歌舞伎では、病人の役が紫の鉢巻きをする。江戸の粋が一身に結晶した色男、「助六」も紫の鉢巻きをしている。こちらは病人ではなく、若衆を象徴した鉢巻きという。病人は結び目が役者から見て左側、助六は右側が約束ごとらしい
鳩山首相は結び目の右左を間違えているかも知れない。沖縄県の米海兵隊普天間飛行場の移設問題で結論を引き延ばす心理には、「対等な日米関係を」という決めゼリフで見得(みえ)をする助六気分が投影されているだろう
日米同盟に危うい亀裂を生みかねない大見得は、しかし、傍目(はため)には熱に浮かされているように見える
意味のある引き延ばしならばともかく、どこをどう探しても、移設を受け入れる自治体は日米合意案の名護市以外にはないだろう。〈空はどこに行っても青いことを知るために、世界をまわる必要はない〉とはゲーテの言葉だが、首相はその“青空確認”に時間を浪費しつつある
歌舞伎の世界には、助六は自分が日本一、世界一の色男になったつもりで演じるべし――という口伝があるという。鉢巻きの右左を間違えて色男を気取っても、滑稽(こっけい)なだけだろう。
11月5日付 編集手帳 読売新聞
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