11.28.2009

ビーンボールや、くせ球、暴投、なんでもありの北朝鮮・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 来月8日の訪朝が決まったスティーブン・ボズワース米政府特別代表は、駐韓大使も務めたベテラン外交官出身だ。1990年代には、朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)の初代事務局長として、北朝鮮と交渉を重ねた経験もある

 駐フィリピン大使だった80年代半ばには、マルコス大統領の退陣騒ぎの渦中にあった。時には、「ヤンキー・ゴーホーム」の反米プラカードを持つデモ隊に囲まれもした

 「よく見ると、その下に小さく『ウィズ・ミー』(私も一緒に連れてって)と書いてあってね」と、冗句まじりの回顧談を、ご本人から聞いたことがある。デモの参加者の本音は、反独裁、反マルコスであって、反米ではなかったと見抜いたわけだろう

 その冷静な観察力は、北朝鮮でどこまで発揮できるのか。危険なビーンボールや、くせ球、暴投、なんでもありの相手だけに、6か国協議への復帰や核放棄の必要性を説こうにも、なかなか容易にことは運ぶまい

 核兵器保有国の仲間入りを認めてもらおうと、北朝鮮から「ウィズ・ミー」と迫られたなら、はっきり「ノー」と突っぱねてもらいたい。

 11月23日付 編集手帳 読売新聞
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11.27.2009

ジャイアンツの優勝パレード、久しぶりの沿道を埋め尽くす大歓声・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 年に3回、読売新聞東京本社が数えきれないほど大勢の人の波に取り囲まれる機会がある。ただし「毎年3回」とは書けない

 うち二つは正月の2日と3日、箱根駅伝のスタートとゴールの時だ。公開中の映画『風が強く吹いている』で描かれた通り、学生ランナーたちが繰り広げる青春ドラマは熱い。今の季節、寒風がだんだん厳しくなるほどに、それを吹き飛ばす年明けの熱気が待ち遠しくなってくる

 残るもう一つが、残念ながら、必ずあるというわけではない。ジャイアンツの優勝パレードである。近年はずっと“お流れ”が続き、箱根の興奮を期待させる晩秋の風は、一方で巨人ファンの心中を冷え込ませてもきた

 それは昨年までのこと。きょう22日、久しぶりに年3度目の大歓声を味わう。本社のある東京・大手町から銀座の中央通りを約3キロ、沿道を埋め尽くすであろう皆さんと喜びを分かち合いたい

 アンチ巨人や他球団ファンの方は、きっと苦々しい思いで拙文を読んでいるでしょうが、WBC日本代表も率いた原監督は世界一と併せての凱旋(がいせん)パレードだ。ここは一緒に祝おうじゃありませんか。

 11月22日付 編集手帳 読売新聞
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11.26.2009

「徽章」靴のうらに光る鉄鋲のごとき存在にすぎない 人しれず 支へつゝ 磨りへらんかな・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 杉山平一さんの詩が好きで、小欄にも何度か引いた。たとえば『風鈴』。〈かすかな風に/風鈴が鳴つてゐる/目をつむると/神様 あなたが/汗した人のために/氷の浮かんだコップの/匙(さじ)をうごかしてをられるのが/きこえます〉

 60年以上も前に編まれた詩集『夜学生』の一編だが、「格差」「ヒン困率」といった暗い言葉が飛び交う現代に働く人たちを、慰めるかのような、抱きとめるかのような優しい響きがある

 95歳を迎えた杉山さんの新著、『巡航船』(編集工房ノア)が出版された。詩集ではなく、自選の文集である

 花森安治や立原道造と結んだ青春期の交友、会社勤めの照り曇り、幼い長男を亡くした悲しみなどが綴(つづ)られている。杉山さんの詩を愛誦(あいしょう)する人は、作品の生まれてきた母胎に触れることができて興味が尽きないだろう

 〈むかし帽子の上に光る徽(き)章(しょう)のやうな人間になりたいと思つてゐた/いま自分は靴のうらに光る鉄鋲(てつびょう)のごとき存在にすぎない/人しれず 支へつゝ/磨(す)りへらんかな〉(『徽章』)。その詩は、屈託を抱えた人々の心を人知れず支えて、いまも磨り減ることはない。

 11月21日付 編集手帳 読売新聞
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11.25.2009

