4.30.2010

雨宿りに表へ出ていく、麗しい互助精神に気が滅入る・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 雨漏りのひどいビン乏長屋を、住人が陽気に嘆く。〈こないだの大雨ン時なんぞはね、家ン中にいらンねえの。「おい、みんな、雨宿りしようぜ」ッてんで「うわァッ」と表へ駆け出したもんです…〉。落語『長屋の花見』である

 雨宿りに表へ出ていく、これも一例かも知れない。党を飛び出して新党の結成へ、自民党で有力議員の離脱が相次いでいる

 党内屈指の政策通で貴重な「柱」の与謝野馨氏が抜け落ちたのにつづき、党内きっての幅広い人気を誇る「外壁材」の舛添要一氏も剥(は)がれた。自民党長屋の傷みは目を覆うばかりである

 衆院選に惨敗し、自民党はみずから何を改め、どう生まれ変わったか――答えに窮しよう。改築や修繕を怠った咎(とが)めが離党の雨漏りである。〈長屋が風で飛ばないように、私ら重石(おもし)の代わりに住んでるの〉とは落語の一節だが、谷垣禎一総裁も“重石代わり”の異名をもらわぬよう気合を入れ直さねばなるまい

 それにしても、である。政権党は政策の迷走に次ぐ迷走で野党第1党を助け、野党第1党は実力者の離脱に次ぐ離脱で政権党を助ける。麗しい互助精神に気が滅入(めい)る。

 4月24日付 編集手帳 読売新聞
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4.25.2010

攻守に精彩を欠き、進退に誰ひとり口を差し挟めぬ・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 〈ボクサーはいいよな〉と渥美清さんは語ったという。〈タオルを投げてくれる人がいるからね。役者は自分で投げなきゃならないから〉。親交のあった永六輔さんが自著に書き留めている

 自分でタオルを投げる孤独な決断をするのは、役者だけではあるまい。ここにもいる。プロ野球・阪神、金本知憲選手(42)の「連続試合フル出場」の世界記録が1492試合で途切れた

 右肩の故障で攻守に精彩を欠き、このままでは結束して優勝を目指すチームに迷惑がかかる。「先発から外してほしい」。みずから監督に懇請したという

 自分の個人記録よりもチームが勝つために――1500試合の節目までわずか8試合を残して偉大な連続記録を断ち切る決断は、本人の申し出なくしては監督やコーチも容易になしえなかっただろう。途切れることによって、その途切れ方によって、いっそう光り輝く記録もある

 進退に誰ひとり口を差し挟めぬ実力と実績をもつ人が、わが手でわが身にタオルを投げられるかどうかで、その人物の器量が試される。チームの足を引っ張る政界の誰かになぞらえているわけではない。

 4月20日付 編集手帳 読売新聞
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4.24.2010

海上境界線をめぐる対立、太陽は隠れ、北風が強まっている・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 近着の韓国紙で、先月26日の韓国海軍哨戒艦「天安」の沈没によるシ者・行方不明者46人の顔写真を見た。大半が20歳代の若者だ。前途をたたれた本人や残された家族の気持ちを考えると、痛ましい

 なぞの爆発で、船体はまっぷたつに割れた。艦内爆発か、それとも機雷や魚雷攻撃によるものなのか。憶測が飛び交う中、艦尾部分が引き揚げられ、調査団は「外部爆発の可能性が高い」と発表した。一日も早い原因究明が待たれる

 沈没の現場は朝鮮半島の西側に広がる黄海で、北朝鮮のすぐ沖合に浮かぶ韓国領の小島のそばにある。この海域はワタリガニの漁場として知られているが、海上境界線をめぐる対立から南北の衝突が起きている。軍艦艇の交戦で、11年前には北朝鮮の魚雷艇が、8年前には韓国の高速艇が沈没した

