8.03.2010

思ひ出すとは忘るるか 思ひ出さずや忘れねば・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 サンテグジュペリの『星の王子さま』で、狐(きつね)が王子さまに言う。〈肝心なことは目では見えないんだよ〉

 誰かが誰かをコロす。神様が一部始終をビデオに収めていたならば、正視に耐えない凄惨(せいさん)な映像だろう。そういうビデオは、この世に存在しない。目に見えなくても、心には刻んでおきたい「肝心なこと」である

 宇都宮市の宝石店放火サツ人事件などでシ刑が確定した2人のシ刑囚にきのう、東京拘置所で刑が執行された。千葉景子法相は足を運び、立ち会ったという。拘置所で「見た場面」には、思うところ、感じるところがいろいろあっただろう

 自分の命令によって消える命の最後を見届けた行為には敬意を表しつつ、思う。シ刑制度の是非を議論する場合には「見た場面」だけでなく、「見ぬ場面」にも思いを致してほしい、と。6人の人間が縛られ、衣服にガソリンをまかれ、焼シする場面は、目で見ることができない

 シ刑執行の報に「ああ、あの事件…」と思い出した。〈思ひ出すとは忘るるか 思ひ出さずや忘れねば〉(閑吟集)。遺族は事件を思い出しはしなかったろう。片時も忘れぬゆえに。

 7月29日付 編集手帳 読売新聞
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