ペギー葉山さんが歌った「学生時代」は<蔦(つた)のからまるチャペルで/祈りを捧(ささ)げた日>で始まる。米国東部の名門大学がアイビー・リーグと呼ばれるのは、蔦(アイビー)が伸びた伝統の校舎に由来する◆景観がよく、夏は涼を呼ぶ緑陰になり、冬には寒さを和らげる。蔦は学舎(まなびや)に似合うが、その効果に着目したのが建設業界だ。地球温暖化対策の一環で、ビル外壁に蔦を生育させる「壁面緑化」が増えている◆ただ難点は、蔦の生育が遅く、思うように伸びないこと。培養土が必要で、頻繁に水を撒(ま)く手間もかかる。維持管理が簡単な代替品として、竹中工務店などが進めているのが苔(こけ)の研究だ。苔と言えば寺社というイメージを変えるかもしれない◆約2400種ある苔の中から、日当たりが良い場所に向いているスナゴケと、日射量が少なくても生育するハイゴケが選ばれた。ビル外壁を想定して、パネルに張り付けた苔を垂直面に定着させ、育てる実験が続く◆北海道洞爺湖サミットの会場近くで、積水ハウスが屋根に苔を配したモデルハウスの展示を予定している。苔自慢のビルが登場する日も近いだろう。
6月 30日付 編集手帳 読売新聞
八葉蓮華、Hachiyorenge
6.30.2008
6.29.2008
「明日の神話…」 編集手帳 八葉蓮華
縦5・5メートル、横30メートルの大壁画である。中央に描かれているのは、閃光(せんこう)の中で燃え上がる骸骨(がいこつ)。左右に連なる不気味なキノコ雲。真っ赤な炎の下に第五福竜丸――。東京都現代美術館に岡本太郎の大作「明日の神話」が展示されている◆原爆の惨禍を描きながらも、未来へ向かうエネルギーがほとばしる。作者は「人類が自ら招いた不幸を乗り越え、運命を切り開く」との思いを込めたという◆1960年代末にメキシコ市で制作された後、長く行方不明に。郊外の資材置き場で、傷ついた状態で見つかり、日本に運ばれてきたのは3年前◆1年がかりの修復でよみがえったものの、巨大ゆえに展示できる場所はそうない。汐留の日本テレビ広場、都現代美術館と、“仮住まい”を続けながら、恒久的な設置場所を選定していた。渋谷駅と近隣ビルを結ぶ空中通路に、この大作がぴったり納まる壁面があったのは偶然だろうか。作者がかつてアトリエを構えた場所に近い◆美術館での公開はきょう29日で終了。だが、見逃した人も残念がることはない。遠からず、岡本のメッセージは若者の街に舞台を移して発信される。
6月29日付 編集手帳 読売新聞
八葉蓮華、Hachiyorenge
6月29日付 編集手帳 読売新聞
八葉蓮華、Hachiyorenge
6.28.2008
「友の足音…」 編集手帳 八葉蓮華
卒業論文を略して卒論という。国文学者の池田弥三郎氏はこの略語を嫌った。卒には「にわかに」の意味があり、「卒卒(そつそつ)」は慌てて落ち着かないさまをいう。「そそっかしい論文みたいだ」と◆任期は残すところ半年、支持率は史上最低、ブッシュ大統領がいくら外交の得点稼ぎを焦ったにしても、である。米国が北朝鮮をテロ支援国家から外す手続きを始めたことは卒論ならぬ、卒卒たる結論と評するほかはない◆米国が譲りに譲り、北朝鮮が呵々(かか)大笑した図式である。核開発計画を申告した見返りに指定を解除するというが、北朝鮮は肝心の核兵器については何ひとつ情報を開示していない◆拉致という現在進行形の国家テロにも事実上、目をつむっている。米国からの圧力を暗闇の光明と感謝してきた被害者家族の胸を、裏切られたような思いが刃(やいば)となって刺しただろう◆思想家ベンヤミンの言葉を思い出す。「夜を歩み通すときの助けになるものは橋でも翼でもない。友の足音だ」と。卒論に外交成果もどきの一章を加えたいがために、足音の列から離れるのですか? 大統領に問いたいのはそのことである。
