子供たちの悲惨な状況から・・・ 編集手帳 八葉蓮華
日本ユニセフ協会大使を務めるアグネス・チャンさんは、視察先のタイで幼い子供が客と共に売春宿に入るのを目撃したとき、涙が止まらなかったという◆人身売買を告発した映画「闇の子供たち」が反響を呼んでいる。タイの貧しい家庭の子らが売春宿に密売されて、幼児性愛者から虐待を受ける。児童ポルノの被写体や臓器提供者にもさせられ、エイズに感染した子は、ゴミ袋に入れられ捨てられる◆原作は梁石日(ヤンソギル)さんの小説だが、日本ユニセフ協会によると、これに似た事例は世界各地から報告されているという。18歳未満の人身売買被害者は、年間120万人以上と推定されている◆11月にはブラジルで、政府や民間団体が参加して「児童の性的搾取に反対する世界会議」が開催される。深刻化するインターネット上の児童ポルノの拡散問題も話し合われる◆国際捜査協力を進めるため、児童ポルノの所持を禁止する児童買春・児童ポルノ禁止法改正案が与党から先の通常国会に提出された。法案は継続審議となっている。議論は進んでいないが、世界の子供たちの悲惨な状況から目を背けることは出来ない。
9月15日付 編集手帳 読売新聞
八葉蓮華、Hachiyorenge
9.15.2008
9.14.2008
見てくれだけピカピカの対策・・・ 編集手帳 八葉蓮華
見てくれだけピカピカの対策・・・ 編集手帳 八葉蓮華
とびきりの笑顔で金メダルにかじりつく。夏の北京五輪で何度となく目にしたシーンである。金は純度が高いほどやわらかい。メダルをかむポーズは、金貨が本物かどうか確かめたころの名残といわれる◆時代劇の岡っ引きも、ニセ小判をかじって見破る。金の比率が9割の慶長小判ならわかるが、これに銀を加えて作り直した元禄小判は半分近くが銀だ。本物であっても、歯形がつくほどやわらかくなかったろう◆小判の地金も半分近くが銀だと白くなる。ところが、元禄小判は純金のような黄金色に輝いている。秘密は「色揚げ」と呼ばれる独特の仕上げにある。複数の酸化化合物を塗って火であぶると銀だけ溶け出し、表面はほとんど純金になる◆政府・与党がまとめた12兆円の経済対策で使われる予算は2兆円ほど。国の支出は4000億円なのに、中小企業への融資を9兆円追加できると勘定するなど、色揚げの技術が用いられている。金ならぬカネの水増しは小判の比ではない◆見てくれだけピカピカの対策を、「さあ、かじりなさい」と差し出されても、メダリスト並みの笑みがこぼれる人は稀(まれ)だろう。
9月14日付 編集手帳 読売新聞
八葉蓮華、Hachiyorenge
とびきりの笑顔で金メダルにかじりつく。夏の北京五輪で何度となく目にしたシーンである。金は純度が高いほどやわらかい。メダルをかむポーズは、金貨が本物かどうか確かめたころの名残といわれる◆時代劇の岡っ引きも、ニセ小判をかじって見破る。金の比率が9割の慶長小判ならわかるが、これに銀を加えて作り直した元禄小判は半分近くが銀だ。本物であっても、歯形がつくほどやわらかくなかったろう◆小判の地金も半分近くが銀だと白くなる。ところが、元禄小判は純金のような黄金色に輝いている。秘密は「色揚げ」と呼ばれる独特の仕上げにある。複数の酸化化合物を塗って火であぶると銀だけ溶け出し、表面はほとんど純金になる◆政府・与党がまとめた12兆円の経済対策で使われる予算は2兆円ほど。国の支出は4000億円なのに、中小企業への融資を9兆円追加できると勘定するなど、色揚げの技術が用いられている。金ならぬカネの水増しは小判の比ではない◆見てくれだけピカピカの対策を、「さあ、かじりなさい」と差し出されても、メダリスト並みの笑みがこぼれる人は稀(まれ)だろう。
9月14日付 編集手帳 読売新聞
八葉蓮華、Hachiyorenge
9.13.2008
人間さまは恩知らずで・・・ 編集手帳 八葉蓮華
人間さまは恩知らずで・・・ 編集手帳 八葉蓮華
児童文学の古典、ロフティング著「ドリトル先生アフリカゆき」で、犬と豚が口論をする。犬が豚を罵(ののし)って言った。「トンカツの生きたの!」(井伏鱒二訳)◆ずいぶんと口の達者な犬だが、豚泣かせでは人間も犬のことは言えない。「豚に真珠」「豚もおだてりゃ木に登る」「ブタ箱」…等々、豚の身になれば人の世は心痛む言葉で満ちている◆米大統領選で民主党オバマ候補が共和党マケイン候補の唱える「変革」を「口紅つけても豚は豚」と揶揄(やゆ)し、物議を醸した。女性の副大統領候補ペイリン氏を中傷したとマケイン陣営は非難している◆政策構想のお粗末な内実と、ちょっと見のいい外観を対比する喩(たと)えが「豚と口紅」であるならば、わが永田町でもこれから与野党が互いに相手を指さして、似たような応酬がはじまるだろう。洋の東西を問わず、しばらくは豚に受難の季節がつづく◆きのう、街で買ったトンカツ弁当を昼食に食べた。ボリュームといい、手ごろな値段といい、お役に立っているのに人間さまは恩知らずで…と、豚の苦情が聞こえてきそうである。ブーイングと呼ぶのかどうかは知らない。
