正の10を、10個集めると100になる。負の10同士を掛けても100になる。〈答えは同じでも、正を積み重ねた100には陰翳(いんえい)がない〉。異端の技法をも大胆に用いて“負数の王”と呼ばれた歌人、故・塚本邦雄氏の言葉である
悔いの種をまき散らしながら、人は生きていく。まれに正数を積み重ねたような、挫折を知らぬ人に接したときに薄っぺらな印象を受けるのは、陰翳が欠けているからだろう。悔恨あっての、負数あっての人生である
川崎市で中学3年生の男子生徒(14)が自サツした。いじめられた友人を救えなかったことを悔やむ遺書があったという
詳しいことはまだ分かっていないが、友をいたわって自身を責め苛(さいな)んだとすれば、気持ちのやさしい、正義感の強い少年であったろう。生きて欲しかった
「日本一短い手紙」の秀作集から引く。〈あのとき/飛び降りようと思ったビルの屋上に/今日は夕陽(ゆうひ)を見に上がる〉(中央経済社刊)。心の傷口から血の噴き出す経験をした人だけが、眺めることができる。負の陰翳を身に刻んだ人の目にだけ映る。そういう美しい夕陽が、きっとあるものを。
6月11日付 編集手帳 読売新聞
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