卒業論文を略して卒論という。国文学者の池田弥三郎氏はこの略語を嫌った。卒には「にわかに」の意味があり、「卒卒(そつそつ)」は慌てて落ち着かないさまをいう。「そそっかしい論文みたいだ」と◆任期は残すところ半年、支持率は史上最低、ブッシュ大統領がいくら外交の得点稼ぎを焦ったにしても、である。米国が北朝鮮をテロ支援国家から外す手続きを始めたことは卒論ならぬ、卒卒たる結論と評するほかはない◆米国が譲りに譲り、北朝鮮が呵々(かか)大笑した図式である。核開発計画を申告した見返りに指定を解除するというが、北朝鮮は肝心の核兵器については何ひとつ情報を開示していない◆拉致という現在進行形の国家テロにも事実上、目をつむっている。米国からの圧力を暗闇の光明と感謝してきた被害者家族の胸を、裏切られたような思いが刃(やいば)となって刺しただろう◆思想家ベンヤミンの言葉を思い出す。「夜を歩み通すときの助けになるものは橋でも翼でもない。友の足音だ」と。卒論に外交成果もどきの一章を加えたいがために、足音の列から離れるのですか? 大統領に問いたいのはそのことである。
6月28日付 編集手帳 読売新聞
八葉蓮華、Hachiyorenge