双葉は「ソーヨー」、十三は「トミー」、トム・ソーヤーをもじった筆名という。見た映画は2万本以上、映画評論家の双葉十三郎(ふたばじゅうざぶろう)さんが99歳で亡くなった
東大を卒業して住友本社に勤めていた双葉さんが、筆一本に身を任せたのは終戦の年である。少年の昔からあこがれていた映画の道とはいえ、当時30代半ば、夢を追うよりも生活の安定に心が傾く年齢を迎えた人に、国の行く末も知れぬ混乱のなかでの転身は決断を要しただろう
マーク・トウェイン描くところの冒険心あふれる少年の名を、筆名に借りた心境が分かる気がする
未見の古い映画がテレビで放送されるとき、双葉さんの著書を繰って録画するかどうかを決めている――作家の逢坂剛さんが以前、本紙の書評欄でそう語っている。「双葉さんの採点は、まず間違いがない」と。その人の確かな道案内で、銀幕の森を散策した人は多いことだろう
「そろそろお迎えが来そうだから、〈草葉十三郎〉に改名しようと思っているんです」と冗談を語りつつ、次々と新著を世に送り、生涯を現役で通した。トム・ソーヤーを貫いた、見事な人生である。
1月16日付 編集手帳 読売新聞
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