日米首脳会談で「トラスト・ミー」現行計画以外の選択もあるかのような発言・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 自分の言葉にウソ偽りがないことを神仏に誓う文書を「起(き)請文(しょうもん)」という。江戸の昔は男女が変わらぬ愛情を誓って取り交わした。熊野神社で出す厄よけの護符を用いるのが本式とされ、用紙にはカラスの絵が描かれていたという

 なかには、偽りの誓いを立てる者もいただろう。〈いやで起請を書くときは熊野で鴉(からす)が三羽シぬ〉という俗謡も伝わっている。カラスこそいい迷惑である

 先の日米首脳会談で「普天間」問題をめぐり、鳩山首相がオバマ大統領に語った言葉「トラスト・ミー」(私を信じて)が憶測を呼んでいる

 「悪いようにはしませんよ」と、言外に響く。日米合意に基づく現行移設計画を容認する起請文と、大統領は受け止めたかも知れない。起請文であるならば、なぜ、現行計画以外の選択もあるかのような国内向けの発言で沖縄の人々を惑わせるのか。起請文でないならば、なぜ、米側がヌカ喜びする思わせぶりな発言をしたか。不可解である

 きのう、列島は真冬を思わせるほどに冷え込んだ。〈雪曇身の上を啼(な)く烏(からす)かな 内藤丈草〉。身の上を嘆いているのが熊野のカラスでなければいい。

 11月20日付 編集手帳 読売新聞
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11.24.2009

無駄を洗い出し「事業仕分け」防戦する傲慢な勘違いは改まるに違いない・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 〈三角まなこ〉とは、怒った怖い目つきをいう。〈三角波〉は、暴風の折によく海面に生じる。三角は心の緊張に縁が深いようである

 永田町や霞が関で用いられる隠語〈三角を立てる〉は、「減額する」ことを意味する。予算書などに減額の印としてつける「△」からきているらしい。来年度予算の概算要求から無駄を洗い出し、どこまで三角を立てられるか、政府の行政刷新会議による「事業仕分け」が緊張をはらみつつ前半の作業を終えた

 大ナタ片手に切り込む「仕分け人」と、予算を確保すべく防戦する各府省担当者との間に緊張が生まれるのは当然だろう。これまで密室でなされてきた査定作業を目の当たりにし、国の予算を身近に感じた人も多いはずである

 三角まなこの度が過ぎて、某財団の仕事を「能なしでもできる」と発言し、あとで陳謝した民間の仕分け人もいたが、24日からの後半戦では、この種の傲慢(ごうまん)な勘違いは改まるに違いない

 せっかくの斬新にして有意義な試みである。品位を欠く、知識を欠く、展望を欠く――の“三カク”を排し、各仕分け人にはもうひと汗、かいていただこう。

 11月19日付 編集手帳 読売新聞
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11.22.2009

「イッタカキタカ」どこに向かうのか、何をしようというのか見当がつかず・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 東北地方の独立国を舞台にした井上ひさしさんの小説「吉里吉里人(きりきりじん)」に、頭の二つある犬が登場する。名前を〈イッタカキタカ号〉という

 吉里吉里国の誇る科学技術の象徴として、動脈、静脈、脊髄(せきずい)神経などの接合手術によって2匹の犬から作り出したもので、しっぽがあるべき側にも頭がある。前後どちらにも歩くことができ、あちらへ行ったかと思えば、そのままこちらに来ることがあり、名前もそこに由来する

 そういう犬が実際にいれば、どこに向かうのか、何をしようというのか見当がつかず、見ていて神経がまいるだろう。「普天間」の鳩山内閣がそうである

 きのう午前、首相は東京の公邸前で、「日米合意を前提にしない」と語った。同じ日の昼、岡田外相は那覇市内で記者会見し、「日米合意はある程度、前提にせざるを得ない」と語った。東京と那覇にそれぞれ別個の頭をもつ胴体の長~い犬を見ているかのようである。迷走と呼ぶのはおそらく褒めすぎだろう。迷走は少なくとも動きが目で追える。現状は迷走以前である

 〈イッタカキタカ内閣〉というのは、あまり名誉な愛称ではない。

 11月17日付 編集手帳 読売新聞
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11.21.2009

人口減少の波動、知恵を出し合いながら少子化社会への確実な備え・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 文化勲章を今年受章した慶応大名誉教授の速水融さんは、日本の歴史人口学の礎を築いた碩学(せきがく)だ。江戸時代の戸籍台帳にあたる宗門改帳を分析し、当時の人口変動の実態を明らかにした

