10.10.2008

芝居の夢ばかり見ていた・・・ 編集手帳 八葉蓮華

芝居の夢ばかり見ていた・・・ 編集手帳 八葉蓮華
ご自身は「ウサギ飯」と名づけている。山ほどのおからにニンジンやネギを刻んで煮込み、ご飯にかける。うまくもあり、とにかく安い◆緒形拳さんはかつて本紙に一文を寄せ、劇団の研究生だった当時を回想している。「三度三度おからを食べ、深夜のけいこで目を真っ赤にしていた私。全く、ウサギそのものであった」と◆家が貧しく、学費も生活費も自分の手で稼いで高校を卒業した。下積みの苦労話は誰にもあろうが、暗い部屋でひとり丼飯をかっ込む青年のギラギラした眼光を思い浮かべるとき、銀幕の中のその人を見ているようで手料理の挿話は忘れがたい◆自分が犯人ならば、緒形さんのような刑事に追われたくない。刑事ならば緒形さんのような犯人を相手にしたくない。「復讐(ふくしゅう)するは我にあり」「鬼畜」など数々の映画にむせ返るような生命力を発散して、71歳で急逝した◆回想の文章にある。「屋根にあいた穴から星の見える物置き小屋の中で、ミカン箱を並べたベッドに寝ながら、芝居の夢ばかり見ていた…」。その姿は青春期のひとこまのみならず、生涯を通しての自画像でもあったろう。

10月10日付 編集手帳 読売新聞

八葉蓮華、Hachiyorenge