9.04.2008

職を離れる最後の1分1秒まで・・・ 編集手帳 八葉蓮華

職を離れる最後の1分1秒まで・・・ 編集手帳 八葉蓮華
平清盛の意向により、京の都が福原(いまの神戸市)に移されたのは1180年である。〈古京はすでに荒れて、新都はいまだ成らず〉。家々を壊しては新都の予定地に運ぶ光景を見て、鴨長明は「方丈記」に書いている◆古い都は捨てられようとしているのに、新しい都は形もない。当節の不安にも通じるようである。「新都」選びの前に、「古京」福田内閣が荒れては困る◆首相はきのう、年1回の自衛隊高級幹部会同を、代理役も立てずに欠席した。退陣を表明したとはいえ、自衛隊の最高指揮官である。国民に意思を伝える機会でもある官邸でのいわゆる「ぶら下がり取材」も、残る在任期間中はもう受けないという◆遷都騒ぎのさなかに源頼朝が伊豆で挙兵し、平氏は滅亡への道を歩み出す。いつの世も国難は時を選ばない。心労あり、気落ちありで、胸の内は拝察するが、職を離れる最後の1分1秒まで国政に微塵(みじん)も隙(すき)を見せないのが、首相たる人の務めだろう◆〈…人は皆、浮雲の思ひをなせり〉。都不在の世を覆った不安を「方丈記」の作者は書き留めている。短い期間でも、浮雲にはなりたくない。

9月4日付 編集手帳 読売新聞

八葉蓮華、Hachiyorenge