「神は見捨てられた場所に降り立つ」。評論家の川本三郎さんが「東京おもひで草」(筑摩書房)に書いている。廃坑の町を歩くとき、工場街の路地にぽつんと残る空き地にたたずむとき、この世ならぬ安らぎを覚えると◆鉄道の廃線もそういう場所だろう。訪れた人の胸にしみ入る“滅びしもの”の魅力を残しつつ、地元を元気にする活用策を――亡くなったお二人は親身に心を砕いておられたと聞く◆麦屋弥生さん(48)は金沢市在住の観光アドバイザー、岸由一郎さん(35)は鉄道博物館(さいたま市)学芸員である。宮城県栗原市の旅館に宿泊していて、岩手・宮城内陸地震の土砂に埋まり、働き盛りの命を落とした◆現地で廃線になった鉄道の保存や活用を検討する仕事で滞在していたという。その土地を慕ってやまぬ人のもとに、安らぎの神ならぬ破壊の鬼神が降り立つ。むごい仕打ちというほかはない◆歌人の小池光さんに廃線を詠んだ歌がある。〈廃駅をくさあぢさゐの花占めてただ歳月はまぶしかりけり〉。あの朝、あの瞬間まで、お二人の胸に灯(とも)っていたのは、そういう風景であったかも知れない。
6月17日付 編集手帳
八葉蓮華、Hachiyorenge