6.11.2009

梅雨入り、突然の雨に“ぬかり”はないぞと得意顔・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 作家の山口瞳さんは折りたたみ式の傘を持たなかった。突然の雨に、やおら鞄(かばん)から取り出し、どうだ、準備万端ぬかりはないぞ、と得意顔をする人が嫌で、自分もそういう顔をしたくないので持たなかったという

 山口さんの随筆集「旦那の意見」(中公文庫)の解説で長男の正介さんが回想している。折りたたみ傘をひらく自分の姿を鏡に映したことはないが、得意とはいかずとも、ひと安心の気分は顔に出ているかも知れない

 関東甲信から北陸、東北南部もきのう、梅雨入りした。お説にそむくようですが、“ぬかり”だらけの人生、せめて雨の用心ぐらいは自慢させてくださいな――と内心つぶやきつつ、傘を鞄につめる

 「父の日」に傘の贈り物をもらうお父さんもあろう。「どうだ、わが子のセンスは」という得意顔ならば、泉下の山口さんもうなずいてくれるに違いない

 傘もなく、走りもせず、濡(ぬ)れるに任せて歩く若い人をときに見かける。ずぶ濡れがわびしさではなく、たくましさ、りりしさを包む衣装になる、そういう年齢があるらしい。得意になったり、軽い嫉妬(しっと)を覚えたり、傘の下も忙しい。

 6月11日付 編集手帳 読売新聞
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