6月28日付 編集手帳 読売新聞
八葉蓮華、Hachiyorenge
6月28日付 編集手帳 読売新聞
八葉蓮華、Hachiyorenge
6.27.2008
「転落は一瞬…」 編集手帳 八葉蓮華
江戸川柳に、〈小判は口のふたにするかたち也(なり)〉とある。いまで言う「口止め料」を詠んだものだろう。なるほど、口の蓋(ふた)には都合のいい形をしている◆口の蓋を考える暇があれば、消費者が舌鼓を打つ口もとだけを胸に描いていればいいものを。中国産ウナギの蒲焼(かばや)きを国産と偽っていた販売業者「魚秀」(大阪市)は、納入先である卸売会社の担当者に1000万円の口止め料を渡していたという◆中国製冷凍ギョーザによる中毒事件のあおりで中国産品全体の売れ行きが落ちたことから、魚秀は産地偽装に手を染めたというが、架空の会社を介在させての隠蔽(いんぺい)工作といい、口止め料といい、悪質というほかはない◆口の形をした小判を縦に置けば、「0」に似ている。0とは不思議な数字で、1を10にも100にも増やせる反面、うかつに掛け算をすると、どれほど大きな数字もすべては無に帰る。指を折ってみれば、愚かな掛け算をした会社の何と多いことか◆ウナギの蒲焼きは俗に、〈裂きは3年、蒸し8年、焼きは一生〉という。企業が信用を築くのにも長い歳月が必要だろう。〈転落は一瞬〉である。
6月27日付 編集手帳 読売新聞
八葉蓮華、Hachiyorenge
6月27日付 編集手帳 読売新聞
八葉蓮華、Hachiyorenge
6.26.2008
「そうしましょう…」 編集手帳 八葉蓮華
酔っぱらいが街灯を用いるように、政治家は有識者を用いる。「照明としてではなく、支えのために」。米国の社会学者アレクサンダー・レートンの言葉にある◆後期高齢者医療制度の導入で、この4月から新しい診療報酬として「終末期相談支援料」が創設されたが、政府は実施わずか3か月で運用を凍結するという。朝令暮改のお粗末は“ねじれ国会”の産物としても、首をかしげたことがある◆相談支援料を創設したい、という舛添要一厚生労働相の諮問に、中央社会保険医療協議会は「そうしましょう」と答申した。ちょっと評判が芳しくないので凍結したい、という諮問にも「そうしましょう」と答申した◆諮問機関というものは役所の思惑を離れ、広い視野から政策の隅々に見識の光をあててくれる街灯であると、世人は思っている。役所が進みたい時に青信号を、止まりたい時に赤信号を出す“支え”役であることを印象づけた一件は、協議会の名誉になるまい◆俳人、渡辺白泉に街灯の佳句があった。<街燈は夜霧にぬれるためにある>。千鳥足の政治に寄りかかられた街灯が、深い霧にぬれている。
6月26日付 編集手帳 読売新聞
八葉蓮華、Hachiyorenge
6月26日付 編集手帳 読売新聞
八葉蓮華、Hachiyorenge
6.25.2008
「どんなに賢くっても…」 編集手帳 八葉蓮華
表具職人の栄二は男前で頭が切れ、腕もいいが、やや言動に難がある。年配の与平が諭した。「どんなに賢くっても、にんげん自分の背中を見ることはできないんだからね」◆山本周五郎の小説「さぶ」の一節である。鏡を用いれば背中を見ることができる。世の経営者には、耳に痛い諫言(かんげん)を聞かせてくれる部下こそが鏡だろう◆経営が破綻(はたん)した英会話学校「NOVA」の猿橋(さはし)望(のぞむ)元社長(56)が“社員の財産”を横領した疑いで逮捕された。会社の資金繰りに窮し、社員が給料天引きの形で福利厚生用に積み立てた約3億円を無断で流用したという◆生徒勧誘の虚偽説明といい、茶室やサウナを備えた常識外れの社長室といい、周囲をイエスマンで固めたワンマン経営者に、背中を映す鏡はなかったらしい。目端の利く創業者で広告宣伝に異才を振るったとはいえ、「どんなに賢くっても…」である◆作家は12歳で質店に奉公した。山本周五郎という筆名は主人の名前を拝借したという。かけてもらった恩を終生、忘れないようにと。感謝の涙を流させる人、怒りの涙を流させる人、上に立つ経営者もいろいろである。