9月13日付 編集手帳 読売新聞
八葉蓮華、Hachiyorenge
児童文学の古典、ロフティング著「ドリトル先生アフリカゆき」で、犬と豚が口論をする。犬が豚を罵(ののし)って言った。「トンカツの生きたの!」(井伏鱒二訳)◆ずいぶんと口の達者な犬だが、豚泣かせでは人間も犬のことは言えない。「豚に真珠」「豚もおだてりゃ木に登る」「ブタ箱」…等々、豚の身になれば人の世は心痛む言葉で満ちている◆米大統領選で民主党オバマ候補が共和党マケイン候補の唱える「変革」を「口紅つけても豚は豚」と揶揄(やゆ)し、物議を醸した。女性の副大統領候補ペイリン氏を中傷したとマケイン陣営は非難している◆政策構想のお粗末な内実と、ちょっと見のいい外観を対比する喩(たと)えが「豚と口紅」であるならば、わが永田町でもこれから与野党が互いに相手を指さして、似たような応酬がはじまるだろう。洋の東西を問わず、しばらくは豚に受難の季節がつづく◆きのう、街で買ったトンカツ弁当を昼食に食べた。ボリュームといい、手ごろな値段といい、お役に立っているのに人間さまは恩知らずで…と、豚の苦情が聞こえてきそうである。ブーイングと呼ぶのかどうかは知らない。
9月13日付 編集手帳 読売新聞
八葉蓮華、Hachiyorenge
9.12.2008
有り金を残らず胃袋に・・・ 編集手帳 八葉蓮華
有り金を残らず胃袋に・・・ 編集手帳 八葉蓮華
健康が元通りに回復してくれたら、あとは何も要らない。重い病を得た人は誰しもそう思う。〈病気の時ほど、人は寡欲(かよく)になることはない〉とは詩人、萩原朔太郎が随筆「病床生活からの一発見」に記した言葉である◆とはいえ、冥土(めいど)の旅の路銀にするつもりか、有り金を残らず胃袋に納めて世を去った落語「黄金餅(こがねもち)」のような病人もいるから、寡欲になるか、強欲で通すかは人物によるのかも知れない。その人はさて、どちらだろう◆北朝鮮の独裁的な指導者、金正日総書記(66)の健康状態をめぐる情報が流れた。脳卒中か脳出血を起こしたようだ、という。風通しの悪い国のことで、本当のところはよく分からない◆核の脅威を“輸出産品”に仕立て上げ、押し売りまがいの取引で諸外国から食料や資源をせしめてきた。邪悪な欲心が病気によって亢進(こうしん)するのか、減退するのか気にかかるところである◆悪人が深い手傷を負ったときなどに、隠された真実を語って善心に立ち返ることを歌舞伎の用語で「もどり」という。一片の良心が胸にあるならば、その人も「もどり」の病床で拉致事件の真実を語るがいい。
9月12日付 編集手帳 読売新聞
八葉蓮華、Hachiyorenge
健康が元通りに回復してくれたら、あとは何も要らない。重い病を得た人は誰しもそう思う。〈病気の時ほど、人は寡欲(かよく)になることはない〉とは詩人、萩原朔太郎が随筆「病床生活からの一発見」に記した言葉である◆とはいえ、冥土(めいど)の旅の路銀にするつもりか、有り金を残らず胃袋に納めて世を去った落語「黄金餅(こがねもち)」のような病人もいるから、寡欲になるか、強欲で通すかは人物によるのかも知れない。その人はさて、どちらだろう◆北朝鮮の独裁的な指導者、金正日総書記(66)の健康状態をめぐる情報が流れた。脳卒中か脳出血を起こしたようだ、という。風通しの悪い国のことで、本当のところはよく分からない◆核の脅威を“輸出産品”に仕立て上げ、押し売りまがいの取引で諸外国から食料や資源をせしめてきた。邪悪な欲心が病気によって亢進(こうしん)するのか、減退するのか気にかかるところである◆悪人が深い手傷を負ったときなどに、隠された真実を語って善心に立ち返ることを歌舞伎の用語で「もどり」という。一片の良心が胸にあるならば、その人も「もどり」の病床で拉致事件の真実を語るがいい。
9月12日付 編集手帳 読売新聞
八葉蓮華、Hachiyorenge
9.11.2008
野党から茶番と批判される総裁選・・・ 編集手帳 八葉蓮華
野党から茶番と批判される総裁選・・・ 編集手帳 八葉蓮華