 その記憶もあってのことだろう、韓国では北朝鮮の関与説が大きく報じられている。6月の漁期が近づけば、緊張が高まる恐れもある

 韓国から北朝鮮の名勝地・金剛山への観光も、観光客射サツ事件後は中断した。朝鮮戦争勃発(ぼっぱつ)から間もなく60年。太陽は隠れ、北風が強まっている。

 4月19日付 編集手帳 読売新聞
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4.22.2010

火星に人類が一歩・足跡を刻むころ、人類の英知はどんな答えを・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 別の惑星から来た知的生命体と出会った最初の人物に10万フランを贈る。パリの新聞が懸賞を出したのは、100年ほど前のことである。ただし、火星人は懸賞の対象外とされた

 ジョン・マローン著、『当った予言、外れた予言』(文春文庫)によれば、「火星人は簡単に出会えるので…」というのがその理由であったという。空想の世界では昔から馴染(なじ)みの深い星である。人類が降り立つ日が訪れるのか。米国のオバマ大統領が新しい宇宙政策を発表した

 次世代ロケットを開発し、2030年代半ばまでに火星に人を送るという。膨大な費用、片道半年ともいわれる長途の旅――前途には難題が横たわるが、「仮に25年後として、私は何歳…」と、人類史的な瞬間を夢想して少々気の早い足し算をした人もいたに違いない

 2000年の国連ミレニアム・サミットで、最ヒン国ハイチの大統領が各国の首脳に問いかけた言葉を思い出す。「地球にまだ飢えた者がいるとき、火星に人類が一歩をしるしたからといって、何の意味があるのか」と

 その星に足跡を刻むころ、人類の英知はどんな答えを用意しているだろう。

 4月17日付 編集手帳 読売新聞
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4.21.2010

初夏到来かと思えば真冬に逆戻りし、寒暖の差が激しい・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 シェークスピア『夏の夜の夢』で、眠れる女の瞼(まぶた)に妖精が花の汁を塗る。塗られた人は目が覚めてから初めて見た者を狂おしく恋い焦がれる。魔法の薬である

 花の名は「恋草」「浮気草」「つれづれの恋」…と、訳者によって異なるが、岩波文庫版(土居光知訳)の注釈によれば、三色スミレであるという。きのうの朝、季節外れの寒気に眠りからさめたパンジー(和名・三色スミレ)のなかには、“雪の精”に恋をした花もあったろう

 大分県竹田市の公園に咲くパンジーの花に雪の積もっている写真をヨミウリ・オンラインで見た

 初夏到来かと思えば真冬に逆戻りし、寒暖の差が激しい。パンジーの名は物思いに沈むように首をかしげた花弁の姿からフランス語「パンセ」(思索)に由来するというが、朝、コートはどうしよう…と、パンセにふけっている人もいるに違いない

 不順な天候に体調を崩しやすい日がつづく。とくに新社会人の方々は勤め先の空気にも多少は慣れ、緊張がほどけて気のゆるみがちな時期だろう。ご用心を。狂おしい恋で発する熱ならばともかくも、風邪のそれではつまらない。

 4月16日付 編集手帳 読売新聞
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4.19.2010

笑いによる世直し“宿題”生涯を貫く創作哲学・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 「鐵(てつ)」という字を分解すれば〈金の王なる哉(かな)〉。「鉄」は〈金を失う〉。金運に恵まれる「鐵造」さんが「鉄造」さんでは気の毒だ。よって〈余(よ)は漢字制限に反対である〉

 井上ひさしさんの長編小説『吉里吉里人』(新潮文庫)で主人公の三文小説家が力説する。漢字2字の対比の妙と、気取った口調に思わず頬(ほお)のゆるむ場面だが、笑ったあとの胸には知らぬ間に“宿題”が置かれている

 日本語論に限らず、政治、経済、世相、歴史――何を描いても徹頭徹尾、読者サービスに努める井上文学は面白く、楽しい。「あなた、どう思います?」という宿題に気づくのはいつも、笑い疲れたあとである

