「朱鷺色」大空を舞う姿・・・ 編集手帳 八葉蓮華
わが書棚にも、何羽かのトキがいる。講談社学術文庫のシンボルマークがその鳥で、各巻の表紙に地を歩む姿が描かれている。古代エジプトで知恵の神の化身とされた縁で、書籍を飾る役目を担ったらしい◆学名「ニッポニア・ニッポン」に知恵という言葉を重ねるとき、感慨はほろ苦い。えさの小動物が農薬で姿を消す。田畑を荒らす野ウサギの駆除に、天敵テンを持ち込む…。日本産のトキを絶滅に追いやったのは人間の知恵、もしくは浅知恵である◆きのう、トキが27年ぶりに日本の空を飛んだ。新潟県佐渡市の佐渡トキ保護センターが中国産のつがいから人工繁殖させ、育ててきた10羽で、野生に復帰させる試験としての放鳥である◆朝焼けの雲のような、肌に透ける血潮のような、独特な色の翼で大空を舞う姿をテレビで見た。言葉に聞いていた「朱鷺色(ときいろ)」とはどんな色か、自分の目で確かめた子供たちもいただろう◆歌人、宮柊二(みやしゅうじ)さんの長歌「朱鷺幻想」から。〈絶えゆかむ命をつなぎ、種の持続 僅(わず)かに残す、Nipponia nippon、幻の鳥その悲しみのごと…〉。群れ飛ぶ幻想にもう少しで手が届く。
9月26日付 編集手帳 読売新聞
八葉蓮華、Hachiyorenge