芥川賞作家で読売新聞の先輩記者でもあった日野啓三さんは、大病の手術後に鎮痛剤の作用で幻覚の中にいた時、現実の世界につなぎとめてくれたのは病室の窓から見える東京タワーの存在感だった、と書いている
リリー・フランキーさんの私小説「東京タワー」も、こう書き出す。〈それはまるで、独楽(こま)の芯のようにきっちりと、ど真ん中に突き刺さっている。東京の中心に。日本の中心に。ボクらの憧(あこが)れの中心に。〉
東京タワーに淡く、あるいは深く、それぞれ思い入れを持つ人は多いだろう。その人たちは今、ちょっぴり複雑な気持ちかも知れない。建設中の東京スカイツリーが、今月中にも333メートルを超えるという
ツリーはさらに伸び続け、完成すると634メートルになる。2倍近くも高さで抜かれる東京タワーを擬人化して心境を推し量れば、みるみるうちに大きくなった息子や娘を仰ぎ見る昭和世代の親、といったところか
いずれ今日の若者たちはタワーよりはツリーを見上げ、様々に人生の思いを投影していくのだろう。タワー世代にとっては寂しいけれど、それはそれで楽しみなことでもある。
3月14日付 編集手帳 読売新聞
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