 かつて語ったことがある。「人間の愚かさが誰かに注意されて改まるならば、悲しみや怒りではなく、笑いによって注意を下されるべきではないだろうか」と。井上さんが75歳で亡くなった。人間というかなしく、おかしい存在が織りなす笑い、その笑いによる世直しが『ひょっこりひょうたん島』以来の、生涯を貫く創作哲学であったろう

 訃報(ふほう)とともに部屋の照明がほんの少し落ちた、そんな錯覚のなかにいる。

 4月13日付 編集手帳 読売新聞
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4.16.2010

「完成予想図」改革の魂を携えてこそ、新党は意義をもつ・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 室町時代の歌謡集『閑吟集』に、〈昨日は今日のいにしへ 今日は明日の昔〉とある。いつの世も日々の出来事は、「いにしへ」の彼方(かなた)へ足早に去っていく。とはいうものの、である

 一寸(ちょっと)前なら憶(おぼ)えちゃいるが/一年前だとチトわからねエなあ…ダウン・タウン・ブギウギ・バンドは『港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ』で歌ったが、自民党が惨敗を喫した衆院選からは、まだ1年もたっていない

 自民党からの離党組を軸に、週内にも、新党が結成されるという。敗因を憶えていますか? 誕生間近の新党に問うてみる

 税金を無駄にしない、カネにきれい、官僚の尻に敷かれない――民主党の提示した政権「完成予想図」に有権者が賛同し、自民党は敗れた。鳩山政権の不人気は「実景」が約束の完成予想図と違うからであり、図面そのものを世間が見限ったわけではない。民主党が持て余す完成予想図を横取りし、お株を奪う改革の魂を携えてこそ、新党は意義をもつ。その気概はありや

 歌のつづき、―どこへ行ったか知らねエなあ…と、あとで有権者が首をひねるような新党にならぬよう、用心が要る。

◆4月9日付 編集手帳 読売新聞
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4.14.2010

攻守に万能の「手」監督のかゆい所に届く孫の手でありたい・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 モミジのような幼子の手を連想させる「孫の手」の名称は、ちょっと怖い伝説の仙女、怪鳥のような長い爪をした「麻姑(まこ)」に由来するという。〈監督のかゆい所に届く孫の手でありたい〉。その人は以前、本紙の取材に語ったことがある

 内外野に捕手、どこでも守る。味方が重たい雰囲気に沈むとみれば、人懐こい笑顔の「孫の手」でナインの心をくすぐった。勝負どころでは凄(すご)みのある“麻姑の手”となり、技ありの好打好走で相手チームを悩ませた

 くも膜下出血で倒れた巨人の木村拓也コーチが、きのう亡くなった

 昨年9月の対ヤクルト戦を思い出す。延長戦で捕手が払底し、木村さんが務めた。ベンチを出てベンチに戻るまで、一度もマスクを外さなかった。「万が一、笑みがこぼれたら、真剣勝負が台無しになるから」と。笑顔でファンを魅了した人は、封印する時も知っていた。ドラフト外でプロ入りし、複数の球団を歩いた苦労人ならではだろう

 子煩悩な父親と聞く。攻守に万能の「手」がやすらぐ至福の時間は、お子さんたちを抱きしめるときであったろう。37歳――その年齢が頭を離れない。

 4月8日付 編集手帳 読売新聞
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4.12.2010

「ザ・コーヴ」イルカをめぐる日本人の文化・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 源平・壇ノ浦の合戦で、イルカの大群が源氏から平氏の側に泳いで行くのを見た陰陽師の安倍晴信は、平氏の滅亡を予言したと平家物語は伝えている

 古い時代のイルカに関する記録は少ないが、群遊して魚を追うため、豊漁をもたらすものとして漁民の信仰の対象とされることもあったようだ。イルカを捕獲し料理する食文化も、一部地域で受け継がれてきた

 和歌山県太地町で行われているイルカ漁の模様を伝え、米アカデミー賞を受賞したドキュメンタリー映画「ザ・コーヴ」が、日本でも一般公開される予定だ。イルカがいかに知的な動物であるかを強調し、その血で真っ赤に染まった太地の海を“告発”する

