10.29.2008

老若の別なく誰からも愛された晴朗な笑顔・・・ 編集手帳 八葉蓮華

老若の別なく誰からも愛された晴朗な笑顔・・・ 編集手帳 八葉蓮華
歌人の竹山広さんに一首がある。〈高橋尚子を見つづけしゆゑの微熱かと枕のうへのあたまはおもふ〉。シドニー五輪の女子マラソンである◆金メダルを手に語った、「すごく楽しい42キロでした」という言葉をご記憶の方もあろう。日本人選手を何かとライバル視する中国のメディアが「アジアの誇り」(上海紙「解放日報」)と絶賛したのもこのときである◆高橋選手が現役を引退すると聞いて瞼(まぶた)に浮かんだのは、しかし、シドニーの笑顔ではない。今年3月、北京五輪の代表切符をかけた名古屋国際女子マラソンに敗れ、「選ばれる選手の応援に回ります」と、いつもながらのQちゃんスマイルで語った。敗者としてのたたずまいも美しかった人である◆走ることが好きで好きで、白い地図を買い、練習のない日曜日に走った道を赤鉛筆で塗りつぶした挿話が残る。ひとには見せない苦悩があったにしても、老若の別なく誰からも愛された晴朗な笑顔は、何よりも「好き」の一心から生まれたのだろう◆36歳、人生のマラソンではまだ折り返し点も見えぬころである。「微熱」の記憶を胸に、沿道から小旗を振る。

10月29日付 編集手帳 読売新聞

八葉蓮華、Hachiyorenge