2.16.2010

「若い藝術家の肖像」作品に、作者に、骨の髄まで惚れ込めばこそ・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 谷崎文学や川端文学などを英訳したE・G・サイデンステッカー氏の自伝に、翻訳者の嘆きを語った詩が出てくる

 〈広い世界のどこでも同じ/まったくもってひでぇ話/褒められるのはいつでも作者/貶(けな)されるのはいつでも訳者〉。それでも翻訳に精魂を傾けるのは、その作品に、作者に、骨の髄まで惚(ほ)れ込めばこそという

 一つ小説を書くごとに、ジョイスの偉大さがわかる。もっと小説を書いてジョイスを知りたい――ジェイムズ・ジョイス『若い藝術家の肖像』の翻訳で今年の読売文学賞に選ばれた丸谷才一さん(84)が本紙で語っていた。愛の告白として、これ以上の言葉はあるまい

 丸谷さんが古希を迎えたとき、親しい編集者が歌舞伎のせりふをパロディーに仕立てて贈ったという。丸谷文学の作品名が織り込んである。〈知らざあ言って聞かせやしょう エホバの顔を避けてより〉に始まり、〈たった一人の反乱と 人は言えども大きなお世話…〉とつづく

 締めの名乗り。〈めでたく七十路迎えたる 丸谷のジョイス才一たあ おれがことだ〉。今度の受賞をあらかじめ祝ったような名せりふである。

 2月12日付 編集手帳 読売新聞
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