 他の動物とどう違うのだろうか。そんな疑問もおのずと浮かんでくる。もっとも、今や多くの日本人がイルカで思い起こすのは、食肉ではなく水族館などで見かけるその愛らしい表情だろう

 「時代は変わった」と語り、長年続けてきたイルカ漁をやめ、今では観光船によるイルカ・ウオッチングを企画する漁業者もいる。イルカをめぐる日本人の文化について改めて考えてみる機会かもしれない。

 4月5日付 編集手帳 読売新聞
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4.10.2010

「あの日の王少年」王さんゆかりの品を集めたコーナー・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 〈僕のふるさと墨田 王貞治〉。真新しい体育館の入り口ホール、真新しい展示室の白い壁に、これも先日、フェルトペンで書かれたばかりの真新しいサインがあった

 世界のホームラン王が生まれ育った東京・墨田区に今月オープンした総合体育館である。少年そして青年時代を中心に、王さんゆかりの品を集めたコーナーが常設された。実家「五十番」のラーメンどんぶりや、中学の皆勤賞の賞状などもあって、さすが地元ならではの“殿堂”だ

 もちろん、どの品々も貴重なものに違いないが、墨田区にとっては、開館記念に王さんがしたためた「僕のふるさと――」のサインこそ一番の宝物になるだろう。王さんらしい、グッとくる“寄贈品”である

 体育館が立つ錦糸公園にあった野球場は王少年のホームグラウンドで、軽々とフェンスを越えていく「ピンポン玉ホームラン」を連発したという。そんな伝説も、一本足打法を懸命に真似(まね)た記憶のある昔の野球少年を引きつける

 本紙都民版が昨年、さまざまな逸話や友人の証言を集めた。その連載「あの日の王少年」も、紙面をパネルにして展示中だ。

 4月4日付 編集手帳 読売新聞
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4.09.2010

さくらよりさくらに歩みつつおもふ悔恨・・・編集手帳 八葉蓮華

 〈踏めりしはシ体のいづこなりしやとこよひ高熱のこころ凍るを〉。シ体を踏んで歩いた、その感触が足裏に残る。あれは腕であったか、顔であったか…

 歌人の竹山広さんは25歳のとき、結核で入院していた長崎市内の病院で被爆した。安否の知れぬ兄を捜し、地獄絵図のなかをさまよったときの記憶だろう

 〈面倒なことだが孫よ人間はベッドでひとりひとりシぬのだ〉。歌の背後に、ベッドでシねなかった無数の人々がいる。告発も、あらわな怒りもないだけに、悲しみはいっそう深く染みとおる。竹山さんが90歳でシ去した

 どの歌も、声に出して読んでみたい流れる調べのなかに、しんとした静けさがある。たとえば、〈わが傘を持ち去りし者に十倍の罰を空想しつつ濡(ぬ)れてきぬ〉、あるいは〈ヨン様がゐぬチャンネルに切り替ふる心のせまき老人われは〉といった、諧謔(かいぎゃく)に富む歌の場合もそうである

 サクラの季節に逝った人に、その花を詠んだ歌があった。〈さくらよりさくらに歩みつつおもふ悔恨ふかくひとは滅びむ〉。人間の愚かさが行き着く果てを見届けた人だけが持ち合わせる静けさだろう。

 4月2日付 編集手帳 読売新聞
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4.07.2010

大関に昇進した「青き獅子」長い伝統に根ざした習慣をもつ頑丈な男たち・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 〈長い伝統に根ざした習慣をもつ頑丈な男たちからなる、この控えめで勤勉な小国…〉とある。作家のソルジェニーツィン氏が『収容所群島』に記したエストニア評である

 頑丈で、控えめで、勤勉で――多くの人が感じている把瑠都評でもあろう。勝って戻る花道で付け人に笑顔を振りまく愛(あい)嬌(きょう)に、外国人力士というよりも親戚(しんせき)の子を見ているような親しみを覚えた人もいるに違いない。エストニア出身の把瑠都関(25)(尾上部屋)が大関に昇進した

