かない。民話の「ものぐさ太郎」である。太郎は「過眠症」(ナルコレプシー)だったかも知れないと、作家の色川武大(いろかわたけひろ)さんが随筆に書いている◆色川さん自身、この病気に苦しんだ。病気と分かってもらえず、怠け者と見られ、「太郎氏も弁明のしようもなくて辛(つら)かっただろう」と(中公文庫刊「いずれ我が身も」)◆日中も激しい眠気に襲われる。「暴力睡眠」と色川さんが呼ぶ発症の詳しい仕組みは分かっていない。国内には600人に1人、約20万人の患者がいると推定されている◆東京大学の研究チームが発症に関係する遺伝子を発見した。健康な人と患者の遺伝情報を解析し、そこに変異があると発症の危険性が1・8倍に高まる遺伝子を特定したもので、原因の解明や治療法の開発に結びつく成果という◆詩人の杉山平一さんに「眠り」という詩がある。〈眠りへ/エスカレーターを降りてゆく/たのしい地下室/おれだけの部屋〉。「たのしい部屋」であるべき睡眠を「くるしい部屋」として過ごしている人たちに、朗報の始まりとなればいい。

10月7日付 編集手帳 読売新聞

八葉蓮華、Hachiyorenge

10.06.2008

巨額の報酬を得てきたウォール街・・・ 編集手帳 八葉蓮華

巨額の報酬を得てきたウォール街・・・ 編集手帳 八葉蓮華
大恐慌の嵐が吹き荒れていた1930年代、米国の銀行家が「バンカー」ではなく、「バンクスター」と呼ばれた時期があった。ごろつきを意味する「ギャングスター」と韻を踏む◆ギャングの仲間のように扱われ、苦り切るバンカーもいたことだろう。ただ、詐欺まがいの手口で、個人投資家の資金を巻き上げる悪質な銀行も存在したという◆無論、今の米金融危機と大恐慌を同列に論じることはできないが、米国民の感情には共通するものがあるようだ。金融商品を編み出し巨額の報酬を得てきたウォール街を見る国民の目は厳しい。そんな街のために税金を使うのか◆国民がそう息巻くところまでは理解できないでもない。だが一度とは言え、必要な対策を講じるべき議会が、こうした声にひるんだのはいただけなかった。誤った判断により傷口は広がった◆その米下院がようやく、金融安定化法を可決した。これで万全とは言えないにせよ、政府と議会が一致して事に当たろうとの気持ちは伝わってくる。恐慌時のフーバー大統領は事態を楽観し、対応が遅れた。恐慌の克服に失敗した大統領として名を残す。

10月6日付 編集手帳 読売新聞

八葉蓮華、Hachiyorenge

10.05.2008

スクランブル領空侵犯の恐れ・・・ 編集手帳 八葉蓮華

スクランブル領空侵犯の恐れ・・・ 編集手帳 八葉蓮華
航空自衛隊で小さな異変が起きている。最も花形の戦闘機パイロットの人気が下降し、代わりに輸送機や救難機の操縦士を志望する人が増えているという◆戦闘機乗りの訓練は過酷だ。空中戦では高速で急旋回する際、自分の体重の7、8倍の重力に耐えねばならない。領空侵犯の恐れのある外国機に対する緊急発進(スクランブル)の任務も、神経が消耗する割に世間の注目度は低い◆最近は、輸送機などの国際貢献や災害派遣の方がマスコミで脚光を浴びている。戦闘機乗り志望者は10年間で4割も減少した。ある救難部隊長は語る。「我々の職種には悪い事ではないが、少し寂しいよ」◆空自のパイロット全体の応募者も減少傾向にある。9月から「航空学生」募集時の身体検査基準を緩和し、裸眼で1・0以上が必要だった視力検査で眼鏡着用を認めた。握力の条件も撤廃した。より幅広く、優秀な人材を募るという◆最精鋭であるべき戦闘機乗りの質を維持するには、航空学生への応募者と、航空学生の戦闘機志望者の両方を増やす必要がある。小さな異変を、国防を揺るがす大きな異変にしてはなるまい。

10月5日付 編集手帳 読売新聞

八葉蓮華、Hachiyorenge

10.04.2008

被爆都市ヒロシマの復興の象徴・・・ 編集手帳 八葉蓮華

被爆都市ヒロシマの復興の象徴・・・ 編集手帳 八葉蓮華
通路の古びた掲示板が、来場者に注意事項を告げている。グラウンドに降りない、物を投げ入れない…までは、どこの球場でも見かけるだろう。次が変わっている。「スタンドで焚火(たきび)をしない」◆2年ほど前、“赤ヘル”の聖地、広島市民球場を訪ねた折に見た。被爆都市ヒロシマの復興の象徴として完成したのは1957年(昭和32年)、昔は気の荒い観客がいたのかも知れない◆地獄絵の生々しく焼き付いた目でグラウンドを見つめた人もいただろう。平和の化身ともいえる競技に食い入る視線の凄(すご)みを、「焚火」の二文字にふと重ねたおぼえがある◆老朽化した球場は来春、閉鎖され、半世紀の歴史に幕を閉じる。カープはすでに本拠地での公式戦を終えたが、リーグの3位以内に残って日本シリーズに駒を進めることができれば観客席はもう一度、赤い波に揺れることになる。さて、どうだろう◆現代川柳に好きな一句がある。〈勝てカープ野球を知らぬわしじゃけど 大前タミエ〉。主力打者やエースが他球団や大リーグに移っていったなかで、選手たちはそういうファンにも支えられてきたに違いない。

