夏に歌っていたのなら冬は踊って暮らせ・・・ 編集手帳 八葉蓮華
毎日100万円ずつ貯金して、6800億円ためるのに何年かかる? 経済記者をしていたころ、知人に問われたことがある◆ざっと1800年はかかる。「卑弥呼(ひみこ)の昔からこつこつ蓄えたお金で金融機関を助けるとは気前がいい」と皮肉を言われた。住宅金融専門会社、いわゆる「住専」に政府はためらわず税金を投入すべし、という記事を書いた時である◆「マネーゲームでさんざん儲(もう)けてきた連中の尻ぬぐいに、われわれ庶民の税金が使われるのは許せない」という素朴な感情の前では、「金融危機の連鎖を断つことが何よりも大事」という説得はいつの世も旗色が悪い◆米下院で金融安定化の法案が否決された。株は暴落し、世界経済は大揺れである。投入されるはずの税金は74兆円、毎日100万円ずつ貯金して20万年かかる巨額なものだが、手当てが遅れるほど傷口は広がり、費用は膨らんでいく◆世の“素朴な感情”におもねった否決を悔やむ日が来るだろう。「夏に歌っていたのなら冬は踊って暮らせ」。寓話(ぐうわ)のアリのように、落ちぶれたキリギリスを追い払えないのが金融危機のむずかしさである。
10月1日付 編集手帳 読売新聞
八葉蓮華、Hachiyorenge