1.04.2010

幾つかの言葉の“灯”が胸にチロチロ火影を揺らし、今年も暮れていく・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 “日本一短い手紙”今年の大賞作品から。亡き妻へ。〈時々お前の夢を見る。子供たちにも出てやってくれ〉(岩手県、岩渕正力)。小津映画を見終えたような、二十数字の魔法である

 オバマ米大統領の就任演説から。〈60年足らず前には地元のレストランで食事をさせてもらえなかったかも知れない父親をもつ男が今、最も神聖な宣誓をするためにあなた方の前に立つことができる〉。言葉のもつ力を改めて教えてくれた人である

 村上春樹さんの「エルサレム賞」受賞講演から。〈どんなに壁が正しく、どんなに卵が間違っていても、私は卵の側に立つ〉。体制を「壁」に、壁にぶつかって壊れる「卵」を個人にたとえている。テロリストのように卵の形をした爆弾もあるとはいえ、多くの人が胸を揺さぶられただろう

 96歳でシ去した森繁久弥さんの作詞・作曲「オホーツク舟歌」(「知床旅情」原曲)から。〈最果ての番屋に命の灯(ひ)チロチロ/トドの鳴く夜は愛(いと)し子が瞼(まぶた)に/誰に語らんこの寂しさ/ランプの火影(ほかげ)に海鳴りばかり…〉

 幾つかの言葉の“灯”が胸にチロチロ火影を揺らし、今年も暮れていく。

 12月30日付 編集手帳 読売新聞
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