9.24.2008

秋をめづる心の湧く間なく・・・ 編集手帳 八葉蓮華

秋をめづる心の湧く間なく・・・ 編集手帳 八葉蓮華
「昭和萬葉集(まんようしゅう)」(講談社刊)に俳優、大友柳太朗さんの四首が収められている。花も月もない秋の歌がある。〈この秋をめづる心の湧く間なく起きて働きつかれて眠る〉◆1939年(昭和14年)といえば「丹下左膳(さぜん)」や「むっつり右門」の当たり役を演じる前、27歳当時の作である。秋ほど「めづる」(愛する)景物に満ちた季節はないが、仕事仕事でそれどころではなかったのだろう◆原油高に米国発の金融危機…と、どこを歩いても景気のいい話を聞かない。外回りの営業をする人のなかにはむなしく歩き疲れ、歌そのままの日常を送っている方もおられよう◆きょう、麻生内閣が発足する。経済のてこ入れは待ったなしである。解散・総選挙の思惑を離れて首相以下、「起きて働きつかれて眠る」仕事一辺倒の秋を過ごしてもらわねばならない◆もう一首。〈幾山河へだてて住めどあたたかきその御心(みこころ)は胸に通ひ来〉。「御心」とは新国劇の恩師、辰巳柳太郎さんが寄せてくれた心遣いという。今宵(こよい)もどこかの屋根の下で、遠く離れて暮らす父母や恩師の御心を胸に、疲れて眠る若い人がいるかも知れない。

9月24日付 編集手帳 読売新聞

八葉蓮華、Hachiyorenge