自宅のそばに商店街がある。豆腐店と精肉店が軒を並べ、何軒か隔てて青果店がある。散歩の行き帰りに水槽の豆腐を見、肉の棚を見、ネギや白菜の山を見ると、「寄せ鍋もいいな」と思う◆鍋の季節には早いが、山口青邨(せいそん)の一句、〈寄鍋やむかしむかしの人思ふ〉秋の夜もわるくないと。目に映る別個の食材が、頭のなかの鍋で煮える。妙な連想だが、5氏の立候補した総裁選に込めた自民党の思惑もこの“空想鍋”にあるかも知れない◆経験の人あり、若さの人あり、初の女性あり、分野分野の政策通あり…多様な食材が有権者の脳裏でぐつぐつ湯気を立て、食欲を刺激することができれば、秒読みに入った解散・総選挙で有利に働くと読んでいるだろう◆所詮(しょせん)は空想の鍋で、ネギさんであれ、豆腐さんであれ、総裁の座を射止めるのは一人である。それでも、討論会や遊説を通じて互いの政見をじっくり煮込み、灰汁(あく)を取り、新内閣の政策運営にうまい出汁(だし)が残るのならば、野党から茶番と批判される総裁選もその意義は小さくない◆変な甘味料に舌がだまされるのを注意しつつ、各候補の政見を聴くとしよう。
9月11日付 編集手帳 読売新聞
八葉蓮華、Hachiyorenge
自宅のそばに商店街がある。豆腐店と精肉店が軒を並べ、何軒か隔てて青果店がある。散歩の行き帰りに水槽の豆腐を見、肉の棚を見、ネギや白菜の山を見ると、「寄せ鍋もいいな」と思う◆鍋の季節には早いが、山口青邨(せいそん)の一句、〈寄鍋やむかしむかしの人思ふ〉秋の夜もわるくないと。目に映る別個の食材が、頭のなかの鍋で煮える。妙な連想だが、5氏の立候補した総裁選に込めた自民党の思惑もこの“空想鍋”にあるかも知れない◆経験の人あり、若さの人あり、初の女性あり、分野分野の政策通あり…多様な食材が有権者の脳裏でぐつぐつ湯気を立て、食欲を刺激することができれば、秒読みに入った解散・総選挙で有利に働くと読んでいるだろう◆所詮(しょせん)は空想の鍋で、ネギさんであれ、豆腐さんであれ、総裁の座を射止めるのは一人である。それでも、討論会や遊説を通じて互いの政見をじっくり煮込み、灰汁(あく)を取り、新内閣の政策運営にうまい出汁(だし)が残るのならば、野党から茶番と批判される総裁選もその意義は小さくない◆変な甘味料に舌がだまされるのを注意しつつ、各候補の政見を聴くとしよう。
9月11日付 編集手帳 読売新聞
八葉蓮華、Hachiyorenge
9.10.2008
「事故米」カビや農薬に汚染され、どこぞの・・・ 編集手帳 八葉蓮華
「事故米」カビや農薬に汚染され、どこぞの・・・ 編集手帳 八葉蓮華
夜店の道具屋でノコギリを売っている。火事場の焼け跡で見つけた拾い物で、さびを落として油を塗り、柄を付け替えただけだから板の一枚も切れない。「置いといたら、どこぞのアホが買(こ)うていくやろ」。落語「道具屋」である◆大阪の会社「三笠フーズ」も「どこぞのアホが知らずに食うねやろな」とでもつぶやき、売り上げを勘定していたか。食の安全を揺るがす偽装は、無邪気なノコギリに比すべくもない◆カビや農薬に汚染され、本来は工業用にしか販売できない「事故米」を、酒造会社などに正規の食用米と偽って卸していた。安い事故米と食用米の価格差に目をつけた利ざや稼ぎである◆農水省は1年半も前から不正を告発する情報に接し、立ち入り調査もしながら“シロ”と判定していた。事故米の販売先を一つひとつ丹念につぶしたかどうか。「調べに来よったで、どこぞの…」となめられるような、上っ面の調査だった疑念が残る◆信用を粗末にし、卑しい稼ぎに走った企業の行く末には、いくつかの先例がある。切れないはずのノコギリが会社の屋台骨に刃を立てる音を、経営者は聴くだろう。
9月10日付 編集手帳 読売新聞
八葉蓮華、Hachiyorenge
夜店の道具屋でノコギリを売っている。火事場の焼け跡で見つけた拾い物で、さびを落として油を塗り、柄を付け替えただけだから板の一枚も切れない。「置いといたら、どこぞのアホが買(こ)うていくやろ」。落語「道具屋」である◆大阪の会社「三笠フーズ」も「どこぞのアホが知らずに食うねやろな」とでもつぶやき、売り上げを勘定していたか。食の安全を揺るがす偽装は、無邪気なノコギリに比すべくもない◆カビや農薬に汚染され、本来は工業用にしか販売できない「事故米」を、酒造会社などに正規の食用米と偽って卸していた。安い事故米と食用米の価格差に目をつけた利ざや稼ぎである◆農水省は1年半も前から不正を告発する情報に接し、立ち入り調査もしながら“シロ”と判定していた。事故米の販売先を一つひとつ丹念につぶしたかどうか。「調べに来よったで、どこぞの…」となめられるような、上っ面の調査だった疑念が残る◆信用を粗末にし、卑しい稼ぎに走った企業の行く末には、いくつかの先例がある。切れないはずのノコギリが会社の屋台骨に刃を立てる音を、経営者は聴くだろう。