 農村人口は増えていたが、大都市は公衆衛生の状態が悪いためにシ亡率が高く「アリ地獄」のように人を集めてはコロしていった。大都市が未発達の西南諸藩で人口増の圧力が高まり、明治維新につながったとも説明する

 気候変動、医療や科学技術の進歩、人々の価値観の変化など、様々な要因が複雑に絡んで人口変動の波動は作られていく。それは人知を超えた動きなのだろう

 2024年の総人口は1億4000万人を超えて飽和状態に達する――。有識者らによる日本人口会議がこう警告したのは、1974年のことだった

 現在は1億2700万人で既に人口減少の局面に入っている。国立社会保障・人口問題研究所の最近の推計によると、2100年には明治末期と同じ4800万人にまで激減するという。だが、遠い将来の数字には悲観せず、知恵を出し合いながら少子化社会への確実な備えを考えていくべきだろう。

 11月16日付 編集手帳 読売新聞
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11.20.2009

「七五三」3歳の髪置、5歳の袴着、7歳の帯解と呼ばれる成長の祝い・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 おそらく7歳と5歳の姉弟(きょうだい)だろう。社殿を背景に親が構えるカメラに向かい、並んでポーズを取っている。小さな弟が爪先(つまさき)立ちをして、懸命にお姉ちゃんの身長に追いつこうとしているのが可笑(おか)しい

 近所の八幡様で見た光景である。今年の本番15日は日曜とあって、境内は着飾った親子で一杯になるに違いない。背伸びなどせずとも見る見るうちに大きくなるよ、あわてずに可愛(かわい)いままでいておくれ…と複雑な心境で親はシャッターを押すのだろう

 3歳の「髪置(かみおき)」、5歳の「袴着(はかまぎ)」、7歳の「帯解(おびとき)」と呼ばれる成長の祝いが七五三の起源の一つとされている。傍目(はため)からも明るく育つ子供たちを眺める気分はいいものだ。〈行きずりのよそのよき子の七五三 富安風生〉

 一方で、晴れ着をまとってこの時を祝える家族の比率はどれくらいか、とも考えてしまう。東京など大都市圏を中心に保育所が不足し、髪を振り乱して子育てと格闘する親も増えている

 七五三どころではない、という家庭の方がむしろ多いのかも知れない。境内にあふれる歓声の主が、若い親とその子たちの典型であるなら良いのだけれど。

 11月15日付 編集手帳 読売新聞
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11.19.2009

日本にとって安全保障上の味方が誰であるかは子供でも知っている・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 丸谷才一さんは昔、愛読者から気の進まぬ頼み事をされた。対応に迷い、高校の先輩でもある文芸春秋の大編集者、池島信平氏に相談した時のことをエッセーで回想している

 その答えが味わい深い。〈人生つてものは、敵が千人で味方が千人なんです。敵の千人がへることはぜつたいない。とすれば、味方の千人がへらないやうにするしかないんですよ。よほど厭(いや)ならともかく、がまんできることだつたら、ウンと言ふんですな〉(「絵具屋の女房」)

 池島語録の「敵」を「脅威」に置き換えれば、味方千人を減らさないことは人生のみならず、外交の要諦(ようてい)でもあろう。日本にとって安全保障上の味方が誰であるかは子供でも知っている

 日米首脳は昨夜の会談で、同盟関係を深めていくことを確認したが、これはオバマ大統領の来日成功を演出する、いわば美しい包装紙といえなくもない。「普天間」で煮え切らない日本と、不信を募らせる米国と――包装紙に耳をあてれば、日米同盟の軋(きし)みが聞こえるはずである

 鳩山政権の発足以来、味方千人はどのくらいまで減っただろう。包装紙の内側が気に掛かる。

 11月14日付 編集手帳 読売新聞
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11.18.2009

無駄の洗い出し作業「事業仕分け」斬新で有意義な公開の場で議論・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 無意識に、人は演技をする。ドラマなどで見た誰かの役を演じてしまう。カメラの前では、なおさらだろう。〈悲しみの際はケネディ家の例から学んだしきたりに従い、勝利の表現にはテレビで見た運動選手のゼスチャーをまねる〉

 スコット・トゥロー「推定無罪」(文春文庫)の一節だが、「仕分け人」なる人たちはどうだろう。つい、犯人の嘘(うそ)を突き崩す取り調べの刑事役を演じてしまった人もいるかも知れない

