9.05.2009

「思い出」盗む悲しみと、殴られる痛みと、肩を落とした両親の後ろ姿と、・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 子供の泥棒が捕まって、親が呼び出された。「注意しなければ、駄目じゃないか」「注意をするんですが、奴(やつ)がドジなもので…」。以前、寄席で聞いた小話である

 笑いは、緊張がほどけた瞬間に生まれるという。「子供が捕まる」という緊張が、「じつは親が指図していた」という“ありえない展開”で緩和され、笑うことができる…いや、できた

 兵庫県明石市で、小学5年の長男(11)に10キロ入りのコメ袋などを万引きさせた派遣社員の父親(33)と、同居している元妻(31)が窃盗容疑で逮捕された。小話はもう笑えない

 父親は2年前から、「小学生は捕まらない。捕まったら、お金を落としたと言え」と教えていた。「いやだったけれど、お父さんに殴られるのが怖くてやった」。長男はそう話している

 子供に残せるのは思い出だけだ――「長崎の鐘」の永井隆博士が病床でつづった、いつの世、どこの親にも通じる言葉である。〈美しい、潔い、ゆかしい思い出をのこしてやりたい〉(「この子を残して」)。盗む悲しみと、殴られる痛みと、肩を落とした両親の後ろ姿と、そんな思い出を残してどうする。

 9月5日付 編集手帳 読売新聞
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