9月10日付 編集手帳 読売新聞
八葉蓮華、Hachiyorenge
9.09.2008
“くさい物に蓋”人が騒ぎ立てるから・・・ 編集手帳 八葉蓮華
“くさい物に蓋”人が騒ぎ立てるから・・・ 編集手帳 八葉蓮華
モリエールの喜劇「タルチュフ」で、詐欺師タルチュフが言う。〈悪事が悪事になるのは人が騒ぎ立てるからですよ。こっそり罪を犯すのは罪を犯すことにはなりません〉(第4幕)◆この言葉が脳裏をかすめたのは昨年の6月、時津風部屋で17歳の力士が親方や兄弟子から暴行を受けて死亡したときである。3か月後、文部科学省に催促されるまで日本相撲協会は親方から事情を聞きもしなかった。騒ぎになって初めて腰を上げる◆同じ言葉が再びかすめたのは、露鵬、白露山両力士の大麻吸引疑惑をめぐり、北の湖理事長の言葉を漏れ聞いたときである。「クロの判定が出たら、別の検査機関で調べればいい」「二人が秋場所に出場するのも構わない」。世間よ、あまり騒ぎ立てるな――と言ったにも等しい◆世の批判に浴びせ倒しを食う形で、北の湖理事長が引責辞任した。タルチュフ流か悪事そのものには鈍感で、悪事が露見して騒がれることに神経をとがらす。相撲界の安住してきた“くさい物に蓋(ふた)”主義の破綻(はたん)である◆力士の正装は裸という。古傷も生傷も人目にさらし、協会は褌(ふんどし)一つで出直すしかない。
9月9日付 編集手帳 読売新聞
八葉蓮華、Hachiyorenge
モリエールの喜劇「タルチュフ」で、詐欺師タルチュフが言う。〈悪事が悪事になるのは人が騒ぎ立てるからですよ。こっそり罪を犯すのは罪を犯すことにはなりません〉(第4幕)◆この言葉が脳裏をかすめたのは昨年の6月、時津風部屋で17歳の力士が親方や兄弟子から暴行を受けて死亡したときである。3か月後、文部科学省に催促されるまで日本相撲協会は親方から事情を聞きもしなかった。騒ぎになって初めて腰を上げる◆同じ言葉が再びかすめたのは、露鵬、白露山両力士の大麻吸引疑惑をめぐり、北の湖理事長の言葉を漏れ聞いたときである。「クロの判定が出たら、別の検査機関で調べればいい」「二人が秋場所に出場するのも構わない」。世間よ、あまり騒ぎ立てるな――と言ったにも等しい◆世の批判に浴びせ倒しを食う形で、北の湖理事長が引責辞任した。タルチュフ流か悪事そのものには鈍感で、悪事が露見して騒がれることに神経をとがらす。相撲界の安住してきた“くさい物に蓋(ふた)”主義の破綻(はたん)である◆力士の正装は裸という。古傷も生傷も人目にさらし、協会は褌(ふんどし)一つで出直すしかない。
9月9日付 編集手帳 読売新聞
八葉蓮華、Hachiyorenge
9.08.2008
残ったものを最大限に活かそう・・・ 編集手帳 八葉蓮華
残ったものを最大限に活かそう・・・ 編集手帳 八葉蓮華
クーベルタン男爵の姉の孫、ジョフリー・ナバセル・ド・クーベルタン氏が語っている。「大叔父が蘇(よみがえ)ったら、教育的価値が少ないと言って、五輪廃止に動くかも知れないねえ」(結城和香子著、オリンピック物語)◆今ならば近代五輪の父は、金メダル至上主義やドーピング問題に揺れるオリンピックよりも、パラリンピックに力を入れたことだろう。五輪の行き過ぎた面がこちらには広がらぬよう願いたい◆パラリンピックの礎を築いたグットマン卿は言った。「失ったものを数えてはいけない。残ったものを最大限に活(い)かそう」。残酷にも響く、厳しい言葉である。それを真正面で受け止める所から障害者のスポーツは始まるのだろう。パラリンピックのアスリートたちは、五輪選手以上に観客の心を揺さぶる◆わが身を眺めてみれば四肢をはじめ失ったものはなく、その幸いを当たり前と思い込んできた。天賦の才の乏しさを嘆くことに時を費やし、では与えられたものは活かし切っているのか、と問われれば首を振るしかない◆北京の聖火台に再び火が点(とも)った。本当に見たいドラマが、これから始まる。
9月8日付 編集手帳 読売新聞
八葉蓮華、Hachiyorenge
クーベルタン男爵の姉の孫、ジョフリー・ナバセル・ド・クーベルタン氏が語っている。「大叔父が蘇(よみがえ)ったら、教育的価値が少ないと言って、五輪廃止に動くかも知れないねえ」(結城和香子著、オリンピック物語)◆今ならば近代五輪の父は、金メダル至上主義やドーピング問題に揺れるオリンピックよりも、パラリンピックに力を入れたことだろう。五輪の行き過ぎた面がこちらには広がらぬよう願いたい◆パラリンピックの礎を築いたグットマン卿は言った。「失ったものを数えてはいけない。残ったものを最大限に活(い)かそう」。残酷にも響く、厳しい言葉である。それを真正面で受け止める所から障害者のスポーツは始まるのだろう。パラリンピックのアスリートたちは、五輪選手以上に観客の心を揺さぶる◆わが身を眺めてみれば四肢をはじめ失ったものはなく、その幸いを当たり前と思い込んできた。天賦の才の乏しさを嘆くことに時を費やし、では与えられたものは活かし切っているのか、と問われれば首を振るしかない◆北京の聖火台に再び火が点(とも)った。本当に見たいドラマが、これから始まる。
