10.09.2008

クラゲの光をヒトの生命を照らす・・・ 編集手帳 八葉蓮華

クラゲの光をヒトの生命を照らす・・・ 編集手帳 八葉蓮華
1年ほど前、本紙の文芸欄で知り、書き留めた短歌がある。〈ほうたるのひかり追いつつ聞くときにルシフェラーゼは女の名前 永田紅〉。ルシフェラーゼはホタルなどが発光する際に必要な酵素という◆海中で緑色に光るオワンクラゲも酵素で光ると信じられていた。特殊なたんぱく質が発光するのを突き止めたのは有機化学者の下村脩氏(80)である。発見の手がかりは「イクオリン」、こちらは男の名前にも聞こえよう◆その意義は大きい。例えば、がん細胞中のたんぱく質にオワンクラゲの蛍光たんぱく質を付着させれば、がんの転移も光が教えてくれる。クラゲの光をヒトの生命を照らす「道具」に変えた人である◆下村氏が今年のノーベル化学賞に選ばれた。クラゲの生殖腺を切り取り、すりつぶし、未知の発光物質を探す。作業はおそらく、当たり籤(くじ)がないかも知れぬ宝籤を求めるような精神力を要しただろう。晴れの栄冠に拍手する◆量子力学、素粒子、反粒子…この一日、物理学のにわか勉強で討ち死にした頼りない脳みそを、クラゲの幻想にしばし休めている。夜の海に緑色の〈ひかり追いつつ〉

10月9日付 編集手帳 読売新聞

八葉蓮華、Hachiyorenge