4.25.2010

攻守に精彩を欠き、進退に誰ひとり口を差し挟めぬ・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 〈ボクサーはいいよな〉と渥美清さんは語ったという。〈タオルを投げてくれる人がいるからね。役者は自分で投げなきゃならないから〉。親交のあった永六輔さんが自著に書き留めている

 自分でタオルを投げる孤独な決断をするのは、役者だけではあるまい。ここにもいる。プロ野球・阪神、金本知憲選手(42)の「連続試合フル出場」の世界記録が1492試合で途切れた

 右肩の故障で攻守に精彩を欠き、このままでは結束して優勝を目指すチームに迷惑がかかる。「先発から外してほしい」。みずから監督に懇請したという

 自分の個人記録よりもチームが勝つために――1500試合の節目までわずか8試合を残して偉大な連続記録を断ち切る決断は、本人の申し出なくしては監督やコーチも容易になしえなかっただろう。途切れることによって、その途切れ方によって、いっそう光り輝く記録もある

 進退に誰ひとり口を差し挟めぬ実力と実績をもつ人が、わが手でわが身にタオルを投げられるかどうかで、その人物の器量が試される。チームの足を引っ張る政界の誰かになぞらえているわけではない。

 4月20日付 編集手帳 読売新聞
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