9月8日付 編集手帳 読売新聞
八葉蓮華、Hachiyorenge
9.07.2008
大麻の陽性反応 科学的証拠なんぞは・・・ 編集手帳 八葉蓮華
大麻の陽性反応 科学的証拠なんぞは・・・ 編集手帳 八葉蓮華
実力を超えて番付が上がり、手ごわい相手との取組がつづいて黒星を重ねる。相撲の用語で「家賃が高い」という。日本相撲協会の北の湖理事長にとって、理事長職は家賃が高すぎたかも知れない◆露鵬、白露山両力士の尿から精密検査でも大麻の陽性反応が出た。「吸っていない」という二人の主張の真偽は明らかでないが、一連の騒動を通して分かったことが一つある。北の湖理事長に備わる見識の分量である◆陽性と出たら、別の検査機関で調べ直す手もある。二人が秋場所に出場するのも差し支えない…。検査結果の判明する前、理事長は報道陣に意向を語った。「当人たちが絶対やってないと言っているのだから」と◆大麻であれ、暴力事件であれ、その他の不祥事であれ、科学的証拠なんぞは糞(くそ)くらえで庇(かば)ってやるぞ。しらを切り通せ――と述べたわけではないが、そう聞き違えた力士がいなかったかどうか。疑惑の目で見られている組織の長が語る言葉ではない◆理事長職に見合う見識、常識を、いまから促成で養うのはむずかしかろう。ひとりの親方に戻り、家賃の払えるところに引っ越すのもいい。
9月7日付 編集手帳 読売新聞
八葉蓮華、Hachiyorenge
実力を超えて番付が上がり、手ごわい相手との取組がつづいて黒星を重ねる。相撲の用語で「家賃が高い」という。日本相撲協会の北の湖理事長にとって、理事長職は家賃が高すぎたかも知れない◆露鵬、白露山両力士の尿から精密検査でも大麻の陽性反応が出た。「吸っていない」という二人の主張の真偽は明らかでないが、一連の騒動を通して分かったことが一つある。北の湖理事長に備わる見識の分量である◆陽性と出たら、別の検査機関で調べ直す手もある。二人が秋場所に出場するのも差し支えない…。検査結果の判明する前、理事長は報道陣に意向を語った。「当人たちが絶対やってないと言っているのだから」と◆大麻であれ、暴力事件であれ、その他の不祥事であれ、科学的証拠なんぞは糞(くそ)くらえで庇(かば)ってやるぞ。しらを切り通せ――と述べたわけではないが、そう聞き違えた力士がいなかったかどうか。疑惑の目で見られている組織の長が語る言葉ではない◆理事長職に見合う見識、常識を、いまから促成で養うのはむずかしかろう。ひとりの親方に戻り、家賃の払えるところに引っ越すのもいい。
9月7日付 編集手帳 読売新聞
八葉蓮華、Hachiyorenge
9.06.2008
首相がころころ交代し・・・ 編集手帳 八葉蓮華
首相がころころ交代し・・・ 編集手帳 八葉蓮華
清少納言は「枕草子」のなかで、〈人にあなづらるるもの〉(侮られるもの)を二つ挙げた。一つは〈築土(ついじ)のくづれ〉(土塀の崩れ)、もう一つは〈あまり心善(よ)しと、人に知られぬる人〉(極度のお人好(ひとよ)し)だと◆民主党も人に例えれば、お人好しの部類だろう。一昨日、「メディア対策チーム」の初会合を開いた。政治報道が自民党総裁選一色にならぬよう、世の関心を民主党に引き寄せる対策を話し合うという◆「これから面白いことを言います」と前置きされたら、どんな冗談も人は笑ってくれない。「これからお世辞を言います」と前置きされたら、どんな美辞麗句も人は喜んでくれない。「これから皆さんの気を引く行動に出ます」と前置きされたら…◆前置きなしでやればいいものを、胸に秘めておく思惑もガラス張りにして見せる“うぶ”なところが、党の持ち味かも知れない。術策や駆け引きの巧拙が国益を左右する外交の場などでは、あまり発揮してほしくない持ち味ではある◆首相がころころ交代し、与党は与党で〈築土のくづれ〉が目立つ。いまの政局を見るようで、枕草子の数行はほろ苦い。
9月6日付 編集手帳 読売新聞
八葉蓮華、Hachiyorenge
