10.25.2008

「虹龍」正倉院の宝庫で「龍の日干」・・・ 編集手帳 八葉蓮華

「虹龍」正倉院の宝庫で「龍の日干」・・・ 編集手帳 八葉蓮華
「夕立屋」という小咄(こばなし)がある。夏の盛りに客の注文を受けて自在に夕立を降らせる男、正体は天上の龍(たつ)という。冬、商売はどうするんだい? 客の問いに答えていわく、「倅(せがれ)の子龍(こたつ=炬燵)をよこします」◆子龍が実在すれば、こういう姿かも知れない。「虹龍(こうりゅう)」と名前の付けられたミイラは子猫ほどの大きさで、ノコギリ状の歯は鋭く、後ろ足には鉤爪(かぎづめ)をもっている。古人は龍の遺骸(いがい)と信じ、宝物のひとつに加えたらしい◆残念ながら遺骸の正体は龍ではなく、イタチ科の貂(てん)だという。きょうから奈良国立博物館で第60回の節目となる「正倉院展」が始まる。きのう、報道向けの事前公開で出陳の品々を見た◆古文書には室町幕府の将軍、足利義教(よしのり)が正倉院の宝庫で「龍の日干(ひぼし)」を見た――という記述があるという。目を丸くしてミイラに見入る、いにしえびとの表情を想像してみるのも愉(たの)しい◆観覧した朝、奈良市内は雨に煙った。「虹龍」が人の目に触れるときはきまって雨が降る、という語り伝えが正倉院に残っている。龍だ、龍だとおだてられているうちに、いつしか貂もその気になったのだろう。

10月25日付 編集手帳 読売新聞

八葉蓮華、Hachiyorenge