6月25日付 編集手帳 読売新聞
八葉蓮華、Hachiyorenge
6月25日付 編集手帳 読売新聞
八葉蓮華、Hachiyorenge
6.24.2008
「風天のまなざし」 編集手帳 八葉蓮華
雨音がとぎれると、待っていたように鳥のさえずりが聞こえる。雨の季節には幾たびか、渥美清さんの詩情を借りて「さっきの雨どこにいた雀(すずめ)」と問うてみたいときがある◆〈ゆうべの台風どこにいたちょうちょ〉。号「風天(ふうてん)」、渥美さんが傍らの小さな命に語りかけた句は優しく、さみしく、どれも忘れがたい。〈いつも何か探しているようだなひばり〉も〈土筆(つくし)これからどうするひとりぽつんと〉もそうである◆コラムニストの森英介さんが、渥美さんの未発表173句を見つけたという。その一句。〈秋の野犬ぽつんと日暮れて〉。風天ならではのまなざしだろう◆新たに見つかったうち、〈花道に降る春雨や音もなく〉は1995年1月の作という。作家小林信彦さんの「おかしな男 渥美清」(新潮社)によれば、渥美さんはその3か月ほど前、付き人の篠原靖治さんに、「シノ、おれは癌(がん)なんだよ」と打ち明けている。「花道…」の一語が重い◆沸かせに沸かせた舞台から雨に煙る花道をひとり歩み、68歳で惜しまれつつ世を去ったのは、その句が詠まれた翌年8月のことである。この夏で12年になる。
6月24日付 編集手帳 読売新聞
八葉蓮華、Hachiyorenge
6月24日付 編集手帳 読売新聞
八葉蓮華、Hachiyorenge
6.23.2008
「必要は発明の母」 編集手帳 八葉蓮華
豊田佐吉は自動織機を発明したトヨタグループの祖として知られるが、高性能の蓄電池を発明した者に100万円の懸賞を出したこともある。1925年(大正14年)、東京・銀座通りの土地が1坪1700円で買えた時代のことだ◆「36時間続けて100馬力を出し、重さは60貫(225キロ)、容積は10立方尺(280リットル)以内で振動に強いこと」。この電池で電気飛行機の開発まで思い描いていたという◆条件を満たす電池はついに現れなかったが、むちゃな大風呂敷だったとも言えない。当時の日本には、欧米に劣らぬ技術を持つ多くの電池メーカーがあった。屋井先蔵(やいさきぞう)のように世界初の乾電池を発明し、電池産業の基礎を築いた人もいる◆先蔵は高等工業学校の入試に5分の遅刻で不合格になり、この失敗をバネに正確な電気時計の開発に打ち込んだ。乾電池はその電源として生まれている。「必要は発明の母」である◆佐吉の夢を継いで、トヨタ自動車は2030年を目標に次世代の高性能電池を開発するという。ほぼ1世紀がかりの「佐吉の電池」には、地球環境問題という「発明の母」がついている。
6月23日付 編集手帳 読売新聞
八葉蓮華、Hachiyorenge
6月23日付 編集手帳 読売新聞
八葉蓮華、Hachiyorenge
6.22.2008
かかりつけ 編集手帳 八葉蓮華