清少納言は「枕草子」のなかで、〈人にあなづらるるもの〉(侮られるもの)を二つ挙げた。一つは〈築土(ついじ)のくづれ〉(土塀の崩れ)、もう一つは〈あまり心善(よ)しと、人に知られぬる人〉(極度のお人好(ひとよ)し)だと◆民主党も人に例えれば、お人好しの部類だろう。一昨日、「メディア対策チーム」の初会合を開いた。政治報道が自民党総裁選一色にならぬよう、世の関心を民主党に引き寄せる対策を話し合うという◆「これから面白いことを言います」と前置きされたら、どんな冗談も人は笑ってくれない。「これからお世辞を言います」と前置きされたら、どんな美辞麗句も人は喜んでくれない。「これから皆さんの気を引く行動に出ます」と前置きされたら…◆前置きなしでやればいいものを、胸に秘めておく思惑もガラス張りにして見せる“うぶ”なところが、党の持ち味かも知れない。術策や駆け引きの巧拙が国益を左右する外交の場などでは、あまり発揮してほしくない持ち味ではある◆首相がころころ交代し、与党は与党で〈築土のくづれ〉が目立つ。いまの政局を見るようで、枕草子の数行はほろ苦い。
9月6日付 編集手帳 読売新聞
八葉蓮華、Hachiyorenge
9.05.2008
人はいつか煙になり、灰になる・・・ 編集手帳 八葉蓮華
人はいつか煙になり、灰になる・・・ 編集手帳 八葉蓮華
「東海道中膝栗毛(ひざくりげ)」で知られる戯作者、十返舎一(じっぺんしゃいっ)九(く)に辞世の狂歌がある。〈此世(このよ)をばドリヤお暇(いとま)に線香のけむりとなりて灰(はい)左様(さよう)なら〉◆人はいつか煙になり、灰になる。人生の無常転変を映すものが灰ならば、その対極にある悠久不変の象徴は何だろう。「永遠の輝きを」という宝飾店の広告に従えば、ダイヤモンドがそうかも知れない◆故人の遺灰を高温・高圧で処理し、人造ダイヤをつくっているスイス企業の記事を、きのうの国際面で読んだ。1人分の遺灰から最大1カラットのダイヤができ、最低価格は80万円ほどという◆日本を含む国内外から月にして約60件の注文があるというから、なかなか繁盛している。亡き人にいつも触れていたい、片ときも離れたくない、という人は多いのだろう◆アンジェイ・ワイダ監督の映画「灰とダイヤモンド」に引用された詩の一節を思い出す。〈永遠の勝利の暁に、灰の底深く/燦々(さんさん)たるダイヤモンドの残らんことを〉。人生に「永遠の勝利」は望むべくもないが、「燦々」は望めばかなう時代であるらしい。好みとしては硬い石になるよりも、千の風に心ひかれるけれど。
9月5日付 編集手帳 読売新聞
八葉蓮華、Hachiyorenge
「東海道中膝栗毛(ひざくりげ)」で知られる戯作者、十返舎一(じっぺんしゃいっ)九(く)に辞世の狂歌がある。〈此世(このよ)をばドリヤお暇(いとま)に線香のけむりとなりて灰(はい)左様(さよう)なら〉◆人はいつか煙になり、灰になる。人生の無常転変を映すものが灰ならば、その対極にある悠久不変の象徴は何だろう。「永遠の輝きを」という宝飾店の広告に従えば、ダイヤモンドがそうかも知れない◆故人の遺灰を高温・高圧で処理し、人造ダイヤをつくっているスイス企業の記事を、きのうの国際面で読んだ。1人分の遺灰から最大1カラットのダイヤができ、最低価格は80万円ほどという◆日本を含む国内外から月にして約60件の注文があるというから、なかなか繁盛している。亡き人にいつも触れていたい、片ときも離れたくない、という人は多いのだろう◆アンジェイ・ワイダ監督の映画「灰とダイヤモンド」に引用された詩の一節を思い出す。〈永遠の勝利の暁に、灰の底深く/燦々(さんさん)たるダイヤモンドの残らんことを〉。人生に「永遠の勝利」は望むべくもないが、「燦々」は望めばかなう時代であるらしい。好みとしては硬い石になるよりも、千の風に心ひかれるけれど。
9月5日付 編集手帳 読売新聞
八葉蓮華、Hachiyorenge
9.04.2008
職を離れる最後の1分1秒まで・・・ 編集手帳 八葉蓮華
職を離れる最後の1分1秒まで・・・ 編集手帳 八葉蓮華
平清盛の意向により、京の都が福原(いまの神戸市)に移されたのは1180年である。〈古京はすでに荒れて、新都はいまだ成らず〉。家々を壊しては新都の予定地に運ぶ光景を見て、鴨長明は「方丈記」に書いている◆古い都は捨てられようとしているのに、新しい都は形もない。当節の不安にも通じるようである。「新都」選びの前に、「古京」福田内閣が荒れては困る◆首相はきのう、年1回の自衛隊高級幹部会同を、代理役も立てずに欠席した。退陣を表明したとはいえ、自衛隊の最高指揮官である。国民に意思を伝える機会でもある官邸でのいわゆる「ぶら下がり取材」も、残る在任期間中はもう受けないという◆遷都騒ぎのさなかに源頼朝が伊豆で挙兵し、平氏は滅亡への道を歩み出す。いつの世も国難は時を選ばない。心労あり、気落ちありで、胸の内は拝察するが、職を離れる最後の1分1秒まで国政に微塵(みじん)も隙(すき)を見せないのが、首相たる人の務めだろう◆〈…人は皆、浮雲の思ひをなせり〉。都不在の世を覆った不安を「方丈記」の作者は書き留めている。短い期間でも、浮雲にはなりたくない。