 国会議員や民間人などからなる「仕分け人」が各府省の担当者と公開の場で議論し、事業の要不要をその場で決めていく。政府の行政刷新会議による無駄の洗い出し作業「事業仕分け」が佳境に入った

 問答無用とばかりに仕分け人が発言を遮ったり、耳を傾けていい意見に取り合わなかったり、「いじめを見ているようで、つらい」という識者の声も聞かれる。斬新で有意義な作業なのに、相手を嘘つきの悪玉と決めてかかり、“やりこめてナンボ”の正義の味方役を演じてしまえば、仕分けの目が曇るだろう

 本来、ドラマには不向きな、地味で複雑で専門的な作業である。芸達者は要らない。

 11月13日付 編集手帳 読売新聞
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11.17.2009

「鏡の中の自分」人間は自分の姿を見ながら嘘をつくことに抵抗を感じる・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 ドラマなどで見る警察署の取調室には鏡が掛かっている。目撃証人などが隣室から被疑者の顔を確認する窓でもある。人気推理作家ジェフリー・ディーヴァーの作品中に、鏡に触れたくだりがある

 〈それ(証人のための覗(のぞ)き窓)が目的ならば、ずっとハイテクな方法がいくらでもある。本当の理由は、人間は自分の姿を見ながら嘘(うそ)をつくことに抵抗を感じるものだからだ〉(文芸春秋「スリーピング・ドール」)

 記述の真偽は不敏にして知らない。千葉県警行徳署の取調室に鏡があるかどうかも承知していないが、洗面の折などは自分の顔に見入るときがあるだろう

 英国人女性のシ体を遺棄した容疑で全国に指名手配されていた市橋達也容疑者(30)が逮捕された。整形手術の傷跡がまだ残る顔は、そうまでして逃げねばならない事情があったことを裏づける“証明書”にほかならない。「知らない」「記憶にない」という常套(じょうとう)句(く)が通用しないことは、鏡の中の自分と対面するたびに気づかされるはずである

 面変わりした顔に、どうすべきかを問うてみればよい。包み隠さず、真実を語れ――鏡は答えるだろう。

 11月12日付 編集手帳 読売新聞
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11.14.2009

贅沢病と呼ばれていた痛風も、今や国民病、疼く痛みに苦悶する・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 〈痛風の発作来たりて耐へてゐるベッドに聞こゆマラソン放送〉。数年前に読売歌壇で秀作となった一首である。選者の岡野弘彦さんは「泣き笑いのような作者の表情が伝わってくる」と評していた

 状況は推測するしかないが、風が吹いても疼(うず)く痛みに苦悶(くもん)する自分の姿が、同時刻、苦難に立ち向かうスポーツ選手に重なったと見える。知らない人は笑うでしょうが経験者はきっとうなずく

 かつては贅沢(ぜいたく)病と呼ばれて日本には少なかった痛風も、今や患者約50万人、予備軍は数倍いるらしい。40代以上の男性の10人に1人は患者か予備軍というから国民病と言っていいだろう

 その原因となる遺伝子を、防衛医大などの共同研究チームが突き止めたそうだ。原因遺伝子を両親から受け継いだ場合は、発症の可能性が最大26倍になるという。ただし無論、受け継いでいないから安心というわけではない

 昨夜は日本シリーズの勝負どころで己(おのれ)と闘う選手の試練を想(おも)い、痛風の疼きに耐えていた人が結構いたかも知れない。何よりもまず食べ物や酒量など生活習慣を改めるべし、とは重々分かっているでしょうけれど。

 11月8日付 編集手帳 読売新聞
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11.13.2009

変わらぬ逃亡者の耳よ、整形の前と後、人相の異なる2枚の写真・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 フレデリック・フォーサイスの小説「アヴェンジャー」に捜査官が暗黒街のボスを追跡する場面がある。相手は整形手術で顔を変えている

〈しかし、マクブライド(捜査官)はいつか教えられたことがある。人間の身体で耳だけは、指紋のように、個々人によって明確に姿形が異なり、手術をして変えることはできないのだという〉(篠原慎訳、角川書店)。なるほど整形の前と後、人相の異なる2枚の写真を比べると、耳の形だけはよく似ている