振り込め詐欺をたくらむ連中には、まったく腹が立つ。「息子さんが会社の金を使い込んだ。すぐ弁済すればクビにならない」だの、「交通事故を起こした。示談金をすぐ払えば大事にならない」だの、よくも次々、新たな手口を思いつくものだ。その悪知恵を、まともなことには使えぬものか◆今年は4月までで112億円も被害が出ており、過去最悪ペースという。社会保険庁や税務署など官公庁を名乗る手口も目立つ。被害者の大半は高齢者◆振り込め詐欺を店頭で何度も防いでいる女性職員が、東京の多摩信用金庫にいる。大金を振り込もうとしているお年寄りに丁重に事情を聞き、あわやという所で食い止めた。今年すでに3回◆「大切な預金を守れてよかった」とお手柄職員は小紙都民版に語っている。普段から振り込め詐欺の手口を研究し、おかしいと感じた人には積極的に声をかけることが功を奏した◆きのう「振り込め詐欺被害者救済法」が施行。簡易な手続きで被害金を取り戻せる制度ができた。とはいえ、まず被害を出さないことが第一だ。身近に“かかりつけ金融機関”があると心強い。
6月22日付 編集手帳 読売新聞
八葉蓮華、Hachiyorenge
6月22日付 編集手帳 読売新聞
八葉蓮華、Hachiyorenge
6.21.2008
「我こそは」 編集手帳 八葉蓮華
月光仮面は控えめな人である。〈正義の味方よ善い人よ…〉。正義に味方はしても「我こそは正義だ」とは言わない◆「われわれ凡俗は正義そのものになれっこないから、せめて正義の手助けをしよう、と」。今年4月に88歳で死去した生みの親、川内康範さんは回想録で語っている。「我こそは」の正義に酔う危うさを知っていたのだろう◆環境保護団体「グリーンピース・ジャパン」の幹部ら2人が窃盗などの容疑で逮捕された。調査捕鯨船の乗組員がクジラ肉を横領していると睨(にら)み、証拠立てるべく、乗組員が自宅に送った肉を宅配便会社から持ち去った疑いである◆横領を告発する目的は「善」だから、不法な手段には目をつむれ。その言い分が通れば、誰かを拉致、監禁、脅迫して犯罪行為を自白させることも許されるだろう。ついでながら、横領容疑で告発された乗組員は「嫌疑なし」で不起訴となり、独りよがりの正義は空振りに終わっている◆月光仮面の名は奈良・薬師寺の月光菩薩(がっこうぼさつ)に由来する。薬師如来の脇に侍(じ)した仏さまである。「我こそは」の人々も脇に一歩、身を控える謙虚さを学んでいい。
6月21日付 編集手帳 読売新聞
八葉蓮華、Hachiyorenge
6月21日付 編集手帳 読売新聞
八葉蓮華、Hachiyorenge
6.20.2008
“二葉より芳し” 編集手帳 八葉蓮華
当時12歳、詩人の立原道造は1927年(昭和2年)1月の日記に書いている。「今日ノニワカ雨ハ僕ニトツテハ偉大ナル打撃ダツタ」。傘をなくしたという◆「月プデオ母サンニ支払フコトニシテ買ツテ来テイタダイタ」と、つづく。新しい傘の代金はどうやら、小遣いから母親に月賦で返済したらしい。なるほど、打撃であったろう◆何日か前の本紙投稿欄「気流」(東京版)で、ビニール傘のポイ捨てを嘆いた一文を読んだ。50代の主婦の方で、筆は家庭内の会話に及ぶ。小雨の日、傘を持って出るよう子供に告げると、「いいよ。100円の傘でも買うから」と出て行った。「物を大切に使うことを教えていかなければ…」と結ばれている◆省みれば、お子さんと同類の身である。捨てはしないが、物置には使われぬ傘が何本も眠っている。叱(しか)られた気分で首をすくめた。梅雨の残り、もう横着はすまい◆日記には、「甚大ナル…」ではなく「偉大ナル打撃」とあった。おのが懐を痛めることで物を大切にする心を学んだ、という意味ならば、栴檀(せんだん)のみならず道造少年の言葉選びも“二葉より芳し”である。
6月20日付 編集手帳
八葉蓮華、Hachiyorenge
6月20日付 編集手帳
八葉蓮華、Hachiyorenge
6.19.2008
肴はあぶったイカ“で”いい 編集手帳 八葉蓮華