9月4日付 編集手帳 読売新聞
八葉蓮華、Hachiyorenge
平清盛の意向により、京の都が福原(いまの神戸市)に移されたのは1180年である。〈古京はすでに荒れて、新都はいまだ成らず〉。家々を壊しては新都の予定地に運ぶ光景を見て、鴨長明は「方丈記」に書いている◆古い都は捨てられようとしているのに、新しい都は形もない。当節の不安にも通じるようである。「新都」選びの前に、「古京」福田内閣が荒れては困る◆首相はきのう、年1回の自衛隊高級幹部会同を、代理役も立てずに欠席した。退陣を表明したとはいえ、自衛隊の最高指揮官である。国民に意思を伝える機会でもある官邸でのいわゆる「ぶら下がり取材」も、残る在任期間中はもう受けないという◆遷都騒ぎのさなかに源頼朝が伊豆で挙兵し、平氏は滅亡への道を歩み出す。いつの世も国難は時を選ばない。心労あり、気落ちありで、胸の内は拝察するが、職を離れる最後の1分1秒まで国政に微塵(みじん)も隙(すき)を見せないのが、首相たる人の務めだろう◆〈…人は皆、浮雲の思ひをなせり〉。都不在の世を覆った不安を「方丈記」の作者は書き留めている。短い期間でも、浮雲にはなりたくない。
9月4日付 編集手帳 読売新聞
八葉蓮華、Hachiyorenge
9.03.2008
「美しい国」「安心実現」さよなら・・・ 編集手帳 八葉蓮華
「美しい国」「安心実現」さよなら・・・ 編集手帳 八葉蓮華
小さな演芸場では昔、出演者の芸に客席が退屈しているとき、ある細工をした。係員が間違えたふりをして幕を1~2寸おろし、すぐに戻したという◆終演が近いことを客に伝えて救いを与えたと、新内節の名人といわれた岡本文弥さんが随筆「芸渡世」に書いている。不評だからと高座を投げ出すのではなく、不評であっても高座を全うする、そのための細工である◆福田内閣の人気は確かに、幕を1~2寸おろしていいほど低迷していたが、演目の半ばで「不評のようですね、じゃ、さよなら」と舞台をおりられては誰しも、木戸銭を返せ、となろう◆発声の達人は息をすべて声に変え、ロウソクの前で歌っても炎は微動もしないという。ねじれ国会の難しさはあったにしても、ため息や吐息のみ多くして、国民に意思や決意を伝える声をついに持ち得なかった責任は、首相その人にある。みずからの息で、政権の炎を吹き消した◆次期首相に求められるのは何よりも、息をしっかり声にする能力だろうが、「美しい国」「安心実現」の演目二題を続けざまにしくじり、荒れた舞台である。誰にせよ、覚悟がいる。
9月3日付 編集手帳 読売新聞
八葉蓮華、Hachiyorenge
小さな演芸場では昔、出演者の芸に客席が退屈しているとき、ある細工をした。係員が間違えたふりをして幕を1~2寸おろし、すぐに戻したという◆終演が近いことを客に伝えて救いを与えたと、新内節の名人といわれた岡本文弥さんが随筆「芸渡世」に書いている。不評だからと高座を投げ出すのではなく、不評であっても高座を全うする、そのための細工である◆福田内閣の人気は確かに、幕を1~2寸おろしていいほど低迷していたが、演目の半ばで「不評のようですね、じゃ、さよなら」と舞台をおりられては誰しも、木戸銭を返せ、となろう◆発声の達人は息をすべて声に変え、ロウソクの前で歌っても炎は微動もしないという。ねじれ国会の難しさはあったにしても、ため息や吐息のみ多くして、国民に意思や決意を伝える声をついに持ち得なかった責任は、首相その人にある。みずからの息で、政権の炎を吹き消した◆次期首相に求められるのは何よりも、息をしっかり声にする能力だろうが、「美しい国」「安心実現」の演目二題を続けざまにしくじり、荒れた舞台である。誰にせよ、覚悟がいる。
9月3日付 編集手帳 読売新聞
八葉蓮華、Hachiyorenge
9.02.2008
「辞意表明」傷つくことを恐れた弱さ・・・ 編集手帳 八葉蓮華
「辞意表明」傷つくことを恐れた弱さ・・・ 編集手帳 八葉蓮華