千葉県市川市のマンションで英会話学校講師の英国人女性が遺体で見つかった事件は、知人の市橋達也容疑者(30)がシ体遺棄容疑で全国に指名手配されて2年8か月になる

捜査本部は一昨日、整形後の顔写真を公開した。この顔から、さらに人相を一変させるような手術はさすがに出来まい。ねぐらを求めるとき、食料を手に入れるとき、必ずや誰かと接触するはずである。あなたかも知れない。顔写真に目を凝らそう

事件当時と変わらぬ逃亡者の耳よ――父母と離れた異郷で、たった22年で生を断ち切られたリンゼイさんの、生前の声がよみがえる時もあるか。

11月7日付 編集手帳 読売新聞
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11.12.2009

「GODZILLA」ワールドシリーズで、最優秀選手(MVP)の栄冠・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 ゴジラは英語で「GODZILLA」と綴(つづ)る。神様(GOD)が愛称内の神殿を留守にし、バットに、それも真芯に降臨したかのようである

 米大リーグのワールドシリーズで、ヤンキースがフィリーズを下して9年ぶりの優勝を果たし、松井秀喜選手が日本人選手として初めてシリーズ最優秀選手(MVP)の栄冠を手にした。先制2ランを含む4打数3安打6打点は見事の一語に尽きる

 万全の体調で迎えたシーズンではない。昨年9月に左膝(ひざ)を手術し、オープン戦はリハビリで出遅れた。放出・移籍の噂(うわさ)が流れたこともある。つらい時期があったろう

 思えばマリナーズのイチロー選手も今季、胃潰瘍(かいよう)から始まって大リーグ史上初「9年連続200安打」の偉業を成し遂げている。〈天才とは際限なく苦痛に耐えうる能力をいう〉。名探偵シャーロック・ホームズが「緋色(ひいろ)の研究」で語った言葉だが、この2人を見て深くうなずく

 膝の不安はいまも抱えたままと聞く。GODさま、愛称内もバット内もしばらくは留守にして、オフのあいだは膝のほうにお宿り下さい――と、ファンに成り代わって祈っておく。

 11月6日付 編集手帳 読売新聞
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11.11.2009

日本人の大見得「対等な日米関係を」日本一の色男になったつもりで演じるべし・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 歌舞伎では、病人の役が紫の鉢巻きをする。江戸の粋が一身に結晶した色男、「助六」も紫の鉢巻きをしている。こちらは病人ではなく、若衆を象徴した鉢巻きという。病人は結び目が役者から見て左側、助六は右側が約束ごとらしい

 鳩山首相は結び目の右左を間違えているかも知れない。沖縄県の米海兵隊普天間飛行場の移設問題で結論を引き延ばす心理には、「対等な日米関係を」という決めゼリフで見得(みえ)をする助六気分が投影されているだろう

 日米同盟に危うい亀裂を生みかねない大見得は、しかし、傍目(はため)には熱に浮かされているように見える

 意味のある引き延ばしならばともかく、どこをどう探しても、移設を受け入れる自治体は日米合意案の名護市以外にはないだろう。〈空はどこに行っても青いことを知るために、世界をまわる必要はない〉とはゲーテの言葉だが、首相はその“青空確認”に時間を浪費しつつある

 歌舞伎の世界には、助六は自分が日本一、世界一の色男になったつもりで演じるべし――という口伝があるという。鉢巻きの右左を間違えて色男を気取っても、滑稽(こっけい)なだけだろう。

 11月5日付 編集手帳 読売新聞
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11.10.2009

「さかさまに行かぬ年月よ」時を超えて会話できることが古典に触れる喜び・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 〈古典を学ぶべし。古典とは古きものにあらず。時を越えゆくものの姿なり〉。俳誌「古志」は巻末に「俳句の五か条」を掲げている。主宰者は本紙「四季」欄の俳人、長谷川櫂さんで、長谷川さんの信条でもあるのだろう

 その一条を読んで二つ、三つ、「そういえば」と思い浮かべた文章、詩句がある。蕪村の句〈老(おい)が恋わすれんとすればしぐれかな〉は二百数十年も昔の人が詠んだとは思えず、作者名を隠せば平成の作品で通るだろう

 平家物語で二位の尼(平清盛の妻)が8歳の安徳天皇を抱いて入水するときの言葉、〈浪(なみ)の下にも都のさふらふぞ〉は、いまも読む人の涙を誘ってやまず、源氏物語で光源氏が老いを語る言葉、〈さかさまに行かぬ年月よ〉には誰もが深くうなずく

