長渕剛さんが作詞・作曲し、みずから歌った「乾杯」がヒットしたのは1988年(昭和63年)である。新郎新婦の門出を祝うにふさわしい詞が好まれ、結婚披露宴でよく歌われた◆〈乾杯 今 君は人生の/大きな大きな舞台に立ち/遥(はる)か長い道のりを歩き始めた/君に幸せあれ〉。学生時代の仲間や職場の同僚が贈ってくれた歌声を、伴侶の初々しい横顔とともに思い出している方もおられよう◆この年から翌年にかけて、埼玉と東京の幼女4人が殺害された。4歳、7歳、4歳、5歳――ほんとうならば、どの子も20代の半ばである。「6月の花嫁」の季節、〈君に幸せあれ〉という詞に、頬(ほお)を喜びの涙でぬらしている人がいたかも知れない◆最高裁で死刑が確定して2年4か月、4人の生命を奪った宮崎勤死刑囚(45)に刑が執行された。遺族に向けた謝罪の言葉はついに口にすることがなかった◆遥か長い道のりを断ち切られ、人生の大きな舞台に立つこともなく、いかなる乾杯とも無縁であったわが子の霊前に、親御さんは報告したはずである。20年前そのままの、あどけない遺影は何を語りかけただろう。
6月18日付 編集手帳
八葉蓮華、Hachiyorenge