「憲政の父」といわれた尾崎行雄の詠んだ歌がある。〈国よりも党を重んじ党よりも身を重んずる人のむれ哉(かな)〉。1950年(昭和25年)の作という。昨夜、福田首相の突然の辞意表明を聞き、一首を思い浮かべた◆記者会見で幾つかの理由を挙げていたが、要するに「私が総理では自公両党の仲が保てないので…」というのだろう。内政、外交の懸案は横に置き、解散・総選挙の時期から逆算して「国よりも党を重んじた」印象は否めない◆首相の椅子(いす)をおりるのだから身は重んじていませんよ――福田さんはそう言うかも知れない。そうか。政権を担ってからというもの、低姿勢の落ち着いた物言いに国民は触れこそすれ、泥まみれになって捨て身で語る首相の言葉を耳にしたことがない◆尾崎流の雄弁は求めぬまでも、背水の陣を敷いた人の血を吐くような肉声が聴きたかった。国民の多くは出処進退の潔さよりも、傷つくことを恐れた弱さを感じ取っていよう◆尾崎は号を「咢堂(がくどう)」といった。意表をついた首相の辞意も確かに国会議事堂の内外を愕然(がくぜん)とさせたが、号だけ「憲政の父」に似せても仕方がない。
9月2日付 編集手帳 読売新聞
八葉蓮華、Hachiyorenge
「憲政の父」といわれた尾崎行雄の詠んだ歌がある。〈国よりも党を重んじ党よりも身を重んずる人のむれ哉(かな)〉。1950年(昭和25年)の作という。昨夜、福田首相の突然の辞意表明を聞き、一首を思い浮かべた◆記者会見で幾つかの理由を挙げていたが、要するに「私が総理では自公両党の仲が保てないので…」というのだろう。内政、外交の懸案は横に置き、解散・総選挙の時期から逆算して「国よりも党を重んじた」印象は否めない◆首相の椅子(いす)をおりるのだから身は重んじていませんよ――福田さんはそう言うかも知れない。そうか。政権を担ってからというもの、低姿勢の落ち着いた物言いに国民は触れこそすれ、泥まみれになって捨て身で語る首相の言葉を耳にしたことがない◆尾崎流の雄弁は求めぬまでも、背水の陣を敷いた人の血を吐くような肉声が聴きたかった。国民の多くは出処進退の潔さよりも、傷つくことを恐れた弱さを感じ取っていよう◆尾崎は号を「咢堂(がくどう)」といった。意表をついた首相の辞意も確かに国会議事堂の内外を愕然(がくぜん)とさせたが、号だけ「憲政の父」に似せても仕方がない。
9月2日付 編集手帳 読売新聞
八葉蓮華、Hachiyorenge
9.01.2008
立ち上がる農山漁村・・・ 編集手帳 八葉蓮華
立ち上がる農山漁村・・・ 編集手帳 八葉蓮華
「どさ」「ゆさ」という津軽弁は、「どごさ行ぐの」「湯さ行ぐどご」の省略である。「ナンバ」も表現を短くする例だろう。16世紀にポルトガル人が日本に唐辛子を伝えたとされ、南蛮辛子と呼ばれた。津軽でナンバは唐辛子を指す◆北国に唐辛子をもたらしたのは、あご髭(ひげ)が長く、髭殿の異名を持つ津軽藩初代藩主の津軽為信だった。京都から持ち帰り、城下で栽培させたという。地元に根づいて、昭和の一時期には、全国有数の産地に育った◆平成になると、輸入トウガラシなどに押されて栽培農家が激減し、存続が危ぶまれたこともある。弘前市内の産地名をつけた「清水森ナンバ」と命名し、地域ぐるみで復活を目指したのは約4年前だった◆今は栽培農家が増え、辛みと風味が特徴の弘前在来のブランドとして商標にもなっている。国の「立ち上がる農山漁村」などに選ばれた地域活性化のモデルである◆秋めいてきた弘前の畑では、赤と青のナンバの収穫が始まった。為信公の銅像が弘前城近くに立つ。手ずから蒔(ま)いた地域振興のタネが育って旧城下が潤う。自慢の髭がぴくりと動いたように見える。
9月1日付 編集手帳 読売新聞
八葉蓮華、Hachiyorenge
「どさ」「ゆさ」という津軽弁は、「どごさ行ぐの」「湯さ行ぐどご」の省略である。「ナンバ」も表現を短くする例だろう。16世紀にポルトガル人が日本に唐辛子を伝えたとされ、南蛮辛子と呼ばれた。津軽でナンバは唐辛子を指す◆北国に唐辛子をもたらしたのは、あご髭(ひげ)が長く、髭殿の異名を持つ津軽藩初代藩主の津軽為信だった。京都から持ち帰り、城下で栽培させたという。地元に根づいて、昭和の一時期には、全国有数の産地に育った◆平成になると、輸入トウガラシなどに押されて栽培農家が激減し、存続が危ぶまれたこともある。弘前市内の産地名をつけた「清水森ナンバ」と命名し、地域ぐるみで復活を目指したのは約4年前だった◆今は栽培農家が増え、辛みと風味が特徴の弘前在来のブランドとして商標にもなっている。国の「立ち上がる農山漁村」などに選ばれた地域活性化のモデルである◆秋めいてきた弘前の畑では、赤と青のナンバの収穫が始まった。為信公の銅像が弘前城近くに立つ。手ずから蒔(ま)いた地域振興のタネが育って旧城下が潤う。自慢の髭がぴくりと動いたように見える。
9月1日付 編集手帳 読売新聞
八葉蓮華、Hachiyorenge
登録:
投稿 (Atom)