雨音がとぎれると、待っていたように鳥のさえずりが聞こえる。雨の季節には幾たびか、渥美清さんの詩情を借りて「さっきの雨どこにいた雀(すずめ)」と問うてみたいときがある◆〈ゆうべの台風どこにいたちょうちょ〉。号「風天(ふうてん)」、渥美さんが傍らの小さな命に語りかけた句は優しく、さみしく、どれも忘れがたい。〈いつも何か探しているようだなひばり〉も〈土筆(つくし)これからどうするひとりぽつんと〉もそうである◆コラムニストの森英介さんが、渥美さんの未発表173句を見つけたという。その一句。〈秋の野犬ぽつんと日暮れて〉。風天ならではのまなざしだろう◆新たに見つかったうち、〈花道に降る春雨や音もなく〉は1995年1月の作という。作家小林信彦さんの「おかしな男 渥美清」(新潮社)によれば、渥美さんはその3か月ほど前、付き人の篠原靖治さんに、「シノ、おれは癌(がん)なんだよ」と打ち明けている。「花道…」の一語が重い◆沸かせに沸かせた舞台から雨に煙る花道をひとり歩み、68歳で惜しまれつつ世を去ったのは、その句が詠まれた翌年8月のことである。この夏で12年になる。
6月24日付 編集手帳 読売新聞
八葉蓮華、Hachiyorenge