6.29.2009

「実学と教養とのバランス」人間の深い洞察力は古典教養を通じてこそ培われる・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 17世紀の恋愛小説「クレーヴの奥方」が、最近フランスで政治的抵抗のシンボルになっている。この作品についての設問が公務員試験に出題され、サルコジ大統領が、何の意味があるのかと疑問を呈したことが発端だった

古典や教養を重んじる知識人たちは強く異議を唱えた。大統領が進める成果主義を重視した大学改革への反発もあったようだ。学生や教員が各地で開いた抗議集会では、いわば“よろめき”を描いた「クレーヴの奥方」が朗読された

たたき上げから米国の鉄鋼王の地位を築き上げたカーネギーはその昔、大学でシェークスピアやホメロスを学ぶのは時間の浪費だと批判した。実学と教養とのバランスは、古くて新しいテーマでもある

経済学者の猪木武徳さんは、近著「大学の反省」(NTT出版)で本格的な教養教育の復活を提唱している。専門教育は重要だが、人間の深い洞察力は古典教養を通じてこそ培われるのだ、と

実用研究が奨励される最近の大学では、人文系の研究者が育たないとも憂える。思えば、日本が世界に誇る恋愛小説「源氏物語」も世界の人々を魅了しつづけている。

6月29日付 編集手帳 読売新聞
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