10月4日付 編集手帳 読売新聞

八葉蓮華、Hachiyorenge

10.03.2008

四季折々の美しい水田風景・・・ 編集手帳 八葉蓮華

四季折々の美しい水田風景・・・ 編集手帳 八葉蓮華
俗謡に、〈わらじ切れても粗末にするな、ワラはお米の親じゃもの〉とある。わらじを履く機会はもとより、ワラを目にすることも都会では稀(まれ)になったが、そのカレンダーをめくっては「なるほど親だな」と、ひとりうなずいている◆9月のページには、いかにも生命を抱いたように稲穂が黄金色に輝いている。刈り取りを終えた11月の「わらぐろ」(ワラを積み上げた山)は穏やかに色あせて、子を独り立ちさせた親の安堵(あんど)と寂しさをたたえている◆立正大学名誉教授の富山和子さんから来年の「日本の米カレンダー」を頂いた。四季折々の美しい水田風景の写真に、日本の文化の根は米づくりのなかにあるというメッセージを添えて、創刊20年になるという◆目のさめる青田のみどりから、実りの黄金色を経てワラの枯色(かれいろ)へ、やがては土に還(かえ)り、子孫を養う肥料となる。人生の営みを映すかのような、母なる文化とはそういうものかも知れない◆国文学者、沼波瓊音(ぬなみけいおん)の句。〈秋刀魚(さんま)出(い)でたり一等米をあつらへよ〉。親元を離れた自慢の子たちが食卓を飾る秋である。わくわくと、少ししみじみと、秋刀魚に向かう。

10月3日付 編集手帳 読売新聞

八葉蓮華、Hachiyorenge

10.02.2008

「言葉狩り」放歌高吟ご遠慮ください・・・ 編集手帳 八葉蓮華

「言葉狩り」放歌高吟ご遠慮ください・・・ 編集手帳 八葉蓮華
料理屋で、部屋の壁に注意書きの紙を見たことがある。「放歌高吟ご遠慮ください」。放歌高吟とは、あたりかまわず大声で歌うことをいう。歌う自由は誰にもあるが、場所柄がつきまとう◆〈逃げた女房にゃ未練はないが…〉と湯船でうなるのはいいが、結婚披露宴の席で歌えば顰(ひん)蹙(しゅく)を買う。とがめられて、「“歌狩り”は許さないぞ」と息巻いても取り合ってはもらえまい◆すでに身をひかれた方の言動をしつこくあげつらうつもりはないが、言論機関の末席に連なる者として「言葉狩り」という非難は聞き捨てにもできないので、一言だけ申し添えておく。問題発言で国土交通相を辞任した中山成彬氏がテレビ番組で、「言葉狩りはいけない」と語っておられるのを聴いた◆一議員としてならば議論の種火として珍重されただろう持ち歌も、立場と場所柄で放歌高吟を慎むのが大人である。中山氏が遭遇したのは「言葉狩り」ではなくて、「幼稚狩り」だろう◆ひとりの議員に戻り、心おきなくマイクの音量を上げるのもいい。次の総選挙の結果次第では、民主党から「最優秀歌唱賞」がもらえるかも知れない。

10月2日付 編集手帳 読売新聞

八葉蓮華、Hachiyorenge

10.01.2008

夏に歌っていたのなら冬は踊って暮らせ・・・ 編集手帳 八葉蓮華

夏に歌っていたのなら冬は踊って暮らせ・・・ 編集手帳 八葉蓮華
毎日100万円ずつ貯金して、6800億円ためるのに何年かかる? 経済記者をしていたころ、知人に問われたことがある◆ざっと1800年はかかる。「卑弥呼(ひみこ)の昔からこつこつ蓄えたお金で金融機関を助けるとは気前がいい」と皮肉を言われた。住宅金融専門会社、いわゆる「住専」に政府はためらわず税金を投入すべし、という記事を書いた時である◆「マネーゲームでさんざん儲(もう)けてきた連中の尻ぬぐいに、われわれ庶民の税金が使われるのは許せない」という素朴な感情の前では、「金融危機の連鎖を断つことが何よりも大事」という説得はいつの世も旗色が悪い◆米下院で金融安定化の法案が否決された。株は暴落し、世界経済は大揺れである。投入されるはずの税金は74兆円、毎日100万円ずつ貯金して20万年かかる巨額なものだが、手当てが遅れるほど傷口は広がり、費用は膨らんでいく◆世の“素朴な感情”におもねった否決を悔やむ日が来るだろう。「夏に歌っていたのなら冬は踊って暮らせ」。寓話(ぐうわ)のアリのように、落ちぶれたキリギリスを追い払えないのが金融危機のむずかしさである。

10月1日付 編集手帳 読売新聞

八葉蓮華、Hachiyorenge