6.19.2008

肴はあぶったイカ“で”いい 編集手帳 八葉蓮華

〈お酒はぬるめの燗(かん)がいい〉と始まる八代亜紀さんの「舟唄(ふなうた)」が街に流れたころ、作詞した阿久悠さんは通産省(現経済産業省)の打診を受けたという。省の推薦歌にしたいが、どうかと◆レコードが発売されたのは第2次石油危機さなかの1979年(昭和54年)5月、政府が省エネ策に腐心していた時期である。〈灯(あか)りはぼんやりともりゃいい〉の歌詞にひかれたらしい◆原油高によくよく縁がある歌のようで、いまは〈肴(さかな)はあぶったイカでいい〉の一節が気にかかる。燃料費の高騰に音を上げ、全国の小型イカ釣り漁船が2日間の一斉休漁に入った。漁(いさ)り火は「ぼんやり」とも灯(とも)らない◆燃料代が昨年の2倍以上にかさみ、出漁するほど赤字になるという。遠洋マグロ漁でも一部で休漁が検討されている。すぐに小売価格が上がることはないとしても、供給量が減りつづければ食卓にも影響が及ぶだろう◆飾り気がなく、値も張らない。〈肴はあぶったイカでいい〉の“で”一文字のなかに、酒飲みには心やすい食膳(しょくぜん)の友であるイカの魅力が語られている。気軽に、“で”とも言えない日が来るのやら、さて。

6月19日付 編集手帳

八葉蓮華、Hachiyorenge