8.15.2009

「一億火の玉」で各紙が“みんな”一糸乱れず論調をそろえたとき・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 明治生まれの作家、安藤鶴夫の小説で、耳慣れない物言いに出合った。主人公が博打場(ばくちば)の若い衆に使い走りを頼む。「煙草(たばこ)がみんなになった」、買ってきてくれ、と

 辞書を引くと、あった。【みんなになる】=「全部なくなる。終わりになる」。賭け事や相場で「なくなる」「終わる」は禁句であり、忌み言葉の言い換えから生まれたのかも知れない

 新聞記者の舌に、この言い回しは苦い味がする。かつて「一億火の玉」で各紙が“みんな”一糸乱れず論調をそろえたとき、言論はシんだ。結束を乱すからと、敵を利するからと、異説・異論を排除し、「みんなになった」過去がある

 〈あなたが言うことには一切同意できないが、あなたがそれを言う権利はシんでも守ってみせる〉。劇作家ボルテールが語ったとも、後世の創作とも伝えられる。二度と言論を、国を“みんな”にしないための一歩は、その言葉の上に刻むしかない

 理があると思えば、情にかなうと思えば、合唱に声を合わせることがいまもある。そのときも、独唱の口を封じるような真似(まね)はすまい。筆をもつ端くれの、ささやかな誓いである。

 8月15日付 編集手帳 読売新聞
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