東京・池袋のキャバレーで舞台衣装に着替えようとしたら、部屋がない。トイレの横にゴザが敷かれ、「ここで」と支配人が言う。売れる前の下積み時代ならばともかく、茶の間の人気者であった人には、こたえただろう
『てなもんや三度笠』が終わって『必サツ』シリーズが始まるまでの4年間、藤田まことさんはテレビから忘れられた時期をすごしている。ほかに仕事がなく、歌とコントを携えてキャバレーを回ったのはその頃である
「まことさん、まことさん」とチヤホヤしていた取り巻き連中は、背を向けて去っていった。いっときの人気にのぼせていた頭を冷やし、芝居の基礎を身につける時間を運の“神さん”が与えてくれたんでしょうな――藤田さんはのちに語っている
『てなもんや』あんかけの時次郎、『必サツ』中村主水、『はぐれ刑事純情派』安浦吉之助、『剣客商売』秋山小兵衛…と、重ねた年輪にふさわしい花を咲かせたのも、じっと地に根を張る不遇のときがあったからだろう。藤田さんが76歳で急逝した
人の世の浮き沈みと、泣き笑いと、人情喜劇を見ているような役者人生である。
2月19日付 編集手帳 読売新聞
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