深川八幡宮の祭礼でごった返す人込みのなか、隅田川にかかる永代橋が落ちて多数の死傷者が出たのは1807年(文化4年)の夏である。本郷に住まう「麹(こうじ)屋(や)」という人の話が伝わっている
祭りの見物に出かける途中でスリに紙入れ(財布)をすられ、家に戻って難を逃れた。住所氏名を書いておいた紙入れはのちに、犠牲者の遺品から見つかったという。すった人物だろう。人の運、不運はさだめがたい
大学浪人をして無二の友を得た人がいる。冷や飯を食う境遇で生涯の伴侶を得た人もいる。生死にかかわらずとも、天を恨んだ災難にやがて感謝した経験は、年輪を重ねた人ならば一つ二つは持ち合わせている
今春卒業予定の大学生や短大生、高校生のうち、企業から採用内定を取り消された人は1845人にのぼるという。天秤(てんびん)の片方にその人たちの流す涙を載せ、もう片方に訳知り顔の文章を載せて釣り合うとは思わない
颯爽(さっそう)と社会に巣立つはずだった今日の朝、悔し涙を燃料に再起のエンジンに点火する若い人もいるだろう。人生の不思議な仕掛けも1滴の油になれば――そう祈るばかりである。
4月1日付 編集手帳 読売新聞
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