下手な医者が急病人の知らせに駆け出し、はずみで隣家の幼女を蹴飛(けと)ばしてしまった。「どうしてくれる」と母親が怒る。仲裁に入った大家がなだめていわく、「足で蹴られたぐらいは堪忍せよ。この人の手にかかったら命がない」
江戸の小(こ)咄(ばなし)にある。こういう話を語れるのも、聞いて笑えるのも、誰もがそこに誇張を読み取るからだろう。そんなヤブ医者は現実にいないと思えばこそ、心おきなく笑うことができる
政治資金をめぐる醜聞や、冬季五輪の話題に隠れた感はあるが、奈良県大和郡山市の医療法人雄山会「山本病院」の事件にはあきれるのみである
元理事長(52)らが執刀した肝臓の腫瘍(しゅよう)摘出手術で患者がシ亡した。心臓血管外科が専門で肝臓は専門外、手術の経験がない上、輸血用の血液も用意していなかった。そもそも腫瘍は良性だったという。元理事長はほかの勤務医にも“専門外手術”を奨励していたというが、報じられているところを総合すれば「めちゃくちゃ」の一語に尽きる
何がしたくて医師という職業を選んだのか――首をひねりつつ、憤りつつ、気に入りの小咄に封印をする。
2月16日付 編集手帳 読売新聞
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