〈お酒はぬるめの燗(かん)がいい〉と始まる八代亜紀さんの「舟唄(ふなうた)」が街に流れたころ、作詞した阿久悠さんは通産省(現経済産業省)の打診を受けたという。省の推薦歌にしたいが、どうかと◆レコードが発売されたのは第2次石油危機さなかの1979年(昭和54年)5月、政府が省エネ策に腐心していた時期である。〈灯(あか)りはぼんやりともりゃいい〉の歌詞にひかれたらしい◆原油高によくよく縁がある歌のようで、いまは〈肴(さかな)はあぶったイカでいい〉の一節が気にかかる。燃料費の高騰に音を上げ、全国の小型イカ釣り漁船が2日間の一斉休漁に入った。漁(いさ)り火は「ぼんやり」とも灯(とも)らない◆燃料代が昨年の2倍以上にかさみ、出漁するほど赤字になるという。遠洋マグロ漁でも一部で休漁が検討されている。すぐに小売価格が上がることはないとしても、供給量が減りつづければ食卓にも影響が及ぶだろう◆飾り気がなく、値も張らない。〈肴はあぶったイカでいい〉の“で”一文字のなかに、酒飲みには心やすい食膳(しょくぜん)の友であるイカの魅力が語られている。気軽に、“で”とも言えない日が来るのやら、さて。
6月19日付 編集手帳
八葉蓮華、Hachiyorenge
6月19日付 編集手帳
八葉蓮華、Hachiyorenge
6.18.2008
遥か長い道のり 編集手帳 八葉蓮華
長渕剛さんが作詞・作曲し、みずから歌った「乾杯」がヒットしたのは1988年(昭和63年)である。新郎新婦の門出を祝うにふさわしい詞が好まれ、結婚披露宴でよく歌われた◆〈乾杯 今 君は人生の/大きな大きな舞台に立ち/遥(はる)か長い道のりを歩き始めた/君に幸せあれ〉。学生時代の仲間や職場の同僚が贈ってくれた歌声を、伴侶の初々しい横顔とともに思い出している方もおられよう◆この年から翌年にかけて、埼玉と東京の幼女4人が殺害された。4歳、7歳、4歳、5歳――ほんとうならば、どの子も20代の半ばである。「6月の花嫁」の季節、〈君に幸せあれ〉という詞に、頬(ほお)を喜びの涙でぬらしている人がいたかも知れない◆最高裁で死刑が確定して2年4か月、4人の生命を奪った宮崎勤死刑囚(45)に刑が執行された。遺族に向けた謝罪の言葉はついに口にすることがなかった◆遥か長い道のりを断ち切られ、人生の大きな舞台に立つこともなく、いかなる乾杯とも無縁であったわが子の霊前に、親御さんは報告したはずである。20年前そのままの、あどけない遺影は何を語りかけただろう。
6月18日付 編集手帳
八葉蓮華、Hachiyorenge
6月18日付 編集手帳
八葉蓮華、Hachiyorenge
6.17.2008
歳月はまぶしかりけり 編集手帳 八葉蓮華
「神は見捨てられた場所に降り立つ」。評論家の川本三郎さんが「東京おもひで草」(筑摩書房)に書いている。廃坑の町を歩くとき、工場街の路地にぽつんと残る空き地にたたずむとき、この世ならぬ安らぎを覚えると◆鉄道の廃線もそういう場所だろう。訪れた人の胸にしみ入る“滅びしもの”の魅力を残しつつ、地元を元気にする活用策を――亡くなったお二人は親身に心を砕いておられたと聞く◆麦屋弥生さん(48)は金沢市在住の観光アドバイザー、岸由一郎さん(35)は鉄道博物館(さいたま市)学芸員である。宮城県栗原市の旅館に宿泊していて、岩手・宮城内陸地震の土砂に埋まり、働き盛りの命を落とした◆現地で廃線になった鉄道の保存や活用を検討する仕事で滞在していたという。その土地を慕ってやまぬ人のもとに、安らぎの神ならぬ破壊の鬼神が降り立つ。むごい仕打ちというほかはない◆歌人の小池光さんに廃線を詠んだ歌がある。〈廃駅をくさあぢさゐの花占めてただ歳月はまぶしかりけり〉。あの朝、あの瞬間まで、お二人の胸に灯(とも)っていたのは、そういう風景であったかも知れない。
6月17日付 編集手帳
八葉蓮華、Hachiyorenge
6月17日付 編集手帳
八葉蓮華、Hachiyorenge
6.16.2008
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