 何百年も前の作者と、あるいは作中人物と、時を超えて会話できることが古典に触れる喜びに違いない。「文化の日」を挟んでの読書週間も後半に入った

 古典に向かうには時間と根気が要り、「いますぐは、ちょっと…」という人もあろう。年末年始の休みに読む本をもとめて書店を散策し、読書の冬支度をするのも楽しい。

 11月4日付 編集手帳 読売新聞
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11.09.2009

家族の増える喜びを伝えるひとコマ、ひとコマは、これもささやかな子育て支援・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 「論語」に五・七・五・七・七、短歌の調べをもつ一節がある。〈司馬牛が 憂えていわく 人は皆 兄弟あれど われひとり亡し〉

 岩波書店刊「一月一話」によれば江戸の知識人は、この文を例証にして和歌の起源は中国だとするジョークを交わしたというが、少子化問題のポスターにでも使えそうな名調子ではある

 「君子には世の人すべてが兄弟だ」と司馬牛は慰められたが、誰もが君子になれるわけでもない。一人っ子で育った人のなかには、“お兄ちゃん”になるコボちゃんの浮き立つ心に深くうなずいてる方も多かろう

 本紙の朝刊4こま漫画「コボちゃん」(植田まさし作)で母親・早苗さん(ママ)の妊娠が分かって、半月ほどになる。ナントカ手当も大切だが、人はそろばんずくで子供を産まない。ひとつの新聞の、そのまた片隅の、架空世界での慶事とはいえ、家族の増える喜びを伝えるひとコマ、ひとコマは、これもささやかな子育て支援に違いない

 どこかの屋根の下でコボちゃんの表情に見入っては、「うちもそろそろ、もうひとり…」と思案しているお父さん、お母さんもいるだろう。

 11月2日付 編集手帳 読売新聞
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11.08.2009

20年「ベルリンの壁崩壊」どんな小さな変革にも、翻弄される人々がいる・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 「本省の課長だった部下は、職業再教育を受け続けている。大使をしていた同僚は、列車の検札業務にやっとありついた。私は今も失業中ですが」

 昔、東ドイツと呼ばれた国があった。五輪で多くの金メダルを獲得し、スポーツ大国として知られた。その国の外務省高官が、祖国が消えた後に見せた失意の表情を、今もはっきりと思い出す

 辛酸をなめたのは、社会科教師も同様だった。「対ファシズム防御壁」と教えていたものが崩れ、壁が守ろうとした体制自体が悪と断罪されたからだ。ある女性教師は「昨日までと正反対のことを教えるのはつらかった」と語った

 東西ドイツを一つにし、冷戦を終わらせる契機となった「ベルリンの壁崩壊」から、まもなく20年を迎える。壁を壊した一つの力は、ライプチヒなどで市民が続けた平和的なデモだった。「市民革命」「無血革命」とも言われるゆえんである

 鳩山首相は所信表明演説で、自らの仕事を「無血の平成維新」と呼んだ。「維新」を「革命」と比ぶべくもないが、どんな小さな変革にも、翻弄(ほんろう)される人々がいる。それだけは忘れないでほしいと思う。

 11月1日付 編集手帳 読売新聞
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11.06.2009

純粋で高貴であった「葡萄畠」疲弊した心身を美しい思い出で慰めたのかも知れない・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 明日の生シも知れぬ戦場で、遠い青春の思い出を美しい宝石のように見つめる兵士――井上靖の詩「葡萄(ぶどう)畠(ばたけ)」である。友とふたり、翌日の試験を棒に振り、有機化学のノートを枕にして、神と愛について語り合った十数年前の葡萄畠…

 〈蓬髪(ほうはつ)の下の友の瞳はつぶらで、頬(ほお)は初々しく、その周囲で空気は若葉にそまり、時は音をたてて水のように流れていた。怠惰で放埒(ほうらつ)で、純粋で高貴であった一日!〉(詩集「北国」)

 詩の「私」と同じように作者も、疲弊した心身を美しい思い出で慰めたのかも知れない。慰めきれずに、〈シをもって充満された時〉のなかで叫び出したい日もあっただろう

 井上が1937年(昭和12年)から翌年にかけて、中国に出征した際の従軍日記が見つかった。勤めていた大阪毎日新聞の社員手帳に鉛筆で書かれている。〈気を強く持たぬとシんで了(しま)ふ〉〈神様! 一日も早く帰して下さい〉等々の記述があった

