きみの部屋にオバケはいないかい? その歌は問いかける。オバケは名前を「ムカシ」という。都はるみさんの『ムカシ』(詞・阿久悠、曲・宇崎竜童)である
〈こいつにうっかり住みつかれたら/きみも駄目になってしまうぞ/何故(なぜ)ってそいつはムカシ話で/いい気持ちにさせるオバケなんだ…〉。現実から目をそむけて、遠い日の感傷に逃避するなかれ、という教えだろう
作詞した阿久さんはかつて本紙の連載『時代の証言者』で、「いい時代があったとすれば昭和30年代に入ったころでしょう」と語っている。ムカシとはその頃を指すのかも知れない
まだ多くの人がマズしかったが、今日よりも明日は暖かく、明日よりもあさっては明るいと、信じることができたのは確かである。親類の小学生に将来、何になりたいかを聞いたら、「正社員」と答えた――今年1月、本紙の『気流』欄に載った読者の投稿にそうあった。いまの世に欠けているものを一つだけ挙げるとすれば「希望」であろう
阿久さんに叱(しか)られるのは覚悟のうえで、昭和のムカシと差しつ差されつ、世の行く末を語らってみたい夜もある。
4月29日付 編集手帳 読売新聞
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