 何年か前に見せた奇手、「はりま投げ」が忘れがたい。相手の肩越しにまわしをつかんでひねり倒し、「これで相撲を覚えたら、どこまで強くなるか…」と、怪力にうなった覚えがある

 先場所は白星14勝の半分以上を王道の「寄り切り」で上げ、花道での天真爛漫(らんまん)な笑顔にも険しい勝負師の風貌(ふうぼう)が加わった。心技両面で成長した証しだろう

 エストニアの国章には青いライオンが描かれている。人気者の「蒼(あお)き狼(おおかみ)」が土俵を去ったいま、相撲ファンは「青き獅子」の奮迅に期待していよう。立ちはだかる横綱・白鵬関の肩越しに、ぐいと“綱”をつかむ日を待つ。

 4月1日付 編集手帳 読売新聞
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4.05.2010

「ことばのくずかご」政治の思惑しだい、食品が信頼を取り戻す日は・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 「青椒肉絲(チンジャオロースー)」「回鍋肉(ホイコーロー)」などからの、おいしい連想だろう。日本人旅行者が香港で「蜆殻火水」の看板を見つけ、シジミ料理の店かと思って近づいたら、「シェル石油」のスタンドだったという

 国語学者の見(けん)坊豪紀(ぼうひでとし)さんが『ことばのくずかご』(筑摩書房)に収めた一文にある。一見、おいしそうでもご用心――が笑い話でなくなったのは2年前、殺虫剤の混入された中国製冷凍ギョーザの中毒事件からだろう

 中国の警察当局が製造元の臨時従業員だった男を逮捕した。ひと安心するより先に、不審の念が頭をもたげる

 2年もたって証拠品の注射器を発見するとは、いかにも不自然だろう。本当はもっと早くに目星がついていなかったか。中国びいきの鳩山政権に配慮した一件落着、との観測もある。解決も、迷宮入りも、政治の思惑しだい――とすれば、中国食品が信頼を取り戻す日は遠かろう

 普通にいためる「炒(チャオ)」、強火で一気にいためる「爆(バオ)」、揚げてから煮る「烹(ポン)」…と、調理に油の欠かせないお国柄とはいえ、犯罪捜査まで“政治油”でいためてはならない。結末の一皿が心なしか、胃にもたれる。

 3月30日付 編集手帳 読売新聞
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4.04.2010

恥の文化「世間体」に代わる新たな物差しが生まれるのだろうか・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 著書『菊と刀』で「日本人は罪の重大さよりも恥の重大さに重きを置く」と指摘したのは、米人類学者のR・ベネディクト夫人だった。世間の目を気にして自らの振る舞いを正す「恥の文化」であり、善悪や神への罪悪感を行動規範とする欧米型の「罪の文化」とは異質だと説いた

 その「恥の文化」につながるものが、日本から消えつつある。そう思わせる光景が巷(ちまた)にあふれるようになった。電車の優先席に座って携帯電話のボタンを押し続ける若者。化粧に余念がない女性……。人が羞(しゅう)恥(ち)心を失うのは、どうやら年齢を重ねた結果だけではないらしい

 今頃そんな時代の変化に気づくのは、蛍光灯だと言われるかも知れない。そんなぼんやりした頭で自分に問いかける。キリスト教圏やイスラム教圏と異なり、絶対神を欠くこの国で、「世間体」に代わる新たな物差しが生まれるのだろうか

 卒業式が続いた週が終わり、入社・入学式シーズンが始まる。一時代を築いた団塊の世代の最後の組が職場の一線から退く。別れと出会いの季節は、世代交代を促し、社会の相貌(そうぼう)をまたひとつ変えることになるのだろう。

 3月29日付 編集手帳 読売新聞
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4.03.2010

隠居後も学び続けて新たな事に挑戦、道なき道・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 「彎●羅鍼(わんからしん)」と書くらしい。東京・深川の富岡八幡宮に立つ、伊能忠敬の像が手にしている杖(つえ)の名である