 その悲痛な叫びを補助線に引いて、青春期を描いた自伝的長編「北の海」(新潮文庫)を読み返すとき、登場人物と場面がまぶしいほどに輝いていた理由に思い当たる。

 10月29日付 編集手帳 読売新聞
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11.05.2009

同時代を生きる幸福「桂米朝」落語家では初の文化勲章が贈られる・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 演芸評論家の矢野誠一さんが東京で初めて桂米朝さんの独演会を企画したのは昭和40年代の初めである。プレイガイドにポスターを持っていったとき、係の女性が「桂米朝ドカタ落語会」と読んだという話が残っている

 上方落語は戦後、漫才人気の陰でシにかけていた。半分忘れられた噺(はなし)を古老たちから吸収し、現代に通じる笑いのセンスで洗い上げ、高座にかけて全国区の隆盛に導く――それを一人で成し遂げたのが米朝さんである

 上方落語ファンの心を代弁する言葉を司馬遼太郎さんの随筆から引く。〈私は上方落語の不毛期に育ち、成人し、人生の晩年になって米朝さんという巨人を得た。この幸福をどう表現していいかわからない〉(文芸春秋「以下、無用のことながら」)

 米朝さんに文化勲章が贈られる。落語家では初の受章という

 「おお、こっちィ入りいな。まあここへ座り」。そのひと言で、世話好きの甚兵衛さんやあわて者の喜ィ公が目の前に現れる。83歳のご高齢だが、いつまでも達者でいていただき、司馬さんが語った“同時代を生きる幸福”に末永く浸らせてもらうことを願っている。

 10月28日付 編集手帳 読売新聞
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11.04.2009

胸に届く言葉、頭脳に届く言葉――言葉にも“宛先(あてさき)”があるらしい・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 ソニーの創業者・井深大氏は、ホンダの創業者・本田宗一郎氏の語り口を愛した。自分(井深氏)ならば「原価率を0・2%下げるのに皆で苦労した」と言う

〈本田さんだと、「一銭、二銭で、みんなしてボロをまとってやってきた」という具合になるのです〉(「わが友 本田宗一郎」)。胸に届く言葉、頭脳に届く言葉――言葉にも“宛先(あてさき)”があるらしい。優劣はなく、時と場合でどちらも必要だろう

鳩山首相はきのうの所信表明演説で、「胸」宛ての語りを心がけたようである。市井の人のエピソードを交え、平易な言葉遣いで語った。〈戦後行政の大掃除〉〈無血の平成維新〉といった惹句(じゃっく)もちりばめられている

それはそれで情熱の伝わってくるいい演説ではあったが、聴き手の情感に訴える「胸」宛てはここまでだろう。政策の財源をどうするのか。日米関係を具体的にどうしたいのか。たとえ情緒には乏しくとも“原価率を0・2%…”式の、厳密で輪郭のはっきりした言葉で話してくれなければ理解のしようもない

明日からの代表質問では「胸」から「頭脳」へ、言葉の宛先を変えてもらおう。

10月27日付 編集手帳 読売新聞
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11.03.2009

もう大丈夫という油断で起きる「あと少し」の緩みは大敵・・・ 編集手帳 八葉蓮華

 目がくらむほど高い木の上で作業を終えた植木職人が、軒先ほどの高さに下りてきた。黙って見ていた親方が、にわかに声を上げた。「あやまちすな。心して降りよ」

徒然草にある「高名の木登り」という話である。事故は大抵、もう大丈夫という油断で起きるから注意せよとの教訓だ。これは昔も今も変わらない

ある調査によると、長時間の運転中に起きた交通事故の半数は、出発地から目的地までの8割以上を走り終えた後に発生した。運転で、「あと少し」の緩みは大敵だが、スポーツ観戦を盛り上げる効用はある。相撲の土俵際や野球の九回裏に起きた大逆転のいくつかは、「心のスキ」という名の演出家が観客を楽しませたのだろう

油断は楽しめない逆転劇も演出する。バブルの傷が癒えたと早とちりした橋本内閣は、緊縮財政で好況を金融不況に変えた。2000年に日銀が強行したゼロ金利政策の解除は、治りかけのデフレを悪化させた

日銀はいま、金融危機で始めた企業金融支援の打ち切りを検討している。危ない状況を脱したと見ているようだが、くれぐれも「あやまちすな。心して…」

10月26日付 編集手帳 読売新聞
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