6.19.2009

「感受性のツノ」暗と明のあいだを振幅激しく揺れ惑う・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 北原白秋の詩「まいまいつぶろ」は、生まれたばかりのカタツムリをうたう。ツノはまだ若く、頼りなく、触れたら壊れてしまいそう。〈雨、雨、やめよ、/まだ雨痛い〉

 「桜桃忌」はいつも梅雨のなかである。太宰治の誕生日であり、東京・三鷹で入水自●をして遺体の見つかった日でもある6月19日を迎えるたび、雨に打たれるカタツムリの詩が浮かぶ

 世間という名の雨、対人関係という名の雨を、人並み外れて柔らかい感受性のツノに浴びて生きた人だろう。きょうで生誕100年になる

 「● のうと思っていた」(葉)と語り、「さらば読者よ…元気で行こう。絶望するな」(津軽)と語る。暗と明のあいだを振幅激しく揺れ惑うのが青春期であり、〈雨痛い〉魂の千鳥足に共感する読者によって太宰文学は読み継がれてきたのだろう

 中学時代、「人間失格」を食事ももどかしくむさぼり読んだ記憶がある。先日、何十年かぶりに再読を試みたが、どうにも気持ちが入らずに退屈し、読み通せないで降参した。感受性のツノに処世の知恵で防水加工を施した身に、その人はもう何も語ってくれぬらしい。

 6月19日付 編集手帳 読売新聞
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