 伊能は寛政12年(1800年)、55歳の時にこの神社で無事を祈願した後、蝦夷地(えぞち)へと最初の測量に出た。像は力強く第一歩を踏み出しているところだ。無論、以後4000万歩の距離を踏破した健脚が、歩くのに杖の助けを必要とした訳ではない

 握り手に付く、輪を組んだような部品を彎●(わんか)と呼ぶのだろう。その中に羅針盤が仕込まれている。どんな傾斜地に杖を立てても磁針面は水平となって、針は常に両極を指す。方位を1度まで読み取れる精巧なものだ。故郷・千葉県香取市の伊能忠敬記念館に実物がある

 文化審議会が、伊能の用いた測量器具や制作した地図などを国宝とするよう答申した。200年前にあれほど精緻(せいち)な日本地図を作った偉業からして当然であろう

 隠居後も学び続けて新たな事に挑戦する伊能の生き方は今日の高齢社会に、そして、道なき道においても揺るがずに方向を示す彎●(わんか)羅鍼は今日の政治に、大切なことを示唆しているようだ。なかなか深い国宝指定かもしれない。(●は穴かんむりに果)

 3月28日付 編集手帳 読売新聞
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4.02.2010

郵政改革法案をめぐるドタバタ劇、進むべき方角は浪高シ・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 日露戦争の日本海海戦を勝利に導いた作戦参謀、秋山真之は戦闘のさなかも双眼鏡をのぞかなかった。「はっきり見える反面、視野が狭い。自分は肉眼で大局を知ればよろしい」と

 狙う目標、進む方角を指図し、視野をひろく保って大局を見失わない。軍事に限らず、統率する立場にいる人の心得だろう。心得のない統率者のもとで何が起きるかは、郵政改革法案をめぐるドタバタ劇が教えている

 政府の発表した法案に、閣内からは「異議あり」の大合唱が聞こえる。発表した郵政改革相は「首相の了解を得た」と言う。首相は「了解していない」と言う

 そもそも、官製「ゆうちょ銀行」「かんぽ生命保険」の業務拡大が盛られ、官の無駄を徹底して排除したい民主党の意思とは逆向きの法案である。首相が肉眼で大局を見つめ、郵政改革相に「進むべき方角は、こうだ」と明確な指示を与えていれば、この醜態は生じていなかった

 「本日天気晴朗ナレドモ浪(なみ)高シ」は出撃時に秋山が起草した報告電報の一節として知られる。「ナレドモ」を「ナラズシテ」に変えれば、鳩山内閣に発せられた気象情報である。

 3月26日付 編集手帳 読売新聞
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4.01.2010

表現の自由を焼く火「検閲」に形を変えて・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 中国明末の文人に李卓吾(りたくご)がいる。あらゆる世俗の権威を否定した異端の人である。いずれは為政者に焼かれるだろうと、著書の題名を『焚書(ふんしょ)』と付けた。最後は獄中で自シしている

 〈中国には、自由を意味する言葉が見当たらない〉とは、東洋史学の泰斗、宮崎市定氏の所説である。あえて探せば、孔子の説いた徳目「仁」がそれに近いかも知れないと、『史記を語る』(岩波文庫)に書いている

 知識と情報が書物によって伝えられた昔、為政者は禁断の書物を焼き捨てる“火”を重用した。インターネットの時代を迎えて、火は「検閲」に形を変えているのだろう

 米グーグルが中国本土のネット検索事業から撤退するという。義務づけられている自主検閲を嫌った。李卓吾の例を引くまでもなくいつの世も、表現の自由を焼く火には投獄がつきものである。中国政府には、人権侵害のあれこれが連想される検閲をつづけることの不利益を一度、冷静に考えてみる機会だろう

 「仁」の字を用いて、〈寛仁大度(かんじんたいど)〉(心がひろく、情け深く、度量の大きいこと)――そういう言葉も、かの国にはあったはずである。

 3月25日付 編集手帳 読売新聞
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