書物を詠んだ短歌のなかでは異彩を放つ一首だろう。歌人の道浦母都子(もとこ)さんに阪神大震災の歌がある。〈本は凶器 本本本本本本本本本本 本の雪崩〉(朝日出版社刊「悲傷と鎮魂」より)
誇張ではないことをきのう、静岡県を襲った震度6弱の地震で知る。会社員の女性が自宅で大量の本に埋もれてシ亡しているのが見つかった。シ因との関連はまだ分からないが、本は普段、床に積み上げていたという
本、食器、あるいはテレビと、身の回りの品が突然、凶器に変じて牙をむくのが地震の怖さだろう。負傷者は100人を超えた。西日本で大雨が多くの人命を奪ったばかり、自然の猛威がつづく
宇宙から届く若田光一さんの映像に拍手し、皆既日食に息をのみ、天の高みを仰いで胸をときめかせた夏である。遠くは見えても1秒後の未来が見えない
〈人は山と蟻(あり)の中間だ〉。アメリカ先住民オノンダガ族の格言という。自然の前で人間は微小の存在にすぎないのだと、説いた言葉だろう。そのことを現代人に諭すのなら、もっと穏やかな諭し方があろうにと、荒ぶる天地に恨み言を告げずにはいられない。
8月12日付 編集手帳 読売新聞
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